GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
綻び
「リンドウさん!本部に照会を!クラウディウス博士のレポート内に情報があるはずです!」
建物への流れ弾を防ぎつつ言う。その気になれば何てことのない相手とは言え、普通の子がいる前で下手な真似はしたくない。
だいたい、私も渚も腕輪がある。普通の神機を使っている普通の神機使い、を演じる手前、まずもってその気になってはいけないだろう。神機だってそれっぽい形に形成している。
よって情報が必要だ。なるべく詳細なものが。さすがに、無策に突っ込むのは怖いものがある。
あるのだが……
「さっきからやってる!」
言われ、私も通信機を動かす。
……短距離も通じない?
「まさか……」
零號を見やる。もしかして、こいつが通信障害でも引き起こしているのだろうか?
だとすると厄介なことになる。今最も必要なのは、私達にとっては情報でも、他にとっては状況だ。
ここはもちろん、外から接近する個体が、どこにどれだけいるか。それが分からない限り避難もままならない。
「神楽!そのまま流れ弾を処理!一発も漏らすな!渚!ここのシステム全部握れ!お前がレーダーだ!」
「了解!」
「OK!ったくもう……人使い荒いったら!」
リンドウさんから指示が飛ぶ。聞きながら、私はどうも違和感を感じていた。
精緻な記憶が残っているわけじゃないけど、零はこんなに強い、というか、使える代物だったろうか。
レポートでは試作品にして実用に耐えないもの、なんて扱いだったはずなのに。いくら情報がないとは言え、リンドウさんと張り合う時点で大方のアラガミとは戦える。常識の域まで制限した運動性ではあるものの、私を吹き飛ばすほどの攻撃は十二分な威力を持っている。
誰かが改良した?でも、誰が?
【誰だと思う?】
《分かってて聞いてるでしょ。それ。》
【……うん。】
二人いる。そしておそらく、一人に絞る必要はない。
一人は理論、一人は技術。察するにそんなところだ。
「掌握完了!シェルター外に人はいないよ!」
……なんだろ。腹立つ。
桜鹿博士、ソーマ博士。大好きな二人が持つ肩書きが、どうにも汚されている気がする。
「……ああもう!」
人がいないなら気にする必要はない。いやまあ、建物の近くはまずいけど。
延々続く流れ弾の一つを、その横っ面に叩き返す。全員がしばらく守勢に回っていたことで、それが都合一発目。
「おいで!相手したげる!」
ちょっと鬱憤晴らさせなさい。文句は生みの親三名に言うこと。
*
チャリティー活動、査察。それぞれ称して行われた別働隊もあの状況では引き上げる他なく、俺達も俺達で、いるとバレる前に撤退した。
曲がりなりにもフェンリル管轄の建物からアラガミが出たことで、上層部は希に見る騒ぎになっている。報告もそこそこに叩き出された会議室は、入れ替わりで大勢の役員が突っ込んで行った。
おそらく、あの資料で余計に場は混乱することだろう。何も不審な点がないとなれば、誰かに責任を擦り付けるなり何なり、スケープゴートを立てる必要がある。
……研究や運営に関しては、だ。
「あ、いたいた。おーいリンドウ。」
妙な点が出るなら、ほぼ間違いなく人。あそこに入り、出て行った孤児から出る。研究室にそれがなかったと考えると、おそらく別の場所に保管されており……
「ツバキさんから打ち上げ代もらいました。どうします?」
あるであろう場所へは、姉上が行っている。
しかしまあ、賢しい部下ってのは上司にとっちゃ面倒極まりないな。
「んじゃま、たまにゃあ飲みにでも行くか。」
「えー。どうせなら美味しいものでも食べましょうよ。」
「って言うか、私がいると居酒屋なんて入れないんじゃない?」
うちの鬼姉が打ち上げ代なんざ出すわけがない。だいたい、俺はともかく神楽は財布の紐がキツいのだ。
彼女が手に持っている封筒は確かに現金入りなのだろうが……なるほど。たまには外で食べてこいと、姉上からと思しきメモが付いている。
どこに何の目と耳があるか分からない。三年前に学んでいる。
「うし。渚おいてけば飲み屋にぐほっ!」
「誰を置いてくって?」
望ましいのは本部の外にあるどこかしらの個室だが……あまりそういうのに詳しくはない。
「それじゃあ、お酒が飲める料亭とかにします?ちょっと良さそうなお店見つけたんです。」
「賛成。」
「だな。」
調べてでも来たのか、そもそも店漁りが好きなのか。いずれにせよ、異存はなかった。
*
食物の不足と共に停滞する食文化も、本部管轄居住区ともなればそれなりに残り、多少の発展すら遂げている。支部にもあるにはあるが、比べるべくもない。
それらの大半はフェンリルにおける権力者や出資者、あるいはただの富豪達向けに商う店であり、密談に用いられもすると聞いたことはあった。
神楽が見つけてきたのも、やはりそういう類の料亭だった。
「……こーして見るとさ、お育ちが違うよね。これ。」
「え?」
渚が隣の神楽を見て言う。
並んでいるのは、所謂懐石料理なんてやつなのだろう。食べ慣れているとは到底言えない……むしろ、本格的な物は初めて食べたであろうそれに苦戦する約二名を後目に、見事な所作でもって食べ進める。端から見れば、上流階級と平民の絵になるだろう。
「ほら。それとか。何がどうして置くも持つも箸持ち替えてんの。しかも自然に。その上頻繁に。」
「そう?こういうとこじゃ普通……」
「リンドウ。こういう店のご経験は?」
「なし。」
まあ、とは言えこいつのことだ。ソーマと食べ歩いたなり何なり、祝い事か談話にでも使うことがあったのだろう。今では俺より特殊任務にも就いている。作法に関しては元々学んでいたろうが。
「んで、だ。」
「そうですね。そろそろ……」
言いつつ書類を取り出す。
「ツバキさんがコピーを取ってきた名簿です。マグノリアへの入出者を年毎に纏めたものと、同じく年毎の在籍者……それぞれの最新に当たるのがこれらです。」
「ふーん……あ、こいつ。鬼の時にタックルかましてきた奴だ。」
「ちゃんといる?」
「私のとこにいたのは全員。」
「こっちも、かな。……レンチン卵君発見。」
苦笑と青筋を織り交ぜつつ、互いが相手した子供らについて笑い合うチャリティー班二人。
会話の中、若干寂しげな声が混じっているのも気のせいではないだろう。
「ま、その辺はひとまず置いといてだ。調べるぞ。」
「はい。ひとまず……全部纏めてみましょうか。出ているのに入っていない、とかがあれば、一番分かりやすいです。」
目算でも百は軽い束に、内心嘆息しつつ取りかかった。
正直事務の連中に任せたいところではあるが、こればかりはそうもいかない。最も調べたい部分は上にとって関係ないに等しく、どころか極東には大いに関わる。諸々の事件や内情によって各方面から睨まれているこちらとしては、下手な情報を掴まれても困るのだ。
よって、まずは秘密裏に動く他ない。ソーマもそれを踏まえて俺に話を持って来たはずだ。神楽も頭は回るが、生い立ち故か人を疑うことに不得手。と言うより、嫌悪を抱いている節がある。彼女から見て明らかにそうでない場合を除いて、相手を善としてしまう。
……思うに、それはおそらく正しい。推奨される生き方ではないが、理想論の一つだ。全ての人間がそう考えるようになれば、なかなか清い世界が生まれるだろう。同時にほぼ間違いなく実現しない理想でもある。
こいつを見るにつけ、人の在り方ってものを考えさせられる。
「うわっ。何これ。多くない?」
「五年前……その時期、どこかの支部が壊滅しかけたから、それじゃないかな。」
「なーる。流石博識。」
「んー……ちょっと私と似てる子がいたんだ。日本人名で、たった一人生き残ったって。」
渚も渚だ。記憶云々を考えれば、ある意味三歳児。それでいて他人の機微には異常なほど敏く、俺が知る限りの誰より状況を読むことに関して一日の長がある。彼女の言う“先”ってのは要するにその集積だろう。世界の全てを知るものが予測を行った場合、それは予知になる。
この二人の目から、人間はどう映っているのか。救いようのない生き物、でないことを祈る。
*
数時間後、机にぶっ倒れている渚と、天を仰ぐ神楽とを目にしていた。かく言う俺も、ずるずると椅子から滑り落ちそうになっている。
「あー……もう……成果なし……」
「件の結意って子も別に変なとこないし……ちゃんと入ってちゃんと出て……と。はあ。」
「孤児になったのは九歳で……神機使いになったのは十二。今そうだよね。」
「だったはず。神機使いの若年化って、わりとすごかったんだ。」
微苦笑しつつ語る二人。
だが、ふと。記憶に引っかかることがあった。
「三年前……ねえ。」
鼓結意が孤児となった時期。額面通りなら三年前になる。それがおかしい。
「五年前っつってたんだがなあ……」
「何がですか?」
「結意ってのをラケル・クラウディウスが引き取ったのが五年前、ってな。ソーマがブラッドの隊長から聞いたらしい。」
もちろん、情報が狂った可能性はある。引き取ってから二年、自分の元に置いていた可能性もだ。
だが、であればどこで。あるいはなぜ。問題は再度生じる。
もしその問題がビンゴなら……場合によっちゃ大当たりだ。
「……どうした?」
「いえ。ちょっと調べ物を……」
しばらく顎に手をやっていたかと思えば、端末を取り出して何事かし始めている。神楽も神楽で何か思うところがあった、と言うことか。
「ま、マグノリア入出だし。外れっぽさは未だ健在と。」
「そんでも一応極東にゃ教えとくさ。少なくとも五年前から二年間は所在がはっきりしてない、なんて言い方は出来るからなあ。」
「ラケルってのに直接聞けると早いんだけどね。」
「やめとけやめとけ。怪しさしかねえの相手したってしょうもない。……っと?」
ガタン、と音が響いた。見回せばそれは、神楽が自分の端末を落としたことによるもの。
それを拾うこともなく、彼女は片手で頭を抱えながら大きく嘆息する。
「ちょ。大丈夫?顔色悪くない?」
「……大丈夫。自分の間抜けさ加減に呆れただけだから……」
言いおいて、ようやく画面が付きっぱなしの端末を拾い、こちらに向けた。
「五年前です。あーもう……思いっきり自分基準でした。考えてみれば、まともな子供が一人で生き残るなんてほぼないんですよ。」
バックライトを強くしながら、もう一度嘆息する。表示は至極単純な大きめの文字。
生存者:1
鼓 結意