転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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--/少し昔の話

 

 

 --/少し昔の話

 

 

 ――二年前。当時の海鳴市は大混乱期にあった。

 

 まだ人目を問わずに暴れ回る新参魔導師はマシな部類であり、本当に厄介なのは『魔法』という規格外の力を犯罪に用いる者の存在だった。

 強盗・詐欺・殺人・強姦、ありとあらゆる犯罪を証拠も残さず――正確には立件出来ない方法で執り行う彼等は、法の外の住民であり、公的機関では認識すら出来ない存在である。

 

 ――存在が認められない異能を駆除出来る者は、同じく異能を持つ者のみである。

 

 同じ『スタンド使い』を集める傍ら、自然とその手の事件に関わる事になったのはある意味必然であり、『ジョジョの奇妙な冒険』第四部の――『杜王町』の『スタンド使い』達に共感する事になろうとは思いもしなかっただろう。

 

 その胸に宿す意志は数知れずだが、その方向性は誇りたくなるほど一緒だった。

 

 例えそれが『三回目』であっても、生まれ故郷には愛着を持つ。新たな家族、新たな友人達に恵まれる。

 然るに、愛する者達が暮らすこの街に、忌むべき邪悪の専横を許す訳にはいかない。

 それが『魔法少女リリカルなのは』の物語の舞台である『海鳴市』であろうが、自分達の生まれ故郷となってしまった今となっては全く関係無い話である。

 

 誰かから望まれたからではなく、必要に駆られたからでなく、ただ己が意志で――冬川雪緒は街の裏側の事件に関与する。

 

 その事件もまた、これまでと同様だった。

 今までのと同じように胸糞悪くなる事件であり――違う点があるとすれば、彼が犯人の下に辿り着く頃には別の者の手によって焼殺されていた事に尽きる。

 

 

「ああ、最初に聞いておく事があるが、これはお前の奢りなんだろうな?」

「……よりによって、最初に聞く事がそれか?」

 

 

 そしてその下手人であり、その後、全力で殺し合った男と今、馴染みの居酒屋で、しかも同じ卓で相対しているという奇妙極まる状況に陥っていた。

 

「非常に重要な事だ。人間関係を円滑で進める上で、な。もしかしたら後々の禍根になるかもしれぬだろう?」

「……貴様の中のオレはどれほど小さい人間に映って――いや、思っているんだ?」

「ああ、言わずとも解っているさ。一組織の長たる者の誘いだものな。その寛大な心に感謝するよ」

 

 傍若無人に振る舞う盲目の少年は邪悪に微笑み、それが余りにも似合い過ぎていて何も言えなくなる。

 

 ――この眼の前の赤髪長髪で、腰の中程まで伸びた髪を乱雑に一纏めにし、両眼を常に閉ざす少年の名前は、神咲悠陽。

 

 同じ孤児院出身であり――あの孤児院を運営する『神父』の方針から、彼が『転生者』である事だけは知っている。

 交友などは今まで一切無いが、彼が生まれつき全盲であり、身の回りの世話を数歳年下の少女の『シスター』に一任し、何とか人並みに暮らしていた事だけは周知の事実である。

 

「……普段の盲目の様は擬態か?」

「たかが感覚一つ、視覚に頼らずに外界を把握する事がそんなに難しいと思うか? 大袈裟なんだよ、皆」

 

 目を瞑ったまま、神咲悠陽は淀みない動作で鮪の切り身を箸で掴み、醤油皿に浸してから山葵を摘んで一緒に口の中に放り込み――何一つ不自由無く食事している。

 孤児院に居た時の彼は、何から何まで全介助必要な、目が不自由な障害者だったが、そんなものは欠片も見受けられない。

 ……更に言うならば、彼の人となりは一切記憶に残らないほど希薄で印象に残らないものであり、それが幾重にも積み重ねた猫被りである事は今のふてぶてしい様を見れば明々白々だった。

 

「……『シスター』が見れば、感動して噎び泣くだろうさ」

「依存しているのは自分ではなく、彼女の方だからな。それに関しては私の知った事じゃない」

 

 冬川雪緒渾身の皮肉も何のその、身の回りの世話をほぼ任せっきりにしている恩人の中の恩人である『シスター』に対して、清々しいまでに外道な言い草である。

 よくぞこの肥大した暴君の自我を隠し通すほどの猫を被っていたものだと感心するばかりであり、この邪悪は今までに出遭った事の無いほど強大で、何よりも底知れなかった。

 

「さて、楽しい雑談はまた後にしようか。――お前はこの街の現状をどう思っている?」

 

 両眼を閉ざしながらも、全てを見透かすような――飛び切り嫌な感触を覚える。

 目の前の少年に対して、現状で冬川雪緒が知り得た情報は、狡猾な犯罪者だった『転生者』を先立って処分した事のみであり、その目的も何もかも不明瞭な相手である。

 行き掛けで殺し合い、その最中に取りやめて会話の席に付く相手の腹の中だ、どれほど慎重に石橋を叩いても過分は無いだろう。

 

「『二回目』の連中を把握しているのなら、言う事は一つだけだろう。――酷いものさ。それより輪をかけて酷いのが目の前にいるがな」

「これからもっと酷くなるさ。――『二回目』の転生者に『デバイス』を無料配布した奴の思惑は何処にあるだろうね?」

 

 ……そう、幾ら探ろうとも、誰から『デバイス』を与えられたのか、判明しなかった。

 誰もが口を揃えて「いつの間にか貰っていた」と吐く始末であり、今まで何故とは思っていたが――なればこそ、その黒幕たる者の思惑など思慮外も良い処だ。

 

「今は撒き餌の段階さ。この脚本家は信じられないほど悪辣だ。直に肥えた獲物を刈り取る一手を打ってくるだろう。我々も無事で済まないほどえげつない一手をね――」

 

 目の前の彼は、その元凶を語るように嘲笑う。だが、それは何処か自嘲のようでもある。

 

 ……凡そ、彼の意図は掴めた。だが、だからといって、即座に「はい」と答えられるほど目の前の人間は生易しい性格はしていない。

 

 冬川雪緒は手つかずのオレンジジュースに手を伸ばし、一息に飲み干す。腹の探り合いでは到底勝ち目は無い。

 第一、そんなまどろっこしい事を出来るほど器用な生き方は出来ない。ある種の覚悟を決めて、真正面から腹の中を切り開く事にした。

 

「――小賢しい駆け引きは苦手なんでな、単刀直入に問う。何が言いたい?」

 

 

 

 

「いやいやいや、突っ込みどころ盛り沢山過ぎて何処から突っ込んでいいか解らんのですけど!?」

「……む? 何処がだ?」

 

 今の川田組で唯一『魔術師』と繋がっている――というよりも、ていのいいように使われている――変身能力を持った『スタンド使い』は堪らず叫んだ。

 思い出話をしみじみ語っていた『魔術師』は心底不思議そうに首を傾げていた。

 

「……えーとですね、それじゃまずは一つ目の『シスター』に世話させていたってどういう事です? その『シスター』って教会のあの『禁書目録』の『シスター』ですよね?」

「そうだが、それ以外誰かいるか?」

 

 そう、あの『シスター』である。『教会』勢力の実質ナンバー3、『禁書目録』の――十万三千冊の禁断の知識をフル活用出来る少女の事である。

 膨大無比な知識であらゆる敵を押し潰し、身に纏う『歩く教会』でほぼ全ての攻撃を無効化する、魔術・魔法などといった神秘系統全ての天敵たる少女。

 

「……あー、どうも自分の矮小な脳みそではその光景を全然全く欠片も想像出来ないんですが?」

 

 あの『教会』の二人と同じように、いや、それ以上に無慈悲な少女に世話されていた――? 一体何の冗談だろうか?

 其処らへんを深く問い質したい気持ちで一杯だが――『魔術師』は背筋が凍えるような笑みを浮かべるだけで何も語らない。

 ……やめよう、と即座に判断する。それを聞いて、万が一、あの『シスター』と出会って顔に浮かべてしまった日には、その手で解剖及び拷問されかねない。

 

「……それじゃ二つ目、冬川の旦那と殺し合ってたんですかい? 一体何故……?」

「おいおい、私は『魔術師』だぞ。その正体を隠匿している時に神秘の行使を見られたんだ、目撃者の抹消など日常茶飯事だろうに」

 

 ……ああ、と納得する。目撃者には死を、それは型月世界の魔術師の鉄則である。

 それを同郷の、しかも同じ『三回目』の転生者に対して一切躊躇無く行える非人道性が恐ろしい。ため息ばかりつきたくなる。

 

「――そう、あの時、アイツを仕留めれなかったのは最大の転機だったか。強引に力尽くで事を解決出来ないなら、ひたすら小賢しく搦め手を使うしかあるまい」

 

 『魔術師』は「全く、手だけじゃなく頭も煩わせるなんて、冬木での『聖杯戦争』以来の快挙だぞ、それは」と楽しげに語る。

 ……もしかしなくても、『魔術師』の中の入れてはいけないスイッチを押したのは、冬川雪緒だったのではないだろうか――?

 今となっては、もう一人の当事者が死んだ今となっては、真実は闇の中である。

 

 ――いや、いい加減、問題を誤魔化すのは止めよう。

 

 『魔術師』の口が珍しく軽いのは、そして『スタンド使い』もまた合わせて空回りしているのは、もっともっと別の理由である。

 その原因は、彼らの目の前にあった。彼も、そして『魔術師』神咲悠陽すらも目を背けているものが――。

 

「……三つ目、これはどうして必要だったんです――?」

 

 この忌まわしき場所に、そしてその目の前にある、正視し難いものを嫌悪感全開で睨みつけて――『魔術師』は何処か憂いの色を漂わせて、静かに重く答える。

 

「――冬川雪緒が死んでしまったからな、当初とは違う形で幕引きを演じなければなるまい」

 

 

 

 

 

 


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