GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
磨耗
「赤いカリギュラの反応を検知!海岸地帯に接近中です!付近に数体の小型アラガミも確認!」
数は少ないながらも広範囲にばらけて出現していたアラガミ。その対応でそこそこ人が出払っていた極東支部。それを狙うようなタイミングだった。
有事のため、と待機していた私とギルさん。それからハルオミさん。
……二人の雰囲気は正直近付き難いものすらある。
「副隊長。」
「あ、えと、準備出来てます。」
「……助かる。」
……私は、出撃していいのだろうか。
お義母さんが言っていた。アラガミみたいな事をしでかしたのは、いつも私の意識が途切れていたとき。
赤いカリギュラは話を聞くだけで強そうで、正直、怖かった。
もし赤いカリギュラにやられて、私が意識を失ったら。その時私は何をするのか、想像が全くつかない。
「……頼む。力を貸してくれ。」
頷く……けど、あまり行きたいとは思えない。
それでも行かなきゃいけない。お義母さんだって、頑張れっていつも励ましてくれるんだから。
不安に無理矢理蓋をして、私はヘリへ向かった。
*
「こちらソーマ。赤いカリギュラを確認した。……本気か?」
「もちろんだとも。まあ、危なくなったら動いてくれたまえ。」
食えないおっさんだ。そう思いつつも、この判断は正しい。同時になかなか出来ないものでもある。
結意の現状を知る。あわよくば、元グラスゴー組の気分の払拭を狙う。
その安全対策に俺を配置し、基本は動かさない……並の人間なら、即座に俺を動かして事を済ませるはずだ。
素直に認めるのはどことなく腹が立つが、やり手だ。俺自身もそれに助けられている部分が少なからずある。
「神楽君がいれば、アラガミ化を抑える、なんて事も出来たろうけど……こればっかりは仕方ないね。」
「フン。あいにく、あいつほど上手くねえんでな。」
「……向こうが心配かい?」
「……」
「安心したまえ。どうしようもなくなったら、無理矢理にでもこっちに帰還させるよ。」
「……本部の弱みでも握ってんじゃねえだろうな?」
間が空く。
「いいや?そんなもの持っているわけないだろう?」
「……」
食えないにも程がある。それでいるからこそ、俺達は極東でまともに過ごせているんだが。
「ところで、対象の様子は?」
「数カ所に損傷がある。一年前のだろうが……」
「ふむ。ずいぶん遅いね。」
「……背中に神機が刺さってるな。おそらくはそのせいだ。」
装甲の吹き飛んだ新型神機。持ち主はケイト……だったか。
背中に刺さっていることで、回復阻害にでもなっているんだろう。
「再確認しよう。彼女、鼓結意のアラガミ化。ないしアラガミとしての割合を推し量ること。これが第一目標だ。」
「最初に言ったが、あまり正確に出来ると思うな。本気を出したならともかく、現状はレーダーにもかからない奴だ。」
「分かっているとも。二点目として、彼女が暴走した場合、確実に制止すること。言いたくはないが、生死も問わない。」
「……おい。まだ何か隠してるだろ。」
「確証がないだけさ。それに、僕じゃなくリッカ君からの推論でね。」
何となくではあるが、その推論とやらも察しがつく。結意の偏食場は妙だ。
……いや。考えるのは後でいい。今は何が起こっても問題ないように、体勢を整えているべきだろう。
「そろそろ三人が降下するだろう。頼んだよ。」
「ああ。」
*
「目標は2ブロック先だ!挟撃する!」
「了解!ハルさん、そっち頼みましたよ!」
任務開始時の降下は、実は少しだけ好きだ。
始まる前の張り詰めた空気が一瞬だけ自分だけのものになって、クッションみたいに包んでくれる。
だから、好きなのだ。……宙にいる自分が本当の自分なのだと。そう感じるほどに。
「目標発見!」
「こっちはあと二十秒かかる!先に叩け!」
データベースとは全く色の違う、真っ赤なカリギュラ。
ギルさんは、なんだかいつもより速かった。
「おらあっ!」
突き。突き。幾度となく追い詰めるように、鋭い突きが繰り出される。
いつもよりずっと荒々しい攻撃。鬼気迫る、と言うんだろうか。
「援護します。」
対して、私の心は静かだった。
動き回って攪乱しつつ、後脚を切り結ぶ。斜め後ろから斜め後ろへ。シエルさんに教えてもらったショートの基本戦法。
視界に一瞬入ってすぐ消える。それが、最も機動力を活かせるらしい。
……その基本以外のことを、なるべくしたくない。
「ブレードが壊れてる!そっちなら攻撃も薄いはずだ!」
「分かりました。」
……怖い。
これまでアラガミと戦ってきて、ほとんど感じたことのないはずの感情を、自分に抱いている。
大丈夫、だよね。暴走なんて、しないよね。
……私はいつか、取り返しの付かないことを、してしまわないよね?
「遅れた!ギル!前衛は任せる!」
「了解!」
二人は綺麗に連携して攻撃している。たぶん、私に合わせてもくれているだろう。
冷静になろう。冷静に。
私一人の迷いのせいで、失敗するわけにはいかないんだ。
「……仕掛けます。」
冷静に、相手の弱点を見極めて。私がこの力を使うんだ。
後ろに一歩。大きく踏み出して、突き出す。
「っ……」
神機の先端から大量のオラクル針が放出されると同時に、体から大きく力が抜ける感覚に襲われる。
赤黒くて禍々しい、私の色。
その針を、カリギュラは大きく飛んで避けた。
「来るぞ!構えろ!」
私に向かって、ブレードを開いて滑空してこようとしている。避けるのは間に合わない。
盾を開き、真正面から受け止め……
「……あ。」
弾き飛ばされる。
「ギル!援護頼む!」
「了解!」
ハルさんが乱射する中、ギルさんが突っ込んでいく。五メートル近く浮遊しながら、妙に静かにその様を見ていた。
二人とも、真剣だ。
仇っていうのもあると思う。けど二人はきっと、神機使いとしての職務を全うするために、本機で戦っている。
……私は、神機使いとして戦えるだろうか。
アラガミだって言われて、なんだかむしろすっきりした自分がいた。ううん。いる。
神機使いじゃなくっても良いのかもなって。私はただの私で良いのかもなって。そう思えたんだと思う。
「くそ……近づけねえ……」
「無理するな!隙は作る!」
ジュリウスさんに憧れて……お義母さんから神機使いになれるって聞いたときは、すごく嬉しかった。嬉しかったはず。
今は……全部重い。
副隊長であることが、ブラッドであることが、神機使いであることが。
……人であることが。
「……」
声が聞こえる。これはたぶん、私の声だ。
【捨てちゃおう。苦しい想いなんて、したくないよ。】
全部アラガミになったなら、きっと心が軽くなる。
【わざわざ人でいる必要なんてないんだ。きっとそうだ。アラガミでいられるなら、それでいいんだ。】
そうすれば怖いことなんてなくなる。嫌なことだってなくなる。
【周りの全部を消しちゃおう。】
……この星ごと、喰らい尽くしてしまえ。
*
空気が変わった。
「博士。そっちで異常は。」
「偏食場が増大している。大丈夫かい?」
「……余裕があるとは言い難いな。」
暴走の前兆。外側から、内側から、何度も見せつけられてきた現象だ。これに関して勘違いすることはない。
「交戦準備に入る。……最悪、介錯も視野に入れるしかねえ。」
「そうか……いや、君に任せよう。頼んだよ、ソーマ。」
「分かってる。」
俺を、俺たちを、殺戮兵器になどしない。
あいつを止めると決意し、あいつに止められると覚悟した。そうまでして人であろうとした以上、同じ力は死力を持って抑えさせてもらう。
業の深いことだとは分かっているつもりだ。同じものでありながら、俺は躊躇なく消そうとしている。
……あいつなら、どうしたか。
おそらく俺より長く助けることを考え、決断したなら俺より早く、介錯に動くだろう。
あるいは、自分を犠牲にするかもしれない。俺に止めてくれと言いながら。
冗談じゃねえ。
「……悪いな。」
守らせてもらう。あいつも、俺も、あいつが愛する世界も。
次話へ続きます。