GOD EATER The another story.   作:笠間葉月

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蜘蛛の巣

 

蜘蛛の巣

 

「針路上にアラガミを確認。数3。種別照合、ヨルムンガントです。」

「了解した。開けてくれ。時間が惜しい。」

 

ネモス・ディアナへの道中は、なかなか苛烈なものとなっていた。

掃討作戦の事実上の失敗、斥候の不在、先だって鼓が相当数を討伐したことによる縄張り変動が引き起こした大移動。諸々の要素が重なったことで、高度を取ってもアラガミと遭遇している。

 

「どうしますか?」

 

隣に座る鼓が聞いてくる。アリサがコパイとしてナビに当たっている以上、二人で対応するしかない。

 

「三体となると遠距離攻撃だけで対応できるか怪しい。先制攻撃で二体を潰した後、ヘリを足場に一合で残りを叩く。行けるな?」

「はい。」

 

昔の彼女を知る身からすると、どうもこの落ち着きに違和感を抱いてしまう。場慣れと言えばそれまでだが、ある種の人格の変容に等しいと。そう思えて仕方ない。

 

「……ジュリウスさん?」

「ああ、いや。何でもない。」

 

それでいて本人は至極平静を保っている。俺の不安や懸念は杞憂であると一蹴しかねないが、そうであるからこそ疑念が積もっていく。

すなわち、過去にもこんなことはなかったか、と。

いや、あった。あったことを俺は覚えている。

 

「右の一体で良いですか?」

「問題ない。こちらはお前に合わせよう。」

 

この落ち着きは、以前の鼓に酷似している。

以前の……戦闘直前の、嵐の前の静けさに似た、不気味な落ち着き。

だが同時に、やはり違うのだ。どこかが決定的に異なっている。少なくとも、あの頃のような不安定さが感じられない。

良い変化と言えるはずだ。常に落ち着いて任務に当たる神機使いは、理想型の一つでもある。

……全く喜べないのは、やはり何かの予感なのだろうか。

 

「各パイロットへ。一号機は上昇しつつ直進。二、三号機は高度を下げつつ後退。楔型に展開してくれ。」

 

傍らに目を向けると、まだ見慣れない神機を命綱に体を乗り出す鼓と目が合った。突き出している右手の前には、円を描いて配置されたオラクル針が浮遊している。

出会った頃からつい最近まで、目が合えば必ず、慌てたように視線を逸らしていた。決して視線を交わすことが嫌いなのでなく、ただ人見知りであるが故の反射行動。ロミオは明るく元気づけ、ナナは猫でも可愛がるようにかいぐり、シエルは苦笑しながら人見知りを治す術を生真面目に語り、ギルは同じように苦笑しながら肩を竦める。それがいつもの光景だった。俺も、おそらくそんなものだろう。

今、彼女は微笑すら浮かべている。対応を決めかね、曖昧に頷くのみの俺はどれほど虚しいものとして映っているのか。

 

「いきます。」

 

神機使いになりたての頃と比べて、髪も伸びたし背も伸びた。どこか顔つきも大人びており、あどけなさも徐々にだが薄れていっている。

そういう変化を毎日のように見てきたはずだ。他の隊員より若い彼女のそれは明らかに顕著で、気にせずとも理解出来るものだったはずだ。

だが、この変容は知らない。気付いたことなど一度もない。

どのタイミングで何を原因に如何にしてこれほど……と、かける言葉すら選べないまま、間抜けに思考を続けている。

……これはおそらく、俺の弱さだ。

 

   *

 

ジュリウスさんがこっちを見てる。そこにある感情は、ごちゃ混ぜだけど、ある種の恐怖。

はい。それでいいんです。私はそうであるべきで、アラガミの王として畏れの対象でなければならない。

手元のオラクルを見やる。充填率はこんなものだろうか。上限が分からないせいで、いまいち加減も判然としない。もしかしたら、上限なんてないのかもしれない。

私はつまりそういうもので、時が来たら、この世界を呑み込むのだ。象られた外郭を纏い、核として終末捕喰を引き起こすのだ、と。誰に言われるまでもない。私は私自身でそれを自覚している。

 

「いきます。」

 

オラクル針を撃ち出す。軸がない分精度に難が出ることを、これまた考えるまでもなく理解していた。要するに、そうであるとずっと昔から理解している。いつ使ったのか分からないけど、神機なしで撃ち出したことは、おそらく一度や二度ではない。ナナさんが鉄砲玉になったときだって、無意識の内に気付いていた。

六発で一揃えの弾丸を、リボルバーのようにくるくる回して、撃った側から再充填。ちょっとくらい外れたって構わない。十に九当たればそれでいい。その九発が確実に穿つから。

 

「……」

 

ジュリウスさんの方をそっと横目で確認した。そろそろ終わりそう。きっと、ジュリウスさんもこっちの様子に気付いている。

残りは……まあ、やってしまおう。こっちが早く終わるのは分かっていたし。

 

「三号機。仰角五度、一時方向に旋回しつつ待機してください。そちらに移ります。」

 

ある意味ちょうどいいのだ。試したいこともある。

私は床を作ることが出来るだろうか。

刃、針、盾、鎖。いろいろ作ってはみたけど、ちまちま動かすのは面倒で。だったらいっそ、動くための土台を形成出来はしないだろうか。

あまりに大規模になりそうだから保留していたそれを、ちょっと試してみよう。

 

「先行します。」

 

まだ距離がある。近くじゃよく分からないから、とりあえずこの辺から。

真下にオラクルを展開させながら、事も無げに飛び降りた。数瞬の自由落下の後、得られたのは確かな足場の感触。慣れればもっと自由になるだろうけど、今はひとまずフラットな道だけで。

空を走って近付いて、空飛ぶアラガミと同じ高度で切り結ぶ。鎖と刃とを同時に同時に形成しながら、現行のどの近接神機より長いリーチを振り回す度、鮮血が花火を作る。振り回しながらその動線上に針を作って、楔のように打ち込んでいく。

ああ、鎖にも攻撃力を付与したらいいかもしれない。動きながら思うのは、ちょっと的外れなプラン。

だって急がないといけないから。私を取り巻く世界はあまりに高速で、ちょっと気を抜くだけで激流に呑まれてしまうから。ジュリウスさんより先に、完成されなければいけないから。茨の冠を被る王は一人でいいのだから。独りであることが正しいのだから。

 

「……」

 

私は、人間が大好きなのだから。

 

   *

 

ブラッドの極東残留組は延々とギスギスした雰囲気が続いていた。日に日に強くなるせいで収まる気配なんて全くなく、いつ爆発するか分からないような、どうにも不安定な状態。

 

「いやー。ブラッドも強くなったよな。俺とジュリウスしかいなかった頃なんて、ろくな任務やってらんなかったんだぜ?それが今じゃ……」

「おい。」

 

だからこの時、私とシエルちゃんは……顔を見合わせて、ちょっとだけやっぱり、なんて思っていた。

エレベーターの駆動音が、少し重たい。

 

「ん?」

「さっきの……いや。ここんとこ毎日だ。難だあの体たらくは。」

「どーしたんだよギル。毎日楽勝だろ?余裕じゃん。」

 

ギルがどこかのタイミングで突っかかるって、きっとそうなる気がしていた。万に一つ何も言わなくても、たぶん私か、シエルちゃんが口火を切ったと思う。

そのくらい最近のロミオ先輩はらしくない。ちょっと前からそうだったけど、無理な訓練メニューで任務にも影響が出てるんだって、見てれば分かる。

 

「余裕?笑わせるな。それは油断だろうが。今日何度ナナに助けられた。」

「チームワークがいい証拠だろ?あんま固くなるなって……」

「それとも、後輩に抜かれてやる気でもなくなったか?」

 

ギルの言葉は私にも刺さった。正直、優越感を感じていなかったと言えば嘘になる。

ブラッドに配属された当初、いろいろ気にかけてくれる先輩として見ていた人を、ちょっと追い越せた気がして。

 

「だったらいっそやめちまえ。他人の心配して怪我なんざしたくねえ。」

「ギル!言い過ぎです!」

 

さすがにシエルちゃんが止めに入ったけど、もう遅い。

 

「ふざけんなよ……」

「あ?……ぐっ!」

 

振り向きざまに突き出された拳は、ガードのない顔面に吸い込まれた。出会ったときとは逆の構図で……ギルはその場に尻餅を付く。

 

「何が分かんだよお前にさあ!」

 

私達しかいないことも災いしている。殴られたギルはともかく、シエルちゃんと二人で抑えれば何とかなるかもしれないけど……

普段ニコニコしているロミオ先輩が怒っているのは案外怖くて、動けない。

 

「ああそうだよ!抜かれまくってるよ!お前やシエルならともかく、ナナにも結意にも抜かれたよ!それでも俺に出来ることないかって必死に探してんじゃんか!」

 

もしかしたら、ギルも同じなのかもしれない。何でもない時なら今頃立ち上がって殴り返しているはずなのに、今は座ったままだ。

 

「俺にはお前らみたいな経験なんてないし!」

 

シエルちゃんとギルを指して。

 

「ナナみたいに開き直れたりしないし!」

 

違うよ。ロミオ先輩。私が元気になれたのは、ロミオ先輩も含めてみんながいたからで……

 

「結意みたいに化け物でもないんだよ!」

 

結意ちゃんは……まあ確かに別格に見えるけど。

それでも、ちゃんと私達の仲間だよ。

 

「俺はどうせ役立たずで……お前らのなかじゃ、俺の居場所なんか、なくて……っ!」

 

そのまま、先輩はエレベーターに飛び乗って、私達が止める間もなく扉を閉めてしまう。

ジュリウスも結意ちゃんもいないことが、極大の欠落であると……この時改めて理解した。


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