GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
引き寄せられたもの達
ヘリで降下した直後から戦闘は開始された。
「降下地点を中心に防衛を行います!ギルさんは右翼に進みつつ迎撃、ナナさんは接近してきた敵を遠ざけてください!左翼は私が担当します!」
「了解だ!」
「分かった……」
ナナさんの返事が少し弱いけど、正直気にする余裕はない。
直前情報に比べてアラガミの集まりがいい。もたもたしていると大群に囲まれかねない。
……さすがにこっちも死ぬ気はないのだ。
「……ギルさん。交戦範囲をナナさんの近くに限定し、サポートを行ってください。」
「分かった……おい!お前も離れすぎるな!」
「えっ?」
ギルさんからの応答で、自分が降下地点からかなり離れていたことに気付いた。
ギルさんとナナさんが遠くにいる。その直線上をアラガミの死体が埋めていることを考えれば、私が倒して進んだ。ということなのだろう。
……いけない。私はやっぱり、どこかで戦場を自分の居場所と思っている。
そんなことは考えちゃいけないって分かっているのに、私はここで生きるべきだって。
「……戻ります!」
かつ、この現状に興奮すらしている。
ナナさんの調子が悪い。つまりは、私が対応する必要のあるアラガミが増えるということ。
増えれば増える分だけ、私は戦っていられる。それがたまらなく嬉しくて、心がわき踊る。
これはやっぱり、異常なことなのだろう。
それでも……
「ふふっ……」
神機越しに感じる、骨肉を断つ感触。これに快感を感じるようになったのはいつからだったろう。
ううん。……いつから、なんて言い方は正しくない。たぶんこれは、最初から感じていたものだ。
私の中のどこかで、ずっと気持ちいいと感じていたものだ。
自分がそう感じていることを怖いって思う部分もある。けどそれは、この快感に全く適うものじゃなくて、むしろ増幅させるように働いていた。
「ブラッドβ!周辺よりアラガミが接近中!」
通信機から響く声で我に返る。高揚感が続くまま、変な形で冷静に。
……まだ増える。嬉しい。
そう感じている自分に、嫌気がさした。
「数をお願いします!」
「東側より五体……いえ、六……七……八……嘘。増え続けてる!?」
「……他の部隊に余裕が出次第救援要請を!それまではこちらで!」
嬉しい。
奥底で、そういう感情ばかりが膨らんでいく。舌なめずりしている私もいる。
「おいナナ!どうした!」
ギルさんの声が響いて、私はもう一度我に返った。ナナさんが神機の構えを解いている。
何か、ぶつぶつ呟いているようにも見えるけど……ここからだと全然聞こえない。
「その付近から、照合不能の偏食場が観測されています!感応種に注意を……」
「……たぶん、ナナさんです。」
遠くで膝を付くナナさんを見つつアラガミを斬って、私は慌てる風でもなくそう答えた。
ナナさんのところに行きたい。たぶんこれは、他のアラガミにも共通する思いだ。
「三人とも、大丈夫か!」
「ジュリウス!いったいどうなってる!」
「分からないが、ナナの血の力である可能性が高い……話は後だ。こちらから退路を開く。それまで持ちこたえろ!」
……アラガミに共通する感情を、私は抱いている。
もうこの衝動に任せてしまえ。戦いたいと、喰らいたいと思う心に委ねてしまえ。
そうしたらきっと、怖いものはなくなって……
「ギルさん。ジュリウスさん。西側のアラガミ群を。数は減っているはずです。」
「ナナは!」
「東側の迎撃と併せて対応します。」
……そうだね。うん。それでいいんだよ。
あの日だって私はそうした。怖いものがなくなるように、自分がしたいように。
またそうしよう。一番怖いものがなくなるように。
「……あれ?」
ねえ、私。
ねえ、鼓結意。
あの日って、なに?
*
「ナナのことは任せる。第四部隊が針路上の掃討を行ってはいるが、気を抜くなよ。」
「任しとけって。とりあえず、榊博士のとこに運んでおけばいいんだよな。」
「隊長もお気をつけて。ギルが対応に当たってはいますが、まだ周辺のアラガミ反応は観測されています。」
「分かっている。」
鼓達への救援は成功したものの、二つの問題に直面した。
一つはナナのことだ。おそらくは血の力の暴走。現在も偏食場が出続けていることを鑑み、アナグラにあるという偏食場遮断室に入れることになった。
当然ながら根本的な解決には断じてならない。あくまで対処療法にすぎず、最悪その対処が意味を成さなくなる可能性も0ではない。
もう一つは、鼓に関してだ。
「……」
「大丈夫?」
「あ、はい。怪我とかはしてないです。」
……正直なところ、対処方法が見えない。
以前から兆候のあった戦闘時の人格変貌。これまではただの気分の高揚と見ていられたが、どうもそれだけではないらしい。
アラガミとの戦闘において、ある程度性格が変わったようになる。これ自体は珍しい話でもない。
特に神機との適合係数が高い場合、その傾向も強いと言われている。鼓の数値なら十分にあり得ることだ。
……だが、そういうレベルでないことは確認した。
「任せてしまって申し訳ありません。この後の芦原総統への報告が終わるまで、お願い出来ますか。」
あの状況下にありながら、彼女はアラガミをいたぶることに意識を傾けていた。
他の例の場合、少なくとも戦闘において完全に非効率な行動は取らないことが一般的と言う。
だが今回は違う。明らかに非効率。かつ自身に危険の及ぶ可能性すらある行動だ。
そしてそれ以上に……
『楽しい……あ、もっとちっちゃくしたら、食べやすいね。』
幸い、と言うべきか、実際にそうするようなことは阻止できた。
……考えるのはよそう。今俺がすべきは疑念を持つことではない。
何より幸運だったと言えるのは、鼓自身がその間のことを覚えていないことだ。
「気にしないで。こういうの、けっこう慣れてるんだ。年下の子とはよく一緒にいるから。」
「感謝します。」
移動含め、会うまではいくらか時間がある。長くはないが十分だ。
端末からラケル博士にかける。通信状態は良いとは言えないが、この際気にしてなどいられない。
「極東支部から報告を受けたわ。大丈夫?」
「俺は何も。シエル、ギル、ロミオの三名も大事ない。」
「……そう。」
彼女の声はどこか安心する。これを慕情と言うのなら、俺にとって博士は母としての存在になるだろう。
だが、俺はそれが正確な表現でないとどこかで理解してもいる。短くとも実の母と暮らしたあの期間とは、明らかに形の異なる感情なのだ。
……あいつに聞かれたからか。こうして考えるのは。
だが改めて考えると……取り繕われた感情に、気付かずにいられない。
慕情によく似ながらも、どこか乖離したこれはつまり何なのか。表現するに足る言葉を、俺は知らないらしい。
「ナナはおそらく血の力の暴走……問題は鼓と見ている。」
「結意は今?」
「ユノに付いてもらっている。落ち着いてはいるが、平常とは言い難い。」
今、俺が博士に聞くべきことは何だろうか。
細かい報告など後でいくらでも出来る。今聞かなければいけないことは……
「……ラケル博士。鼓は……いったい何だ。」
……これで正しいだろうか。
「結意は結意よ。人から外れてしまったけれど、アラガミでは断じてない。たった一人の結意。それがあの子。そうでしょう?」
そうだ。これは確かに、俺が求めていた答えだ。
だが同時に、それが真実と言えるかどうかに疑問が残る。明らかに豹変している現状にあって、本当にそう言っていいのだろうか、と。
「……」
「さあ、ジュリウス。まだそちらで済ませることがあるのでしょう?お話はまた今度にしましょう。」
「……了解した。失礼する。」
今度、か。
はたして改めて論を交わしたとして、進展があるものだろうか。
俺からは実状がろくに分からず、本人すら判然としているようには思えない。
話すべきは、鼓と博士になるだろうが……鼓自身がそれをよしとしない可能性すら考えられる。
覚えていないとしても、その異常性を最も知覚しているのは鼓だ。かつ、自分のことを話す性格でもない。
博士を母と同義に慕っているとはいえ、頼るかどうか……
「芦原総統。ブラッド隊隊長、ジュリウス・ヴィスコンティです。先の件の報告にあがりました。」
……冷静になれ。今俺がすべきは、思い悩むことではない。
そして俺に出来ることは、鼓を護っていくことだ。