GOD EATER The another story.   作:笠間葉月

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誰かのためと自分のため

 

誰かのためと自分のため

 

屋上で、ユノさんが歌っていた。

……悲しい歌。あまり知識はないけど、きっと、誰かを悼む歌なんだろう。

 

「……」

 

近くまで行っても、なかなか気付かれない。集中しているのかな。

それとも、私がここにいない。なんてことだったりするんだろうか。

……それでもいいかもな。どこかで、私は思っていた。

私がいなければ生きていられた命もあるって、それを知った。知る事実を、思い出してしまった。

私は……

 

「……結意ちゃん?」

「あ……」

 

いつの間にか気付かれていた。残念。どうやら私は、消えられたわけじゃなかったらしい。

 

「大丈夫?元気なさそうだけど……」

「……はい。大丈夫です。」

 

人が怖かった理由も、分かった。

……ただただ怖かったんだ。本当に。いつか復讐されるかもしれないから。

私のせいで死んだ人達。私が殺した人達。全部が寄り集まって、私の中で恐怖の形を作っていた。

それを理解したから、怖くなくなったんだろう。復讐するような人は誰もいないって、知っているから。

 

「さっきの歌って……」

「鎮魂歌。時々歌ってるんだ。戦うことは出来ないけど、せめてゆっくり眠れるようにって。」

 

……そうか。この人も、怖いんだ。

自分の見ていないところで死ぬ人。それは、自分がそこにいたら、もしかしたら助けられたかも知れない人。

どれだけ可能性が低くても、その事実は揺るがない。

同時に、自分がそこにいなければ生きていたかもしれない人。そんな人だって、やっぱりいる。

 

「あの……」

「ん?」

「鎮魂歌だけど鎮魂歌じゃない……と言うか……そんな歌って、ありませんか?」

「……?」

「たぶん死んでいるけど、けどもしかしたら生きているかも知れなくて……それで、もし死んでいたなら、きっとそれは私のせいで……」

 

そう。きっと私のせい。顔すら思い出せないままだけど、あの人が死んでいるなら、それは私のせい。ムカつくほど確実で、叫びたくなるほどどうしようもなく、私のせい。

何があったのかだって覚えていないけど。

あの日って、つまり何だったのか分からないけど。

 

「……万に一つも生きていられないようなことを、私がしでかしてると思うんです。」

 

それは確信。不確かな事実に抱いた、運命みたいな感情。

聞いたユノさんは、困ったように笑っていた。

 

「ごめんね。ちょっと嬉しくて。」

「?」

「結意ちゃんって、なんだか距離があるような気がしたから。そうやって自分のことを話してくれたの、ちょっとだけ嬉しいんだ。」

 

……私に使う言葉として、嬉しい、なんて、あっていいんだろうか。

 

「んー……鎮魂歌だけど鎮魂歌じゃない、かあ……」

「……」

 

ううん。だめだ。嬉しいなんて言われちゃいけない。

恨みを。妬みを。怨嗟を叩きつけられこそすれ、プラスな言葉なんてかけてもらっちゃいけない。

 

「……ごめんなさい。変なお願いしちゃって。話して少し楽になったので、もう大丈夫です。」

「え?でも……」

 

ミリミリ、と軋む胸の中。本当に痛いような気もして、私はそこを抑えながら逃げるように立ち去った。

そう。それに、もうすぐ来る。それが今立ち去る理由。それ以上も以下もない。ないんだよ結意。私は神機使いなんだから、ちゃんとアラガミを倒さなきゃ。

 

「……そうでしょ?お姉ちゃん。」

 

   *

 

「極東支部より北西方面!アラガミの群が接近中です!出られますか!?」

 

厳しい、と言っていられる状態でもない。掃討作戦はブラッドの不手際で不完全燃焼に終わったに等しく、他の部隊はそれにかかっている。

今アナグラで動けるメンツと言えば、ナナ以外のブラッド隊くらいなもの。幸いにして三人がエントランスにいる。

 

「ギル。シエル。先行して出撃してくれ。偵察部隊からの情報を待つより、こちらで確認する方がいい。」

「ナナはどうする。」

「待機だ。この状況下で再度暴走した場合、被害の規模が計り知れない。」

 

ロミオと鼓はアナグラにいるはずだが……鼓の状況を鑑みる限り、二人だけで出させるわけにもいかない。

 

「アラガミの群を発見した場合、まずは注意を逸らすことに専念。俺と鼓、ロミオで追って出撃する。本格的な戦闘はそれからにしろ。」

「了解。隊長もお気をつけて。」

 

言って行かせようとした矢先、別の警報が鳴り響いた。

……車両格納庫への無許可立ち入り……だったか?これは。

 

「何があった。」

「格納庫側からの連絡はなし。アラガミの侵入ではないようですが……これ、腕輪反応?」

「腕輪?」

 

誰の、と聞くまでもない。

今アナグラにいる面々を考えれば、わざわざ無許可であそこに行く神機使いなど一人しかいないだろう。

その一人が、現状大きな問題でもある。

 

「偏食場の確認を!ギル!シエル!追って無線で指示する!ロミオの神機を持って出撃してくれ!」

「ナナか!くそ……」

「ロミオに通達を!ヘリポートに直行しろと!」

「はい!」

 

神機格納庫へ入る二人。続けて鼓から無線が入った。

 

「ジュリウスさん。今どこですか?」

「エントランスだ。お前は。」

「外です。」

「……外?」

 

市街地にいる、ということだろうか?

 

「無線指揮車……なのかな。ナナさんが乗っている車両を追っています。極東支部を北側から出て、そのまま大回りで北西へ。アラガミの群にかするようなルートで……たぶん廃寺方面……もう間もなく到着すると思います。」

「待て鼓!神機は!」

 

フライアにあるならまだ持って行ったとも考えられるが、彼女の神機はここの格納庫だ。その上、進行方向からしても寄っているとは考えづらい。

とすれば、神機なしで出ていることになる。

 

「……?だって、必要ないじゃないですか。」

 

さも当然の如くそんなことを言ってのけた。

……知っているさ。確かに、あれはもう壊れている。使い物にはなっていない。同時に、問題はそんなところでもない。

お前は人間で、神機使いだろう。アラガミではないだろう。

 

「ふざけるな!」

「え?」

「お前の神機を持って行く!そこから動くな!これは命令だ!」

 

失いたくない。失うものか。お前は俺の部下だ。仲間だ。戦友だ。ブラッド隊の誰一人として欠けさせなどするものか。

命がけで守ってやる。お前達がいて、ようやくブラッド隊になるんだ。

 

   *

 

手ぶらで外に出ている違和感は、むしろ心地よかった。

あの日もこうして……いやまあ、あの日っていつなのかって想いはまだあるんだけど……それでも、軽い右手が体に馴染む。

 

「よかった。」

 

戦うな、とは言われなかった。

 

「あ、でも……だいたいナナさんの方に行っちゃうかな?」

 

それは嫌だ。せっかく引き剥がそうと思ったのに、それじゃあ意味がない。

……ナナさんと同じ偏食場、出せるかな。

試してみよう。ちょっとくらいなら出来るかもしれない。

心を落ち着けて。アラガミから美味しそうって見られるように。湖面に小さな波紋を立てるように、ゆっくりゆっくり広げよう。

 

「……」

 

パキパキと小さな音があちこちで響く。オラクルが空気に擦れる音。普通なら聞こえないその音が、しっとりと耳に馴染む。

……幼い頃、ずっとこれを聞いていた気がする。小さく小さく。だけど確かな、記憶の中の音。私が私を見ていない記憶の音。

あとはこれを。

 

「……せー……の。」

 

大きくするだけ。

遠くでナナさんが発しているオラクルとぶつかって、一際大きな音を立てる。少し圧しちゃったみたいだけど、ナナさんまでは届いていないだろうから……まあ、これでいいや。

色々なものにぶつかって跳ね返る波は、何がどこにあるかも教えてくれる。シエルさんとギルさんが乗ったヘリが廃寺方面に飛んでいたり、その先にたくさんのアラガミと、ナナさんがいたり。あ、遠くにジュリウスさんもいる。ちょっと先に極東支部。

それらよりずっと近くに、アラガミもいる。

 

「いらっしゃい。」

 

美味しそう、とはもう思っていない。と言って、他に何を思うわけでもない。道端の石ころ一つ一つに、毎度毎度何かしらの感情を抱く人はいないだろう。

ああそうか。これが今の私なのか、と。

心の中はバカみたいに静かで、しっとりと濡れている。ここは冷たい霧の中。

おかしいね。ぐしゃぐしゃのはずなのに。私は三歳で、中身は十四歳で。しかも十二歳までいる。まとまらないはずの私は、けれど一つだった。

 

「……始めよう。このままじゃ、危ないもんね。」

 

ジュリウスさんを危ない目に遭わせたくない。ブラッドの皆には、ずっと生きていてほしい。

それが私の戦う理由。それ以上も以下も、いらない。

皆を守れるなら、私はアラガミの王になろう。

 

   *

 

「ごめん!お待たせ!」

「早くしろ!」

 

神機は俺達が持って行ったにも関わらず、ロミオは遅かった。

 

「出してくれ!ったく。何してやがった。」

「悪かったっての!これだよこれ。」

 

バックパックからアルミの包みを取り出す。中身は……いや。突き破っている串でもろバレか。

 

「おでんパン……ですか?」

「ナナの奴、たぶん腹空かせてるだろ?だったら持ってってやらないとさ。」

「バカが。それより救援が先だろうが。」

「なにおう!」

「文句あるか。」

 

……こいつに苛々するのは今に始まった話じゃない。昔から無駄は多い奴で、神機使いとしてはブラッドで古参に当たる俺からすれば、あまりに突っ込みどころがありすぎる。

だが、まあそれはさほど気にならない。純粋に経験値の差もある。こいつの突進力が有用なときも多い。

それでも最近のこいつは……

 

「戦闘前の無駄な消耗は避けるべきと考えますが。」

「……」

「……分かってる。」

 

生き急いでいるように見えて仕方ない。無理な訓練メニューで疲労が溜まり続けているのは見ていれば分かる。

その様が、僅かにケイトさんを思わせる。神機使いとして最後まで、最期まで戦い続けることを決意し、貫いたあの人は……そうであったが故にいつもボロボロだった。

 

「あれは……ナナさんが乗っていた車両?」

「腕輪反応はもう少し先だな。壊れて捨てたか?」

 

地上を見ながらも、俺の頭はロミオに何を言ってやろうかなんて考えで埋まっていた。

この状況でナナに食い物持ってってやろう、とか考えられる奴、お前しかいないんだろうが。生き急いでんじゃねえ。

そう本心を組み立てたのは一瞬で、次の瞬間には小言や文句の類に変わっていた。


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