GOD EATER The another story.   作:笠間葉月

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手の平に収まらないこと

 

手の平に収まらないこと

 

「では、失礼します。」

 

長期の滞在とあって、中央区内をしばらく案内された。襟章からそれなりの地位にあるであろう人物を付ける辺り、極東とネモス・ディアナの関係は悪くないのだろう。

貸し与えられた部屋も、上等とまでは行かないが、臨時としては十分すぎる。俺や鼓はともかく、他の職員へも個室が用意されていた。アリサは普段からここを利用する関係上、別個で部屋を持っているらしい。

ひとまず、俺の部屋に集まっての打ち合わせ。アラガミとの交戦で時間を食ったため、各診療施設を回るのは明日からになるらしい。

 

「順番は一任されていますし……まずは大きめのところからにしましょうか。近くに一つありますから。」

「そこの収容人数は?」

「三十人です。当初はここだけで対応していましたが、それも適わなくなった辺りから第二、第三診療所を仮設しています。現在は六つが運用されていますが、やはり手が足りません。」

 

L字のソファに座っての会話。俺の隣には鼓が座り、アリサの隣は資料が占有している。内装は極東の個室に近いようだ。

こうして見れば、なるほど。ネモス・ディアナの総統が元フェンリル技術者というのも頷ける。

 

「こう言っては何ですが、やはりフライアは研究施設を兼ねているだけあって人員が豊富です。アナグラの管轄ではないから、なんて言うだけで現場を抑えられる段階を越えてしまって……」

「お気になさらず。駐留地での援助も、ブラッドとフライアの運用目的に含まれています。」

「助かります。少なくはありますが、こちらも可能な限りの情報開示を行いますので。」

 

……正直なところ、フライアに不気味さを感じる点はそこだ。

研究施設、というお題目は分かっている。が、そうだとしても研究者や医療従事者が、少々多すぎはしないか、と……

こうなることを予測していたか、ブラッドをモルモットと考えているか。そのどちらか、あるいは両方ではないのか。内心で考えてしまう。

 

「一応、ここで気を付けるべき点を……結意さん?」

「……んぅ……」

 

言われて確認すると、鼓は少々眠たげにしていた。よくよく考えてみれば、ああしてアラガミの力を使った直後に寝なかったことは多くない。

 

「辛いなら横になって良い。どう……メール?」

 

それと同時、端末がメールが届けられたことを告げる。アリサに目で確認した上で端末を取り出し、表示した。

差出人はナナ。ロミオがギルと仲違いを起こし、飛び出ていった、と……

 

「俺はどうも、隊長に向かないのかもしれません。」

「……大丈夫です。メンバーが勝手にすっ飛んでくの、極東じゃお家芸に近いですから。」

 

それはどうなのだと若干呆れつつも、鼓に画面を見せる。

 

「これだけ確認してくれ。事によると、急ぐ必要もある。」

「……」

 

見て、彼女はクスっと一つ笑い。

 

「ロミオ先輩らしいですね……大丈夫。きっとすぐ、戻ってきます……」

 

くて、と、そのままこちらに倒れ込んだ。少し体を寄せていたせいもあり、どうやら枕になってしまったらしい。

抱え上げようかと思えば、いつの間にか服の裾が掴まれている。なかなか動けそうにない。

 

「寝ちゃいました?」

「ええ。そのようです。」

「まあ、それならそれで。結意さんには後ほど伝えてください。」

「……これもお家芸、と?」

 

あまりに動じない様子を見て問う。極東が激戦区というのは聞いていたものの、それはこういう意味ではないだろう。

 

「と言うか、人前でも構わずイチャイチャして甘えて抱きついて……なんて人が隊長でしたからね。旧第一部隊は。その頃からいるメンバーなら見慣れてます。」

 

それは本当にどうなんだと。人のことは言えないかもしれないが。

 

「しかし……」

「良いんじゃないですか?兄に甘える妹みたいで。」

 

言われ、若干好ましく思えたのは事実だ。

ラケル博士とレア博士は親の枠。シエルは長女。ナナは次女。ギルと俺で長男と次男のどちらかになり、ロミオは三男。鼓はおそらく、末子の三女にでもなるのだろう。

それはきっと、良い家族であってくれるはずだと。小さく自惚れた。

 

   *

 

夜中でもない限り無駄に盛り上がっているラウンジは、どうにも暗い雰囲気に包まれていた。

原因は明白。妙に沈んでいるブラッドの三人と見ていい。もっとも本当に沈んでいるのは二人であり、一人は焦りと怒りが混ざっているようだが。

 

「あれは?」

「ロミオさんが出てっちゃったんだって。ギルさんと喧嘩したみたい。」

 

ここにいれば嫌でも会話が聞こえるのだろう。僅かにそちらから距離を取りつつ、ムツミは心配そうに眺めていた。

脱走兵だの何だの物騒な単語が聞こえてくる辺り、事態は良いとは言えないらしい。腕輪反応を追跡することは可能だろうが、状況が状況だ。

 

「赤い雨が降りそうだから探しに行けないって、さっきヒバリさんが言いに来てたよ。」

 

俺が行くか、と逡巡し、やめる。はっきり言って一人の脱走兵にかかずらっている場合でもない。

ここ数日は研究室に籠もりきりの生活が続いていた。リンドウから連絡のあった五年前の襲撃事件とやらを調べる必要があり……向こうがやれば、ラケルに感付かれる可能性があまりに高すぎる。

だが、悪い意味で思った通り。大きな事故は隠蔽される傾向にある。まともに探して情報が出る類でもなかった。

方々への根回し含め、詳細を知るにはしばらくかかるだろう。

 

「何食べる?」

「いや。コーヒーだけで良い。すぐ戻る。」

 

食べている時間が惜しい。神楽が見れば意地でも食わせに来ただろうと思いつつも、早く調べる必要を建前にした探求心が邪魔をする。存外俺も、そういう気質が強いらしい。

 

「怒られるよー?神楽さんって、けっこうそういうの煩いんでしょ?」

「まあ、な。そのくせ自分には頓着しねえ。」

 

言いながらもコーヒーの用意を進める。普段なら自分で淹れるところだが、あれはどうも時間が要る。味は落ちるものの、早さを考えれば必然的にこちらを選ぶことになってしまう。

この興味はどこから出ているのか……ある程度、予測は付いている。

おそらく、神楽や俺とは別の形でアラガミになった……その形を知りたいのだ。

 

「あーあ。ナナさんに味見してほしい物があったんだけど……あそこに持ってくのもなあ……」

「……」

 

……知りたいのだが……これは、逃がしてもらえそうにない。

 

「ったく。良い嫁になるだろうな。」

「えへへ。コウタさんから教えてもらっちゃって。」

「……あ?」

「ソーマってああ見えて甘っちょろいから、チラチラ見ながら言えばだいたいOKするぜ、だって。」

 

我ながら大きい溜息が出たように思う。どこかのタイミングでどつきに行くとしよう。

そう小さく決意を固める中出されたのは、見覚えはあるが少々違うものだった。

 

「おでんパンに倣って、肉じゃがパン!どうかな?」

 

なるほど。本家と比べて意外性は欠けるが、外れはしないだろう。

 

「……悪くないな。」

 

咀嚼する度、自分が思った以上に疲れていたことを自覚する。この体は無理も利くが、それに頼りがちになっていけない。

そして同時に、僅かばかりの不足感。量にではなく、これでは足りない、と、細胞の一つ一つが呻いている。

 

「もう少し汁は切っていいだろうが、他は及第点だ。」

「うー……なんか辛口だよ?ソーマさん。」

「いや、旨いんだが……まあ、そうだな。」

 

立ち上がりつつコーヒーを呷る。仕方ない。このまま任務に行こう。

かれこれ三日は出ていない……ということはつまり、オラクル細胞は喰っていない。

 

「そろそろ神楽が帰ってくる。パンに合う肉じゃがの作り方でも教えてもらえ。」

 

ああ、全く。面倒な体だ。

 

   *

 

目を覚ましたのは、夕方になってからだった。

アナグラの私室と違い外の光が入ってくる部屋は、夕焼けの色に染まっている。かれこれ四半日近く寝ていたらしい。

ソファで寝たせいか僅かに固まった体が、日の熱でじんわりと暖まってきていた。

特に頭の下……いや、待ちなさい私。これはそうじゃないでしょう。

 

「……」

 

もぞ、と体を上向けると、そのままジュリウスさんと目が合った。ああ、やっぱり。

 

「……おはようございます。ジュリウスさん。」

 

その顔、驚いた顔ですね。慌てると思ってました?

意地悪に聞いてみたい気持ちが先行し、それでいて、何も言うことが出来ない。

 

「休めたか?」

「それはもう……たっぷり。」

 

なぜだろう。嫌な予感が止まらない。この先にどう足掻いても覆せない哀しみがあるような気がして、胸が張り裂けそうだ。

何か変な夢でも見たんだっけ?ううん。そんなはずはない。あれはいつもの夢だ。いつもの、思い出さなくちゃならない日の夢。

あの日何をしたか知っている。何があったかも知っている。断片的には思い出している。あともう少し、思い出さなくちゃいけない、そんな日の夢。

だからそれは関係なくて、なのに胸は張り裂けそうで。

 

「鼓?」

 

私は何を恐れているの?

問うまでもなく答えは出ていて、でもだからこそ、余計に苦しくなる。

せめて涙を見られたくなくて、ジュリウスさんのお腹に顔を埋めた。

 

「ごめんなさい……少し、このままで……」

 

聞こえる呼吸音は、一つは規則正しく、一つは乱れている。後者が自分の物だと分かっているのに、どこか別の人のそれであるように思えてならない。

きっと、別の人であってほしいとか、そんなことを考えているからだ。こんなに恐い思いなんて、したくない。

 

「……心配するな。ロミオはすぐ戻って来るさ。お前もそう言っただろう。」

 

違う。違うんです。ロミオ先輩は本当に、すぐ戻ってくるって信じられるんです。

私が恐いのは彼じゃなく……

 

「もう……誰かと、離れるの……嫌です……」

 

ジュリウスさんと……あなたがいなくなってしまうことが、とても恐いんです。

あなたがいなくなってしまうことを小さく確信している私が……あまりに恐くて、砕けそうなんです。

 

「分かっている。ナナも、ギルも、シエルも。上手くやってくれるはずだ。」

 

お願い。そこにあなたを入れて。

あなたもいなくなりはしないと、安心をください。

あなたがいない世界は……嫌なんです。

 

「お前のことも、俺が守ってみせる。」

 

嫌だ。やめて。私がみんなを、ブラッドのみんなを守りたいんです。そこにジュリウスさんにいてほしいんです。

心は声にならず、ただ断続的な嗚咽が咽から響いていた。


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