GOD EATER The another story.   作:笠間葉月

106 / 150
本日二話目。神楽達の方のお話です。


β01.鉄条網で編まれた梯子

 

鉄条網で編まれた梯子

 

「……なんでよ……」

 

私は、泣いていた。

悲しい。

ううん。怒ってる。

……やっぱり、悲しい。

 

「なんで……ここにいるの……」

《落ち着いて。あの時のあいつじゃないのは分かるでしょ。》

 

なぜ。

 

「分かってる!分かってるけど……!」

《……まずはあいつを倒すのが先。他のことは、それから考えよう?》

 

ねえ、なぜ。

なぜ、インドラがここにいるの。

 

「もう……私を壊さないで!」

 

   *

 

──数時間前──

 

「回収任務、ですか。」

「うむ。ジャヴァウォックの姿は見られないが、あれの細胞が残留している可能性は十分にある。それの回収が任務だそうだ。」

 

ツバキさん経由で受け取ったわけだけど……まあ要するに、私みたいなのに任せるべき任務だ、と判断されたのかもしれない。

 

「状況自体はまともになっているが、まだまだ危険地帯だ。気は抜かないように。」

「了解。……それで……どのくらいの大きさが必要なんですか?」

「なるべく大きなものがいい、とは指示にあるが、無理はしなくていい。あくまで可能な範囲内だ。」

 

赤い雨が降り止み、ジャヴァウォックもいない……とはいえ、何が起こるか分からない。最悪の場合は一人で帰って来られる神機使いを、ということなのだろう。

こういう時は便利に使うんだから……全く。

 

《不満?》

【そりゃあ……うん。】

 

私はアラガミだ。それを、こっちに来てからずいぶん再認識させられたように思う。

他の神機使い達はどこか距離を置いているし、出撃回数もずいぶん少ない。出るとすれば明らかにまともな神機使いに任せられないような事態のみと……半ば捨て駒扱いされているかもしれない。

私は普通の人から見れば恐るべき敵の仲間、なんだろうな。

転移こそ出来ないが、他の面で渚を大きく上回る。自分の力が、今は疎ましい。

 

「分かりました。見つけたら取って来ます。」

「頼んだぞ。」

 

……でも、これは嫌いじゃない。

この力があったから、私はソーマに会えた。極東支部の人に会うことが出来た。

私が押し潰されないでいられる、唯一の理由だ。

 

「……来週、少し暇が出来る。何か奢ろう。」

「……」

 

これほどまでに世界は残酷で、私の周りは温かい。

この世界を、壊されたくはない。

 

「んー……お酒のないところでお願いします。」

「却下だ。」

「ですよね。」

 

   *

 

久々の司令室はずいぶん変な空気だった。

だらけている、と言うわけではないけど、緊張感を感じるわけでもない。まあ当然だろう。

ジャヴァウォックは消滅して久しく、アリスは何もしてこない。私たちがキュウビ追跡にレーダーを借りてもいるけど、うろちょろしてるわ近付きはしないわ、進展は皆無に等しい。

その司令室の椅子の一つに座る。

 

「お疲れ。」

「おう。変わってくれ。」

「面倒。だいたい、私じゃ新人は怖がるでしょ。」

 

リンドウは新人教導。私は私で、中堅以上……あくまでこっちの基準での中堅以上へ、戦術指導をしていた。

そういうことが出来ている理由には、もちろんリンドウからの推薦もある。アラガミの身でも、一応ベテランだから。教官には使えるだろう、と言ってくれたらしい。おかげで妙な経歴ながら、一定の信頼を得るに至った。

なぜ中堅以上か、と言えば、私は実戦的な教え方しか出来ないから、基礎の基礎くらいは出来ていないと困るわけで。新人研修は担当出来ないからだ。

ちなみに……神楽の場合、新人を教えるのが上手い。が、ここでは任されていない。なぜか。

……スパルタだったらしい。というか、一瞬だけど極東基準で動いたらしい。

普通なら、その辺りでミスをするような性格じゃない。……とすれば。

 

「話し方さえ気を付ければ大丈夫だと思うんだがなあ。」

「面倒。」

「だよな。……二人は?」

「神楽に回った任務のブリーフィング。少しは気晴らしになると良いけどね。」

 

神楽自身が、かなり参っている、ということだ。

シオの時に、神楽とは微弱ながら感応現象が何度か起こっていた。まだ断片的にしか思い出せていない内の一部。

……流れ込んできたのは負の感情。

寂しい、悲しい、辛い、苦しい。そういうのに埋め尽くされる中、ソーマや他の極東支部の人間が支えだったようだ。

 

「回収任務ねえ……だいたい、ジャヴァウォックの組織片ならもう手には入ってるんだが。」

「ま、生きてて大きいのも欲しいんでしょ。ちっちゃいのじゃなくてさ。」

「それもそうか。っと……そろそろ開始する。」

「はいはい。偏食場異常なし。ブリーフィング通り、目標はヴァジュラテイル二体。及びザイゴート。数は三。」

 

今、その支えがずいぶん弱い。

ずっと前の……三、あるいは四年前までの彼女なら、それで押し潰されはしなかったろう。病的なまでに自分を殺し、一つの兵器として研ぎ澄ますような時期があったことも、感応現象は伝えてきた。そう、その頃なら、重圧に負けはしなかったはずだ。

だが今の彼女は。細い支柱一本に全体重をかけるような、悲惨なバランスの元で立っている。

さらにタチの悪いことに、神楽はそういう自分を見せないのも上手い。行動の端々から弱っていると予想することは出来ても、どの程度まずいかが分からない。

……ソーマって、その意味じゃすごいな。さすがバカップル。

 

「……板に付いてきたな、お前。」

「ええもう。毎度毎度大立ち回りやらかしてくれる誰かさんのせいでね。オペレーティングくらい上手くもなるでしょうが。」

「はっはっは。誰のことだろうなあ。」

「……殴るよ?神機で。」

「悪い悪い。ったく。昔の姉上を思い出すな。」

「そりゃまあ、基礎叩き込んできたのツバキだし。」

 

こっちに来てから、ツバキはオペレーターの基本を教えてきた。お前も部隊指揮くらいやるかもしれないから、だそうだ。

まあ確かに、向いているかもな、と自分で思う。究極的にはまずいところに行って救援して、すぐ戻るってことも出来るわけだし。

……私の居場所を作ろうとしてくれている。口に出すのは少し恥ずかしいけど、素直に嬉しかった。

 

「じゃ、グッドラック。」

 

このくそったれな世界に祝福を。

 

   *

 

【このくらいなら大丈夫かな?】

《ここまでに見つけた中じゃ一番大きいんじゃない?細胞は死んでるけど。》

【んー……どうしようか。生きてる方がいいよね?】

《そりゃね。でも、かなり難しいと思う。離れて時間が経ちすぎてるから。》

 

ジャヴァウォック出現跡地は、なかなかに妙な様相を呈していた。

例えるなら森。死んだオラクル細胞が、昔の樹海、なんて場所みたいに乱立している。

とはいえそのオラクル細胞はごく薄い膜のようなもので、研究に使うには一目で不十分とわかった。

だから必然的に、探すのは落ちている細胞塊となるが……これがまた難しい。

 

《ん。神楽。九時方向。》

【何が来てる?】

 

絶えずこの地に戻ってきたアラガミが襲ってくるからだ。偏食場や、神機で食らった反応……こう言ってよければ味で判別するしかないくらい、アラガミの死骸で埋め尽くしてしまう。

 

《黒猫と白猫と赤の子猫。》

【……せめて名前で……】

《面倒じゃない?あれ長いし言いにくいし。》

【それは分かるんだけどさあ……】

 

どうもこの辺りはヴァジュラ種やその近縁種が多いらしい。というか、足が速い中で強い部類が、出戻り組ではヴァジュラ種なのだろう。私以外に倒されたアラガミも転がっている。

 

《とりあえず、これだけ持って行ってから倒しておこうか。》

【はいはい。負荷は受け持つ……終わったら休憩してよ?】

《分かってる。》

 

こんな状況だから、私にお鉢が回ってきたんだな、と感じていた。

今、この周辺に。人はいない。

 

   *

 

「アリス接近!距離100、北西!」

 

司令室の空気を俄に張り詰めたものにしたのは、若いオペレーターのその一言だった。

 

「私が行くよ。リンドウ達のオペレーティング、替わって。」

 

立ち上がって転移を使う。そういえば、私はどうやってこれを使っているんだろうな。

行こう、と思うと、自然とどうすればいいかが分かる。不思議な力だ。

 

「……っと。」

 

さっきの言葉を頼りに跳ぶと、ちょうど母さんが視認出来た。

 

「おはよ。そろそろこんにちはかな。」

《そうね。もう十時くらいだから。》

「……どうしたの?」

 

本来なら、母と娘がしばらくぶりに会った、という、話も盛り上がる状況なのだろう。けど悲しいことに、話すような話題も持っていなかった。

 

《……人の元を離れる準備を、した方がいいかもしれない。》




文字数の基準が少し下がったかもしれない…

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。