GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
水底から響く歌
「全く……なんで私が……」
向いていることは自覚しつつも、面倒な作業を押しつけられたという感想は揺るがない。
今回もまた出所はソーマ……と、リンドウは言っていたが、実際のところはさらに前段階で、彼自身がソーマに頼んでいたことだ。
すなわち、ジャヴァウォックの組織片捜索。どうせ暇なんだし……こっちでもありそうな場所を探してみようじゃないか、と。そういうことらしい。
「……イライラするなあもう!」
その流れの下何をしているかといえば、マグノリア・コンパスで瓦礫撤去なんて不毛なことをしているわけで。
一件が本部預かりになったことで無人と化したそこは、元々あった機材で監視態勢が敷かれている。周囲には鉄柵が張られ、外部からの侵入者を阻んでもいる。
そのどちらも無駄となれば、そりゃあまあ私にお鉢が回るだろう。ここの機材にはオラクルを仕込んでいたし、鉄柵なんて飛び越える必要すらないわけで。
「だいたい!建物一個潰れてんのにどうしろっての!あんの大酒飲みの放蕩爺!」
女遊びはしてないけど。
「何がムカつくって、あるからムカつく!」
……なければ拳なり爪先なり叩き込めたというのに、ジャヴァウォックの組織片が確かにあるのだ。
それは、前回偏食場が届かなかった場所の一つ。位置的に零號神機兵が出て来た辺りでもある。
「ああもう……ほんと、もう……」
分かってる。それらはどれも言い訳だ。私がイライラしているのはそんなことじゃない。
だからって、何がどうしてイライラしているか正確に説明出来るわけでもない。ただ漠然と、瓦礫の山という光景に対しやり切れなさを感じている。そのやり切れなさが何から来るものなのかよく分からなくて、腹立たしい。
母さんの行方は分からないし……全く。
「……で、これか。」
ようやく瓦礫を取り除き、見慣れない何かの容器を発見する。何をどうやっているか知らないけど、これでジャヴァウォックのオラクル細胞を保存しているんだろう。
にしても容器が無事で良かった。そのままだとさすがに厳しいものがある。
……それ以前に、今まで組織が残っているのが恐ろしいんだけど。コアから離れた状態じゃ短期間しか保たないはずなのに。
「はあ。帰ろ帰ろ。余計嫌になってきた。」
それからもう一つ、気付いている。
私は、このオラクル細胞に惹かれている。やはり何故かは分からなくて、苛立ちの原因になってくれやがるところも変わらない。
しかし甘美なのだ。その苛立ちも、惹かれる感情も。これに出会わなければならなくて、同時に忌避しなければならなくて。詩的に言うなら、呪われた愛し子、とか、そんな感じ。
「……」
とりあえず、目的は達した。さっさと帰って、のんびりするとしよう。
*
マグノリアの捜査に続き、キュウビの追跡再開が正式に承認された。お偉方もジャヴァウォックへの警戒が緩みつつあるらしい。
やることは今までと大きくは変わらない。駐留する支部での協力をしつつ、目撃情報や偏食場観測から後手後手に追いかける。レーダーの性能は渚の手によって飛躍的に上昇したが、方法にまでそれを求めるのは酷と言うものだ。
もっとも、それによる効果は上がっているらしい。
「増えたか……」
目撃情報は以前と変わりないものの、偏食場は頻繁に捉えられるようになった。一匹しかいないかもしれないと考えられていたキュウビが、同時に複数地点で観測されるケースも出て来ている。
朧気になら生息地域も把握可能な段階にあり……だからこそ、結論は早かった。
「こりゃ、思っていたより早く帰ることになりそうだなあ。」
「おそらくな。我々の任がこちらにシフトする以上、戻らないという解はない。」
徐々に東に動いていると思しき分布域。先にあるのは極東支部であり、程なく列島への上陸を果たすだろう。
そろそろ極東に戻ろうと考えていたところにこれだ。
しかも向こうはきな臭いことになっている、と……アナグラは厄介な星の下に建てられたのだと思えて仕方ない。
「支部長と博士には先に連絡を入れておけ。我々が戻るとなれば、上で通す話もあるだろう。」
「へいへい。」
しかしどうしたものか。部屋を出る姉上を見送りつつ思案する。
現状極東で騒いでいる諸々は、厄介事まみれの中でも群を抜いている。何が問題かも明白で、それ故に質が悪い。
大きく絡んでいるのが外部の部隊。それも、本部直轄と来た。
うちだけの問題なら、厄介ではあるもののここまで複雑ではなかったろう。良くも悪くも慣れている。
「……まさかな。」
我ながら嫌な想像にたどり着く。
そうであることを想定して極東を舞台に選んだ……ないと言い切れないだけに、洒落になっていない。
さらに、もはや嫌悪を抱くのは……俺の勘が、それを前提に動けと言っていることだ。ったく。冗談じゃない。
「当たるんだよなあ……こういうの。」
残りも少なくなったビールを開けながら、まずはダラケたい衝動に駆られた。
*
神楽が帰ってきたのは、昼食から数時間後の、そろそろ軽くつまもうかなんて頃合いだった。
マグノリアの査察からこっち、キッチンに立つ回数が僅かに増えている彼女。正しくは極東にいた頃と同程度に戻りつつある、だが、一年近く減っていたのだから、前者の言い方がしっくり来る。
朝食は作る。昼は配給が多め。帰りの時間によって夜作るかどうか決まる。だったのが、朝晩欠かさないように。昼だけは食べる余裕があるか分からないからと、今も作らないことが多い。
そういう変化によって半ば当然のように残り物も出、軽食につまむのが常となるのだ。私のぐうたら生活は、神楽のせいで加速する。
「んぐ……お帰りー。」
しかも、今日は玩具もあるわけで。
「ただいま。あ、それ?ジャヴァウォックのって。」
こっそり確保した手前、所持もこっそりやるしかない。あまりこういうものを部屋に置くのは気が引けるけど、まあ、背に腹ってことで。
……おそらく、代えられるとしてもこうしたろうが。
本当に……何がどうして、これほど惹かれるのか。そもそも惹かれるって言い方が正しいのかすら分からない。判然としているのは、論理としてでなく感覚として、直感の類として、自分がそれを求めていることのみ。
けれど手にした今、別に満足したとか達成感があるとかはない。手に入れるのは過程なのか、満足の後にあるものだったのか。諸々は絶対に解けない命題でもあるかの如く、いくらかの意識を考察に奪い取っている。
「そ。ちょっと驚いたよ。この状態できっちり残ってた。」
容器から取り出して見ても、それは変わらない。風変わりなオラクル細胞としてあるだけで、他には何もないのだ。
まあ実際、面白いものではある。コアでもないのに残存し、しっかりと偏食場を発している。こんなのは初めてだし、そもそもイレギュラーなはず。
あるいは規範の内だろうか。だとして……
「……何だろう……コアの集まりだったりするのかな。これ。」
「やっぱりそう思う?」
「うん。ないとは思うけど……」
単細胞のコアだとするなら、あるいは。私達の意見はそこで合致する。
一応、オラクル細胞は単細胞生物だ。一個一個の細胞が独立して生きているし、アラガミはあくまでオラクル細胞の集合体でしかない。規格外にでっかくなった細胞群体。だからまあ、別におかしい論ではないはず。
そうは言っても、コアはコアの役割を果たすオラクル細胞の集まり、ではある。ミクロン単位でバラバラにしたら、そのまま霧散して終わるのが普通なわけで、こうして僅かなサンプルとして残ることはあり得ないと言っていい。
あり得ないが、それ以外の可能性も考えづらい、と。要はそんなところ。1-1=1が成り立ってしまっているような、おかしな状態。いやまあ、アラガミ自体そういう部分はあるけど。
気になることはもう一つ。
「これさ、喰おうとしないんだよ。」
捕喰作用がずいぶん希薄。ないと言っていいほど弱い。
実際、そうでなくて回収は出来なかっただろうし、保管も望むべくもない。これまでジャヴァウォックの組織片として回収されたものは、それを理由に軒並み処分されている。偏食因子やらで長く抑えておけるほど楽な相手ではなく、ともすれば周り中まとめて喰い荒らしかねなかったから、らしい。
キュウビの組織でも似たような事態に陥ったはずだ。対応する偏食因子がなかったことで、保管も運送も失敗に終わっている。こちらから喰うことは出来ても、喰わないよう抑えておくことはまた別問題だ。
……この疑問、神楽にとっては難しいものでもなかったらしい。
「不活性化してるから……かな。」
「何それ?」
「んと……ジャヴァウォックとノヴァって、比べてみたことある?」
言われ、記憶にある限りで比較する。
「……あー……あー?似てるね。」
もっとも、同種かと聞かれると微妙なところだけど。一応類似点の一つ二つならある。
「この間、インドラが出たでしょ?改めて考えると、ジャヴァウォックと似てるとこがあって……他のも見てみたんだ。」
「その中にノヴァもいたって?」
「うん。さすがに驚いたけど。」
ジャヴァウォックの偏食場がいくつかのアラガミと酷似、ないし類似していることは前から分かっていたし、あまり不思議な話でもない。
その中に人造であるはずのノヴァがいる、というのは、なかなか面白い話だ。
「どっちが似たのかなって考えたら、たぶんノヴァの方。けど、お義父さんがノヴァを作るときにはジャヴァウォックの組織は使われてないから……勝手に取り込んだとか、そういうことかなって。」
「あー……なんとなく分かった。あの触手?」
「そうそう。世界中に広がってるなら、食べてもおかしくないなあ、って。」
だとして、本来ならノヴァがジャヴァウォックに喰われるはずだ。オラクル細胞は何もかも喰らうからこそ、そういう力関係は明白になる。
「そうなると、ジャヴァウォックがノヴァを食べないでいないとおかしい。なら、捕喰本能が黙っている部分があるはず。そういう部分の細胞なんじゃないかな。それ。」
「ややこしい奴……」
手慰みつつ嘆息する。素手で触れても特に何も起こらないことが、神楽の論をいくらか裏付けていた。
「……ん?」
会話の切れ目。特に次の話題を投げかけることなくぼーっとしていたところに、何かの音が聞こえてくる。
それはどうも、私の手の上から流れているようで。
「どうかした?」
「や、なんか音が……」
私の耳でほとんど聞こえないって相当だな、なんて思いつつ耳を近付ける。
この時、どこかで気付いていた。
私はこれを待っていたのだと。これを逃してはならないと、無意識の内に理解していたのだと。
音は、誰かの歌だ。
「……あ……」
O Tannenbaum, o Tannenbaum, Wie treu sind deine Blaetter!
知っている。一度も聞いたことなんてない。
知っている。姓を持たない渚の記憶にこの歌はない。
Du gruenst nicht nur zur Sommerzeit, Neinnauch im Winter wenn es schneit.
知らない。私は確かに歌っていた。
知らない。まだ名字を持っていた頃の記憶に確かにある。
O Tannenbaum, o Tannenbaum, Wie treu sind deine Blaetter!
「ああ……ああああああ!」
知らず、絶叫していた。
歌は二番へ三番へ。終わると、リピートするかのように一番から。
「渚!?」
目の前には確かに神楽がいて、私の現実が今ここであることを告げている。
同時に、意識だけが別の地点へ。別の時間へ。冒した一つ目の罪を想起する。
「いけなかった……」
それさえなければ、とは言わない。その時点を乗り切ったとしても、およそ一年程度は同じ危険が付きまとったろう。
だが、たとえそうだとしても。あの瞬間に冒した間違いは、事実として覆らない。
ボロボロだった父親。一月前に死んでいた母親。
聖誕祭が近くって、小さな病院では小さな合唱団がキャロルを歌っていた。歌はとても綺麗で、私ははしゃぎながら、入院している子供らに混じって教えてもらったのだ。
「間違えちゃいけなかった!歌わせちゃいけなかった!話させちゃいけなかったのに!」
「えっと……ええ?お、落ち着いて渚。どうしたの?」
とっても綺麗だったから、どうしてもあの子と。妹と歌いたくなって。私の中にいた神は、それを可能だと笑った。
言葉を教えた。歌を教えた。あの子が持っていた神がまた、それを可能にした。
そして目の前で、キャロルを歌って見せた。興味を持つと知っていた。興味を持つよう知識を与えた。刹那に叩き込んだ。
「全部私のせいだった!父さんが壊れたのも!集落を壊したのも!何人も何人も死んだのも!全部私のせいだった!」
そして、生後一ヶ月の赤ん坊は、あまりに早熟な三歳児をコピーされる。
知っていた。分かっていた。赤ん坊は言葉なんて話さないし、歌なんて以ての外。あーとかうーとか言いながら、天使の笑みってやつを振りまくものだって。誰かの庇護がないと生きていけなくて、私はその庇護を、子供なりに与えないといけないって。
その中に、異常な知識も早すぎる精神も含まれてやしないって。
「私の!私が!わたし、が……」
きっとあるはずだったものを、壊したのは私だ。
「鼓渚が……結意の全部を壊したんだ……」
ああ、本当に。なんて特異点にふさわしいモノだったことだろう。
大切な存在の世界を壊せるのなら、全て喰らい尽くすなど、造作もなくて。
断片に過ぎない始まりの記憶は、シオを肯定するには充分すぎて。
「私……最低だ……」