GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
戦う理由
「ここまで来れば……」
ここまで来れば、アナグラは大丈夫。アラガミは引き付けられているはず。
私のせいでアナグラの皆を危ない目になんか遭わせられない。
望んでもいない誘引なんていう力。使うなら、誰かの役に立てるなら今しかない。私自身を囮にしてアナグラの皆を守る以外、使い道はないんだ。
「私がやらなくっちゃ。今度は、私が守るんだ。」
お母さんと、何人もの神機使いを殺したアラガミの大群。もしかしたら、私が引き寄せちゃったのかな。だとしたら烏滸がましいけど、今はお願い。手を添えるだけでもいいから。
目の前には四体のヴァジュラテイル。奥にはコンゴウが見えていて、確かシユウ種も群がいたはず。
絶体絶命、かなあ。
「……上等!」
倒してみせる。守ってみせる。私に出来ることは、それだけだから。
*
突然の呼び戻しにヘリの中で状況の説明を受けながら、安心とも焦燥ともつかない感情を抱いていた。
状況は芳しくない。ながらも、極東支部そのものへの被害はないと考えて構わない。それだけに、この後どうなるかはなかなか読めない。非常に面倒な絵を描いている。
「ってーと、俺らはアナグラで待機かね。」
「だろうな。見事にもぬけの空だ。」
ブラッド隊に任せていた支部防衛。それが動いていない。神機使いの人数不足ってのは結局のところ慢性的だ。六人加わっても、どうにもならない局面は多い。
そんな中で、安全地帯で瓦礫漁りをしている隊長格三人……ともなれば、呼び戻されて当然だろう。
「あんま、ブラッドにゃ頼りたくねえなあ……」
「へ?あー。ギルって、ハルさんの元部下でしたっけ。」
「それはまあそうなんだけどな。別に、あいつに手柄取られるーとか、んなこた考えてない。俺が懸念してるのはもっと別のとこさ。」
「……鼓結意。違うか?」
「まあ、な。」
どうする?と軽く目を向けてきたハルオミに続きを促す。俺のことは気にしなくていい。むしろ、俺以外の意見を聞きたいと思っていた。
「グラスゴーで見たが、やっぱなあ……あのいわゆるアラガミの力ってのは、そう簡単に制御できるもんじゃないと思ってる。言っちゃ何だが、ソーマ。その点に関してはお前も不安だ。」
「それでいい。」
むしろ、そうであってもらいたい。俺自身がこの力は不安に感じている。
「つっても、それなりに制御していることも知っている。だから正直、お前等三人に関しちゃ強くは気にしてない。……んだが、あの子はどうも……」
「制御する前に使われているように見える……だろ。」
「そういうこと……って、おーい。コウタ。湯気出てるぞ。」
「……んが?」
一度、オラクルに関する基礎講義でも突っ込んでやろうか。寝られない環境で。
*
「三十七……三十八……三十九……」
少し引き付けすぎたかもしれない。都合四十体目の屍を作りながら、私はぼんやり考えた。一体一体は何てことはない相手でも、こう数が多いと骨が折れる。それこそ、限界が見えるくらいに。
そしてもう一つ。数とは別に、面倒な点があった。
「四十三……あ。またやっちゃった。」
神機を軸に放出しているのとはわけが違い、距離が離れるほどに狙いがばらける。追尾もさせられない。放出量を増やして、点でなく面で攻撃する必要がある。
ゆっくり狙えばそんなことはない……と思うけど、さすがにそんな余裕はない。
ああでも、なるほど。つまるところ私の力は、範囲攻撃だとかに向いているのだろう。狙い撃ちが出来ないなら、当たるまで攻撃を広げればいい。広く、広く。どこまでも広く爆心を広げれば、私の手はどこまでも届く。
もちろんそれは色々無理があって、結局は放射状にオラクルを飛ばすのに落ち着くんだけど。
……オラクル切れ、なんて言い方が正しいだろうか。ともかくも、もうそんなことが出来るほど、余力はないのだ。
「五十……」
近くまで来たドレッドパイクの群を、横薙ぎに喰い裂く。放出するわけじゃないなら、ずいぶん安定させられるみたい。
……盾にしか使っていなかったのに。私はいつの間に、これほど自由に扱えるようになっていたんだろう。
飛ばしたものはともかく、腕に象ったオラクルの刃の根本から先端まで。地面をしっかり掴めるように作り上げたスパイクの一本一本まで。背中を基点に、自由に動かせる形にした盾代わりの義肢の隅々まで。
それらが全て皮膚や骨の延長のように、私の感覚として広がっていく。増やせば増やしただけ、減らせば減らしただけ、ずっと昔からそうだったかのように感じられる。
「……まだ……」
私の背中には、とても。どこまでも。語り尽くせないほど大切な人がいるんだと。食べてしまいたいほど守りたいものがあるんだと。
そのことに、私は私でなくなって初めて気が付いた。
だけど、困ったな。なんだか眠いや。疲れちゃった。
ねえジュリウスさん。私、けっこう頑張りました。いっぱいいっぱい、皆のことを守りました。
あと少しだけ……あと、ほんの少しだけ戦えるんです。生きて、絶えるまで戦って……そうしたら、誉めてくれますか?私を、一度だけでも名前で呼んでくれますか?
私がいたから生きている人がいるって、そう思わせてくれますか?
*
……覚悟はしていたけど、予想を遙かに上回る数のアラガミに囲まれている。
いやでも、車で逃げていたときよりはけっこう減ってるかもしれない。なんとか終わりが見えてきているし、これなら……
「……あれ?」
かくっ、と、膝が折れた。
気付けば足はガクガクと震えていて、神機を持つ手の感触も定かじゃない。長時間の戦闘で疲れ果てたってこと……なんだろう。
あと少しなのに。アラガミの群にも、もう終わりが見えているのに。私はこんなところで立ち止まってなんかいられないのに。
だから、もう一体。それが終わったらまたもう一体。一体ずつでも、前に進むんだ。
「だから、お母さん。」
あなたを死なせた私だけど。
「力を貸してね。」
間に合うかな。ちょっと厳しいかも。目の前で口を開くオウガテイルに、のろのろとハンマーを振るって……
瞬間、その姿は視界から消えていた。
「おう!いくらでも貸してやるぜ!」
代わりに、ロミオ先輩が入っている。
「シエル!残りは!」
「小型十一、中型二!」
「中型は引き付ける!小型を掃除しろ!」
「了解!」
シエルちゃんに、ギル。
なんで?どうして?なぜ皆がここにいるの?
「ダメだよ!私の側に来ちゃ……」
「よっ、ナナ。よく頑張った。あとは先輩に任しとけ。」
違うよ。そんなことはどうだっていいの。私の側にいたら、どんどんアラガミに囲まれちゃう。
そんなの嫌だ。私のせいで皆が死ぬのなんて、絶対に。
「逃げて!私がいたら、どんどんアラガミが寄って来ちゃう!」
「良いじゃねえか!手間が省ける!」
「追跡の必要がない。可能な限り疲労を抑えるべき戦闘において、非常に有用な戦術です……大型一体、作戦エリアに侵入!ロミオ!ここは頼みます!」
「分かった!」
逃げて。お願いだから。
ああもう。どうして私は、嫌なのに嬉しいの。
「やだよ!皆が死んじゃったり危ない目に遭うなんて、絶対……」
「るっせえな……」
「えっ……?」
ギルの言葉が弁を遮る。
「お前からすれば違うだろうがな、俺らから見りゃお前も皆の中に入るだろうが!」
「ギル……」
それは予想外で、苦しくて、嬉しくて、何だかよく分からない涙を止め処なく流させる。
私は、生きていてもいいの?
「お前のおかげで、極東支部は無傷だぜ。ほんと頑張ったよな。」
「ロミオ先輩……」
「ナナ。あなたは、今何をしてほしいですか?」
「シエルちゃん……」
私は……
「……ごめんね、みんな。勝手だけど……」
もし、みんなといてもいいのなら……
「力を貸して!」
こんなに嬉しいことはない。
*
「っぁ……」
オラクルが消えた。まだ盾代わりの一本だけだけど、よくよく気を付けて見てみれば、他もずいぶん希薄になっている。
ここが私の限界点。戦いきれなくなった。そういう、とても単純な事実で、事態だ。
防げなかった氷柱で皮膚は裂け、傷口はピキピキと凍り付いている。血が出ていないのはある意味でありがたく、氷が奪う体温がどこまでも苦しい。
途中から数えるのをやめた討伐数は、今も尚増えている。今なお、私は引き寄せ続けている。
ナナさんの偏食場の真似事なんてもうしていないのに。つまるところ、私自身が寄せ餌の役割を果たしている……ということなのだろう。
「……まだ。」
それでも、まだ。
インカムからナナさん達の声が聞こえる。皆で一緒に戦っている。私、少しは役に立てたかな。
だから、まだ。
この声が聞こえなくなる時まで。ナナさん達が戦闘を終えるその時まで。
もうオラクルをいくつもいくつも形成している余力はないから、そう。刃とスパイクだけでいい。それだけあれば、私はまだ戦える。
「……ジュリウスさん……」
嘘でもいいから、誉めてくださいね。怒っていてもいいから、頭を撫でてくださいね。
バカで親不孝で不躾な私の、末期のお願いはそれにします。