GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
待つ人々
「……」
目が覚めたとき、またか、って思った。
病室の風景とか空気とかっていうのは、フライアと極東支部とであまり変わらないみたい。
いつもと違うのは誰もいないってことだけど……ううん。誰かがいることの方が珍しいんだろう。みんな、私が寝ていても任務があるんだから。
とはいえある意味で好都合。あの人が誰なのか、考える時間もほしかった。
……そういえばどうして、半分アラガミになったんだっけ……
「……あれ?」
……心当たりが一つもない。
違う。心当たりがないんじゃなくて、記憶が全くない。
気付いたらお義母さんがいて、いつの間にかジュリウスさんと会っていて……それは全て、この三年間のこと。
……じゃあ何で、お義母さんが義母だって、分かってるの?
「……聞くこと、増えちゃった……」
早く会いたいな。どこにいるんだろう。
……死んじゃってる、とは、あまり思いたくない。私を覚えていてくれる人がいないのは、寂しいから。
*
サテライト拠点巡回、なんていうなかなか大変な仕事にも、徐々に慣れてきた。多くの人の協力もあって、軌道に乗り始めたことも理由の一つかもしれない。
問題は山積。やることしかない。それでも、自分に出来ることを続けていられるのは、気が紛れる。
感応種に対して何も出来ないことが、あまりに歯痒いから。
「アリサさん。これ、頼まれていた資料。」
ユノさんも各サテライトを回りつつ、こうして手を貸してくれる。
彼女もいつだかに言っていたっけ。歌うことで役に立てるなら、歌うのが私の仕事なんです、って。
「ありがとうございます。……やっぱり、西の方は遅れ気味ですか。アナグラにかけあってみます。」
「支部から遠い場所ほど、物資がアラガミに襲われやすいって。一番足りないのは医療物資みたい。」
「装甲壁のリソースとどちらを優先するか悩み所ですね……」
輸送車も人員も、割く数には限界がある。人員はまだサテライト側から融通が利かせられるとはいえ、時として護衛が必要な場合もあるし、何より一般人をあまり危険に晒すわけにもいかない。
燃料も赤い雨によるオラクル資源の回収不足から、正直極東支部だけでカツカツな状態が続いている。運用したくても出来ないのが現状だ。
「赤い雨の被害はどうですか?」
「シェルターを最優先で作ったから、そこまで大きくないよ。……数で見れば、なんだけど……」
「治療が間に合わない、と……やはり、医療物資を優先させましょう。装甲壁がどうにか出来るまでは、私達で対応します。」
芦原さん達は、こういうことをずっと続けてきたんだな。なんて、今更過ぎる感想を持つ。
何も出来ない中で出来ることを見出し、ギリギリにギリギリを重ねて生きてきたんだ。
「……大丈夫?疲れてるんじゃない?」
「このくらい平気です。そもそも、私が動かなきゃどうにもなりませんから。」
「ならいいんだけど……」
平気じゃなくちゃいけない。神楽さん達はユーラシアを駆け回っていて、ソーマは感応種の対応に追われている。
コウタも第一部隊長として頑張っているし、防衛班だってサテライト拠点をいくつも掛け持ちしている。
他の神機使いだって、暇な人は一人としていない。私だけ休もうなんて許されないんだ。
「あ、そうそう。今度アナグラに行くんだ。」
「そうなんですか?」
「うん。ネモス・ディアナからの定期報告ついで。ブラッドも来てるっていうから、挨拶してこいって。」
ついで、と本人は言っているけど、事実上の親善大使のようなものと考えていいのだろう。
極東支部へは、引き続き支援を行うこと。ブラッドへは、駐屯中の救援受諾要請。ユノさんの立場はそのくらい強固な物になっている。
ネモス・ディアナ総統の娘にして、世界に名を知られた歌姫。
本人が考えている以上に、その発言力は強いんだけど……
「それじゃあ、私が護衛に付きますね。」
「え?でも、こっちのこともあるし……」
「天下の芦原ユノに雑な護衛をつけた、なんて知れたら、アナグラの立場がありません。」
「そんな立派なものじゃないのに……」
「そうですね。本物は勝手に孤児院を回って、私達に大騒ぎさせるのが趣味ですし。」
「う……あれはその……」
「冗談です。向こうへはいつ?」
「えっと……一週間後。」
……立場だけ考えたなら、もはや天上人にすら近いユノさん。
私はどうも、いろいろなものに置いていかれている。そんな気がしていた。
*
「悲願の達成を祝って、っと。」
「ケイトさんの回復を願って。」
「お、それいいなあ。俺もそうしとくか。」
「両方でいいんじゃないすか?」
「そうだな……んじゃま、乾杯。」
「乾杯。」
結意が病室にいる中、俺とハルさんは酒を飲み交わしていた。復帰を待つか話し合ったものの、悲願達成当日に飲みたい、と意見が合致した。
あいつが復帰したら、また飲み直すとしよう。と言っても飲むのは俺とハルさんだけだろうが。
「こっちが落ち着いたら、二人で見舞いに行くか。」
「そうっすね……結局、同じタイミングで行ったこともないですし。」
「お互い会い辛かったからなあ……」
大半の神機使いが床に入った後のラウンジ。さすがに、年齢的には思いっきり子供のムツミがいるはずもない。
本来なら入ることも難しいであろうこの時間のラウンジを使えるのは、ヒバリのおかげだった。
「さすがに、夜通し飲む、なんてことはしないで下さいね?」
「しないしない。飲もうと思えば飲めるけどな。」
「無理言ってますし、長居せず戻ります。」
飲んでいるのも、彼女が作ったカクテルだ。意外と言えば意外。ただまあ、なんとなく納得出来る。
甘みの中に仄かな酸味を利かせた、独特な味わい。舌触りが柔らかいこともあって、疲れが取れていく。
「こう見えてな、飲み物類はめっぽう強いんだぞ。」
「仕事柄、外には出ませんから。コーヒーとかカクテルとか、そういうのばっかり得意になっちゃって……」
「整備班の連中もいろいろ上手かったりするからなあ……仲良くしとけよ?」
「飲み物目当てっすか……」
「食い物もある。リッカのカレーとか。」
……そういえば、久しくこういう空気には触れてこなかったと改めて実感する。
グラスゴーにいた頃は、三人でよく談笑していたってのに……
「神機使いでも得意な方はいらっしゃるんですよ?エミールさんは紅茶。今はいませんが、神楽さんはコーヒーが。」
「カノンも菓子作らせたらダントツだしなあ。食事って面じゃムツミちゃんがいるし……あの歳でよくやる。」
「単純なスキル面では神楽さんの方が上手ですけど、食材の節約だとかに秀でてますから。あの子が来てくれてから、ここの食糧事情ってずいぶんよくなったんですよ?」
「他の支部と比べても、飲食物には味も量も困らない……ここって最前線だよな?」
「……みんな、どうしても不安なんです。」
少し暗い口振り。何がどうあれ、神機使いってものの危険性は変わらないのだろう。
「朝は笑いながら出た人が、お昼には冷たくなって……あるいは遺品すら残らなくて。神機だって回収されないかもしれない。私達に出来ることと言えば、仕事としての役割を除けば無事帰ってくることを祈るだけなんです。」
「反面、俺達に出来ることと言えば……んなこと考える暇もなく必死で戦うってことだけだ。」
「タツミ……あ、防衛班の人間からも、そう言われました。任務中にその場にいない人のことを考える余裕はほとんどない。恋人だとしても、その場にいないなら気にしやしない、って。」
ケイトさんは……どうだっただろうか。あの時、ハルさんのことを少しは考えられたのだろうか。
自分だったら、と考える。俺はあの赤いカリギュラと戦いながら、ケイトさんのことをどれだけ考えられただろう。
……笑いすらこみ上げるほど、僅かに頭に浮かべただけ、だったかもしれない。
「だからせめて、どこか少しでも支えられる部分があるなら、全力で支えたいんです。」
「それが……」
グラスを軽く持ち上げる。いつの間にか、空になっていた。
「はい。今は趣味に近いですが、カクテルを作ったりし始めたのはそういう理由です。」
彼女はそのグラスを俺の手から回収し、別のカクテルを用意する。
ハルさんにも渡されたそのカクテルを一口飲み干すと、再度言葉が投げかけられた。
「……今日は、よかったです。強敵と分かっている相手だったのに、大怪我を負っただとか、そういうのはありませんでしたから。」
「……」
「だけどどうしても……そうなったら、って怖さは、拭えないんです。」
……さっきのと比べて、かなり辛い。
「あまり、無茶はしないでくださいね?」
オペレーターとして、若くしてベテランの域。神機使いの死と想像以上に付き合ってきたのであろう彼女に、俺もハルさんも、何も言うことが出来なかった。
ユノさんの登場が遅くなっている要因は、主に結意だったりします。何せGE世界ではコミュ力に欠ける子。
にしても、ヒバリさん以外の視点から彼女に焦点を絞った場面はこれが初…?でしょうか。案外書いていないものです。
にしても、いつの間にやら七月も終わりが見えて…GE六歳の折には何かあったりするんですかね…
イベントがあるようなら、(時間に余裕があれば)何か特別編でも作りたいものです。
さてさて。それでは、また次回お会いしましょう。