GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
始原細胞
《……暇。》
【いいことでしょ。】
実際にはこれまでが忙しかっただけ……そう思う。
とにかくアラガミとの戦闘を繰り返し、この捕喰欲求をどうにかしていく。そのために連日連夜出撃していたから……
……ある意味で、何も考えないでいられる時間も増えていた。それは良いことだったんだと思う。
【ねえ。イザナミ。】
《何?》
【もう一度インドラが出たらさ……私、勝てるのかな。】
《取り乱さなければね。》
【……】
私にとって、インドラは何だったんだろう。
家族の仇?違う。
怜?ううん。コアは完全に違っていた。同じなのは外見と、偏食場だけ。
……こうして考えると、意外なほどに取り乱す理由がなかったと気付く。
確かに三年前のあれは、私にとって特別な意味を持つアラガミだったけど、この間現れた個体は一体のアラガミ以上では断じてない。
冷静に考えればあの場でも気付いたはずなのに……それだけ、疲れているんだろうか。
……あれ?
コアが違うのに、偏食場が同じ?
《……アラガミのコアは、取り込んだ人間のDNAに適応することはあっても、取り込んでもいないものの模倣はしない。》
【そう……だよね……】
だとすれば、理由は一つしかない。
オラクル細胞の組成が同じ。つまり……
……あのインドラが、おそらくはジャヴァウォックが原因で出現したことは分かっている。
全く同じでなかったにしろ、そのオラクル細胞は類似していた。……偏食場も。
どうして今まで気付かなかったのか。ううん。きっと、気付いていないフリをしていたんだ。
【……答えたくないかもしれないけど、答えて。】
《……》
【イザナミ。あなたは……ううん。複合コアは、ジャヴァウォックから作られたの?】
*
ソーマからの連絡を受けて数日。極秘で本部へマグノリア・コンパス潜入の打診をしたが、いつ返答が来るかは何とも言えない。
まあ、のんびり待つ他ないわけだ。暇なときはタバコでも吸ってりゃいい。屋上も開放されてる。
神楽が来たのは、ちょうどそういう時だった。
「……少し、いいですか?」
ここしばらく……ざっと三年は見なかった、人を寄せ付けない顔。
いつもの思い悩む感じとも違う辺り、何かとんでもないことがあったと考えて間違いはなさそうだ。
「ロシア東部原子力発電所爆破によるアラガミ掃討作戦。……ジャヴァウォックをリンドウさん達が確認したのって、その時ですよね。」
「だなあ……つっても、それがどうかしたか?」
「ジャヴァウォックの組織片を回収したりって、しませんでした?」
……極秘事項のはずだ。
あの時期の神機使いってのは、まだまだピストル型が現役の時代。混乱を招かないようにとジャヴァウォックの存在は秘匿された。
何しろウロヴォロスなんざ討伐不可能なアラガミとされてもいたわけで、それを遙かに越える大きさのアラガミなんざ、存在を認めること自体無理があったわけだ。
「……どこで知った?」
「話は後です。……クレイドル隊長として命令します。答えてください。」
「……」
三年前。自分がアラガミであることを隠し、家族の敵討ちのためにアラガミと戦っていた頃。
今のこいつは、あの頃にそっくりだ。
「回収班が俺たちと一緒に回収したって話だ。何せ特殊にも程がある試料だったしな。」
「それはどこへ?」
「極東の回収物資としてだからなあ……アナグラ……あの時期じゃあ、第一ハイヴのはずだ。」
「……やっぱり、そうだったんですね。」
第一ハイヴ。自分で言いながら、ひっかかることがあった。
「……お前の故郷……だったよな?」
「はい。」
「いや待て。そもそもどこで聞いたんだ?確信でもあったみたいな……」
「父の作った全ての複合コアに、ジャヴァウォックのオラクル細胞が使われています。」
……ある意味、最初から考えておくべきことだった。
神楽がアラガミとなった五年前の時点で、回収したジャヴァウォックの試料は一定の研究が進んでいたことだろう。
そしてこいつ自身、研究が行われていた第一ハイヴの出身だ。可能性は十分にあった。
……だがなぜ今になって……
「……私のコアに聞きました。複合コアは全て、ジャヴァウォックのオラクル細胞を利用して作られたものだ、と。」
「コアに?」
頷く神楽。……俺は……極東支部は、見誤っていたのかもしれない。
神楽は人間の想定を遙かに越えるレベルで危険をはらみ、アラガミとして大成している。
「……あの作戦、ユーラシア東部にアラガミが多かったから行われたんですよね?」
「ああ。」
「おそらくその時点で、ジャヴァウォックは存在していたものと思われます。オラクル細胞も散らばっていたかも……」
さすが……と言うべきか。こいつが研究者でないのは損失だな。
「確かに、特異な偏食場が存在するってのは観測されてた。それがアラガミによるものかどうかは全く分からなかったんだが……」
あの作戦は、今になって考えればお粗末にも程がある代物だった。
アラガミの特性を考えるわけでもなく、ひとまず集まっているからやってみるか。
根底にあった発想がそのレベルだった上、放射性物質やらを喰らって進化するアラガミの存在も考慮しなかった。
立案に関わっていればまともな作戦を立てられたとは思わない。だが、少なくとももう少し堅実な方法は採れたのではないか。どうしてもそう感じる。
「作戦以前に、その組織は回収されましたか?」
「分からん。今と違ってな、神機使いってもんが弱かった。実力も立場も……オラクル細胞を押し固めた弾丸を撃ってる軍隊の方が、頭数も権限もでかかったんだ。こちとら使い捨ての尖兵でしかなかったってわけだ。」
爆心地に囮として捨て置かれる程度には……無駄遣いの出来る資源と見られていただろう。
「あー……俺からも一ついいか?」
「はい。」
「お前の言う通りと考えて、ジャヴァウォックはつまり?」
「……ひどく複雑なオラクル細胞の塊。あるいは全く逆の、極限まで始原的な、レトロオラクル細胞に似たものの塊……」
「そうか。うっし。キュウビ追跡の打診もしとくか……」
「も?」
「ん?ああ。ちょいとあってな。別件で上に掛け合ってる。」
こいつが関わるかが分からない以上、詳細は話せない……な。うん。
ただまあ、それ以上に……
「……根は詰めるなよ。ひでえ顔だぞ。」
「あ……」
「キュウビもジャヴァウォックもそうだが、お前だっていろいろ未知数だ。無理はするな。」
……ま、俺が言ってもあんま聞かねえかねえ……
*
「探査範囲の拡大を確認。全てのレーダーの活性化が終了しました。お疲れさまです。」
偏食場レーダー。その精度と探査範囲の弱さは、けっこう前から言われていたことらしい。
それにオラクルを流し込んで活性化させる。というのが、今日の私の任務だった。
……面倒。
「ん。じゃ、ちょっと寄り道するから。」
「え?はあ……」
……それでも受けたのには、一つだけ理由がある。
「これで映らないよ。母さん。」
アリスの偏食場に限定して、レーダーに映らないようにすること。
どうせ私や神楽からはバレバレだし、ジャヴァウォックと類似しているとは言え見分けるのは容易い。
……母さんが言った、私への我が儘だった。
《……ありがとう。この辺り、少し懐かしかったから……》
「懐かしい?」
旧ドイツ郊外。駐留地点からいくらか距離もあり、この位置に来るまでいくつかの支部を巡る羽目にもなった。能力が幸いして、たいした時間はかからなかったが。
《あなたのお父さんの故郷だったのよ。この辺りが。》
「へえ……」
《まだアラガミが出現する前……正確には、人が世界を席巻していた頃に出会って……気が合ったのかしらね。意気投合したわ。》
表情が現れるはずもない顔は、心なしか照れているように見える。
《それが、今から二十年と少し前。それから……五年後ね。あなたが生まれたの。》
「じゃあ、私は二十歳近いわけ。」
《ええ。神楽さんより少し下よ。》
こんな形で自分の出生を知ることになるなんて思いもしなかったけど、これはこれで、ある意味面白い。
もう少し踏み込んで聞いてみようか。思った矢先、母さんの声はトーンが大きく落ちた。
《……その時点で、あなたはアラガミだったわ。》
自分を責めるような口調に何を聞くことも出来ず、無理とまでは行かない方向転換をする。
「……前聞いたときから気になってたんだけどさ。ジャヴァウォックに侵食されてたってどういうこと?」
私がお腹の中にいるときに、侵食されていた。母さんはそう言っていた。
《……ごく僅かずつ喰われていたの。体の内側から。》
「内側?」
《食べ物に混ざっていた……いいえ。混ぜられていたのかもしれない。》
「……」
《あなたのお父さんは、そこそこ裕福な家の楽師だった。その家で開かれるパーティーで演奏したり、娘さんに教えたり……そのお礼にって、時折お菓子を焼いてきてくれて……たぶん、それに混ぜ込まれていたんだと思う。》
……理解が追い付かない。
何?はめられたとか、そういうこと?
《あなたが動かないといけない時期がもうすぐ来るわ。》
「……どういうこと?」
《……しばらく、さよならね。》
「ちょっ。待って……」
母さんが消えた。それも私の探知範囲外まで。
そういう事実は簡単に理解できるのに、母さんの言葉の意味がろくに見えない。いつかみたいに“先”が見えるようなこともない。
……私に、どうしろって言うの。