GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
なんというか、可能な限り合わせているのですが、βとの時間差はどうしても出てきますね…
何にもない日
『神機の修復はおおよそ何とかなっているようだが、どうしても改修は必要だな。しばらく暇になるとは思うが、適当に過ごしていてくれ。』
昨日、ソーマさんに言われた言葉。一度も出撃しないって久しぶりだなあ……
そんなことを思いながらナナさんとロミオ先輩を見送って、ちょこっとラウンジを覗いてみる。ここでは昨日、私達の歓迎会を開いてくれた。
「驚きましたよ。あれから、ずっとここに?」
ギルさんと……誰かが話していた。昨日見たような見てなかったような……
「いんや。あちこち転々としてた……お、ブラッドのちびっ子。」
「ちび……」
「ハルさん……」
気付かれた、というか、半分呼ばれたようなので、その二人へと近付いてく。
「まともに自己紹介はしてないか。真壁ハルオミだ。」
「鼓結意です。」
背高いなあ……これなら、私はたしかにちびっ子だ。
そんなちょっぴり的外れなことを考えながら、ギルさんからの説明を聞く。
「ハルさんは俺がグラスゴーにいた頃の先輩、っつーか上司だ。一年前に別れたんだが……」
「俺としちゃあ、お前がここに来たことの方が驚きだっての。こちとら……」
少し言葉を詰まらせる。その後を、ギルさんが受け取った。
「……やっぱり、あいつを追ってるんすか。」
「まあなあ……目撃情報がある度に異動申請して、ここに流れてた。……って、結意ちゃんがついて来れないよな。悪い悪い。」
「あ、いえ……」
「赤いカリギュラ、ってのを一年前に見てな。わけあって追ってる。」
データベースの映像を思い返す。カリギュラって、青じゃなかったっけ?だから追っているんだろうか。
「それよか、昨日は寝られたかい?環境が変わるとどうって奴もいるからなあ。」
「俺は問題なく。」
「はい。何とか。」
「……さすが……若いな……」
「ハルさん、さては寝付けなかったとか?」
「……」
これが哀愁とか言うもの……なのかもしれない。ハルオミさんの様子は、なかなかに残念な人のそれだった。
とはいえ……一年ぶりに会うんだと、昔話とかの邪魔になっちゃうかな。
「ええと……それじゃあ、失礼します。昨日あまり見て回れませんでしたから……」
「ああ。のんびりして来い。」
極東支部。見て回れるところは、まだまだあるのだ。
*
「うん。それはそっち。五番のパーツ持ってきて。」
神機保管庫。どうやら整備場も兼ねているらしいそこは、フライアとは比べ物にならないくらい大きい。それだけ神機使いも多いのかな。
「あとは装甲治して……あれ。いらっしゃい。ええと……」
そこで作業していた一人が声をかけてくれた。油まみれの顔を、同じく油まみれの手袋で拭っている。
「あ、鼓結意です。」
「結意ちゃんね。楠リッカ。ここの整備士だよ。」
この人、もしかしたらけっこう偉いのかもしれない。他の整備士に指示とか出してるし……
そのリッカさんが見ていたのが、私の神機だと気付く。
「私の……」
……使ったとき、何かおかしいな、とは気付いていた。
何と言えばいいのだろう。神機そのものの意思、だろうか。そういうものが、一切感じられなかった。
以前は何とはなしに受け取っていたそれがない。意外なほど空虚に感じるものだ。
「けっこう損傷は酷かったけどね。何とか直ったよ。」
「……」
さっきと言葉の感じが違った。治す、でなく、直す。
やっぱり、この神機は死んでいるのだ。
「……死んだ神機は、生き返りますか?」
そう聞くと、リッカさんは別段不思議な顔もせず答えた。
「さすがに気付かれちゃうか。君の予想通り、この神機はほとんど死んでるんだ。」
「……」
「アーティフィシャルCNSの破損。穏やかに使う分には問題ないけど、無理をすると動かなくなると思う。気を付けてね。」
「……分かりました。」
無茶するな、から、無茶できない、に変わっちゃったな。
私が感じたのは、それだけだった。
*
出て行く結意ちゃんを見送る。勘がいい子、と言えばそれまで。だけど、おそらくそれだけじゃない。
神楽や渚と同じ……なのだろう。神機の、ひいてはアラガミの声を聞けてしまう。
経験則で聞こえるような気がする私と違って、そもそもで聞こえる。羨ましいな、と素直に思ってしまう。
「リッカ。頼んでいた件だが。」
ソーマが入ってきた。頼んでいた件。つまりは、結意ちゃんの神機のこと。
「一応ね。オラクル伝導効率は極限まで高めてある。……けど、その分じゃじゃ馬になったと思うよ?」
「それは問題ない。ジュリウスの奴に教導を頼んである。」
「それならいいんだけどさ。あ、あともう一つ。」
さっきの会話を掻い摘んで話す。ソーマの表情は、大きくは変わらない。
「……なるほどな。」
「誤魔化したけど……どうかな。誤魔化し切れたかは分からない。」
アラガミであることの危うさ。神機の暴走、とか、神機からの侵喰、とか。そういうものを見てきたから、彼らほどじゃないけど理解しているつもりではある。
だから、あまり彼女に戦って欲しいとは思えなかった。
「神機をリミッターにすることは出来るか?」
「試したことないからなあ……それに、実験するには危険すぎるよ。」
「そうか……」
「神楽が帰ってきたら、いくつか模索してみる。アラガミと神機、って面だと、私より上だからね。」
「……たしかに、あいつに勝てる気はしねえな。」
苦笑。そういえば、久しぶりに見た気がする。神楽が向こうに行ってからと言うもの、ソーマはどことなく昔に戻っていたから。
話していると、彼の端末が鳴る。着信らしい。
「悪い。」
「神楽から?」
「……いや、渚だ。」
……彼の表情は、どこか強ばっていた。
*
「情報は集まらず……ですか。」
「まあなあ……目撃情報だけはあるんだが、なかなか一所に留まらない。」
一年……いや、もう少し経つだろうか。こうしてハルさんと酒を飲むのは久しぶりだ。
「ケイトの神機が突き刺さってるってのは確認してるんだ。奴で間違いない。」
「……」
奴。
俺が何も出来ず、ケイトさんを今の状態まで追い込んでしまった、奴。
ケイトさんが目を覚ます様子は、まだないという。
「ギル……気に病むな。お前のせいじゃないさ。」
「……それでも、あの時俺が何も出来なかったのは事実ですから。神楽さんがいなかったら、ケイトさんを殺すしかなかった。」
「今生きているならそれで十分だろ?無理に戦ってお前が死ぬ方が、あいつにとっても辛い。」
返す言葉を見つけられない。謝罪を言う場面でもなく、といって別のことを言える状況でもない。
俺がもっと強かったら……こうはならなかっただろうか。
「にしても、どう倒したもんかねえ……」
「……」
ケイトさんでろくに歯が立たなかった相手。
神楽さんを見て逃げるだけの判断力もある。
……俺とハルさんだけで勝てる相手ではないだろうことは、容易に想像が付いた。
「……副隊長なら……多少はいけるかもしれません。」
「さっきの子か。」
ハルさんは顎に手を当てて考えた後、平然と言った。
「いいかもな。」
「……意外と軽いっすね。」
「実際、けっこう強いんだろ。見りゃわかる。」
経験がものを言う、というのはこういうことなのだろう。この人は昔から、妙に聡いところがある。
「ただ、あの子に手伝ってもらうか決めるの、少し後でいいか?」
「いいっすけど……」
「……どうもな、空っぽな感じがするんだ。あの子の強さってのがさ。」
「空っぽ……ですか。」
「何だろうな。パンパンに膨れた風船みたいなんだ。ちょいとつつくと割れそう……少し違うが、まあそんな感じだ。」
虚構。
それは、あいつっていう人間を示す言葉なのかもしれなかった。
*
任務から戻り、部屋に入って最初に聞いたのは……轟音だった。
おそらくはソーマの部屋から。
「ソーマ?大丈夫?」
「……ああ。」
彼の部屋……神楽と結ばれてから、修理を行ったその部屋は、壁が見事に抉れていた。
「……いや大丈夫じゃないだろ……何かあった?」
「……」
しばらく沈黙が続く。
……三年前、最初に会ったときのソーマって、こんな感じだったな。
「なあ、コウタ。どうすれば強くなれる。」
「へ?」
「どうすれば、あいつを守れるくらい強くなれる。」
うん。どうやら思った以上に重症らしい。俺にこんなことを聞いてくるのがいい証拠だ。
ソーマと俺を比べたら、どう考えたってソーマの方が強い。年季も実力も実績も、当たり前のようにこいつの方が上だ。
でもまあ……そういうことじゃないよな。
「全くさあ……昔からそうだけど。」
「……」
「強くなりたいならさ、もっと周りを頼ればいいじゃんか。」
「……頼る、か……」
守る、っていうのがどれだけ大変か、第一部隊長になってから嫌と言うほど思い知った。
エリナは突っ込みすぎだわ、エミールは無茶しすぎだわ。何度投げ出したくなったか分からない。というか、今でも投げ出しそうになる。
それでもやっていられるのは、もっとベテランの人達がアドバイスしてくれたり、励ましてくれたりするからだ。
ハルさんはルーキーとの関わり方を教えてくれるし、タツミさんはリーダーとしての立ち回りを見せてくれた。
戦闘の教え方はリンドウさんやツバキさんが叩き込んでくれたし、オペレートの生かし方はヒバリさんが説明してくれた。
しかも、俺が隊長になると決まったとき、神楽が各方面に根回しや下準備をしていてくれたようなのだ。
俺は支えられている。改めて、それを実感したのだ。
「おう!俺も頼れよ?」
「ふん。神楽の百分の一でも出来るようになってから言え。」
「え、まだ一パーセント未満っすか……」
「……冗談だ。」
期待に応えよう、ではない。
出来ることから、出来うる限りやっていく。
「……たまには頼るさ。」
……こいつ、何やかんや神楽より素直だよなあ……
次話で本日の投稿、終了です。