GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
神の側人
「第二部隊、北北東よりヴァジュラを中心とする中小アラガミ接近。数七。」
機械、というのは、なかなか便利なものだ。もちろん使いこなせれば。
「第六部隊β。付近にアラガミの反応なし。αと合流し対処。西、距離1km。」
私は正直、扱いが上手い方とは言えない。肘を付いただけで反応するタッチパネルには何度も舌打ちを浴びせたし、無駄な情報が多すぎるスクリーンを幾度となく睨みつけた。
「リンドウ。第一部隊の救援に向かって。見えるでしょ。」
思い付いた乱暴な方法。その機械を直に操る、というもの。存外何とかなるものだ。
レーダーの探知範囲に介入して、私が把握している情報を叩き込む。
モニターには私が欲しいと思った情報が、欲しいと思った時点で表示されている。
タッチパネルの電源は落とした。そんなものは必要ない。
「半径3km外には出させないからね……覚悟してよアラガミ共。」
*
「ねえイザナミ!美味しいねこいつ!」
さっきまでが嘘みたい。そうか。こんなに強くて憎らしい敵だって、私は簡単に勝てるんだ。
倒せばご飯も手に入る。一石二鳥。にしてもこいつの腕は美味しい。
《か……ら……落ち着……》
「何言ってるか聞こえないよ!もっとはっきり言わなきゃさあ!」
父さんを愚弄した罰だ。怜を辱めた報いだ。私を壊した償いだ。
何度でも苦しめばいい。最強のアラガミに弄ばれて、ぼろぼろになりながら壊れていくがいい。最期の最期に命乞いをして見せろ。
「分かってるかなあ!君が壊したんだよ!私を!だから君もさあ!」
コアを取り出さないと倒れないのはよく知っている。だからこそ、私はこいつを倒さない。何回も何十回も何百回も何千回も殺して壊してやる。
私にはそれが出来るんだから。アラガミに堕ちた今、躊躇なんて物は必要ない。
喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰い尽くして。生まれたことを後悔するまで捻り潰してあげる。
「ほらほら!まだ終わってないでしょう!」
ああ、面白い。
神機が骨を裂く感触が。
拳が装甲を打ち砕く感触が。
喰らい付いた肉の食感が。
なんて心地良いんだろう。ぞぶり、と簡単に歯が通り、口の中に血と肉の味が広がっていく。
幸福感と充足感。
けど、まだ足りない。もっと食べたい。やっぱり、まだこいつは殺せない。
「神楽!聞こえてる!?応答して!」
……ああ、通信機か。
「うるさいよ。ご飯の時は静かにしなくちゃ。」
言ってから通信機を投げ捨て、神機で叩き壊す。
こんなに楽しいこと、誰にも邪魔されたくないもの。
私は再度足に力を込め、インドラの鼻っ面へ飛びかかる。体が軽い。これがアラガミだ。私の力だ。
「ほらほらあ!首落としちゃうよっ!」
紙一重で肩の装甲に防がれた一太刀を滑らせ、耳と頭の一部を切り取る。迷いなく口で捕らえ、咀嚼し……胸の高鳴りをまた感じていく。
足掻かんとばかり吐き出された雷球を切り飛ばして……ああ、なんて楽しいんだろう。そんな風に、ガードを甘くしちゃダメだよ。
「あっははは!足なくなっちゃったねえ!さあ、どうするの!?」
足。少し大きいな。仕方ない。神機で喰おう。
右前足を失ったインドラは、空気中からオラクル細胞をかき集める。なかなかの速度で生え始めたそれを私は放置し、まだ口を付けていなかったマントに狙いを定めた。
「次はそこにしようかなあ……?」
舌なめずりしていた私は、妙な音が耳に飛び込んできたのに気付いた。
空から何か降ってくるような音。何だろう。
そう思って上を見上げた頃には、轟音と共に、インドラが倒れていた。
「……」
インドラを刺し貫くアリスの腕。
一切の無駄なくコアを捉えたそれは、つまり私の食事が行えなくなることを意味していた。
《その様子……存外、弱かったということでしょうか。》
「……ねえ、まだ喰い足りないんだけど。」
あと一口。ううん。二口。
……やっぱり、もっといっぱい。
「足りない分はさあ!君でいいよね!」
地を蹴った私は、アリスに辿り着く前に制止していた。
《もう何年か前に、これが出来るようだとよかったんですが……》
「……」
改めて、私は周囲を見回す。
雷に焼き払われた地平。
幾多のクレーターが穿たれた地表。
土埃と炭化したオラクル細胞が渦を巻く空気。
「うぷっ……」
喉の奥からこみ上げる血と肉の臭い。
口を抑えた手を滑らせる汗と血液。
それから、真っ黒の神機と、真っ黒の羽根。
《正気は戻りましたか?》
「わた……なに……」
これは、本当に私がやったこと?
周囲の光景があの日と重なる。家族を失った日。ハイヴごと、その時の全てを失った日。
あの時も、私の手は血にまみれていた。
《……娘が心配しています。なるべく早く、帰ってあげてください。》
アリスはそう言って、私に背を向ける。
《いずれ、自ら消えるべきなのでしょうね。私も、娘も、あなたも、極東の彼も。》
*
騒然と、とまでは行かないけど、エントランスは穏やかとは言えない雰囲気に包まれていた。
「……ただいま。」
帰ってきた神楽の様子のせいだ。
……おおよそ私やリンドウ、ツバキ以外の面々は、インドラの凄まじさを物語る姿、として。インドラへの恐怖心と共に見ているんだろう。周囲で交わされる会話も、そういった類で埋め尽くされている。
結局神楽が戻ってきたのは、周辺のアラガミを掃討し終わってから。疲れた疲れたと口々に言う神機使い達が休むそこへ、彼女は血塗れ埃まみれのボロボロな状態で帰投した。
様子からして、本人が怪我をしている風ではない。
「とにかく、シャワー浴びなよ。背中流してあげるから。」
「……うん。」
「リンドウ。ツバキ。報告書は後にしてもらっておいて。」
「分かってるさ。姉上よお。上の面々頼めるか?」
「姉上はよせと言っているだろう。そちらはやっておく。お前は他の各方面に申し入れておけ。」
……だけど、私達は気付いている。というより、予想が付いている、だろうか。
今の彼女の様子は、暴走を終えた時のそれだ。
服の破れ方、本人の気持ちの沈み方。そう何度も見たことがあるわけではないにしろ、なかなかに特徴的なのだ。
加えて私は、もう一つ気付けてしまう。
「喰ったの?」
神楽に割り当てられた部屋に入るなり、私はそう質問した。
「……っ……」
「……そう。」
彼女の細胞が変質している。上位互換として、ではなく、別の能力を手に入れたような、そんな感じ。
つまり、何かしらを取り込んだ、ということ。
「ま、ひとまず流そうか。それじゃ気持ち悪いでしょ。」
なんとなく動きが緩慢な彼女を引っ張るようにしてシャワーを浴びさせる。
裸の背中を見ながら、三年前のことを思い出していた。
自分が何なのかも分からず、ただ本能的にアラガミを喰らい、人を避けていたあの頃。
何があったかすら思い出せず、自分の存在に恐れすら感じていたあの頃。
『大丈夫。おいで。』
私は、神楽が広げてくれた腕に、救われたんだ。
そこに至ってようやく、人の温かさを知った。ようやく、自分の何たるかを理解した。
終末捕喰なんて起こしやしない。私は、人とアラガミが共存出来る世界……もし無理だとするなら、アラガミのいない。そう。私すらいない世界を、人のために実現してみせる。
私は、人に救われたのだから。
「……神楽。一個だけ分かってて欲しいんだけど。今いい?」
「……」
小さいながらも頷きを確認する。
「私は、神楽っていう人間に救われたんだよ。」
何も言わない神楽の肩が震えている。意味は、伝わったろうか。
「……また、一緒に買い物、行こうか。」
彼女が頷いてくれた。そのことに、私はまた少し、救われていた。
渚みたいな妹がいたらなあ…とか思ってしまう今日この頃。
次話より、α(というより極東支部)部分となります。残り二話。