GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
知らないところで進むもの
「……」
ここに来るのは久しぶりだな。フライアのエントランスで、ぼんやりとそんな感情を抱いていた。
極東支部に来てからは基本的にアナグラの中で過ごしていたし、お義母さんから呼ばれることもなかったから……
こっちに来てその理由も分かった。あの神機兵っていうのを実用化するために、なんだかいろいろ頑張ってるらしい。
……昔から、研究者、としてのお義母さんは、なんとなく近寄り難い。
私と違う世界の人になっちゃったみたいで、事実知識も遠く及ばない。
そこに私の頭を撫でてくれるお義母さんがいるのか、どうしても分からなくなってしまうのだ。
そういえば、お義母さんに初めて会ったのはいつだっけ。
「結意さん。掃討戦に関してお話が。」
シエルさんが話しかけてきたのはそんな長ったらしい思考を巡らせているときだった。
「ひゃ!?」
「あっ、ごめんなさい。驚かせてしまいましたか?」
「おおかた寝ぼけてたんだろ。ここしばらく出撃も多かったしな。」
いつの間にか、ジュリウスさんとロミオさん以外の全員が集まっていた。いったいどれだけの間こうしていたんだろう……
「小動物は外敵から身を守るため、常に周囲への警戒を怠らないはずなのですが……」
「……リスか何かと同一視してどうする……」
リス。それはある意味……本当にある意味で、正しい気がした。
人以外のもの。その一点において。
以前ほどそれを気に病むことはなくなったけど、全くかと言えばもちろん違う。
特に任務に出ているとどうしても、ここが私の居場所なのだと。そう感じてしまう。
「それよりシエル。あのバカがどこにいるか分かるか?」
「ロミオならトレーニングルームにいるはずです。先日、メニューを組んでほしいと相談を受けました。」
「またか?」
「はい。過度な運動は逆効果になりかねない、とは伝えましたが、頑として。」
ロミオさんがトレーニングに打ち込み始めたのはいつからだったか。少なくとも、昨日今日ってレベルでもなかったように思う。
気付いた頃には量を増やしていた。それがなんとなく、苦しい。……ジュリウスさんならもっと早く気付いていたりしたんじゃないかって。
……なんて考えながら、視界の外で何かが倒れる音を耳にした。
「おいナナ?大丈夫か?」
倒れたナナさん。声をかけられても、答えることがない。
「ギル!医療班を!結意さんはラケル先生に!」
「分かった!」
「は、はい!」
……虫の知らせ、というのだろうか。
ロミオさんや、ナナさん。こういう異常が重なっていることに、私は強く、嫌なものを感じていた。
*
「そう。ナナが……」
「血の力の目覚めが近いのでしょう。薬でフラッシュバックが抑えられていないということは、向かい合う姿勢に移っているということ。いい傾向だわ。」
そう。これは吉兆。私の目的にまた一歩近づいている。
かわいそうなお姉さま。あなたは私の考える何事も、分かりはしないのね。
「向かい合って大丈夫なの?あの子、いろいろあったって言ってたじゃない。」
「……ふふっ。」
「ラケル?」
「面白いお姉さま。たかがゴッドイーターチルドレンというだけでしょう?」
「たかがって……」
神機使いを親に持ったことで、生まれつき偏食因子を体に持っている。
P73型偏食因子の完全な成功例と近い状態だけれど、その実態は大きく違う。
放っておいて死ぬか、生きていられるか。そんな違い。
「たかが、よ。神機使いの母を持ち、その母を目の前でアラガミに殺され、助けに来た他の神機使いまでもが間近でほふられた。ただそれだけ。結意の方がずっと大変だったもの。あの子を人にするまで、ずいぶんかかったのよ?」
同時に、あの子が人になったことが最大の不安定要素。もちろんそれを狙ってはいた。ただその形が、私の手の平になかったというだけのこと。
……結意はなぜ人心を得たのか。憶測は立てど、確信が得られない。
「……」
「心配なさらないで。結意も、ナナも、私達の目や手が届いているんだもの。」
だから、あの子が結意という殻を破るその日まで。
イレギュラーなんて起こらないわ。そのために、わざわざあんな入れ物に仕立てたんだもの。
「……そう……そう、ね。あなたがミスをするとは考えにくいわね。」
「お褒めに与り光栄ですわ。」
あの子はいつか、この世界を一つにする存在。
結びなさい。意志も、躰も。
そうして憂うの。互いが互いを慰み者にするこの世界を。
……ああ、待ち遠しい。
*
フライアの中というのを、どうも落ち着かない場所のように感じることがある。
神機使いとして配属されたためだろうか。おそらくは職場としての意識が強いのだろう。
そういう中にあって、庭園は異質な空間だった。
おぼろげな記憶にある家にも、マグノリアにも、ここのような場所がなかったから。そう考えている。
「らしくねえな。感傷にでも浸ってんのか?申し子。」
「……お前か。」
極東支部に着く前。鼓が暴走した時以来か。
神機使いでも職員でもない少年。初めは博士達が同乗させたのかとも思ったが、本人達は見たこともないと言う。
「んだよ。案外驚かねえじゃんか。」
「……」
「ま、んなこたどうでもいいけどな。」
「用件は何だ。」
正体が分からないから、というわけではないが、こいつと話したいとは思わない。
無意識に警戒している。つまりはそういうことなのだろう。
……その警戒が、鼓のアラガミの部分へ向けているものと同一であることにも、すでに気付いている。
「何てこたねえよ。ただの質問だ。」
「内容は。」
「お前らから見て、ラケルはどういう奴だ。」
「……ラケル博士か。」
改めて考えると、意外に判然としない。
鼓は義母として慕い、ナナもおそらくは似たようなところ。ロミオやシエルの場合は師弟感覚が強いだろう。ギルは博士としての印象で固められているように思う。
拾われた恩。育ての母としての尊敬。抱いているものこそあるが、案外固定的な印象は存在しないようだ。
「一言で表現できる感情は持っていない。感謝し、尊敬し、その役に立つ。考えていることはその辺りだ。」
「……」
「……何だ。」
「いや。まあ、そうか……邪魔したな。」
後ろ手に手を振りつつ出て行こうとする。その足を、一度止めた。
「面白いことを教えておいてやろうか。」
「言ってみろ。」
「俺は鼓結意って存在と、十四年肉体を共有している。」
「……十四年だと?あいつは……」
言い終わるより早く、姿がかき消えた。何を言った。何が言いたかった。
……あいつは、十二だろう?
*
「……それで何で俺のところに来る。」
「詳しい可能性がある人物を考慮した結果と思ってもらいたい。少なくとも、半アラガミに関して最も詳しいのは、接触可能な中ではあなただ。」
ある意味、この状況は幸運だったかもしれない。
こいつの性格からして、神楽がいたならまず間違いなく、あいつに聞いただろう。
「……生まれた時点とは別に、オラクル細胞を基準とした年齢ってのを考えることは出来る。」
「つまり?」
「半アラガミってのは、その成り立ちはともかくとしてオラクル細胞と人間の細胞とを併せ持っている。これは分かるか。」
「問題ない。」
「人間の細胞は、基本的に出生時点を基準として年齢を重ねる。まあ、当たり前の話だ。」
「オラクル細胞は?」
「そいつが半アラガミとなった時点。あるいは、何らかの変異を遂げた時点。これが基準だ。必然的に人間の細胞とは差異が生じる。」
もっとも、俺は元々この体。この差異は存在しないことになる。
神楽の場合、出生が二十年前。半アラガミとなったのは八年前。この十二年がそのまま差異と換算できる。
「ほとんどの場合、人間の細胞側が長く生きている。……お前が聞いた話じゃ逆らしいな。」
「真実と仮定すれば、おそらく。」
「……あり得なくはねえが、自然発生するとも思えない。」
「……」
「一度完全にアラガミとなり、そのオラクル細胞の一部が以前の細胞に擬態する……オラクル細胞単位で考えれば退化に等しい。」
その退化に等しいことが、渚で起こった。
神楽との感応現象。博士や第一部隊……俺達で接することで芽生えた、あるいは復活した人の感情。
ノヴァとの半融合。特異点としての偏食場の喪失。そして再度、今度は暴走した神楽との接触。
どれがどこまで寄与したかは不明と言わざるを得ない。だが、そういう本来ならそう起こらない事象が起因していたこと。これは確かだ。
「あいつはマグノリア・コンパスにいたのか?」
「ああ。ラケル博士は、五年前に保護した、と。」
「……分かった。後はこちらで調べる。」
「そちらで?しかし……」
「俺達が最も必要とするのは安定だ。身体面はもちろんだが、精神面でも重要な意味を持つ。」
自分に言い聞かせるように話していたと、この時になって気付いた。
「あのガキの場合、てめえらの中の誰がいなくなったとしても壊れるだろ。」
「……」
「心配するな。分かり次第連絡する。」
「……了解した。お願いする。」
研究室を出たジュリウス。それを見送るなり、時間を確かめてから端末を手に取る。
「リンドウか。俺だ。大至急頼みたいことがある。」