GOD EATER The another story.   作:笠間葉月

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β01.姉

 

 

渚が半狂乱に陥った日から、一週間近くが経過した。

 

「渚!出過ぎ!」

「大丈夫だってば!」

 

一頻り叫び、泣き、そのまま疲れて眠った彼女はしかし、翌日には表面上いつもと変わらない渚に戻っていた。

任務も日常生活も、端から見ておかしいと感じられる部分はほとんどなく。リンドウさんに報告だけはしたものの、さすがにそれでどうにかなる問題でもない。

そんなだから、私も何も言えない。大丈夫だからと悲痛な面持ちで告げられては、こちらから何かすることは……性格的に難しかった。

加えて……これはタイミングが悪い、と言えばいいのだろうか。彼女に妙な能力が二つほど発現した。普通の神機使いが持ち合わせているものではなく、アラガミとしての力でもない。

一つは、神機での攻撃に付与されるオラクル刃。斬撃の直後に鎌鼬のように直進するそれは、以前には見られなかったもの。

まあでも、それ自体はさほど気にはならない。オラクルを使用しての攻撃なんてのは私やソーマにだって可能だし、今更騒ぐようなものじゃないのだ。

もう一つは……

 

「……ほら。どこ見てんの。」

 

一時的に、アラガミからの捕捉を完全に消失させる力。

私にまでその効果は及び、彼女の姿、立てる音。その両面で朧気になる。僅かながら知覚できるのは、ほんの少しだけ存在する人間の感覚器官が得る情報があるからだろう。

渚以外のオラクル細胞に対し、視覚情報及び聴覚情報の受容を不可能とする、偏食場パルス。正体はつまりそれ。

あるいは純粋な能力の強化の副産物、と言う見方は出来る。事実転移の連続使用も可能になっているみたいだし、見たところ限界距離も伸びている節がある。

……それでも、明らかにアラガミとしての力とはベクトルが異なっている気がしてならない。自身のオラクル操作が渚の能力であって、自分以外のオラクルに影響を及ぼすなんてことはなかったはずだから。

 

「終わり……でいいんだっけ?対象は全部やったよね?」

「あ……うん。」

 

何を思っているのか推し量ることが出来ない。何より本人が口を噤んでいる時点で、下手なことを言えないのだ。

結意、って、ブラッドの?その子がどうかしたの?

鼓渚って言ってたけど、もしかして渚の名字、鼓だった?

間違えたって、何を?それに、何を壊したって言うの?歌うって、どういうこと?

父さんって、集落って、いったい何?

疑問だけならいくらでもあって、だけど聞いていいのがどれなのか、聞くべきが何なのか、全く分からない。渚には何度も元気づけてもらったのに、私は何も出来ないのかって……お腹の奥がもやもやしてくる。

 

「……はあ……」

 

ああ、本当に。助けられてばっかりだ。助ける側に回ったことがどれほどあったろう。思えば、怜にだって助けられることが多かった気がする。あの子は明るくて、外向的で。存外人の機微にも聡くって、だけど相手には悟られていると気付かせなくて。

お姉ちゃんらしいこと、実はあんまり出来てなかったんだろうな。右手の神機を見ながら、ちょっぴり反省。

 

「ね、渚。たまには買い物とか行かない?」

 

今から埋め合わせ。なんて、ちょっと無理があるかな。

 

「買い物?何の?」

「んー……やっぱりアナグラの皆へのお土産とか……あとは見て考えよう?」

 

支部内で大半は完結し、外はあらゆる面において保証外。自然と買い物に出よう、なんて意識はなくなりがちで、面白い店があったかどうかなんて覚えていない。

知識不足は提案の曖昧さに直結して、このくらいしか言うことは出来なくて。これが私の精一杯。

 

「……行くなら場所決めなっての。見て回るだけで日が暮れるんだから。男共みたいに即断即決とかアホみたいでしょうが。」

「う……」

「って言っても、どうせ暇かあ……」

 

少し間をおいて、渚は言う。

 

「じゃあさ、複合コアに関してと、神機のこと。レクチャーしてよ。」

「レクチャー?」

 

意外な発言に、一瞬思考が止まる。そもそも複合コアも神機も、私達は直感で分かるはずなのに、と。

それをふまえて考えたら、むしろ納得した。

 

「複合コア型神機、だっけ。一本作りたいんだ。」

 

わざわざ人に教えを乞うとなれば、そういうことになる。感覚でどうにかなる問題を越え、かつ非公開であるが故に独学が不可能なもの。

今更何のために、なんて聞くのも野暮な気がして、そのまま答えた。

 

「んと……いつから?」

「極東に戻ったらすぐ。」

「それだと……覚えても技術が付いて来ないから、作るのはリッカさんとソーマに任せること。いい?」

「分かってる。って言うか、神楽は作らないんだ。」

「そりゃまあ……」

 

リッカさんにはたぶん負けるけど……はっきり言って、ソーマと同じくらいには出来ると思う。

理由はそこじゃなくて。

 

「私達三人ともやるのはね。一人くらい、任務に出てなくちゃ。」

 

格好の付かない真似をして、初っ端から醜態を晒しちゃったけど。

それでも私に出来ることがあるんだから、全力を注いでやるって。ちっちゃな決意なのだ。

 

   *

 

「一人くらい、任務に出てなくちゃ。」

 

言って苦笑する神楽は、ここ最近どこか嬉しそうにしていることが多い。これほど分かりやすいものもそうないだろうが、極東にもうすぐ帰ることが理由だ。

対して私は……どうなんだろう。空元気を振りかざしてはいるものの、簡単に看破されている辺り何の役にも立ってはいないと思う。

そもそもこれは空元気と呼ぶんだろうか。ぐっちゃぐちゃでよく分からないから、ひとまず体裁を整えやすい感情を使っているだけ。元気じゃなく、私の中身全部が空っぽ。きっと元気の仮面を被ってるとか、そういう変に格好付けた言葉が当てはまる。

 

「ソーマといちゃつく時間がなくなるぞー。」

「大丈夫大丈夫。速攻で片付けて帰るから。」

「……いや、いちゃつくってのに狼狽とかないの……」

「え?あ……」

 

鼓渚。総計十七年と少しを生きているらしい私は、十一年の空隙を挟んで記憶を保持している。十一年の内にも断片的な記憶はあるが、その大半が無声映画かスライドショーのような、基本的に役に立たないもの。

だが三年ごとに分かたれた連続の記憶は、主に前三年分で私を定義出来てしまう。

 

「……ちょっと衝動に身を任せるだけだもん……」

「ああ、うん……大丈夫。いちゃつかなかったら天変地異の前触れだと思ってる。」

「う……」

 

2057年。私は、どこかの支部のどこかの屋敷で働く両親の元に生まれていた。所謂クォーターというやつだったみたいだけど、その辺りはまだ曖昧だ。

三年後に妹が生まれ、さらに一ヶ月後……大きすぎる過ちの記憶を最後に、あとはスライドショー。

そう。その三年。たった三年で、私は十歳かそこらにはなっていた。

一年目は二倍。二年目は三倍。三年目は四倍。加速度的に時というモノが細分化され、私が生きる世界は酷く緩慢で、あまりに手に取りやすい、極大の玩具になっていった。

おかしいことだと分かっていたし、その速度が限界点であると理解もしていた。それ以上は神童だの天才だのから、化け物に昇華し忌避されるのだと。人間として許容される臨海点が、自分にとってはかなり低いものだと。

だが、それでも。

いくら神の力を携え、破滅的なまでに自滅を誘発する、アラガミの吸収力を持っていても。

所詮心は十歳程度。足掻いたところで子供であり、好奇心に殺される中の一つでしかなかった。

 

「全く。って言うか土産って言ってたけど、多少は決めてあるわけ?」

「一応ね。でもまあ、カタログだけ見て買うのもちょっと。」

「ふーん。」

 

十一年経って、ほぼ全ての記憶を消失しながら……まずシオとしての記憶を持つようになる。神楽との感応現象を皮切りに、言ってしまえば人間的な機能を有し始めたのだろう。記憶、感情、思考。どれも、この時期から急激に発達した。

アーク計画の進行と共に私の中のアラガミは活性化し、特異点として成立し始める。自我による制御が利かないことも多くなり、ものの見事に記憶がすっ飛んでいる期間があったりと。おそらく、あの頃の第一部隊から見ればシオがおかしくなった、って感じだったろう。

そして、計画の失敗はシオから渚への変遷……回帰を果たさせるに至った。体を失った終末捕喰のコア、となったことで、特異点用の活動が不要になったからだ、と思っている。

それから、三年。何かの嫌がらせかと思うほど全く成長しない体を持ちながら、渚として生き、今に至る。

こうして考えると、なんとまあ悲惨なことか。覚えているような推し量っているような。第三者が成長記録をつけるのでも、主観視点の何倍かマシじゃないのか。だいたい、すっ飛んでいる期間が長すぎるのだ。曲がりなりにも生きていただろう。もう少し何とかしたらどうだ。

もう少し、何とかなったって、いいじゃないか。

 

「アナグラに付いたら、まず何しようか。」

「初っ端パーティーにでも引きずり出されるんじゃない?どうせ、コウタ辺りがやろうって言い出してるでしょ。」

「あー、そうかも……」

「……何か思うところでも?」

「いや、その……アリサが厨房に立ってないといいなあって……」

「……」

 

何をしても取り返せない過ちを冒した自分への怒り。

家族とそれに付随する全てを叩き壊したことへの嫌悪。

壊されたことすら分からず父親から否定された結意への慟哭。

忘れてはならないはずの大半が記憶にないことへの焦慮。

 

「アリサの料理なら、見た目で分けられるから。」

「……そうだね。」

 

私の中であまりに多くのものが蠢きすぎて、単一化することが全く出来ない。不純物を大量に投げ込まれたまま、大釜にかけられてじっくりかき回されているような、叫びだしたくも叫ぶことを選択出来ない感覚。最終的に感覚、と曖昧に表現せざるを得ないことで、余計に不純物が混ざっていく。

だが、その状態にある種の充足感を得ている自分もいる。ずっと空いていたせいでそもそも気付いてすらいなかった穴ぼこに、雑多ではあるが詰め物がされた。言うなればそんなところだと、説明は付くが理解は出来ない。

ああ、くそ。十一年分を思い出せたらきっと、全部分かるのに。

 

「どうかした?」

 

知らず、歯噛みしていた。思い出すまで何も出来そうにない自分。思い出しても何が出来るか分からない自分。

 

「何でもない。」

 

曖昧に濁すことしかしない、自分。

何もかもが自己嫌悪に繋がっていて、一つだけでもそれには充分すぎて。

私は自然と、もう一度歯噛みしていた。


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