GOD EATER The another story.   作:笠間葉月

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歪曲

 

歪曲

 

とてもいい。この子の力は、やはり私の思った通りだ。

 

「……ナナさんね、なんだか、すごく美味しそうに見えた。」

「美味しそう?」

「うん。傍に行って食べたいって。」

 

ナナの血の力を考えればそうなって当然……少し効きが強いけれど、それだけ結意がアラガミとして大成し始めているということだろう。

懸案事項は、少しアラガミに寄るのが早いこと。

アラガミを引きつける力。ナナの血の力に誘われるのは当たり前とは言え、美味しそうとまで感じるのはまだ早い。

あまりあからさまになると、ブラッドどころか極東の神機使いにも不審がられることになる。

 

「ふふ。面白いことを言うのね。そんなに美味しそうだったの?」

「ん……」

 

少し軌道修正をする……いずれはそんな必要も出るだろうか。

 

「他の人の前で言っちゃだめよ?変な子だと思われるもの。」

「そう……かな。」

「ええ。」

 

……やはり、サテライトに行く前と比べて著しく人間性が薄れたように見える……自分がアラガミだと言うことを自覚し始めたのかもしれない。

自覚することはいい。問題はそれが一段跳ばしになったこと。

おそらく今の結意は、自分の発言が人からどう見られるかを考えていない。

 

「人間は臆病だもの。」

「……そっか。そうだね。」

 

……いや。違う。今の彼女はもっと何か……

 

「ねえ。お義母さん。」

 

壊れているのに冷静。落ち着いているのに焦燥。どこまでもアンバランスだと言うのに、そのまま均整を保っている。

 

「私ね、昔のことを思い出してみたの。」

 

その言葉は、そんな彼女への違和感がどうでもよくなるほど待ちわびたもの。

ようやく。ようやく行き着いたのね、結意。偉いわ。

さあ。開花の時よ。結意。早く手向けてちょうだい。死にゆく星へ献花を。

これを待っていた。彼女が自らに疑問を持つ時を、心の底から待っていた。

 

「……お姉ちゃんがいないの。どうして?」

 

   *

 

「端的に言えば、ナナ君の血の力が彼女の意志に反して発動した。ということだね?」

「ジュリウスからは、そう。」

 

……なぜ俺が……いや、判断の理由は分からなくもないが……

今のブラッドで、半アラガミの神機使いとの接触回数が最も多く、かつ先日の一件での結意も見ている。

ジュリウスの奴が俺を派遣したのは、おおよそそういう理由からだろう。

……正直、この学術的な話ってのは得意じゃないんだがな……

 

「なるほど。だとすると、ナナ君の血の力はアラガミを引き寄せる。いわば誘因とも言うべき力なんだろう。」

「はあ……」

「ジュリウス君の統制。シエル君の直覚。それから君の鼓舞。発現は、ナナ君で四番目かな。」

「四番目?」

 

ジュリウスの後に結意が来るはずだ。ラケル博士の話では、あいつの血の力は喚起。ナナは五番目になる……

 

「結意君の力のことを言いたい。違うかい?」

「そうです。あいつはジュリウスの後に……」

「うん。確かにそう見えるだろうね。」

「見える?」

「ジュリウス君も知らなかったようだけど……どうやら、フライアの博士達は心配性みたいだ。」

「もったいぶらないでください。どういうことですか。」

 

血の力でないというなら、これだけ連続して発現しているのは何故だ。

その質問を投げる前に、博士は言い始めた。

 

「君やナナ君の場合、アナグラに着いてから発現しているだろう?だからこちらでも観測出来たんだが、さすがにそれ以前の三人についてはどうともし難くてね。ラケル博士に情報開示を求めたんだ。」

「発現時の、ですか?」

「そう。向こうも快く開示してくれたんだけどね。一個だけおかしいんだよ。」

 

コンソールを数度叩き、いくつかのグラフを表示する。

 

「結意君の喚起が情報通りのものである場合、ブラッド隊以外の神機使いにもブラッドアーツが発現していなければ、辻褄が合わない。」

「……はあ?」

「直接的な言い方をするなら、結意君の血の力は発現していない。あるいは発現しているけど、喚起とは違う何かだ、ということさ。」

「いや、しかし……」

「分かっているよ。喚起という力がなければ、君たちがこれほどまでに早く、血の力を発現させることもなかったろう。」

 

表示されたグラフの内三つがクローズアップされる。

神楽・シックザール。ソーマ・シックザール。渚。それぞれに振られた名前はそんなものだった。

 

「これは?」

「極東支部所属の半アラガミ神機使い達。そのアラガミとしての能力使用時の偏食場波形さ。重ねるよ。」

 

数カ所で一致している……というのを言いたいのだろうか。

 

「ここに、こちらで確認した結意君の波形を重ねる。」

「あいつの?」

「いろいろあってね。実は彼女は神機を使っている間、必ず能力を使っているんだ。」

 

鼓結意、と銘打たれたグラフは、他三つと同じ位置で一致点がある。

 

「彼女の神機は、君たちがここに到着した時点で完全に壊れている。それが神機として動いているのは、単にオラクルを彼女自身が配しているからだ。」

「……それが、これだと。」

「察しがいいね。僕に言わせるなら、結意君は血の力を、血の力ではない形で発現している。」

 

言葉を切った博士に頷きを送る。

……聞いておかなければいけない気がした。ジュリウスが俺をここに寄越した理由が、きっとここにある。

ラケル博士が隠そうとしていることを、ラケル博士に知られず、理解しなければならない。

 

「シエル君を始め、君たち三人の血の力を強制的に目覚めさせた、アラガミとしての力。言うなれば……支配。かな。」

 

……ラケル博士は、いったい何をしようとしている。

 

   *

 

第一ハイヴ跡地。

中心部はオラクル細胞の存在しない領域になっているものの、外周部は未だ、神の世界でしかない。

……リンドウから連絡のあった、ジャヴァウォックの組織片。あるとすればここだ。

 

「どうだ。」

「ダメっぽい。瓦礫が多すぎて、見た目も分かんないんじゃ探しようがないって。」

「同じく。どうする?ソーマ。」

 

親父に確認は取った。確かに、正体不明のオラクル細胞塊がここに運ばれていた、と。

そのままの勢いで回収を特務指定しやがったのは……一発ぶん殴るかとも思ったが、その迅速さが取り柄でもある。

結果として各部隊の隊長が動くことになっちまったが……まあ、何とかなるだろう。

 

「にしても、ここがねえ……」

「あ?」

「暴走させられた愛しの王子様を、命がけで救った姫君の……うぐっ!」

「殴られてえか。」

「……大丈夫っすか?ハルさん。」

「て、手加減してくれると助かるんだがな……」

「却下だ。」

 

……言い方はともかく、確かにそうだ。

あいつの故郷だった場所で、俺はあいつと戦った。

 

「なあ。帰るまでちょっと余裕あるんだろ?」

「時間は多めに申告してある。状況も分からなかったからな。」

「じゃあさ、慰霊碑寄ってこうぜ。ここまで来ることって少ないんだし。」

「……ああ。」

 

遺体のない墓。それ自体は、このご時世じゃ珍しくない。

だがどうも……自分と少なからず関わりのある場所がそういう状態にあるってのは、やるせないもんだな。

 

「……行くか。花もねえが」

「深くは気にしなくて良いもんだぞ。大事なのは、忘れてやらないことだしな。」

「お!ハルさん、たまには良いこと言いますね。」

「……さり気なく抉りに来てないか?」

 

飽きない連中だ。

 

「にしても、オラクル細胞が存在しない、ねえ……」

「ああ……いや。その認識で構わない。」

「違うのか?」

「外から自然には入ってこないだけだ。オラクル細胞自体は、別に影響なんざ受けてねえ。」

 

誘因が可能なら、排他も可能。その良い例だ。どちらかと言えば本能的に避けているだけだろうが。

それだけに、ここに来る度思い知らされる。アラガミへの戦力でありこそすれ、アラガミがいない世界においては兵器と何ら変わりないのが神機使いであり、その神機使いがアラガミの次に矛を向けるであろう対象が俺達だ。

立場上明らかに矛盾しちゃいるが、少なくともあいつと生きていられる間は、アラガミが幅を利かせていてもらいたい。

この体は、所詮人間にとっては危険物以外の何物でもない。

 

「あー……確かに、この辺でアラガミって出ないような……」

「一体も出てないだろう。いい加減、そういう資料にも目を通せ。」

「……気が向いたらってことで……」

 

……だがおそらく、ここは俺かあいつが死んだ時点でその効力を失うだろう。

アラガミが寄りつかない絡繰りはあくまで偏食場であり、推論段階ではあるが、元となったコアが動いているからこそ存続している状態にある。

俺とあいつの偏食場が、たまたま上手い具合にぶつかり、たまたま残留した。たったそれだけの不安定な聖域。

神機使いを引退したら、あいつはその研究でも始めるだろうか。

 

「……」

 

……そうだな。ここに家を建てても良いかもしれない。

俺とあいつと、もう少し増えるだろうか。夢物語だとは思わない。

 

「おーい。置いてくぞ。」

「ああ、悪い。」


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