GOD EATER The another story.   作:笠間葉月

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題名を付けられなかった戯曲

 

題名を付けられなかった戯曲

 

ふわふわとした感触で目を覚まし、同時にそれが夢なのだと確信する。

……近頃、こういう夢を毎夜見る。確か、昔のことを思い出そうとした日から。

 

「いい?結意。ここが今日から、あなたのお家よ。」

 

お義母さんに話しかけられる。……より正確に言うならば、お義母さんに話しかけられている私を見ている。

そして、今この視点こそが、私の記憶と呼ばれる物であることを知っている。あの日思い出したものがこれであると、確かに理解している。

これは五年前の記憶と呼ばれる物……私がマグノリア・コンパスに引き取られた日、ということになっている日の、記録。

 

「おうち……?」

「そう。ここで、みんなと一緒に暮らすのよ。」

 

この日からおおよそ二年後まで、この私が私を見ている視点で記録が構築されている。しっかり私の視点として記憶しているのは、たったの三年間。

そして、この日より前の記憶と呼ばれる物も全て、私のものじゃない。

お父さんと話した記録。

お母さんと遊んだ記録。

三人で食卓を囲んだ記録。

アラガミに二人を殺された記録。

どれも記録だ。記憶じゃない。これは私のものじゃない。いなければならない人がいないことを、私は知っている。

そうやって考える内、目の前で再生されていた記録は、板切れに描かれた物として浮かび始める。私はその板切れを押しのけて、先へ進んでいく。

 

『逃げて逃げて……全て忘れるの。今日という日はなかったんだって。』

 

そうしてしばらく行くと、瓦礫の山の中で女の子を前に泣く場面がやってくる。

それは確かに、私の記憶。

 

『そして生きて。結意はどうなっても、絶対に結意だから。結意のままだから。』

 

あなたは誰?どうして私を知っているの?

聞きたいことはいっぱいあるけど、記憶の中の私は泣くばかり。そんなことは出来やしない。

無情にも巻き戻しすら許されないそれは、そこからもまだ続く。

 

『お姉ちゃんは絶対、忘れないから。』

 

お姉ちゃん、と言うあなたは誰?それは、血縁としての意味?それとも、近所のお姉さんとか、そういう意味?

 

『あはは……泣かないでよ。大丈夫。きっと世界は、そんなに苦しいものじゃないから。』

 

血だらけで倒れている彼女はただ、言葉を紡いでいく。

どこから見ても手遅れなのが明らかで、いくつもの致命傷を前に私は何をすることも出来ない。

 

『……だから、生きて。約束だよ。結意。』

 

かくん、と。元々弛緩していた体から、完全に力が抜ける。

それを見ながら、私は言うのだ。

泣いていた私は形を潜めて、唇を噛んでへの字になっていた口を、にんまりと開かせて。

 

『旨そうだな。これ。』

 

だめ!

 

『だめ!』

 

私と記憶の中の私の口が連動する。別に私が言わせたわけじゃない。この時、私は同じように言っただけのこと。

 

『なんで!?なんでよ!私こんなことしてなんて言ってない!』

『はあ?あんたが望んだから汚れ役引き受けてやったんだろうが。』

『違う違う違う!こんなの違う!』

 

それは奇妙な一人芝居。私は私を御すために、全力で叫んでいる。

 

『もう……もう全部消えちゃえ!みんなみんなだいっきらい!』

『……だったら……』

 

瞬間、私は自分の体から追い出される。視界が奪われるとかそういう話じゃなく、私がそこから消えていく。なんて感覚。

 

『あんたも道連れだ。手前勝手に作られて、手前勝手に消されるもんか。』

 

直後に全身が引き裂かれるような痛みを味わいながら、夢の中で私は意識を失っていく。それが目覚める直前のものだというのもよく知っている。

だから私は問いかける。この夢の中、最後にだけ会える彼に。

 

「あれは、あなた?」

 

その問いにあまり意味はない。違うことは感覚で理解しているし、そもそも、見た目の性別から何から違うのだ。

彼は……いや、それは嘆息して答える。

 

「いや。……まあ、全く違うわけでもないが。」

 

しっとりと覚醒に向け沈んでいく中、それの表情は窺い知れない。

だと言うのに、きっと呆れと自嘲と後悔の混ざった、そんな顔をしているのだろうと。私は確信にも似た予想を立て、瞼の裏に投影しているのだ。

 

「……今また同じことになったら、あなたは同じことをする?」

「それはない。……馬鹿がいてな。案外人間も綺麗なもんだと、まあ、そう思わされた。」

「じゃあ……」

 

朦朧とし始めた意識でもう一度問う。それはきっと、それがきっと、一番大事なこと。

 

「あなたは、私の味方をしてくれる?」

 

素直に答えない。その代わりだと言わんばかりに、それは跪く。

そうして芝居がかった忠誠を、手の甲への口付けと共に誓って。

 

「……命令を。我が王。俺は主に従おう。」

 

私は小さくそれに微笑みを返す。王なんかより、どうせなら白馬の王子様を待つプリンセスが好みだけど。

でもまあ、女王様の役割のジュリウスさんなんて言うのも、ちょっと面白い。だとしてナイトは?ルークは?ビショップは?配役は存外足りなくて。

 

「……アブソル。ジャヴァウォックが一人たるあなたに命じます。この世界と人間を、愛してあげてください。」

 

私の知らない固有名詞が二つ、私の知るものとして頭に浮かぶ。

それはきっと、本当の私の記憶にすらないはずの、存在し得なかった言葉。

 

「御心のままに。しかし有り難いな。それは俺の意志でもある。」

 

そうして、もう一つ微笑を送って。

寝汗でぐっしょりになりながら、私は半日ぶりに……ゆっくりと目を開く。

 

   *

 

ここ何日か、夜毎何かの夢を見ている。

たぶん、私がなくした記憶の断片とか、そういうのだったりするんだろう。起きたとき覚えていないのが恨めしい。

でも今日は……意外なことに、一つだけ覚えていた。跪いて手の甲に唇を……と。およそやりそうにない動きを、どうやら夢の中の私はしくさっていたらしい。

 

「おはよー。」

「おはよ……ねえ渚。寝癖すごいよ。」

「へ?……うわっ。鳥の巣だこれ。」

 

母さんがどこかに行って、数日。アリスもジャヴァウォックもその偏食場すら観測されず、何とも張りのない日々が続いている。

 

「ま、シャワー浴びれば大丈夫でしょ。」

 

その上、今は神楽が相部屋……食事の用意も何もしなくていい……というか、する余地のない状態。ぐうたらに拍車がかかる。

家事の一つくらいしておこうか、と考えた頃には終わっている、ある意味恐ろしい生活だ。このハイスペックとソーマが果たして釣り合うのか……いやまあ、何かで釣り合うから鴛鴦夫婦なんだろうけど。共依存出来る程度に良い組み合わせと言うのが正しいかもしれない。

なんて考えながら、それはある種自分もだろう、と突っ込みを入れる。神楽がこの場にいることが、精神的な安定をもたらしていることは確かなのだ。

 

「あ、リンドウさんから連絡。近々マグノリア・コンパスに行くって。」

「マグノリア?」

 

確か、孤児院か何か……ちょうど極東支部にいるって言う、ブラッド付きの博士が運営する施設だっけ。

 

「ふーん……いつぞやのアレ?」

 

P66偏食因子。それがもたらした事故は、あの後も数件発生した。

今ではP66型を使っての神機使い増員は行われていない。あれに適合した、って人も多少なりいたから、現職の神機使いたちは少なからず落胆している。

 

「それもあるけど、ソーマが調べてほしいことがあるんだって。ついでに、偉い人達の思惑が少し。」

「何それ。」

「いくつかの技術を独占するラケル・クラウディウス並びにレア・クラウディウスの研究データを入手したい……ってことみたい。」

「ってことは、行くって言うか忍び込むわけ?」

「うん。ほら、得意な人がいるから。」

 

傍らから指令書らしきものを取り出す。

潜入班には……ああ、うん。適任。

 

「エイジス潜入の功績は大きい、っと。リンドウも便利屋になってきたね。」

「あはは……」

 

まあ、極東支部の人員は須く便利屋扱いされている気もするけど。四人しかいない面子を四人とも使うつもりらしいし、その役割も……何というか、雑用臭い。

 

「にしても、なんか今日は元気だね。ソーマから電話でもあった?」

「ん?ううん。そういうのじゃなくて……」

 

このところ、素晴らしく暗黒面に落っこちていた気がしたんだけど……今日はずいぶんすっきりしている。

こうなる理由と言えばそう多くはなく、その大部分はソーマに寄るもの……なんだけど。

 

「リンドウさんに、根詰めるな、って……」

 

珍しいこともあるものだ。なんて、不躾に思った矢先。

 

「……言われたんだけど詰めた結果、気付いたら机に突っ伏してて……」

「……」

「お陰様で何やかんや惰眠を貪ったはいいんだけど、今度は首が痛くって……どうしようもないからベッドで横になって、また寝て……睡魔ってすごいんだね。」

「いや、睡魔云々は問題じゃないでしょそれ。」

「うっ……」

 

まあ、存外彼女も人間、と言うことなのだろう。ある意味喜ばしい。

 

「でも、ちゃんと寝てから考えてみると、案外どうにもならないことで悩んでるんだな、って……そう思えて。」

「とは言うものの、悩むのは止まらないから困ったものだ、って?」

「ん……たぶん、またすぐ思い詰めちゃうかな。」

「相変わらず面倒な性格だよね。神楽って。」

「そんなはっきり言わなくても……」

 

人心すら一時は……いや、突き詰めれば今も失っているような私より、彼女は人間だ。

アラガミとして私より強い彼女を人間と評するのは不自然で……抵抗すらある。それでも、事実は揺るがない。

 

「あ、そうだ……」

 

ふと思い立った、なんて様子で、神楽は端末を取る。

 

「どしたの?」

「うん。ちょっとリッカさんに。朝メールが来てたから、その返事。」

「……電話で?」

「電話で。」

 

ここで私は気付く。きっと、寝不足だの何だのって言うのはメインじゃない。

きっとそのメールとやらが、鬱屈した気分を吹き飛ばすに足るものだったんだろう。リッカからとなれば内容もだいたい見える。

 

「そか。じゃ、私は一人で任務行こっと。」

「え?別に長くは……」

「いーの。話したいだけ話しといでよ。」

 

どうせ長話になるくせに。苦笑を抑えつつ、エントランスに向かいながら端末を操作する。

 

「あ、ツバキ。十分後くらいにハンカチ持って屋上行っといて。……違う違う。別に“先”がどうとかじゃない。」

 

たぶんそのくらいで、嬉しくて大泣きする子供がいるからさ。

 

   *

 

支部のアンテナは屋上にある。支部内ならそれを介さず通話することも可能だけど、外との通話には必須な施設。

個人端末とアンテナの通信が最もよく通るのは屋上で……絶対に途切れさせたくない会話のために、寒空の下に私は出て来ていた。

 

「……あ、もしもし。リッカさん?」

 

トクントクン、と、心臓が高鳴っている。

 

「メール、見たよ。」

 

狂おしいほどの歓喜に、体がバラバラになりそうだ。

ねえ、父さん。あなたの技術は、今もしっかり生きています。

 

「もう神機は作ったの?……うん。うん……あはは!先に作っちゃったんだ!」

 

父さんが作って、私とソーマが復元して、リッカさんがもう一度、形にした。

見えますか?私の中にしかいなかったのに、今ではこんなに多くの人が、あなたを知っています。

嬉しい反面、ちょっぴり悔しいです。私だけの父さんじゃなくなっちゃいました。

 

「ナイフ?そんなに小さくなったんだ……あ、ううん!嫌なんじゃなくて、驚いちゃって。……あー。そもそもコアがちっちゃいってこと?……なるほどねえ。先はまだまだって感じ?……ん。がんばろうね。そっち戻ったら、結果合わせて再考する。」

 

母さん。見えますか?こんなに多くの人が、父さんを支えています。まるで自分のことみたいに誇らしいんです。

怜。凄いでしょ。私たちの父さんは、頭おかしいんじゃないの?って思うくらい、立派な人だったんだよ?あなたは地下室そんなに好きじゃなかったけど、あそこで世界がひっくり返るような研究が進んでたの、知ってた?

 

「うん……え?……あれ?なんでだろ……なんか、これ、止まんない……」

 

どうしよう。涙が止まらない。嬉しくてたまらないのに。こうして父さんが生きていることが、どこまでも誇らしいのに。

どうしよう。顔がぐちゃぐちゃだ。笑いたいのに、どこもかしこもシワクチャになっちゃう。

ああ、どうしようどうしよう。嬉し泣きなんていつぶりだろ。わかんないや。力入んない。立ってらんない。ああもう。ほんと、これどうしよう。

 

「……ありがとう……ありがとう、リッカさん……」

 

かき抱く肩が震えている。付いた膝が笑っている。間に落ちる涙で、小さな水たまりが出来ていく。

父さん、見ていてください。今はまだ全然届かないけれど、いつか追い越してみせるから。

ああ、どうしよう。もう端末も持っていられないほど、泣いて泣いて力が抜けちゃう。

 

「……リッカか。私だ。すまんな。話せる様子でもない。……ああ。また何かあれば、かけてやってくれ。」

 

その端末を、後ろからやってきたツバキさんが拾い上げた。

 

「こんなところで座り込むな。風邪を引くぞ。」

 

肩にかけられる上着の暖かさと、涙を拭いてくれる手の柔らかさ。それは、いつかの母さんを思い出させるのに十分で。

私はまた、泣いてしまうのだ。




ジュリウスみたいな兄か結意みたいな妹がほしいです(唐突)
段々と中の人の想いがにじみ出始めたような…まあ元々そうだったような…それはさておき。

先日、GER、GE2RB共にアプデが来ましたね。ミッションなかったですけど。神機もなかったですけど。砂でもショートでもいいのでください(地団駄
久々にRBを引っ張り出しましたが…捕食ってあんなにやり辛かったんですね。Rの捕食モーションにずいぶん助けられていたのを痛感しました。
よくよく見れば、Rで弐式(従来のコンボ捕食)も射程が延びているようですし…
とは言え、やっぱりバレットの自由度はRBが優ってますね…砂BBの残留弾の復活を切に願っていたりします。

なんて、色々話してますけども。一番文句があるのはそこじゃなくて。
…バーリオルぅ…
 ※破砕無属性ショート。切断スピアやら何やらと同系列のあれ。
なぜRにはバーリオル君がいないとですか。ベナンダンテ(切断無属性ショート。マルドゥーク装備)は対象アラガミがいないからまだしも…
シュヴァリエ(貫通無属性ショート。短剣勢にとってはお馴染み)含めて物理属性コンプリートしていたと言うのに、何故に解雇されとるとですか…
衣装も減り、神機も減り。戻ってみて痛感したせいで、インフラが一瞬で過疎に陥った理由が垣間見えた気がします。かむばっくばーりおる。

そんなわけで(どういうわけだ)、新作に一番期待しているのはバーリオル復活だったりします。破砕ショートがあるだけで捗る任務がゴロゴロと。
感応種も神融種も、その他2074年世代の新種たちも、何も言わずに復活するでしょうからね…システム面は気にしなくていいから、何卒バーリオル…
というか、システム面の変更はしないでください。狙撃判定の再認識が面倒です(をい


…あら?なんかすごい長くなってる(
さて。次回投稿ですが…ロミオ編を今月~来月中に突っ込めるかな?なんてところです。ナナ編のチェック中に書き進んだ分がそこそこありますので。
何とか新作の詳細発表までには、RB編までしっかり終わらせたいところですね。

…なお、新作が出た場合、そちらのストーリーも作成するかどうか。こちらは未定です。
無印編から始まり、少々原作改変がマッハですので…Rのストーリーなんて、ここじゃ成立しませんよ?どうしてくれるんですか(知らん
月の緑化が絡んだ瞬間に「HAHAHA!詰んだ!」ですし…うん。見て考えます。
…え?GEOのシナリオ?私の環境ってアンドロ4.0台で止まってるんですよ無茶言わんといてくだしあ(目逸らし

さてさて。長くなってしまいましたが、本日はこの辺りで。
また次回、お会いしましょう。

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