GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
実在しない感傷
連日無理すらある訓練をこなし、新しい神機に慣れた頃。ジュリウスさんとアリサさんと共に、支部長に呼び出された。
「さて。先日、ブラッド隊長と黒蛛病患者をフライアで受け入れる旨について協議した。それを受けての任務と思ってもらいたい。」
そうなんですか?とジュリウスさんに目で問うと、軽い頷きが返ってくる。やっぱり隊長って言うのは、いろいろ仕事が多いものらしい。
きっと、私にあれこれ回らないように。なんて面もあるのかな……だのと自惚れてしまう。
「まずは現状の確認が最優先との結論で合致したのでね。ブラッドの二人は査察。アリサ君はその案内を行う形になる。加えてフライアから数名が同行する予定だ。失礼のないように。」
「了解です。って言うか、誰に向かって言ってるんですか。」
「いらぬ心配かね?」
「当たり前です。」
……何だろう。アリサさんに頭が上がっていないように見える……支部長って偉いんじゃなかったっけ?
「よろしい。ペイラー。黒蛛病患者に対する注意事項を。」
言って、横に立っていた榊博士に目を向ける。
「まあ、基本は君たちも知っての通りだけどね。接触感染の例は数件あっても、本当にそれによるものだったのか、あるいは赤い雨に知らず打たれていたのか分からないし、そもそも赤い雨以外に明確な感染経路が確認出来ていない。おおよその目星は付いていても、確証には至っていないのが現状だ。サテライトでは、簡易な隔離用テントなどで治療を行っているんだったね?」
「はい。本来はちゃんとした医療施設に収容するべきですけど、大半は作業員の詰め所すら満足に建てられていませんから。増え続ける患者のためにいちいち建設していては、拠点そのものの構築に支障が出る、と報告を受けています。」
「ありがとう。だとすると、やはり対策は十全と言い難い。患者との接触はもちろん、接近も控えるようにしてくれたまえ。黒蛛病に冒されたゴッドイーターなんて、笑い話にもならないからね。」
心なしか私の方を見ながら言う博士。確かに、笑い話にならないし、ならなくなるところだった。
……ダメだよ。私。そんなことになったら、誰も守れないから。
守らなくちゃいけないんだから。私のせいで死んだ人の分、私がいたから生きている人を。それはきっと、私の贖罪になる。
思い、また自嘲する。何に対しての贖罪かすら思い出せないくせに、よく言ったものだ。
「全てのサテライト拠点を回ることは数の面から見て難しい。よって、君達にはネモス・ディアナをその例として確認してもらうことになる。一度訪れた場所なら、他より幾分か都合もいいはずだ。」
「お気遣い、感謝します。あちらでアラガミと遭遇した場合は?」
「応戦願う。いる神機使いを動かさずにいられるほど、余裕のある場所でもない。」
それはきっと、アナグラも、ブラッドも同じなんだろうな……と、軽く目を伏せる。
誰にも戦ってほしくない。戦うしかない世界だと、思いたくはない。
「出立は明後日。予定では一○○○だが、アラガミの出現状況によっては前後する。以上だ。質問がなければ下がりたまえ。」
心の中で、小さく、小さく。世界を嫌悪した。
*
「最近さあ。ジュリウスと結意がすっぱ抜かれること多いよな。」
言葉通り二人がいない任務で、ロミオ先輩はそんなことを言った。
多い……のかな?まあでも、確かにこの四人で任務、とか、ちょくちょくある気はする。
「そうは言っても、立場だけでもブラッドの隊長と副隊長。特におかしな点はありません。」
「いや、そりゃ分かるんだけどさ。」
何となく、ロミオ先輩の言うことは分かる気がした。
ちょっぴり負けた気がするのだ。同じ時期に神機使いになったのに、結意ちゃんは私よりずっと早く血の力に目覚めたし、私よりずっと強い。この間だって結局守られたのはこっちで、下手したらアナグラにアラガミが押し寄せるところだった。
だから、負けた気がする。って言うかたぶん負けてる。悔しいとかじゃなく、事実としてそう思う。
「ま、いっか。」
もしかしたら、ロミオ先輩はそれを悔しいって思っているのかもしれない。
「……ロミオ。一つ言っておくことがある。」
「え?」
それはきっと、焦りに似ているんだろう。血の力が暴走して、それを早く制御出来るようにならなきゃって、焦った私のような……そういう、どうしようもない焦燥とか、なんか、そんなの。
「一人で出過ぎるな。お前がフォローすべき時もある。今日、何度いいのをもらいかけた。」
「えー……いやー……固いこと言うなって!為せば成るって言うじゃん!」
「おい……」
「危ないときはカバー頼んます、って。ずっとそうだったろ?」
「最近のお前は目に余るっつってんだ。無理な訓練なんざして……」
「大丈夫だっての!こう見えても体力あるんだぜ?」
へらへら笑うロミオ先輩と、眉間に皺の寄ったギル。
私はシエルちゃんと顔を見合わせながら、ギル寄りの意見を持って見ている。
……だけど、きっと。たぶんだけど、血の力が暴走した直後の私は、ロミオ先輩寄りだった。それがどうにもむず痒い。
「ま、まあまあ落ち着いて二人とも。もしかして、お腹減った?おでんパン食べる?」
「おおっ!サンキューナナ!」
「……俺はいい。」
何が、というわけじゃなく、漠然と嫌な予感がした。
ブラッドがブラッドじゃなくなっちゃうような、すごく嫌なことが起きようとしているような、暗いにもほどがある予感。
口に出すのが怖くて、私はそれを誰に言うでもなく、胸の内に押し込めた。
*
ナナさんの一件以来、だろうか。少なくともタイミングはその辺りから、リッカさんの機嫌がすこぶる良い。
一人の機嫌が良いとつられてしまうのが集団心理と言うものらしく、その明るさはエントランスに連日波及していた。任務の受注に来る神機使いもどこか朗らかなのだから、効果のほどが伺える。
「なんだか、最近ご機嫌ですね。」
「へ?そうかな?」
「はい。いつもよりニヤニヤしてますよ?」
「ニ、ニヤニヤ……」
ごしごしと顔をこするリッカさん。毎度のことながら油にまみれた手は、パックでもするように塗り広げてしまっている。
「件の、試作型神機ですか?」
「まあね。本体の出力が低すぎて、神楽とかソーマとか渚とか、あと結意ちゃんとかじゃないと、まともに使えないけど。」
「だからテスターを……」
「そ。データが取れたら、またいろいろやってみるつもりなんだ。コアの性能さえ底上げ出来れば、普通の神機も作れると思う。」
配属され立ての頃を少し思い出す。あの頃はまだ神機を作ることすらままならず、その上偏食因子投与の成功率が極めて低かった。神機を作るにはアラガミのコアが必要で、コアを集めるには神機使いが必要で、神機使いを増やすには投与成功率を上げる必要があって、上げるにはアラガミの研究が不可欠で……巡り巡って、アラガミの研究に神機が必要だった。
道端に落ちているアラガミ由来の素材や何やをかき集め、何とか作ったピストル型神機。最初期のそれの残存数は、今もって新型神機の数を圧倒的に凌駕する。今も昔も、問題は何一つ変わっていない。
「先は長そうだよ。」
彼女の肩をすくめる姿も、これまたあまり変わっていないのだけど。
「そういえば、ツバキさんから連絡がありましたよ。諸々の検査も兼ねて、神楽さんと渚さんが近々帰ってくるそうです。」
「へえ……いつぶりだっけ?」
「この一年はずっと向こうにいましたから……そのまま一年ぶりくらいですね。」
アナグラはと言えば、新しい人が増えても、古い人がいなくなることはあまりなかった。もちろん、時に死者は出る。あくまで他と比べての話で、ここが最前線であり、危険極まりない戦場であることに変わりはない。
ここにいることへの巨大すぎて漠然とした不安感はいつまでも払拭されないけど、今は誰もが帰ってくると信じられる。
そこにはきっと願望も含まれているだろう。欠けてほしくない、なんて思いが、一つ二つ山を成しているはず。
けど、まあ、それもいいかなって。
「コウタ辺りが騒ぎそうだね。出迎えパーティーしよう、とか。」
「……」
「あれ、どうかした?」
「いえ……アリサさんに厨房に立たせないようにしないと、と……」
「ああ……」
こういうバカな話で笑えるのが、とても貴重なことだと思うから。