GOD EATER The another story. 作:笠間葉月
書こう書こうと思いつつ、時間が取れずずるずると…申し訳ないです。
本日、三話投稿となります。
割れた片鱗
「依然として偏食場は発生しているようですが、ジャヴァウォックの再出現はしばらくないと見て良さそうです。」
オペレーターからの報告。微妙な報告だな、と言いたいが、それ以上のことは推測の域を出すことすら出来ないのは皆承知の上だ。
「消滅時の強さのまま、ってことか?」
「いいえ。徐々に減衰しています。完全になくなるのも時間の問題かと。」
姉上は本部でのお偉方会議、渚は対ジャヴァウォック前線拠点に駐留。
そんな中で行われたこの話し合いのため、周辺支部から精鋭クラスの神機使いが集められ……神楽はその間のアラガミ討伐任務を一手に引き受けると断言し、今もどこかを駆けずり回っているらしい。
「出てこないなら出てこないに越したことはないけどなあ……」
「つっても解決にはなってねえぞ。」
「問題はそこね……再出現するとして、最短で何時間とか分かってる?」
「試算はされました。ただ、数時間から数日で再出現が可能である、というところまでしか……」
「なら一時間で考えようか。当該地点まで一時間で行けるのは?」
どこの支部からも手が上がらない。現状、ロシア東部にはハイヴはあってもフェンリル支部はない。三時間ならともかく、一時間で辿り着ける神機使いは……
「……一応うちは行けるな。神楽か渚なら何とか、ってとこだ。」
「彼女らは最後の手段だろう。いくら半アラガミだと言っても、常時当てにしてはいられない。」
こいつらは、アラガミの危険性も、アラガミの強さも、全て知っていてこれが言えている。ルーキーはただ畏怖し、中堅クラスは対応出来ず、ここにいるベテラン連中は危険性を熟知した上で戦力として頼り……その上は、ただただ便利なものとして、あるいは危険物としてしか見ていない。
「二時間以内なら……少しはあるか。」
「ええ。私達はその区域ね。」
「こっちもだ。……つっても、俺んとこから人が出せるかは分かんねえ。」
「人数が、ってことか?」
「ベテランクラスが俺しかいねえんだ。出てる間に支部がやられたら……」
極東支部は、他の支部に比べて倍以上の神機使いが常駐している。その分アラガミも……言い訳がましいが、他地域の約三倍。人対アラガミの比率は、どこも同じようなものだ。
「……ひとまず再出現時には、出動可能な神機使いを第二防衛ライン中央拠点に集結させる。その後、四人体制での小隊に分割し、別々の方向から第一防衛ラインへ。これに関しては変更しない方が良さそうだな。」
「今はそれがベストね。出来ることなら第一防衛ラインに集まりたいけど……」
「敵の攻撃範囲も分かっていない以上、初手から接近するのは危険だ。分かってるだろ?」
「もちろんよ。……ところで、極東支部ではあれとの遭遇経験があると聞いたけど……何か知らないの?」
……俺と姉上、それにソーマのことだ。っつってもなあ……
「確かに遭遇はしたんだが……正直、俺らも何も分からん。ぎりぎり目視できたくらいだったからな。」
「なるほどね……」
「それでも目視したことがあるのは大きい。大まかでもいいんだ。弱点っぽいところとかなかったか?」
「さっぱりだ。爆風やら何やらのせいで、朧気にしか見えてなかったしなあ……」
そしてまた、話は若干進んで振り出しに戻る。二歩進んで一歩下がるようにしながらも実践的かつ実戦的な話へと進んでいけるのは、偏に皆がベテランであるが故なのだろう。
「近距離戦はほぼ不可能、だったか?」
「はい。赤い雨……でしたっけ。ジャヴァウォックを中心に降り続いていましたので、おそらく接近することすらままならないと思われます。」
八方塞がり、とは、こういうことを言うのだろう。何人かのため息が、何度目かも分からず木霊した。
*
死屍累々。極東ほどではないけど、やっぱりアラガミは多い。
ベテラン神機使いがいない、というだけで、この辺りの支部はその機能を停止してしまう。新人だけで戦闘には出せない、そんなところかな。
《他にはいる?》
【いない。少なくともこの辺りにはね。】
《そっか。》
……そういえば、本当はソーマもこっちに来るはずだったんだっけ。唐突にそれを思い出した。
『え?来られない?』
『ああ。さすがに状況がまずいからな。親父と榊が残れっつってきてやがる。』
『……そっか……』
一年前、ケイトさんのアラガミ化を止めてしばらく経ってから、報告(主に私の進化について)のため極東に戻ったとき。赤い雨や感応種との戦闘のために、ソーマはアリス追跡の予定メンバーから外れた。その時は渚も残るはずだったんだけど、出発の前日に、本人がお義父さんに掛け合ったのだと言う。
……たぶん、私は寂しいのだろう。本当は一緒にいられたはずなのに、と。
アラガミの力の恐ろしさを、改めて認識させられたから、かもしれない。……あのP63型は、なぜかも分からないけど……怖かった。
《はあ……新人でもいいから出してくれないかなあ……》
【無理でしょ。頭も慣習もお堅い偉い人たちなんだし。】
《……言うね。》
【そりゃもちろん。】
私のことを信用している支部長やフェンリル幹部は少ない。きっと、いつアラガミ側に回るか分からないから、とか、そんな理由で。私自身にそんな気は毛頭無いのだけれど、人の思考ほど目に見えないものはない。
神機使いは概ね好意的。それでも、懐疑的な視線は常に感じられる。……同時に、一種の恨みに近いものも。
私はそれをよく知っている。大切な人を殺された事への、怒りと悲しみと、発露できない憎しみの感情だ。……つい三年前まで、私が持っていた感情だ。
《ある程度見回ったら帰ろっか。そろそろ話し合いも終わるだろうし。》
【だね。】
戻ったら、久しぶりにブランデーでも飲むことにしよう。
*
何というか、私一人で出来ることなんて高が知れてるなあ、と……久々にそれを感じた。何がきっかけというわけでもなく、ちょっとした発作のように襲いかかってきたような。そのくせ、何かに呼び起こされたような。そういう変わった感覚だった。
こういう時、お酒もコーヒーも、ちょっとした気晴らしにとても良い。もちろんコーヒーの方が好きなんだけど、何かしらで嫌気が差したときは、軽く酔ってしまうのも手のようだ。
……そんなわけで、私は三杯目に手を出している。
《飲み過ぎじゃない?》
【平気。】
普段からそんなに飲む方でもなく……基本は一杯か二杯で打ち止め。たいしてお酒に強いわけでもないし、何より出来上がった状態で任務には出られないから。
けど、今日はなんだか、しっかり酔いたい気分だった。
《……ほろ酔いくらいでやめときなよ。》
【分かってる。】
昔、本部に初めて召喚されたとき。偉い人たちの仏頂面の裏に感じた、私への疑念や思惑、勝手な皮算用に、利用価値の品定め。それらをとっとと忘れたくて、ものすごい勢いで呷ったことがある。その時のことをソーマに聞いたところ……泥酔したあげく泣き上戸になって、そのままぐっすり寝ちゃったそうだ。
今でも偉い人達からの目は何一つ変わらず、居心地の悪い日々が続いている……早く全部終わらせて、帰りたい。
【そういえば、アリスはどの辺りか分かる?】
《微妙。第一防衛ラインの外、ってくらい。》
【動いてないの?】
《たぶんね。》
まあ、アラガミである時点で食べ物には困らないだろうけど……彼女がそこにいる、ということは、ジャヴァウォックが再出現する確率もあると示唆しているわけだ。
【……このくらいでやめとこうか。】
《……十分飲み過ぎだと思うけど?》
【うう……】
*
「ええい!どいつもこいつも!」
……荒れてんなあ……
「あの平和ボケしたハゲ面どもが!せいぜい前線に出てからものを言え!」
「お、おーい。姉上?そろそろやめた方が……」
「そう呼ぶなと言ったろうが!」
「てっ!」
手近にあったファイルの角で頭を殴ってきた姉上に対し、このところは何も言ってこなかったじゃないかと文句を言い掛け……おそらく三倍になって返って来るであろうその得物を見てやめた。
要するに、状況を理解していない上層部の連中に嫌気が差したらしい。あれらが気にしているのは自分たちの安全であって、ジャヴァウォックに対しての対応やら何やらではなかっただの何だの……本部が襲撃されたら我々はどこに行けばいいとか、現戦力でジャヴァウォックを避難が済むまで留めておけるかとか、そもそも何で倒せないんだとか……現場にいる面々が聞いたら、その会議の出席者の半数が殉職したであろう会話が繰り広げられたそうだ。
「あれだけアラガミが少ない場所で!あれだけのんびり平和に過ごしていれば!確かに奴らは安全だろうな!ええい!腹立たしい!」
……ウォッカでも買ってきてやろうか。
*
「渚少尉。」
「どうかした?」
少尉、ってものが、極東の外じゃなかなかの地位を持てるんだなあと実感する。指揮系統の比較的上の方に陣取り、指示を仰がれることもしばしばあり……おそらくだけど、私という個体の信用はこれによるものが大きい。
「いえ。定時連絡に。」
「OK。様子は?」
「依然姿見えず。偏食場減衰も先ほどとあまり変わらない速度です。」
「偏食場があること以外異常なしか。分かった。」
所詮はアラガミだろう。この声を抑えているのは私の少尉という肩書きだ。神楽は元々神機使いだったし、ソーマも言われなくなるだけの時間、人でいた。
が、困ったことに私は最初から今までアラガミだ。本当に最初の部分はまだ断片的にしか思い出せていないし、何よりその頃は人だったと照明する方法も、そもそもそういう私がいたことを示すものもないのだから。
「ジャヴァウォックはいいとして……アリスは?」
「こちらも変わりません。第一防衛ラインの向こう側で止まっています。……あれ、本当に安全なんですか?」
そう。この疑念だ。
自分たちを襲ってこないという現状があっても、アラガミであるというただそれだけで、人は安全かどうかを問う。仕方のないことだろう。極東メンバー以外は、私も神楽も全面的には信用できないわけだし。私の場合はそれすら危ういけど。
「本格的に異常なし……OK。ありがとう。」
「では、次の定時連絡で。」
……下がる彼の目には、明らかに警戒の色が見える。俺を食うんじゃないだろうな。一種の怯えを地盤とした警戒か、はたまた逆か。そこまで推し量ることは、残念ながら出来そうにない。
「……まだかかるなあ。」
一人ごちてはみたが、空しくなるだけだった。
残り二話はαへ。