GOD EATER The another story.   作:笠間葉月

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誰もが一人も死なせたくないから

 

誰もが一人も死なせたくないから

 

あれだけ多かったアラガミは、いつしか残り一体にまで減っていた。

私だけじゃどうにもならなかったであろうそれは、大切な三人が加わってくれたことでようやく、成し遂げられている。

バカだな、私。初めっから、頼ったって良かったんだ。そのことに今更気が付いた。

 

「これで……」

 

帰ったら、いっぱいありがとうを言おう。いっぱいごめんなさいを言おう。

 

「お終い!」

 

きっと、今日一番の鉄槌を叩き込みながら、私はおかしくてたまらない。

ついさっきまで空っぽだった背中を皆が守ってくれている。皆の背中を、私が守っている。

これが守りたいということ。その本当の意味なのかな。バカな私はよく分からないけど、それでも、重たくて、心地良いことは分かる。

 

「ほら。腹減ったろ?」

 

ロミオ先輩から渡されるおでんパン。時間と場所とでひんやりしているそれは、不思議と温かい。

 

「えへへ……冷めちゃってるよ……」

 

それどころか、動き回ったせいで汁が外側にはみ出している。アルミ箔の内側はべっとりとしていた。

だけど、それがなぜだか嬉しい。

 

「でも、美味しい……美味しいよ。」

 

ここで私は、遅ればせながらあることに気付く。

 

「って、あれ?隊長と結意ちゃんは?」

 

自惚れみたいだけど、こういう時は全員が来てくれるのがセオリーだったりするものじゃないんだろうか。隊長と副隊長、その両方がいないというのは、どうにもおかしい話にも思える。

聞くと、三人は顔を見合わせた後……

 

「そうだよ!結意もだ!」

「行くぞ!そういやもう一人迷子がいやがった!」

「連戦ですが、行けますか?」

 

行けるよ。行けるけど……

 

「あー……えと、どゆこと?」

 

まずは説明がほしいなあ、なんて思う私だった。

 

   *

 

早く、速く。足で追いつけるかどうか分かったものでないにしろ、ヘリを二機使うわけにはいかず、だからこそ気が逸る。

届くか?間に合うか?鼓は今どこに?

自然発火でもしそうな程熱くなった脳髄は、スライドショー気分で最悪の光景を思い浮かべ続け、熱を保ったまま極寒へと落ちる。

 

「くっ……」

 

不自然に重い左手は、鼓の神機の重さ。もはや形を保つのみとなったそれは、俺が触れても何も起こらない。

確かにこんなもの、あってもなくても似たようなものだろう。ああそうだろう。それがどうした。

あいつは神機使いだ。人間だ。誰が否定しようと、ブラッドの誰一人としてあいつを化け物とは思っていない。

歳に対して酷く冷静沈着で、経験より過分に強くありながら、年相応に青く、見た目通りに弱い。博士に甘えることが多く、隊員からはある種のマスコットのように思われ、何かと場を和ませる。

それが、ブラッド隊副隊長鼓結意という人間だ。

その姿を俺はようやく、視界の終端に捉えた。

 

「鼓!」

 

まだ声は届かない。そんな距離からでさえ、アラガミに幾周か囲まれた向こうにいる彼女が限界であると見て取れる。

最も外側にいた小型種を切り結びながらひた走る。速く。もっと速く。誰一人こぼさないように。

膝を付く鼓を見ながら、慣れない左の投擲体勢に入っていた。

あいつの目の前で、アラガミ達は心なしか歓喜している。幾多の同胞をほふった天敵へ、逆襲するその時が来たとばかりに。

させるものか。

妹のようなあいつを、失ってなどなるものか。

慣れない左の、慣れない全力の投擲。関節が悲鳴を上げるのもかまわずに、俺は彼女の牙を投げ飛ばした。

 

   *

 

インカムから聞こえる声は、ナナさんや皆の無事を告げている。ちょっぴり涙声で、いつもよりは静かに騒ぐように。

よかった。皆を守ることが出来た。

ようやく果ての見えてきたアラガミ達は、それでも困ったことに、今から全て殲滅するにはやはり多い。疲労とオラクル切れ。重くのしかかるそれらが、ある種の絶望を伴っている。

あと何体いるだろう。あと何体、私は戦うことが出来るだろう。あとどれだけの間、私は生きていられるだろう。

 

「……」

 

だけどね、あんまり怖くないの。今なら私は、私がいたことで守れた人がいるって思えるから。

私がいなければ生きていたであろう人はその何倍もいるけれど。それでも。

五人だけかもしれない。もしかしたら、それより少ないかもしれない。それでも。

一人くらいの役には立てたかなって、そう思えるから。

思えるから。思えるでしょ。思ってよ。この期に及んで白馬の王子様なんて期待しないでよ。生きていたいなんて考えないでよ。

 

「……ジュリウスさん……」

 

想い人の名前を口にしてしまう。ごく小さな声でも、大きな未練のようにのし掛かってきている。

抱く想いは、いったい何だろう。恋、とは違う気がする。お兄ちゃんがいたら、ちょうどこんな感じなのかな。

……ダメでしょ。結意。あなたが口にするべきは別れの言葉。ほら。口を開けて。

眼前に迫ったボルグ・カムランの針より数瞬早く、私は言う。

 

「たすけて……」

 

届かないはずの言葉。それに返されるのは、目前に迫った痛みであるべき。

 

「……え……?」

 

返礼は、後ろ……つまりは極東支部側から吹っ飛んで針を弾いた、濃縮オラクルのアンプルが括り付けられた私の神機。

そして、急ブレーキをかけるようにザリザリと鳴った足音。

 

「ああ、何度でも助けよう。隊長として、ジュリウス・ヴィスコンティとして、俺の手が届く限り助けてみせる。」

 

遅れて怒気をはらんだ声。およそ初めて耳にする彼のその声は、むしろ温かい。

 

「なんで……」

 

振り向くのが怖い。もしかしてこれは走馬燈ってやつで、振り向くと私の死体があるんじゃないだろうかとか、そんな想念に囚われる。

 

「だから、俺の側を離れるな!お前を死なせてでも生き残りたい人間など、ブラッドに置いた覚えはない!」

 

ねえ、本当に、あなたはそこにいるんですか?

とても怖いです。早く確かめたいのに、振り向く勇気すら出せないんです。

 

「間に合ったか!ナナ!」

「任せて!さー、こっちだよ!」

「ロミオはナナのカバーを!ギル、右に!」

「ああ!」

 

でも、そう。前の方で始まった戦闘は、間違いなくそこで起こっている。

じゃあ、やっぱり、そこにいてくれるんですか?

私の真後ろで聞こえる足音は、幻聴なんかではないんですか?

 

「鼓。」

「……はい。」

 

そうだ。チビな私の頭上を抜け、アラガミに突き立てられた神機は。

埃と誇りにまみれた黒と金の刃は。

私の頭に乗せられた、この手は……

ぜったい、ぜったい、ぜんぶが、ほんものだ。

 

「よく頑張った。」

「……はいっ……!」

 

夢になんてするものか。夢と言われて誰が信じるものか。

私はここにいる。ジュリウスさんもここにいる。みんなみんな、すぐ側にいる。

 

「まだ終わっていない。立てるな?」

「はい!」

 

足下のアンプルを起き上がりながら使う。微々たるものではあるけど、体の中でオラクルが流れ出す。

壊れて意味を成さないはずの神機を掴む。重たくなった右手は少しばかりの違和感と、幾重にも重なった安心感。

その刃にオラクルを充たして。

 

「直線上のアラガミを撃破する!その後、左右に分かれ挟撃!」

「はいっ!」

 

私はまだ、生きていてもいいですか?

 

   *

 

想定外だ。

もちろん、当初の想定から外れたと言うだけに過ぎない。全体を俯瞰すればたいした問題ではないし、ここからの修正も容易。大きな路線変更が必要になるわけでもない。

ただ、これまで予想を裏切らなかったあの子が、ここに至って大きくズレたのはやはり予想外だ。何かしらの外的要因が加わったとしか思えない。

様子を見るに、アブソルによるものではない。最も、あれが変な動きを見せることはないだろうが。

 

「……目星は付くのだけど……」

 

と言うより、あれの動きでないと半ば確信したことで、消去法的に見えてくる。

あの子の言ったお姉ちゃん。おそらくはそれ、ないしその周辺の影響。

そう思いつつも、どこかで違和感がある。そうではないと直感的な理解を持っているような、曖昧だがある意味最も信頼のおける、ただの勘。

もし結意が何もかも思い出したのなら……あの子の家族は、そもそも生きて会ったことのない母親を除いて禁忌であるべきなのだ。だからこそ私を母代わりとさせ、ジュリウスを兄か父親のように思わせることに成功した。

……考えれば考えるほどに分からない。どこで歯車がズレた?

確かめる必要がある。結論づけ、一つ連絡を入れた。

 

「お姉さま。マグノリアに、本部から査察が入るようです。」

 

査察とは名ばかりの強制捜査だろうが。

 

「出来損ないの零を起こしておきましょう。」

 

あの子の姉が何をしたのか、私は探らねばならない。


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