GOD EATER The another story.   作:笠間葉月

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β01.交わっては通り過ぎる

 

交わっては通り過ぎる

 

「あー、こちらラット1。侵入経路を二カ所確保した。」

「ラット2了解。」

「ラット3了解。入ります。」

 

マグノリア・コンパス。ラケル・クラウディウスが所有する孤児院であるそこに、俺は本部所属の二人を率いて忍び込んでいた。

ソーマからの連絡を受けての行動だったが、意外にすんなり通ったように思う。過去のエイジス潜入の功績のせいか、どうやらこういう任務に使える、と思われたらしい。

 

「確認する。本部との通信は可能か?」

「……いえ。微弱ではありますがECMが張られています。短波通信が利くだけ儲けもんっすね。」

「あまり強いと本部も気付くからなあ……まあいい。予定通り、三方向から研究施設の捜索を開始する。パパラッチ。情報頼む。」

「しばらく直進。突き当たりで左。そしたら二つ目で右。……って言うか、そのコードネームなんとかならない?」

「んー?ま、気にするな。」

 

少し前に神楽が報告を出した、P66型偏食因子に対する疑念。それを建前上の理由として、クラウディウス姉妹の失脚を狙っている、ってところか。本部の連中はこれだから好かない。

エイジスの時も、発端はやはりそれだった。ヨハネス支部長の権力を削ぐためにと始まった捜査が、たまたま功をそうし今に至る。

だからまあ、正直無意味に等しい作業が待っていると言っていいが……こういう任務は報酬も弾んでいるものだ。

二人はそれ目当て。俺は……いや、少しはそれ目当てではあるか。

 

「……子供がいませんね。職員も少ないような……」

「別働隊が動いてる。神機使いのチャリティー活動、ってな。子供らは広場に集まってるさ。」

「職員は?」

「そっちは査察入れてんだ。いろいろ突っ込みまくる鬼女だからな……だいたい張り付けておけるだろ。」

 

神機使いを引退したら、こういう裏も裏な仕事で稼ぐのも悪くないかもしれない。

もちろん、それまでに生きていくに十分な稼ぎは得られるだろうが……子持ちがどんだけかかるかなんざ、分かったもんじゃないしなあ。

 

   *

 

右耳のインカムからリンドウ達の声。左耳からは子供達の甲高い声。なかなか辛い音響な気がする。

 

「渚ねーちゃん!次ねーちゃんが鬼だぞ!」

「わーかった分かった。えーと、何人いるっけ?」

「んとねー……三十六人!」

「多っ!捕まえきれるかな……」

 

容姿が容姿なだけあって、どうやら子供受け……というか、相手には向いているらしい。なかなか複雑ではあるけど。

周りにいるほとんどが十歳程度。低いところだと五歳くらいだろうか。

つまりはそれだけ、低い年代の孤児が出ているわけだ。この辺りは本部管轄地域もあるってのに、笑わせる。

 

「じゃあ、二十秒な!」

 

子供らが数えつつ方々へ逃げる。その間私は、数カ所の監視カメラから映像をもらう。

最近になって、私のオラクル細胞の特性がようやく把握出来た。転移だけだと思っていたら機械にねじ込めた辺り、何かと多様かもしれないとは思っていたけど、存外汎用性が高いらしい。

 

「パパラッチよりラット1。次の交差で右。続いて左、左、直進。これミスるとはち合わせるよ。」

 

今やっているのは、遠くにある監視カメラに微量のオラクルを入れておき、その映像をリアルタイムで確認する、というもの。

機械感応、とでも言ったところだろうか。それなりに遠隔操作も利いて、使い勝手がすこぶる良い。この遠隔操作が出来るって言うのを応用したのが転移だったりするのだろう。

まあ、数カ所入り込めない場所もあるし、探査用の偏食場すら通らない地点すらある。万能とは行かないらしい。

 

「二十!」

「うっし。」

 

リンドウ達の針路探査、神楽や他の神機使いの様子見。加えて、ツバキにリンドウから離れる形になるよう査察ルートを指定する。

それらを連動させられるのはなかなか便利なもので、実質この作戦の正否は私にものし掛かっている。面倒極まりない。

 

「いっくよー。」

 

しかも、体の方は別個で役割が持たされている。

子供らの相手。ちなみにワンパク担当。

だいたい世代ごとに神機使いを割り振っていて、神楽は上の子達。あれで並の研究者以上に知識はあるから、上手いこと先生役が出来るらしい。家事も得意とあって、その辺りを教えたり、単純に食事や何やを作ってやることも出来る。

でまあ、元の性格がかなり温和しい。かつ、右腕の羽根についてある程度理解を示せる相手でないと、なかなか動きづらいってことで……

 

「負けたら罰ゲームだぞ!」

「ちょっ!それ聞いてない!って言うかあんたらやってない!」

「ねーちゃんだから罰ゲームありなの!」

 

こういうドタバタするやつは、私にお鉢が回ってくる。

まあでも、私としても都合はいい。あの妙な一件以降少し考えすぎている部分があったから、何かしらでリフレッシュしたい気持ちが強かった。

視覚にカメラの映像を投影しつつ、私も遊ぶとしよう。加減は……そんなにしなくていっか。ワンパク共だし。

 

   *

 

料理。裁縫。

半ば日課のようでもあったそれらを、そう頻繁にはやっていなかったなと気付く。

ただ、何より笑ってしまうのは、カモフラージュで付けている腕輪が邪魔で邪魔で仕方ないこと。最初に付けたときもそうだったな、なんて、体に当たる度懐かしくなってしまう。

 

「神楽さん。片付けはやっておきますね。」

「あ、うん。お願い。」

 

ここにいるのが五人。渚のところに四十人程度。他にも小隊規模で神機使いが同じ動きをしているから……ばらつきはあるにしろ、数百人規模ということになる。

この子達は十代後半。まだ仕事をしようと思えば生計を立てられる可能性もないわけじゃない。特にここの教育水準を考えれば、フェンリル内で働いても不思議じゃないだろう。

その何倍もの孤児が、ここにはいる。大半はこの子達より若い。押さないとすら言える子だっている。

私もほんの少し運が悪ければ、こういうところに入っていたのだろう。父さんの名前と、築いてきた信頼と。それらのおかげで今の私はいる。引き取られず路上で死んでいても、なんらおかしい話はなかったのだ。

 

「こんなに美味しいの食べたのって久しぶりです。ここのご飯って、味よりバランスばっかりだから。」

 

……母さんに、教えてもらえたこと。

 

『うん。よく出来てる。美味しいわ。』

 

この子達は、それすらなかったんだ。

 

「味で考えると、どうしても偏っちゃうこともあるから。もっと食べ物が増えればいいんだけど……」

「そういう研究とかってあるんですか?」

「うん。そこまで規模は大きくないけど、一応ね。」

 

私にとってごく当たり前の知識が、人によっては聞き覚えがあるくらいだったり、全く知らないことだったりする。昔から経験してきたことだし、きっとこれからもそうだろう。

ここの子達は基本的に、現代において教育水準の高い部類に入る。理事長が研究者、というのもあるだろう。そちらに大きく力を入れているのは、パッと見ただけで伺える。

だがそれでも。いやだからこそ、だろうか。料理や裁縫なんてものに堪能な子は、ほとんどいない。

 

「いいなあ。私も料理出来たらなあ……」

「神楽さんは、誰に教えてもらったんですか?」

「母さんに……だけど、教えてもらったというか、自分でやってみたくなった、かな。」

 

少しぼやかす。家族というものをあまり意識させたくはない。

こういうところに入っていたとしたら、私はどのくらい家事をやっていただろう。少なくとも、今ほど率先して動きはしなかったろうし、技術的にも大きく劣っていたと思う。

母さんから学び、養い子である身から家事を引き受けた。それでようやく今の私がいる。

どちらが幸せだったか。この子達には悪いけど、比べるべくもないと、そう思ってしまっていた。

 

「こういうの、自分で出来たらなあ、って。他にもいろいろあったんだけどね。」

「へえ……神楽さんのお母さんって、どんな人なんですか?」

 

なんて考えていたからか、その質問には不意をつかれた。

避けた方がいいかな、と思っていた話題だけど……むしろ逆なのかもしれない。

 

「んー……何て言うのかな。教えるときは毎回鬼だったけど……」

「鬼……ですか。」

「聞いたら怒りそうだけどね。でもまあ、いろいろなことを教えてくれたし、いつも気にかけてくれた。……弟もいて、二人で遊んでいた時はいつも、笑って見守っていてくれたよ。」

「くれた、って……」

 

聡い子。

 

《大丈夫?》

【……うん。】

 

いつかこういう日も来るのかな、と思っていた。生き残った者の務めとして、その日を語り継ぐ。

もちろん覚えていることなんて少なくて、自分の周りのことで精一杯。それでも私が語る言葉は、生き残りとしての責任を伴うんだろう。

 

「2066年7月7日、フェンリル極東支部第一ハイヴがアラガミの襲撃により壊滅。死者行方不明者は総人口マイナス一人。」

 

外部居住区の人数なんて今でも把握されていない。だから、生き残りから逆算するような言い方になってしまう。

きっと、アナグラが壊滅しても似たような表現が用いられるのだろう。

 

「唐突かつ大規模な被害に、神機使いは誰一人間に合わなかった。そもそも当時はピストル型神機が現役の時代で、一人二人来たところで何の役にも立たないような、そういう状況だった。極東支部も自分たちの防衛に精一杯でしかなくて、ハイヴを気にかける余裕もない……今でこそ防衛班を置いているけど、それが出来るようになったのも、存外最近のこと。」

 

だから私には語り継ぐ義務が生じる。極東最悪の人災を、あちこちボヤかしながら。

 

「逃げようとする足は動かなくて、結局私が生き残ったのは、運と奇跡と父さんのお陰……」

 

気付けば私以外が発する音は、洗い終わった食器から滴る水滴のみになっていた。

……少し、この子達には踏み込みすぎる話題になっていたろうか。

 

「……ごめんね。こんな話して。」

「あ、いえ!聞いたのは私ですから……」

 

だけどそうして踏み込んだからこそ、私はあることに気付いた。

それは意識することが少なくなっていた。もしかしたら、忘れかけていたかもしれないこと。

生きろ、と。ただそう一言、父さんが残してくれた。だから私はここにいる。

 

「一つだけ、お願いしていい?」

 

みんなが頷く。

これから私が言う言葉は、どんな意味を持つんだろう。

私にとってそれはきっと、父さんとの約束の再確認。

 

「覚えていないかもしれない。恨みだってあるかもしれないけど。」

 

私が一番伝えなくちゃいけない、たった一つの言葉。

危ないところだった。語り継ぐとか言いながら、一番言わなくちゃいけないことを言いそびれるところだったじゃないか。それなりに親不孝者だ。

 

「みんなを産んでくれた人。育ててくれた人。愛してくれた人。関わった人全員のために、生きて。誰かのために生きるって馬鹿みたいに重いけど、一人で生きるには、私達は弱すぎるから。」

 

……生きろ、私。

 

「神楽!裏に来て!リンドウが交戦してる!」

 

インカムから響く声。渚の声だ。

 

《新種の大型が一……他に、中型以下が接近中。》

【うん。】

 

生きる責任。私のそれは、ただ生き延びるだけじゃない。それだけで終わらせるつもりはない。

誰かを守りたいから、だから生きる。あの日にそう決めたから。

サイレンが鳴り始める室内。私は一人、立ち上がる。

 

「大丈夫。」

 

不安そうに私を見る子達。ああ、そうかと。八年前の私も、きっとこんな顔をしていたんだ。

生き抜け。私。手が届くだけでも、私を増やすな。

 

   *

 

避難誘導をしてから向かったそこは、なかなかに混戦の様相を呈していた。

 

「遅れました!」

 

リンドウさんと渚。あとの二人は本部の神機使いだろうか。一人は倒れ、もう一人がその救援に当たっている。

 

「すまん!あっちの二人を頼む!」

「はい!」

 

……私も現金というか単純というか。少し前まで灰色がかっていた神機は、以前の白を取り戻しつつある。

まだ全部払拭出来たわけじゃない。インドラに重なった怜が見えなくなったわけでもない。それでも、少しは楽になった、のかな。

 

「下がって!避難誘導をお願いします!」

 

二人を背に守りつつ、アラガミを確認する。

けっこう大きい……というか、これは……

 

「……これ、零號神機兵?」

 

昔、レポートだけなら見たことがある。クラウディウス博士が作り出した神機兵のプロトタイプ。

 

「リンドウさん!いったいどこから出てきたんですか!」

「後で話す!」

 

私や渚のことを知らない人がここには多い。下手に能力を使うのは避けたいところ……

 

《あんまり強くはなさそうだけど……どうする?》

【……ううん。】

 

……いいや。守ると決めている。

たとえどんな目を向けられるのだとしても、私がそう決めたから。

 

【全力で行くよ。イザナミ。】

 

私が守ってみせる。


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