GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
欲の性
いつぶりになるんだっけか。姉上も混じって飯になった。
神楽の一件があったからだろう。渚含め、上は扱いに慎重にならざるを得なくなったと見える。その煽り……というか恩恵が、俺達にも回ってきたってわけだ。
「リンドウ。それ取って。」
「ほれ。」
「あ、ドレッシングじゃなくてソースの方。」
こうして見る分には何も人と変わらないのだが……まあ、三年間一緒にいた俺達と違って、そう判断できない面もあるんだろう。
実際、極東の新入りはこいつらとソーマを色眼鏡で見る傾向はある。
それがすぐなくなるのは、単純に周りがそうだから、ってだけなんだな。
「んで、神楽。体の方は……」
……それでも、時として色眼鏡がかかることは、俺達にもある。
例えば……いつの間にか五人前を平らげていたとき。
「?……あ……」
「ああ、いや。食う分にはいいんだが……そんなに食う奴だったか?」
食堂、という環境である以上、買えばあるだけ食うことは出来る。配給分しか得られない民間と、神機使いの最大の差とも言えるだろう。
……ただ……さすがに、五人前食う奴はそういない。
「まだ完調ではないんだろう。体を治そうとして食欲が高まっただけさ。」
「……」
それでもいつもの五倍は食わんだろう……とは、言えない。
「……ごめんなさい。もう少し、休んでます。」
「ちょっ。……見てくる。あれで一人にしてられないからね。」
席を立った神楽に続いて、渚も出ていく。ここ数日、というか例の一件以来、あの二人はよく一緒にいるようになった。
その流れのまま姉弟水入らず……なら聞こえはいいが。
「んで、姉上。」
「そう呼ぶなと。何だ。」
「アナグラに送った神楽の検査結果、もう返ってきたか?」
「詳しいことは直接調べないと何とも言えない、と注釈付きでな。聞くか?」
「まあ、対応するとしたら俺か渚だからなあ。」
検査。と言っても、よくある形の検査ではない。
渚がサンプルを取り、基本的なチェックを行った後に極東に送る、という、ある種研究に近いものだった。
それだけ俺達の理解が追い付かない場所にいるってことなんだかな……
「インドラの特性については目を通したか?」
「あー……見たにゃ見たが……面倒なとこは頭いいのに任せるわ。」
「少しはまじめに答えろ。ともかく、目は通したようだな。」
「実物見てないもんで。」
「……まあいい。要するに、オラクル細胞一つ一つが、一個体として動く……というようなものらしい。」
結合密度を自由に組み替える、か。それを使って近縁種を形作ることも可能らしいが……にわかには信じ難いな。
「その分本来の結合密度が高い、とのことだが、どうも似たような現象が見られたそうだ。」
「神楽にか?」
「うむ。」
資料を投げて寄越す。博士からのレポートらしい。
「オラクル細胞の密度が飛躍的に上昇している……か。」
「あの異常な食欲も、一気に増加したオラクル細胞の維持のためだろう。いずれは落ち着くだろう、とさ。」
「はあ……なかなか参ったな、こりゃ。」
アラガミの大量発生の次は食糧難。なんてことになったり……なんとか避けたいところだ。
「そういや、結局キュウビのサンプルは?」
「途中で細胞壁が保たなくなったらしい。やむなく廃棄した、とのことだ。」
「また探すしかねえか……ったく。」
採取時の検査ですら、妙なものだと分かるサンプルだった。細かく調べて何が出て来るか分かったものじゃないが、それだけに調べるべき対象ではある。
キュウビそのものと戦闘できれば手っ取り早いんだが……あいにく探している場合でもない。
「目撃情報が頼りではあるが、一応残留オラクルの目星はついている。いずれ回収に向かってもらうさ。」
「へーへー。ところで、極東帰りの打診は?」
「何とも言えん。神楽の一件で早まるかとも思ったが……」
戦力にして最大の敵。それが今の神楽やソーマ、渚への評価だ。
これまでは戦力としてだけ見られていたが、いくらかの暴走を見せつけられれば、最大の敵としての意味も自ずから見える。
手元に置いておきたがる腑抜けどもも、多少は考えを変えるというものだ。
「インドラを倒していた、というのがどうもな。」
「ってーと?」
「フェンリル支部最強の極東支部を壊滅寸前に追い込んだアラガミを、一人で対処した。暴走よりそちらを取る阿呆共もいるらしい。」
「……まあ、面と向かって牙剥いたこともないしなあ。」
「そうなれば、こちらは無事では済まんだろうがな。」
神楽が諸刃の剣だってのをしっかり分かっているのは、結局のところは極東の人間だけだ、ということなんだろう。
それどころか、一番それを分かっているのが本人ときた。
「しばらくは、可能な限り早く戻れるよう陳情していくしかない。心のケアは上司の務めだぞ。」
「上司は俺だけじゃないと思うんですがね。」
「言うな。現場に立てるのはお前だけだろう。」
*
さて。私に出来るのは何だろう。
ただ励ます、ってわけにもいかないし、ソーマに頼ってもどうしようもない。
通話で云々、なんてやったら、ホームシック強化版でボロボロになるのも目に見えてるし……と言って根本的な解決はベタベタ夫婦にやらせておくが吉。
「入るよー。」
予想通り、と言うか何と言うか。神楽はベッドに突っ伏していた。
「……いや、食べてすぐ寝てどうすんの。太るよ?」
「……」
ずるずると体を起こし、顔を向ける。
……それを見て、私は少し身構えた。
「……戦闘中じゃないでしょ。目、ちゃんと覚ましなよ。」
金色の目。つまるところ、アラガミ側が強く出ている。
現状では……捕喰欲求。だろうか。何にせよ良い状態とは言い難い。
一気に増えた細胞分補充できれば、また落ち着くとは思うけど……
「……おいしそう……」
「神楽!」
「!?」
……名前を呼ばれて気付ける程度。アラガミ化までは、まだ行かずに済むかな。
神楽が完全にアラガミ化したとして……どうなるだろうか。私みたいにアラガミへの偏食が向けばいいけど。
場合によっては人に向いたっておかしくない。そうなる前に止めるのも、きっと私の役目だ。
「……渚?どうしたの?」
「任務。」
「え?」
「だーから。適当に任務行くよ。」
今はまず、この捕喰欲求から何とかするとしよう。
*
支部からそれなりに離れた作戦エリア。ヘリは降ろせず車両も通りにくい、とあって、偵察も深くは行っていない地域。
大型種の発見報告と、偏食場解析だけで発行された任務だったけど……どうやら当たりだったらしい。
「んーと……あっちか。」
到着時点で二体の大型、一体の中型。戦闘の音に引かれてか、追加も入ってきている。
可能な限り大量に食わせる、という目的で考えれば、見事に当たりだ。
「……渚。」
「ん?」
「ごめん……離れててくれていいよ。」
……始終この調子なのを除けば、順調に進んでもいる。
「今の私じゃ、渚を食らうかもしれないから……」
「はいはい。そんなこと言ってられる間は問題ないっての。行くよ。」
我ながら強引なのは自覚している。とはいえ神楽が神楽として話せている以上、事実問題はないのだ。
神楽が完全に取り込まれた場合、その意識は絶対に出てこない。
もしそうなった時は……どうだろう。回復手段はあるんだろうか。
自我を完全に失い、かつあのイザナミとかいう人格……うん、まあ人格までもが出てこなかった場合。私もソーマも、それを知らない。
だからこそ、二人は約束しているんだろう。そうなったら必ず止める、って。
……羨ましいな。
私には、それを約束してくれる特別な人はいないんだから。
「……神楽。」
「え?」
「私がさ、ノヴァになったら、どうする?」
一瞬の沈黙。たぶん、意味を量ろうとしているんだろう。
私としては……どうだろう。何も考えてないかもしれないし、少し前の母さんの言葉が効いてるのかもしれない。
私はまだ、シオだ。
「止めるよ。必ず。」
「……もし、ソーマが同時に暴走してたら?」
「……」
我ながら意地の悪い質問だ。神楽にとって、ソーマが一番だっていうのは分かっているのに。
……ううん。分かっているからこそ、かな。
分かっているから、でもって、それがちょっと悔しいから、私はこんな質問をしているんだろう。
「……ソーマを、優先する。」
答えに安心した自分と、少し悲しくて、悔しい自分。
うん。それでいい。成長すらしない歪な私なんかよりずっと、二人は人間なんだから。
私が世界を喰らうとき、せめて一緒に……
「その後で、渚も止めてみせる。」
……ずるいな、神楽は。
「……出来る?」
「ふふっ。ソーマもいるんだもん。出来るよ。」
「……」
そうか。ソーマも、私を止めてくれるんだったか。
……つくづく私は幸せ者だ。ついでに馬鹿だ。
「……よし。悔しいから後出ししようか。」
「?」
「私も同じだよ。きっと、二人とも止めてみせる。」
もし私と同じ境遇になった誰かがいるなら、どうかその人に同じ祝福を。
……なんて、ちょっと格好付けすぎかな。
「ってわけで、ちょっとは元気出してよ。極東で焦るのもいるんだから。」
「……」
神楽はまた、押し黙る。どうやら今回のはかなり堪えたらしい。
弟のコアで構築されたアラガミ……か。
私に弟とかがいたら、どんな感じだったのかな。
仲良くできたかな。喧嘩ばっかりだったりしたかな。
「……まあ、ゆっくりでいいけどね。とりあえずは目下の問題の解決から進めようか。」
……いずれにしろ、さ。
家族の記憶が残ってるの、私はどうしても羨ましいよ。
主人公を成長させた弊害=敵を加速度的に強くさせざるを得ない。
ざっと読み直して、それを実感した気がします…