GOD EATER The another story.   作:笠間葉月

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四話目。ルフス戦、スタートです。


磨耗

 

磨耗

 

「赤いカリギュラの反応を検知!海岸地帯に接近中です!付近に数体の小型アラガミも確認!」

 

数は少ないながらも広範囲にばらけて出現していたアラガミ。その対応でそこそこ人が出払っていた極東支部。それを狙うようなタイミングだった。

有事のため、と待機していた私とギルさん。それからハルオミさん。

……二人の雰囲気は正直近付き難いものすらある。

 

「副隊長。」

「あ、えと、準備出来てます。」

「……助かる。」

 

……私は、出撃していいのだろうか。

お義母さんが言っていた。アラガミみたいな事をしでかしたのは、いつも私の意識が途切れていたとき。

赤いカリギュラは話を聞くだけで強そうで、正直、怖かった。

もし赤いカリギュラにやられて、私が意識を失ったら。その時私は何をするのか、想像が全くつかない。

 

「……頼む。力を貸してくれ。」

 

頷く……けど、あまり行きたいとは思えない。

それでも行かなきゃいけない。お義母さんだって、頑張れっていつも励ましてくれるんだから。

不安に無理矢理蓋をして、私はヘリへ向かった。

 

   *

 

「こちらソーマ。赤いカリギュラを確認した。……本気か?」

「もちろんだとも。まあ、危なくなったら動いてくれたまえ。」

 

食えないおっさんだ。そう思いつつも、この判断は正しい。同時になかなか出来ないものでもある。

結意の現状を知る。あわよくば、元グラスゴー組の気分の払拭を狙う。

その安全対策に俺を配置し、基本は動かさない……並の人間なら、即座に俺を動かして事を済ませるはずだ。

素直に認めるのはどことなく腹が立つが、やり手だ。俺自身もそれに助けられている部分が少なからずある。

 

「神楽君がいれば、アラガミ化を抑える、なんて事も出来たろうけど……こればっかりは仕方ないね。」

「フン。あいにく、あいつほど上手くねえんでな。」

「……向こうが心配かい?」

「……」

「安心したまえ。どうしようもなくなったら、無理矢理にでもこっちに帰還させるよ。」

「……本部の弱みでも握ってんじゃねえだろうな?」

 

間が空く。

 

「いいや?そんなもの持っているわけないだろう?」

「……」

 

食えないにも程がある。それでいるからこそ、俺達は極東でまともに過ごせているんだが。

 

「ところで、対象の様子は?」

「数カ所に損傷がある。一年前のだろうが……」

「ふむ。ずいぶん遅いね。」

「……背中に神機が刺さってるな。おそらくはそのせいだ。」

 

装甲の吹き飛んだ新型神機。持ち主はケイト……だったか。

背中に刺さっていることで、回復阻害にでもなっているんだろう。

 

「再確認しよう。彼女、鼓結意のアラガミ化。ないしアラガミとしての割合を推し量ること。これが第一目標だ。」

「最初に言ったが、あまり正確に出来ると思うな。本気を出したならともかく、現状はレーダーにもかからない奴だ。」

「分かっているとも。二点目として、彼女が暴走した場合、確実に制止すること。言いたくはないが、生死も問わない。」

「……おい。まだ何か隠してるだろ。」

「確証がないだけさ。それに、僕じゃなくリッカ君からの推論でね。」

 

何となくではあるが、その推論とやらも察しがつく。結意の偏食場は妙だ。

……いや。考えるのは後でいい。今は何が起こっても問題ないように、体勢を整えているべきだろう。

 

「そろそろ三人が降下するだろう。頼んだよ。」

「ああ。」

 

   *

 

「目標は2ブロック先だ!挟撃する!」

「了解!ハルさん、そっち頼みましたよ!」

 

任務開始時の降下は、実は少しだけ好きだ。

始まる前の張り詰めた空気が一瞬だけ自分だけのものになって、クッションみたいに包んでくれる。

だから、好きなのだ。……宙にいる自分が本当の自分なのだと。そう感じるほどに。

 

「目標発見!」

「こっちはあと二十秒かかる!先に叩け!」

 

データベースとは全く色の違う、真っ赤なカリギュラ。

ギルさんは、なんだかいつもより速かった。

 

「おらあっ!」

 

突き。突き。幾度となく追い詰めるように、鋭い突きが繰り出される。

いつもよりずっと荒々しい攻撃。鬼気迫る、と言うんだろうか。

 

「援護します。」

 

対して、私の心は静かだった。

動き回って攪乱しつつ、後脚を切り結ぶ。斜め後ろから斜め後ろへ。シエルさんに教えてもらったショートの基本戦法。

視界に一瞬入ってすぐ消える。それが、最も機動力を活かせるらしい。

……その基本以外のことを、なるべくしたくない。

 

「ブレードが壊れてる!そっちなら攻撃も薄いはずだ!」

「分かりました。」

 

……怖い。

これまでアラガミと戦ってきて、ほとんど感じたことのないはずの感情を、自分に抱いている。

大丈夫、だよね。暴走なんて、しないよね。

……私はいつか、取り返しの付かないことを、してしまわないよね?

 

「遅れた!ギル!前衛は任せる!」

「了解!」

 

二人は綺麗に連携して攻撃している。たぶん、私に合わせてもくれているだろう。

冷静になろう。冷静に。

私一人の迷いのせいで、失敗するわけにはいかないんだ。

 

「……仕掛けます。」

 

冷静に、相手の弱点を見極めて。私がこの力を使うんだ。

後ろに一歩。大きく踏み出して、突き出す。

 

「っ……」

 

神機の先端から大量のオラクル針が放出されると同時に、体から大きく力が抜ける感覚に襲われる。

赤黒くて禍々しい、私の色。

その針を、カリギュラは大きく飛んで避けた。

 

「来るぞ!構えろ!」

 

私に向かって、ブレードを開いて滑空してこようとしている。避けるのは間に合わない。

盾を開き、真正面から受け止め……

 

「……あ。」

 

弾き飛ばされる。

 

「ギル!援護頼む!」

「了解!」

 

ハルさんが乱射する中、ギルさんが突っ込んでいく。五メートル近く浮遊しながら、妙に静かにその様を見ていた。

二人とも、真剣だ。

仇っていうのもあると思う。けど二人はきっと、神機使いとしての職務を全うするために、本機で戦っている。

……私は、神機使いとして戦えるだろうか。

アラガミだって言われて、なんだかむしろすっきりした自分がいた。ううん。いる。

神機使いじゃなくっても良いのかもなって。私はただの私で良いのかもなって。そう思えたんだと思う。

 

「くそ……近づけねえ……」

「無理するな!隙は作る!」

 

ジュリウスさんに憧れて……お義母さんから神機使いになれるって聞いたときは、すごく嬉しかった。嬉しかったはず。

今は……全部重い。

副隊長であることが、ブラッドであることが、神機使いであることが。

……人であることが。

 

「……」

 

声が聞こえる。これはたぶん、私の声だ。

 

【捨てちゃおう。苦しい想いなんて、したくないよ。】

 

全部アラガミになったなら、きっと心が軽くなる。

 

【わざわざ人でいる必要なんてないんだ。きっとそうだ。アラガミでいられるなら、それでいいんだ。】

 

そうすれば怖いことなんてなくなる。嫌なことだってなくなる。

 

【周りの全部を消しちゃおう。】

 

……この星ごと、喰らい尽くしてしまえ。

 

   *

 

空気が変わった。

 

「博士。そっちで異常は。」

「偏食場が増大している。大丈夫かい?」

「……余裕があるとは言い難いな。」

 

暴走の前兆。外側から、内側から、何度も見せつけられてきた現象だ。これに関して勘違いすることはない。

 

「交戦準備に入る。……最悪、介錯も視野に入れるしかねえ。」

「そうか……いや、君に任せよう。頼んだよ、ソーマ。」

「分かってる。」

 

俺を、俺たちを、殺戮兵器になどしない。

あいつを止めると決意し、あいつに止められると覚悟した。そうまでして人であろうとした以上、同じ力は死力を持って抑えさせてもらう。

業の深いことだとは分かっているつもりだ。同じものでありながら、俺は躊躇なく消そうとしている。

……あいつなら、どうしたか。

おそらく俺より長く助けることを考え、決断したなら俺より早く、介錯に動くだろう。

あるいは、自分を犠牲にするかもしれない。俺に止めてくれと言いながら。

冗談じゃねえ。

 

「……悪いな。」

 

守らせてもらう。あいつも、俺も、あいつが愛する世界も。




次話へ続きます。

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