GOD EATER The another story.   作:笠間葉月

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弾かれた人の町

 

弾かれた人の町

 

「あ、見えてきた。」

 

護送ヘリの中、横に座るユノさんが声を上げた。

 

「あれが?」

「うん。ネモス・ディアナ。サテライト拠点の原型かな。」

「ありゃあ……屋根か?」

「……この辺りはアナグラより雨が多いから。それに、その方がリソースを節約出来たんだって。」

「へ?なんで?」

「壁だけにすると、それを支えるための基礎がたくさん必要になるでしょ?オラクルリソースは壁だけの方が節約出来たけど、他の建材を考えたらこの方がよかったみたい。」

 

なんだか難しい話になっている気がして、ひとまずそのネモス・ディアナを観察することに集中した。

極東支部よりずっと規模は小さいけど、そこに人が住んでいるって、なんとなく感じられる。

 

「それだけ逼迫してたってことですよ。フライア、でしたっけ?あれ一個で、いくつサテライトが作れるか考えたことあります?」

 

フライアは、フェンリルの技術を結集させて造られた。なんて話を聞いたこともある。

節約して建てられたサテライト拠点。差は……どのくらいあるんだろう。

 

「ほんっと。フェンリルもあんな玩具造ってないで、さっさと支部増やしたらどうなんですかね。極東だけですよ。曲がりなりにも対策取ってるのって。それも全く足りてないわけで……」

「サツキ!言い過ぎ!」

「……はいはい。ま、どれだけ増やしたところで、神機使いがいないと意味ないですけど。天下のゴッドイーター様にお護りいただけないなら、簡単に全滅しますからね。」

 

ギルさんは腕組みして静かに。ロミオさんは文句を言いたそうにして、ジュリウスさんがそれを止めている。

シエルさんは口元に手を当てていて、ナナさんは頭にクエスチョンマークを浮かべている。きっと、フライアとサテライト拠点とを比較しているんだろう。

私は。

 

「……守られてない人と、守れない人は、生きてなんていられない。」

「……鼓?」

「結意さん?どうかしましたか?」

「だからね、壊れるの。全部全部。次に何が起こるかも分からないままぐしゃぐしゃって。」

 

いつの間にか、耳も目も全く利かなくなっていた

 

「壊れるのってとっても綺麗だよ?ばきって。ぐちゃって。どんどん小さくなって、すごく可愛い。」

「おい、結意。何言ってる。」

「あ、あれ?こいつこんなだったっけ……」

「結意ちゃん?おーい?」

 

それは自分を自分じゃないところから感じているような感覚。

少なくとも、私を動かせないことだけが確かだった。

 

「それでね?真っ赤な花が咲くの。たくさん。お花畑になるくらい。」

「あのー。まさか、サイコパス連れて来てるんじゃないでしょうね?」

「いや、本来こういうことを言う性格では……」

「結意さん?大丈夫?」

 

肩に何かが触れた。その感覚とほぼ同時に、色と音が戻っていく。

 

「……?」

 

触覚を頼りに辿っていくと、ユノさんが肩を軽く揺すっていることに気付いた。

周りの皆も怪訝そうな顔でこっちを見ていて、私だけが何があったのか理解できずにいる。

 

「あ、あの……?」

「あれ。戻った。」

「……疲れたか?そういうことならまだいいんだが……」

 

……私は、何を言って、何をしていたんだろう?

そんな微妙な不安感と共に、ヘリはネモス・ディアナへたどり着いた。

 

   *

 

作戦の準備をジュリウスさん、シエルさんの二人に任せ、四人で散策することにした。

……んだけど、ロミオさんは興味津々で走ってっちゃうし、ギルさんは作戦まで寝るって言うし、ナナさんは食べ歩くってどこか行っちゃったし。

結果、私は一人で散策していた。

 

「……」

 

極東支部の中は、粗末ながらしっかりした建物が多かった。もちろん壁外居住区はボロボロだったけど、それでも案外丈夫そうに見える。そんな場所。

だけどここは、どこを見てもすぐ壊れそうな建物ばかりだった。

これが、資材の不足、ってことなのかな。

住む人々は興味深そうに私の右手を見ている。神機使いが珍しい……ということなのかもしれない。

サテライト拠点の防衛に当たる人員も足りないって言ってたっけ。ここに常駐するようなことも、やっぱりやりにくいんだろうか。

 

「……?」

 

ふと、妙な匂いに気付いた。

懐かしいような、暖かいような、だけど苦しい匂い。

そっとその匂いを辿ると、中央の塔みたいな建物に行き着いた。

屋根状に造られたオラクル装甲壁を支える支柱の役割。そんなふうに見える建物。たしか、ジュリウスさんとシエルさんが作戦準備をしているのもここだったと思う。

そのすぐ近くの地面に、小さな赤い欠片が落ちていた。

 

「何だろう……これ……」

 

真っ赤な水晶。そんな風に言うのが正しいような気のする、とても小さな欠片。匂いはそれから出ていた。

私はそっと、それを手に取る。

 

『うっ……く……』

 

右脇腹から血を流す女の子が、ぼんやりと見えた。

私はそれを見るなり、軽く下を向いていた顔を上げる。どこかの建物の中、半身を失ったお爺さんと、銃を構えた男の人が視界に入った。

 

『待って!だめ!』

『あいつはあなたを傷つけた。だから許さない。』

 

女の子……といっても、私より少し上かもしれない子が、私に向かって叫ぶ。

それを聞きながらも、前へ進もうとした。

 

『私は大丈夫だから!人を殺しちゃだめ!』

『……嘘は言わなくて良い。痛いなら痛いって言って良いの。』

 

それでも制止する彼女に、私は言う。おそらくは私ではない誰かだけど。

……でもこの言葉は、私がいつだかに、誰かに言った言葉だ。

痛いの、我慢しなくていいんだよって。

同じだけ、相手を痛くすればいい……って……?

待って。本当に、私はそんなことを言っていたの?

 

『止まって!お願い!』

 

私の混乱を余所に、目の前で展開される光景は進んでいく。痛みに顔を歪ませながら、彼女は私に抱きついていた。

たぶん、お腹辺り。そのバランスから、この体がかなり大きいことに気付く。

 

『……ほら。痛がってる……』

『大丈夫だよ!大丈夫だから……』

 

……泣いている。

この子だけじゃない。私も、涙を流さずに泣いている。

これは、誰?

 

『……私達は……まだいないんだよ……』

 

まだ、いない。

それが人の世界にいない。なんて意味だと、なぜか理解できた。

きっとそれは私も同じで、普通の人と生きていることは全くないのだ。

そうして私は、もう一つ、気付く。

 

『だからお願い……』

『でも……』

 

この子の声は、あの時の。赤いカリギュラと戦ったときに聞いた、あの声だ。

 

『母さん!』

 

その言葉を聞くや否や、私は彼女を抱きしめていた。

大切な宝物のように、大切に、柔らかく、だけど精一杯。

 

『……分かった……またね……』

 

パキン、と音がして、この幻覚とも何とも付かないものは終わった。

手のひらに乗せた赤い欠片はいつしか割れ、ほとんど粉みたいになっている。

 

「……何……?今の……」

 

私の疑問に答えてくれる人は、ここにはいない。

いるのはいつからか涙を流し続ける私。他に誰も、いはしなかった。

 

   *

 

しばらくして召集がかかり、ジュリウスさんのいる中央施設の一室に向かった。

たぶん、目が赤かったんだろう。皆から心配されたけど、私自身何が何やら分からなかったから、大丈夫と言うしかなかった。

 

「では、作戦を説明する。シエル。」

「アラガミの反応が観測されている地点及び、その出現が予測される範囲から、部隊を南北に分けることが有効であると判断しました。隊長、ロミオ、私の三名で南側。結意さん、ギル、ナナの三名で北側のアラガミを掃討します。展開位置はネモス・ディアナ第一防衛ラインより2キロ地点。これを我々の防衛ラインとし、内側にアラガミを通さないこと。これを最優先目標とします。」

「南は俺が指揮を執る。鼓。北側はお前に任せる。やれるな?」

「はい。」

 

……さっきまで泣いていたとは思えないほど、心は静かだった。

ううん。むしろ高鳴ってるんだ。もうすぐ戦闘だからって、高鳴っているのに、落ち着いている。

 

「予想されるアラガミの数は南北で拮抗。大型種こそ少ないが、中、小型種は相当数が確認されている。各自、気を抜くな。」

「感応種への対応はどうする。」

「こちらへ要請が回った場合、まず結意さんと私で出ます。その場合は北側の指揮をギルが受け持ってください。」

「当然、どちらかにアラガミが偏る可能性も考えられる。その際には余裕のある側のみ対応に動くこと。可能な限り二名で出るようにしろ。」

 

ジュリウスさんからの指示を聞きながら、自分の鼓動を確かめた。

大きく、速く、だけど静かに。

もうすぐ戦える。もうすぐ、私の居場所に行ける。

殺意を纏ってやってくるアラガミと、あと少しでやり合える。

……早く。早く。

疼いてたまらない。なぜって不思議に思う暇すらない。

 

「発動は一時間後。移動は三十分後に開始する。各自早急に準備を進めるように。以上だ。」

 

早く、その生命をちょうだい。


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