GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
瓦解
「じゃあ、お願いね。」
ヘリのパイロットは軽く敬礼して、回収物を運んでいく。少しだけ私の右手を見ながら。
「……」
《まあ……物珍しいだろうけど。ああいう目は好きじゃない。》
イザナミも不満を漏らす。別に、見ないで、とは言わない。だけど、見られるのもあまり好きじゃない。
《……帰りたい?》
【……ちょっとね。】
嘘だ。本当は、今すぐ帰ってしまいたい。
羽を広げて、ブースターに火を入れて、最高速度で跳んでいってしまいたい。
……心まで完全にアラガミになれたのなら、どれほど幸せだろう。
《……》
【大丈夫。まだ、大丈夫だから。】
だから行こう。さっき近付いていたアラガミを倒しに。私の存在意義のために。
*
母さんと私は、しばらく黙っていた。
予想していたことではある。けど、失われていて欲しいと思っていたことでもある。
「……じゃあ、私はまだシオなんだ。」
沈黙を破った。話していないと、押し潰れそうだった。
「ねえ、どのくらい保つ?」
《分からない。でも、いつか必ず。》
「地球を食べたくなる、って?」
母さんは、その赤い頭を上下に往復させた。頷いたのだ、と分かるまでに数秒かかった辺り、私の頭はぐしゃぐしゃなのだろう。
終末捕喰なんて、私は起こしたくない。
でも、私はまだ特異点だと母さんは言う。
ノヴァなどなくとも、いつか私は、世界を喰らうアラガミになるのだ、と。
「……なんか、実感わかない。」
《あなたは、私のお腹の中にいた頃に、アラガミになった。》
「……」
《今だから分かるけれど、どうやら私は、あのジャヴァウォックのオラクル細胞に侵喰されていたのね。気付かぬ内に子供を産んでいたわ。》
それは、いつ?私は聞けなかった。
《ジャヴァウォックはね、アラガミの母にして、終着点なの。》
「どういうこと?」
《全てのアラガミがジャヴァウォックから始まり、また全てのアラガミがジャヴァウォックになる。》
「……?」
《……いつか分かるわ。》
母さんは、どこまで何を知っているのだろう。
たぶん私より、ソーマや神楽より。アラガミだった期間は長い。いったい、何に気付いているのだろう。
……そうじゃない。私が、何かに気付けていないんだ。
「私がノヴァになったとしても、それを止めてくれる人がいるんだ。」
だからそれに気付くまで、私は私でいる。
「だから、私はまだ人と生きる。」
《……》
母さんはしばらく黙っていた。私を諭す言葉を見つけようとするかのように。
でも、私は折れない。私はアラガミで特異点だけど、あの時、神楽は私を抱き留めてくれた。シオの人格がなくなった今でもはっきり覚えている。
だから。というわけなのかどうかは判然としないけど、私は私である限り、人の味方で居続ける。
《……後悔だけは、しないでね。》
そう言って、母さんはどこかへと転移していった。
「……」
*
どうもおかしいな、と、感じ始めている。
いや、本当は最初から感じていたのだが、たまたまかもしれないと結論を後に回していたのだ。
その後、で感じる。やっぱり、おかしい。
《南から二体追加!五十秒後に合流されるよ!》
【OK!】
私を囲むように、アラガミのリングが出来ていた。
丸くなるように倒していった覚えはないし、何より無傷のアラガミが、自分の出番を待ちながらリングを作っているのだ。それも私の常射程外から。
別に届かない距離じゃないけど、オラクルの消費が激しくなる。最終的な数が分からない現状だと、無茶は危険だ。
そもそも集まっているアラガミ自体はさほど驚異じゃない。ヴァジュラ種を中心に小型が多数。近接だけで相手取れる。
「っ!」
手近なオウガテイルを切り結び、足場として奥のヴァジュラへ。リングの一体だ。
《右!》
イザナミの言う通り、右側にいたピターが雷球を放つ。それを切り裂きながら減速し、地面に降りたところを狙って再度雷球。今度は私ではなく、その前の地面を狙っていた。
私を出さないつもりなんだ、と。何度目か分からない確認を終える。
【どう思う?】
《ヴァジュラ種が共同で捕喰する、ってのは珍しくなかったけど……さすがに妙だね。》
【……まっずいなあ……】
今、拠点の方にアラガミの大群が現れたりしたら……渚やリンドウさんがしばらくは持ちこたえてくれるだろうけど、こっちと同じくらい出現されたらかなり厳しい。
【イザナミ!レンジ解放!】
《さすがに仕方ないね……いくよ!》
刀身にオラクルを集中させる。普段は翼に回す分を使って消費を抑え、刀を延長させる形で。
大丈夫。見える範囲は飲み込める。
「せえのっ!」
人気の実体部分のみが風切りの音を立てながら、そのさらに先にあるオラクルによってリングが薙がれる。上下に分かれたアラガミ達が一拍遅れて崩れ落ちた。
斬ると同時に多少喰らったから、消費は思ったより少ない。もちろん、疲れはしたけど。
……多少喰らったから、かあ。
もしかしたら、自分が思っている以上に辛くなっているのかもしれない。極東支部のみんなと離れていることが、意外なほどに重たく圧し掛かっている。
【…戻ろうか。】
《ソーマとでも話したら?ちょっとは気が紛れるでしょ。》
イザナミは、こういう時に必ず、私を気遣ってくれる。ソーマと同じ。
……だから、今心配されるのは……ちょっとだけ辛い。
【ううん。ソーマに心配かけるわけにもいかないから。アナグラで頑張ってるんだもん。】
《……無茶はしないでよ。》
【分かって……】
それは、あまりに唐突だった。
私からほんの数メートル前にある地面が弾け飛ぶ。
私より速い何かがさも隕石であるかのようにして、私の目の前に……そう、笑顔で。笑顔で突っ込んできたと気付いたのは、後ろにいくらか跳んだ後だった。
土煙が晴れるより先に、私はそいつの正体に感付く。
「う……そ……」
誰が間違えるものか。誰が、自分の弟を間違えるものか。
あの時、倒したはずなのに。怜は私の神機……この右手にいるはずなのに。
「……なんでよ……」
私は、泣いていた。
悲しい。
ううん。怒ってる。
……やっぱり、悲しい。
「なんで……ここにいるの……」
《落ち着いて。あの時のあいつじゃないのは分かるでしょ。》
なぜ。
「分かってる!分かってるけど……!」
《……まずはあいつを倒すのが先。他のことは、それから考えよう?》
ねえ、なぜ。
なぜ、インドラがここにいるの。
「もう……私を壊さないで!」
気付いた時には、私の足は地面を蹴っていた。
数メートルの間合いが一瞬にして詰められ、私の右手が振り払われる。
「くっ……」
対してインドラはといえば、少し体を捻って、その肩にある刀で受け流すのみ。
焦るな。今の私なら、こいつにくらい勝てる。
冷静な私がそう諭すけど、その今の私、は、まともに考えている余裕はなかった。
「あああああああああっ!」
右上段。切返し。引き切り。踏み込んで突き。
相手はその全てを、僅かな動きでいなす。
ここに至ってようやく私は気が付いた。以前戦った個体より、こいつは動きがよくなっている。
あのアラガミを作る厄介な能力がどうなっているかは分からないけど……それでも、ただ相手取るには辛い敵だ。
《ああもう!落ち着いてってば!》
「黙ってて!」
分かっている。冷静にならなきゃ、こいつには当たらない。さっきのでいくらか体力を使っちゃったから、あまり無理も出来ない。
分かってるけど……
「もうやめてよ!父さんも母さんも怜も、ゆっくり眠らせてあげてよ!」
怒りなのか悲しみなのか、全く判然としない感情で埋め尽くされていく。
制御が甘くなっているのかもしれない。自然と、オラクルは刀に集まっていた。
「これ以上……悪夢なんて見たくない……」
……ああ、黒いな。私の神機、こんなに黒かったっけ。
そうか。これが今の私の色なんだ。
人でなくなり、アラガミにもなれず、宙ぶらりんで、とりあえず生きているだけ。
そんな私に、白も青も似合わない。
私は黒でいい。
荒ぶる神になろう。
【……イザナミ。】
《全く。やっと落ち着いた?》
【うん。】
ごめんね。あなたの安心は、すぐ壊れるかもしれない。
「……じゃあ、全力でいこうか。」
*
「状況は。」
帰投するが早いか、大混乱中の司令室に突っ込んできたリンドウ。帰りのヘリで連絡は受けていたらしい。
「悪いニュースともっと悪いニュースと最悪のニュース。ついでによく分からないニュース。どれから聞きたい?」
「そうだなあ……まだマシな方から頼む。」
「OK。悪いニュースは、神楽が本気出してるってこと。それも、たぶんだけどコアの制御が緩い状態でね。」
神楽のオラクルは基本的に、白から青辺りで発光する。質量的な使い方より放出的な使い方が多いけど、いずれにしてもその二色で大別されているのだ。
「見れば分かるだろうけど、神楽の反応がある地域に黒い靄がかかってるでしょ。望遠だからはっきりしないけどね。」
「三年前のと同じってことか。」
「たぶん。あの時は暴走に近かったけど、今回は一応制御されてるから……まあ、まだマシ。」
「で、次は。」
ずいぶん普通に話を進めるね。その言葉を言う暇は、実はあまりない。
「ヴァジュラ種が大量発生中。この辺でピタークラスまで相手に出来るの、多くないよ。」
「あー……今戻ったばっかりなんだが……」
「つべこべ言わない。話聞いたらさっさと行きなよ。」
「へいへい。……最悪ってのは?」
おそらくだけど、悪い方の二つが重ならなければ、ここまで大混乱にはなっていない。
「ジャヴァウォックの偏食場が再確認されてる。」
「本体は?」
「出てない。って言っても、時間の問題かもね。」
偏食場が確認された。これはほとんど、そこにアラガミがいるのとイコールだ。
例外は計器の故障か、私や母さんみたいないつの間にか消えているやつ。要するにほぼ有り得ない。
「……ついでってのは?」
「これ見て。神楽の辺りで確認されている偏食場。……神楽のはなくしてるからね。」
リンドウにモニターの一つを見せる。そこには、二種類のアラガミの照合結果が表示されていた。
「……インドラ?」
「記録は漁ったけど、確認されたのは極東だけ。それも三年前の短期間ね。」
「一応そういうのがいたってのは記録で見たが……」
「そのコア、何だったか知ってる?」
「いや。」
報告書は読んだけど、隅々までじゃない、ってところらしい。実際、リンドウはあの時エイジスでうろちょろしていたし……インドラも再出現はしなかったから、当然と言えば当然の帰結だろう。
「神崎桜鹿博士が作った複合コア、知ってるでしょ。神楽の実の父親の。」
「あー。そいつに関しちゃ俺も調べたなあ。」
「いろいろ省くけど、その複合コアだったんだよ。インドラのコアはね。」
嫌な予感がずっとしている。
ここ最近、何かと不安定な状態が続いていた神楽が、そんなものを目にして冷静でいられるだろうか。
……というか、冷静でいられなかったのはすでに分かっている。半暴走状態に陥っている以上、それは明確だ。
問題はその後にある。
「救援は?」
「行けると思う?私はまだ死にたくないよ。」
半暴走、で収まればまあいい。そこまでなら意図的に引き出せるだろうし、意図的に戻ることも出来る。
ただ、それ以上になったなら、心か体のどちらか。または両方に影響が出るはずだ。
……こっちの騒ぎを、向こうにまで波及させるわけには行かない。
「……じゃ、行ってらっしゃい。ノルマ二十ね。」
「へいへい。老体にむち打って参ります。」
ツバキが増援の話を付けているけど、正直当てにはならない。
「さてと……ちょっと手足になってもらうからね。」
私は自分のオラクルを、計器類に流し込んだ。
(さすがに話すネタがあまりありません)