GOD EATER The another story.   作:笠間葉月

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五話目。引き続きルフス戦です。


記憶にないこと

 

記憶にないこと

 

母さんとも違う。神楽とも、ソーマとも違う。といって他のアラガミでもない。何かの気配。

自室でのんびりしていた私を襲ったのは、その気配の持ち主に感覚が直結したかのような、異様な感触だった。

 

「な……に……」

 

張り裂けそうな恨み。砕けそうな悲しみ。それらの隙間を埋める諦めの感情。

これは私のものじゃない。私がこれまでに出会った誰のものでもない。アラガミがこんな複雑な感情に囚われるはずもない。

……周りに二人。それから、アラガミが一体。かなり離れたところに……ソーマ?だろうか。

やっぱり私の感覚じゃない。これはどこの誰とも知らない何かの感覚だ。

その何かに向け、ソーマが殺気を向けている。

半ば無意識の内に、端末を手に取っていた。

 

「こちら極東支部。何かありましたか?渚さん。」

「ソーマに繋いで!早く!」

 

何も分からない。分からないけど。

……分かるはずなんてないけど、この何かは、私が守らなきゃいけないんだ。

 

   *

 

「だめ!殺さないで!」

 

渚から通信が入ったと言われ、取り次がれてコンマ数秒。構えることが出来るはずもなく、耳に怒号が投げ込まれた。

 

「……てめえ……声落とせ……」

「どうでもいい!とにかく攻撃しちゃだめだっての!」

「……暴走寸前の半アラガミのガキだ。手出ししねえでいるなら、間違いなく二人殉職する。」

「暴走してから考えればいいでしょ!」

 

確かにそれを考えなかったわけじゃない。暴走してから抑えても、おそらくは間に合うだろう。

だがそのおそらく、に入らない数パーセント。そいつを見逃したせいで二人死なせたとしたら、俺はただの人殺しだ。

……いや、待て。

 

「おい渚。お前、どこで聞いた。」

「何を!」

「お前に伝えた覚えはねえぞ。なんで半アラガミがいるって知ってんだ。」

 

極東支部外秘。いくつかの事件を隠蔽するに至ったアナグラじゃあ、この指示はなかなか強い。

ギルの奴がそれ以前に伝えたにしろ、その先はリンドウか神楽。二人とも必要なしに口外する性格じゃねえ。

アリスか?いや。それも考えにくい。可能な限り自分を隠しているような奴が、わざわざ伝えに行くとも……

他にあり得るとすれば博士……ぎりぎりリッカもか。こいつらも話を広げる真似はしないだろう。

 

「だいたい、そっからどうやってこっちの状況が分かった。まさか来てるってんじゃ……」

「分かんないよ!」

 

悲鳴にすら近い怒号。

 

「何にも分かんないよ!分かんないけど!」

「……」

「私が守らなきゃいけないんだ!いけなかったんだ!だから!」

「……おい。」

「だから……だから……」

 

……神楽と出会ってから、一つ弱くなったものがある。

あいつが泣き虫だからだろう。どうも、泣いている奴には強く出られない。

 

「……一分待つ。それがリミットだ。」

 

……進んで泣き落としを使う奴じゃねえのが救いか。

 

   *

 

「結意ちゃんは……動けそうにねえか。」

「ハルさん!エリアを変えましょう!」

「……そうだな。何とかして引きつけるぞ!」

「了解!」

 

……声がする。二人とも、まだ戦ってるんだ。

もういいんだよ。私が全部終わらせる。終わらせちゃえば、楽になる。

この星はどんな味がするだろう。石と、土と、木と、水。油と、灰と、火と、炭。獣と、魚と、鳥と、人と、神。

食べたことがない物はどれだけあるんだろう。美味しい物はどれだけあるだろう。

……全部食べたら、最後に私を食べよう。

 

「……?」

 

何か見える……?

瓦礫の山。地平線まで埋め尽くしていそうなほどの、たくさんの廃墟の群。

そのいくつかでは火がくすぶっていて、あちこちから呻き声も聞こえている。

誰か泣いてる。誰だろう。見回しても誰もいなくて、それが自分だと気付く。

 

『逃げて逃げて……全て忘れるの。今日という日はなかったんだって。』

 

誰かの声が思い起こされる。誰なのか全く分からないのに、ただただ懐かしい。

その声が聞こえるのと同時に、他のものも見えてきた。

 

『そして生きて。結意はどうなっても、絶対に結意だから。結意のままだから。』

 

私のすぐ前で血を流しながら倒れている、女の子。さっきの声はこの子から発せられたのだろうか。

私はその子を揺すりながら、泣いていた。

 

『お姉ちゃんは絶対、忘れないから。』

 

あまりに朧気で顔すら分からないのに、なぜだろう。懐かしくて、悲しくて、寂しい。

か細くなっていく呼吸が、心を締め付ける。

 

『あはは……泣かないでよ。大丈夫。きっと世界は、そんなに苦しいものじゃないから。』

 

あなたは誰?私のことを知っているの?お姉ちゃんってどういうこと?

聞きたいことばかりなのに、口が動くことはない。

 

『……だから、生きて。約束だよ。結意。』

 

……守らなくちゃいけない。誰だかなんて分からないけど、大切な人との約束なんだ。

世界を食い尽くすなんて馬鹿なこと言ってられない。生き延びる。生き延びてやる。この誰かに会って、全部問いただすんだ。

私は誰って。あなたは誰って。

この命が続く限り、いつか絶対に。

 

「くそっ……さっさと来い!」

「ったく。あん時といい今といい、女に恨みでもあんのかね……フェロモン使うぞ!カバー頼む!」

 

二人は戦っている。私だけ戦わないなんて、そんなのだめだ。

ほら。ブレードが迫っている。

 

「……集まって。」

 

……不思議な感覚だ。何が出来るか分からないのに、何をどうすべきか、頭に浮かんでくる。

持ち上げた神機の先端を中心に、オラクルの壁が作られた。ブレードが当たる衝撃を肌で感じながら、接触面を喰らっていく。

 

「……大丈夫。まだ戦えます。」

 

静かな鼓動が聞こえる。体は熱くなっているのに、頭の中はとてもクリアに、ひんやりしている。

 

「副隊長!無理はするなよ!」

「……名前で呼んで下さい。私は、鼓結意ですから。」

 

幾度となくジュリウスさんに言いたいと思った言葉。最初にギルさんに言うことになるとは、あまり思っていなかった。

そうだ。私は鼓結意。アラガミなんかじゃない。結意は結意だ。誰かが忘れないでいてくれる、結意だ。

 

「前衛替わります。援護を。」

 

足に触れる地面が愛おしい。あの人が愛していたであろうこの地面。

それをしっかり踏み締めて、神機を横に薙ぐ。刃が届く距離でなくたって、届かせてみせる。

切っ先から溢れ出た何本かのオラクルがカリギュラの胴体を貫いた。これが私の力。これが私自身。

よろめくカリギュラの懐に入って、さっきのオラクルの余韻に包まれる神機で連撃を加える。

 

「気をつけろ!そこはそいつの間合いだぞ!」

 

後ろではハルさんとギルさんが十字砲火を浴びせていて……そうか。私は私で、しかも一人でもないんだ。

呻きながら、カリギュラは私に攻撃してきた。真下にいる相手の方が攻撃しやすいんだろう。

神機を地面に突き刺して足場にし、そのまま跳び上がる。振り抜かれた腕はその神機に当たって止まった。

……おいで。私のオラクル。

 

「動きを止めます。前衛、替わって下さい。」

 

突き刺さった神機から出て潜行したオラクルの針が、地面から生えるように突き刺さり、貫通する。

……上からだとよく分かる、カリギュラの背に刺さった神機。白と薄桃の、綺麗なの。

それを掴み、引き抜いた。

 

「よせ!止まってるか分からねえ!」

「……大丈夫です。」

 

声が聞こえる。知らない女の人の声。

誰かを守ろうって、ずっと頑張っていた人の声。

 

「動いて。最後の仕事だよ。」

 

オラクルを注ぎ込んで、半ば無理矢理起動する。綺麗な金色だったCNSが真紅に輝いて、私の声に答えてくれる。

そういえば、今までに出したオラクルも真紅だ。黒なんかじゃない、私の色。

その真紅を神機で拾い上げて、引っ張る。つり上がるようにして頭を上げたカリギュラ。

私はオラクルを後方の地面に投げ飛ばして、神機を背中へ突き入れる。傷口を深くするように。

 

「結意!離れろ!」

 

下から聞こえた声。ギルさんの声。

背中に立つ神機をさらに蹴り入れ、足場にしながら斜めに跳躍する。

 

「届けえええ!」

 

黒と紫のスピアが、赤いオラクルを纏いながらコアを正確に貫いて……カリギュラは倒れ伏した。

 

「……終わったな。ギル。」

「……はい。」

 

手を叩き合う二人。

私はといえば、オラクルを解除して……そのまま視界は、真っ黒に染まっていった。

 

   *

 

「その結果がこれ、と。」

「ああ。もちろん確証はないが、可能性は高い。」

 

ケイト。神楽達が一年前に会ったんだっけ。

……この仕事もベテランだと思ったんだけどな……さすがにこれは初めてだ。

 

「侵喰率は?」

「約-20%。……変な言い方だけど、たぶんそう言うのが正しいと思う。」

 

マイナス。うん、確かにマイナスなんだ。

本来侵喰する側が、侵喰されたんだから。

 

「……一応聞いておくが、神機が侵喰された前例はあるか?」

「二つの例外を除けばない、かな。」

「例外?」

「一つは侵喰じゃなく、融合したケース。神楽の神機ね。」

「……融合か。」

「うん。神機を自分の体の一部にした、だから。有り体に言えば侵喰だけど、ちょっと意味合いがずれるからそう呼んでる。吸収とも違うしね。」

 

神機には偏食因子が多く使われている。アラガミに捕喰されにくいのはそのせいだし、だからこそこうして、一年もの間突き刺さったまま保持されていた。

つまり、いやつまるまでもなく、これは異常なのだ。神機を好んで喰らうスサノオだって、偏食因子部分だけは食べられない。だから破片が出てくる。

 

「もう一つは君だけど……自覚ある?」

「……なかった、な。言われて納得はできる。」

「よろしい。君の神機の場合、侵喰されたと言うよりは……取り込んで変異した。かな。」

「取り込んだ?」

「言い方はいろいろありそうだけどね。神機使いの偏食因子もオラクル細胞に変わりはないから、ほんの少しの変異は起こすんだよ。それを神機側で調整するか、神機に調整されるか。ってわけ。」

 

さらなる例外は渚。まあ、そもそも自分の細胞を変形させているわけだから……これはカリギュラのブレードだとか、ヴィーナスの攻撃器官だとかに近い。

 

「……結意の検査は念入りに行っておく。」

「私の勘だけど、何もないんじゃないかな。侵喰した側だし……」

 

そう、それからもう一つ。

 

「ところでさ、ソーマ。」

「何だ。」

「……なんで被侵喰部からノヴァの細胞が出たのかって、分かる?」

 

   *

 

赤いカリギュラが倒れたのを境に、視覚は元に戻った。

二人分の音と光と匂いと感触と、加えて感情をも処理していた脳味噌は、とっくにオーバーヒート気味になっている。

 

「……っはあ……」

 

全身から力が抜け、ベッドに俯せに倒れ込んでようやく、自分の顔が濡れていることに気付く。

目の感じからして泣いていたということだろうか。よく分からないけど、何かしら私の心に訴えかける物があったのかもしれない。

……あるいは、記憶に。

 

「……おい。渚。」

「分かってる……私の勝ちだね。」

「勝ちも何もねえだろ。……運が良かっただけだ。」

「……それも、分かってる。」

 

そう。破滅的なまでに運が良かった。それはつまり、次もこう上手く行くことなんてない。そういうこと。

 

「……結意って、誰?」

「少し前にアナグラに着いたブラッドの副隊長だ。俺たちと同じ類のな。」

「……そっか。」

 

……極東に帰りたい。何でかなんて分からなくても、私はあの子を守らなくちゃいけない。

 

「ソーマ。一つ頼みごと。」

「何だ。」

「……私が帰るまで、その子を死なせないで。」

「……約束は出来ねえ。相手が誰だったとしても、止められなくなったなら必ず終わらせる。お互いにその覚悟があるから、俺も神楽もお前も、人に混じっていられるんだろうが。」

「分かってる。……だから、出来るだけでもいいんだ。」

 

絶対に守るのは、私の役目だから。




オリキャラで一番気に入っているの、渚だったりします。

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