転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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09/開幕前夜

 ――その人は、際限無く闘争を求めてました。

 

 幾万幾億の夜を越え、幾千幾万の生命を喰らい、那由他の果てに絶望の海に沈みました。

 その嗚咽と渇望は声にならぬ絶叫であり、私を喰らい殺した最強無敵の不死身の化物は、まるで童女のように泣いてました。

 

 ――不老不死、それは人類の永遠の夢の一つ。

 

 それを限り無く近い形で体現するその人は、凄惨な闘争の最果てにある死を誰よりも切実に求めてました。

 もうそれぐらいしか救いが無いのです。城も領地も消え果てて、配下の下僕も死に果てて、その人には何も残らなかったのです。

 

 ――転機が訪れたのは、一つの大きな戦争の終末でした。

 

 朝霜に昇る目映い太陽の光が絶望の海を照らす。

 禁断の知恵の林檎を口にしたその人は泡沫の夢となって消え果て、一人の傍観者に過ぎなかった私もまた一緒に消え果てたのです。

 終わらない悪夢など存在せず、私達は眠るように目を瞑りました。

 

 ――けれども、その人に安息は訪れませんでした。

 

 一つの約定がありました。その人が唯一認めた主の、最後に下された命令です。

 容赦無く殺し続けました。幾百幾千幾万に及ぶ死者の群れを、その人は唯一人の例外も許さず、再び殺し続けました。

 やはり、彼にとって此処は救いには成り得ないのです。そして彼に敵う者も此処にはいません。化物は人間によって打ち倒されなければならないのです。

 白銀の銃口を頭蓋に突き付けられ、私は抵抗一つせずに撃ち抜かれました。生涯で『三度目』の死は斯くも儚きものでした。

 

 ――それからどれぐらいの歳月が流れ、何処に流れ着いたのかさえ定かではありません。

 

 私は何処にも居ない。そもそも私は私自身を観測出来ない。

 それ故に誰からも観測出来ず、一欠片の意思すら朽ち果てる時を待つばかりでした。

 無限の孤独はそれだけで私の心を殺すに足る刃であり、紙ヤスリで少しずつ削り取られるように、私の存在は摩耗して行きました。

 

 ――そんな私を、見つけ出した人がいました。

 

 それが如何程の奇跡なのかは、私には判断出来ません。

 那由他の最果ての虚数の海に揺蕩う一粒の真珠を探し当てるかの如き行為です。最早それは奇跡という他にありません。

 そして私はあの人と同じように、全身全霊を捧げて尚足りぬほどの『主』に巡り会えたのです――。

 

 

 09/開幕前夜

 

 

「――おかしい。やはり『ジュエルシード』を媒介にした為か、根幹的な部分に歪みが生じたのか?」

 

 『魔術師』は思案に明け暮れながら首を傾げる。

 彼の前には彼を悩ませる元凶である他者から奪い取ったサーヴァント、ランサーがこの上無く呆れた顔でソファに座っていた。

 

「……なぁ、マスター。オレは他の英霊と死力を尽くして戦えるから『聖杯戦争』の召喚に応じたんだ。主替えには『令呪』も使われたし、百歩譲って賛同してもこれだけは譲れねぇ。それはちゃんと理解しているよな?」

「ああ、十二分に理解している。一ヶ月以内に来るであろう『ワルプルギスの夜』を討滅した後は好きなだけ戦わせてやる」

「あはは、理解した上で相手の意向を全力で無視してるんですねぇ」

 

 聖杯など必要無い、強者との戦いのみを所望する――そのランサーの儚い祈りは一瞬にして踏み躙られる。

 最早運命なのだろうか? ランサーのサーヴァントが他人に奪われたり、その些細な祈りさえ成就しないのは――。

 ……ちなみにこのランサーの幸運は『魔術師』補正もあって、ほぼ最低値の『E』である。元からという噂があるが気のせいである。

 

「喧しいわ、この駄目猫娘が……んで、何がおかしいんだ? 言っておくが、オレはお前達魔術師の知的欲求なんざ興味無いぜ?」

 

 今回もマスターに恵まれなかったランサーは不貞腐れた表情で一応聞く。

 律儀な弄られ役だなぁ、と横で『使い魔』が感心していたのは公然上の秘密である。

 

「――あれが『ランサー』を、何の触媒無しに『クー・フーリン』を引き当てた事が不可解なのだよ」

「……いやいや、元マスターに弁解の余地なんか欠片も無いが、酷い言い草だなぁおい。現にオレが此処に居るだろう?」

 

 確かにランサーを召喚したマスターはお世辞にも優秀な人間とは言えなかった。

 此方の忠言を完全に無視してこの『魔術工房』に攻め込み、いつの間にか『令呪』を奪われて消えた者に愛着と忠義を示せと言われれば困難だが、一応元主という一面もあるので顔を立てておく。

 

 彼の功績があるとすれば『クー・フーリン』を召喚した事であり――それ以外は残念ながら忠義者のランサーにも思い浮かばない始末である。

 

「あれの『起源』から君ほどの英霊を引き寄せる事は不可能なんだよ。正統な英霊は正統な術者にしか召喚出来ない。触媒無しなら相性が良いサーヴァント、術者に共通点のある者が招き寄せられる筈だ」

 

 触媒無しで相性の良い者を召喚した例に、雨生龍之介とキャスター『ジル・ド・レェ』がいる。あれこそ似通った者を召喚した代表例であり、あらゆる意味で猛威を振るったコンビでもある。

 間桐桜がライダー『メドゥーサ』を召喚出来た一因に、いずれ怪物に成り果てるという自分と同じ末路を辿るから、がある。

 

「これが正しい手順を踏んで、正しい形式で発動した儀式ならば正統な英霊しか招けないのは道理なのだが、今回は手順も形式も無茶苦茶だ。反英霊の類も容赦無く招き寄せるだろう」

 

 流石、願いを曲解して叶える『ジュエルシード』二十一個分の魔力を利用しただけはある、と『魔術師』はまた黙々と自らの思考に内没する。

 

「あれですよ、ご主人様。マイナスとマイナスが掛け合わさって化学反応(スパーク)を起こし、まさかのプラスになったのでは!?」

「なんじゃそりゃ。脳味噌がお花畑になってんのか?」

「んな、狗に馬鹿にされた!?」

「狗って言うな!」

 

 群青色の大きな狗と赤紫色の小さな子猫が互いに睨み合う。

 やはり狗と猫は共存出来ないらしいと、『魔術師』は脱線しながらどうでもいい結論を下す。

 

「他のサーヴァントとマスターの情報を集めるまで解答は期待出来ない、か」

 

 この事については早めに結論に至らなければ危険だろうが、今現在は保留する事にする。

 

「ランサー。改めて言うが、基本方針は長期間に渡って『聖杯戦争』を継続し、全てのサーヴァントを『ワルプルギスの夜』戦に巻き込む事だ。ただし、好戦的で、他のサーヴァントを脱落させようとする陣営には此方から誅を下す」

 

 その類の戦闘狂がいない事を『魔術師』は祈り、その反面、ランサーは自分の同類がいる事を全力で願った。

 

「あいよ。不本意極まるがテメェの方針には従うさ。何処かの誰かが攻めて来ないかねぇ」

「嫌ですよ。掃除する身にもなって下さいな。貴方が散らかした部分の修理、まだ終わらないんですよ?」

「……つーか、この化物屋敷なら、対魔力がB以上なけりゃサーヴァントすら討ち取れるよなぁ。マスターが優秀過ぎるのは歓迎だが、此処では圧倒的過ぎて詰まんねぇな」

 

 やはり自分はマスターに恵まれない、と結論付けて、ランサーはのんびりとソファの上に寝転がり、敵を待ち構える事にした――。

 

 

 

 

「何だか久しぶりだねぇ。クロウちゃんと一緒に御飯食べに来るなんて」

「ほうくぁ? はグッ、はぐっ、もぐもきゅ……!」

 

 教会の一室で用意された晩餐を勢い良く食する。

 パンを一口大に引き千切って、シチューの中に少し浸して放り込む。

 クリーミーでジューシーな味わいが口の中に広がり、多福感を齎す。超うめぇ!

 これから厄介事がダース単位で飛んでくるんだ。食べれる内に食べてしまおうと口の中に次々放り込んでいく。

 確かに考えてみればシスターと一緒に箸を並べるのは結構久しぶりである。

 

「あれ、クロウ兄ちゃんって家に来る前は教会にいたん?」

「ああ、オレは元々孤児だからな」

 

 今明かされる衝撃の事実である。と言っても、びっくりしているのははやてとアル・アジフぐらいなんだがね。

 

「オレが『三回目』の『転生者』だって話はしたよな? これがまた厄介な話でな、オレの姿形は『二回目』とほぼ同一なんだよ。これは『三回目』の奴等に共通する事だ」

 

 これは『三回目』の転生者における唯一の共通事項であり、多くの悲劇を齎し、産まれた直後に教会に捨てられた原因の一つである。

 そういう奴は意外と多い。目の前のシスターもそうだし、あの『魔術師』も特殊な事情があったらしいが、概ね同じようである。

 一応人格者でありながら致命的なまでに破綻者の一面も併せ持つ『神父』には、いつまで経っても頭が上がんないのである。

 

「日本人夫婦に生まれれば違和感はまだ少なかったんだが、不幸な事に二人共金髪蒼眼の西洋人夫婦の家に産まれて大騒動って訳。紆余曲折を経て生後まもなく此処に捨てられたんだよ……って、そんな顔すんな。話したこっちが情けなくなるだろ」

 

 いやぁ、産まれた直後に修羅場だったなぁ。夫から浮気扱いされ、事実無根の母は無実を訴え――忌み子扱いで殺されなかっただけでも儲け物だと考えるべきか。

 聞いてはならない事を聞いてしまった、という顔になったはやての頭を少し乱暴に撫でて誤魔化そうとする。

 というよりも、この世界の両親の方を不憫だと思うべきか。オレを産んでしまったせいで二人は破局を迎えてしまったのだから――。

 

「こういうのはな『不幸な俺様語り格好良い!』という類の話なんだから、笑い飛ばせば皆ハッピーという寸法よ!」

「クロウちゃん、それを小学生に求めるのは色々間違っていると思うよ? ヘヴィ過ぎて笑えないよ」

 

 流石に話題が重すぎたか、と苦笑いとなる。

 まぁもうかなり昔の話だし、欠片も気にしてないのは本当である。

 

「……汝も奇妙な星の巡り合わせに産まれたものよのう」

 

 何故かは知らないが、あの傲岸不遜の古本娘が神妙な顔をしていらっしゃる。

 おかしいな、コイツの性格なら普通に笑い飛ばしてくれると思っていたのに、何らしくない顔してやがるんだ?

 

「そういえば孤児院のガキどもらはどうしたんだ?」

「既に別の孤児院に避難済みだよ。此処が主戦場になるようだからねぇ」

 

 少し無理矢理にシスターに話題を提供し、実は気になっていた事を聞き出す。

 確かに頭のおかしい連中の襲撃があった場所にあのガキ達を置けない。聖杯戦争中は隔離しておく方が安全だろう。

 

「それでクロウ兄ちゃん、アルちゃんとはどういう関係なん?」

「アルちゃんって呼ぶな小娘ぇ! 妾は『アル・アジフ』だと何回言えば――」

「食事の時ぐらい静かに出来ないのですか? この黴の生えた古本娘は」

「何をぉ……!」

 

 何だか微笑ましいやりとりである。うっかり笑顔になるというものだ。

 

「どうもこうも、成り行き上で契約した仲だな。……まぁ、歴代の『マスターオブネクロノミコン』の中ではぶっちぎりで最弱だったんじゃね? オレが出来たのは次のマスターにコイツを託す事ぐらいだったし」

「……確かに汝は歴代の主の中でも一際弱かったが、自虐するな。相手と状況が歴代最悪だっただけだ。汝は汝にしか出来ない事をやり遂げた」

 

 一番迷惑を掛けた本人にそう言われれば、少しは気が楽になる。

 しかし、オレはどうしても彼女に聞かなければならない事があった。

 

「なぁ、アル・アジフ。お前はちゃんと大十字九郎の下に辿り着いたのか? ――オレの行動は、無駄には終わらなかったよな……?」

「……無論だとも。妾は大十字九郎の下に辿り着いた。汝がその未来を知っているというのは所謂『原作知識』からか?」

「まぁな。そうか、無駄じゃなかったか……」

 

 それだけが唯一の気掛かりであり、長年背負っていた重荷から解放された心地になる。

 オレでは邪神信仰組織の打倒は不可能だった。だから、オレは次のマスターに『アル・アジフ』を託して死んだ。

 その託した想いは消えず、大十字九郎まで届き――あの『無限螺旋』を突破したのだ。

 

 ――オレの一生は、無駄ではなかったのだと心から誇れる。

 

「クロウ兄ちゃん、その、大十字九郎って?」

「ああ、名前は似ているが、オレとは違って正真正銘の『正義の味方』で、宇宙の中心でロリコン発言したアル・アジフの伴侶さ」

「へぇ、凄いロリコンさんなんやなー」

「そうそう、宇宙一のロリコンだ。んで、コイツはツンデレ」

「んなっ、誰がツンデレかぁー!」

 

 テメェの事だよ、この古本娘、などと内心呟きながら、この必要以上に活気溢れる食事を存分に楽しんだのだった。

 

 

 

 

 今日は『友人宅で晩飯を御馳走になる』という名文を予め連絡し、冬川雪緒と一緒に食事を取る事になった。

 明らかに会話する内容が多いのだ、仕方あるまい。

 鶏の唐揚げやら鮪の刺身、カニ雑炊や串焼きなどをじっくり堪能しながら今日収集した情報を説明していく。

 鶏の唐揚げはかりっと柔らかく、カニ雑炊は出汁がきいていて何杯掬っても飽きない。

 今の子供の舌では鮪につける山葵が異常にきーんと来るのが難点だが、久々に上等な食い物を口にしてご満悦である。前世では散々味わったが、今世では初の懐かしの味とも言える。

 

「『高町なのは』が三人目のマスターであるが、サーヴァントを召喚するかは微妙な処か。『豊海柚葉』はマスターではないが、この女狐は欠片も油断出来ないな。そして今日欠席した『月村すずか』が四人目のマスターであり、既にサーヴァントを召喚している可能性が濃厚か。予想以上に原作人物に渡ったものだ」

「……仮に『高町なのは』や『月村すずか』がサーヴァントを召喚したらどうするんだ?」

 

 様々な一品を口にしながら、オレは冬川雪緒に真剣に問い掛ける。

 質問の重大性を感知したのか、冬川雪緒はオレンジジュースを口にし、一息吐いてから口を開いた。

 

「……堅気の人間を地雷原の真ん中に放置する訳にも行くまい。サーヴァントに自決して貰うのが最善だが、まぁ小学生には酷な要求だろう。その二人に『聖杯』を手に入れるに足る明確な動機は無いだろうし、『聖杯』に執着しないサーヴァントだったなら交渉の余地はあるだろう」

「……ちなみにその交渉役は?」

「二人に面識があるのはうちらの組では秋瀬直也、お前だけだ」

 

 予想通りの答えに「ですよねー」と安堵の息を零す。

 やはり外見は冷徹そうに見えて、この男は意外と情に厚いようだ。

 

「上手く事情を話して脱落させれば、危害は及ばないだろう。冬木の聖杯戦争と違って、令呪の再配布は無いだろうからな」

 

 もし、原作通りに再配布される可能性があったのならば、あの『魔術師』はマスターである者の、マスターであった者の生存を絶対に許さないだろう。

 喜ばしい落とし所とはまさにこの通りである。如何なる法則をもって聖杯戦争が開催したかは知らないが、完全な模倣ではなく、完全な劣化で良かったと思える。

 

「明日、ユーノ・スクライアかレイジングハートの存在を確認次第、交渉に当たれ。お前の働きで小学三年生の少女が永遠に行方不明になるか、普通に暮らせるかが決まる。猶予は余り無いと思え」

「あいよ、全力で交渉するさ。自分のせいで死なれたら目覚めが悪いったらありゃしないしな」

 

 実にやりがいのある仕事である。『魔術師』に『魔女の卵』を届ける簡単なお仕事よりも数倍やる気が出る。

 

「それにしても安心したよ。この件を『魔術師』に知らせるだけで放置しろ、なんて言われたらどうしようかと思ったぜ」

「利害が一致しているから協力しているだけで、オレ達は『魔術師』のイエスマンでも使い走りの『狗』でもない。――オレもお前も、この街で生き抜く分には甘いという事だ」

「でも、そういうのは嫌いじゃない。甘さも貫き通せば信念ぐらいに格上げされるさ」

 

 オレも冬川雪緒も良い笑顔を浮かべ、ガラスのコップを軽くぶつけあって乾杯した――。

 

 

 

 

「八神はやては?」

「眠ったよ、今日は何だかんだ言って色々あったしな」

 

 此処が慣れない環境という事もあるし、襲撃されたというストレスもある。本人も自覚しない内に疲労が蓄積されていたのだろう。

 アル・アジフもまた一人で考えたい事があるとか言って教会の何処かへほっつき歩いている頃だろう。

 例の話をするにはお誂え向きの機会という訳だ。

 

「聞きたい事は『魔術師』の事だね」

「ああ、戦わないに越した事は無いが、『聖杯』の所持者だし、最後に立ち塞がるのは間違い無く奴だろうからな」

 

 オレの中の『魔術師』の知識は当り障りの無い内容でしかない。シスターに聞いておいて損は無いだろう。

 

「彼は古から西洋式と日本式の魔術系統を複合させて発展させた神咲家八代目当主であり、第二次聖杯戦争に参加し、御三家を破って勝利した。――この当時の聖杯戦争には聖堂教会からの監視役が派遣されていなかったらしいから、どんなサーヴァントを召喚していたのか、そういう詳しい情報は無いね」

 

 ランサーを撃破した後に召喚されるであろう二体目のサーヴァントについての情報は残念ながら無いか。

 それにしても八代目の魔術師か。日本で其処まで代を重ねているとは、物凄い一族に生まれたようだ。奴の魔術師としての素質は破格と見て間違い無いだろう。

 飛び抜けた才覚に実力も経験も伴っている、厄介な話である。

 

「でも、彼の運命が狂ったのはその後だった」

 

 ――万能の願望機である『聖杯』を入手した後? それが手に入ったのならば人生の最盛期を誰よりも彩り良く謳歌出来たのに?

 

「――『聖杯』を勝ち取った彼はね、魔術師の最終目標である『根源』への到達に挑まなかった。それが何故なのかは最期まで不明だったみたい。根源に至る鍵を手に入れたのに次の段階に進まず、足踏みして停滞する。前代の当主はさぞかし怒り狂ったでしょうね。程無くして『親子』は決裂し、『魔術師』は自らの『親』と『妹』を返り討ちにして焼き払った」

 

 その結末に至った理由は皆目見当も付かない。

 『根源』への到達を目指す、あの世界の魔術師特有の悲願には理解が及ばないし、仮にも血の繋がった親と妹を焼き殺せるなんて、想像すらしたくない。

 

「そして『魔術師』は自身の娘、神咲家の最後の後継者を引き連れて、三十数年間も逃亡生活を続けた。『聖杯』目当てに襲撃する他の魔術師を悉く焼き払いながら――」

 

 もしかしなくても『魔術師』は万能の願望機など求めなければ、まだマシな一生を過ごせたのでは無いだろうか?

 最高の栄光が齎した最悪の破滅への転落人生? 何もかも一切合切叶える『聖杯』を持ちながらどうしてこんな人生になるんだ?

 

「――『魔術師』の最期は『焼死』と言われているわ。それが如何なる経緯から生じたものかは文献にも残ってないらしいけど、最期に引き連れた後継者と死闘を繰り広げて、神咲家の魔道の探究を自分の代で終わらせた」

 

 それは、余りにも救いのない一生だ。あの『魔術師』の悪行を鑑みれば、自業自得だと思いたくなるが、それでも余りにも報われない。

 ――自分も、『アル・アジフ』を召喚しなければ前の人生の総評は単なる犬死だっただけに、敵の事ながら余計そう思ってしまう。

 

「受け継いだ魔術刻印は最期まで後継者に移植しなかったみたいだね。彼は他の魔術師と違って子々孫々に夢を託すなんて考えは持たず、自身の一代限りしか興味無かったのでしょうね。この辺は流石は『転生者』というべきかしら」

 

 あの世界の魔術師は一代限りの研究では辿り着けない地平を目指し、自分の代で至れないのならば次の代に託し、一生の研究の成果である『魔術刻印』を子々孫々に継がせる。

 魔術師の子は親の無念を背負い、自身もまた一生を費やして研究成果を子に伝承する。まるで親から子に伝播する一生涯の『呪い』である。

 

「……『聖杯』は最期まで使わなかったのか?」

「ええ、彼は最期まで『聖杯』を使わず、自身と共に灰になったそうよ。不可解な話だけどね」

 

 万能の願望機を持ちながら、最期まで使わずに逝く、か。

 それはつまり、信じられない事に、この不遇な人生に対して一片の悔いも抱いてないという事なのだろうか?

 『魔術師』の人物像がますます解らなくなる。一体彼は何を目指し、何を求め、何を見出したのだろうか?

 

「最後に一つ付け加えると、これらの情報は全部あの『代行者』からだから、鵜呑みにすると少し危険かも?」

「一番不安になる事を最後に付け加えやがった!?」

「だってアイツ胡散臭いし、超ウザいしー」

 

 その一文が加わるだけで今までの話の信憑性が紙屑まで暴落したぞおい!?

 何だかなぁ、と胸にもやもやした思いが蟠っただけである。

 

 ――とりあえず、結論としては、あの『魔術師』は発火魔術を使うのに火攻めに弱いかもしれない、という事か。

 火を扱うのに火に弱い……あれ、何かそんなキャラどっかに居たような。あれだ、眼が一杯あったのにビジュアル的な問題で三個以上は終ぞ開かなくなった奴! 誰だっけ……?

 

「そういえば、その『代行者』と『神父』さんはどうしたんだ?」

「クロウちゃん達と揉めて面倒事になったら嫌だから、別支部に行って貰っているよ。最悪の場合、敵対するしね」

 

 なるほど、出来る限り顔を合わせたくないから、良き計らいである。

 一抹の不安を抱きながらも、アル・アジフがいるなら何とかなるか、と前向きに思う。

 自分一人では心細いが、はやてもいる。アル・アジフもいる。シスターもいる。うん、それだけでうちの陣営は最強だなぁと確信するのであった――。

 

 

 

 

 ――そして『高町なのは』は魔法少女としての第一歩を踏み出した。

 

 近くに『ジュエルシード』の反応があったとユーノから知らされて、飛行魔法によって現場に急行する。

 反応が近寄る毎に、自分の肩に捕まるユーノから緊張の色が強まっていく。果たして自分は、未知なる脅威に立ち向かえるのだろうか?

 正直言って怖い。放課後にある程度、今の自分に出来る事を予習したが、それでも魔法に出会って間もない自分が『ジュエルシード』から生まれた怪物に対抗出来るのだろうか?

 

 ――生じた弱気を首を振って振り払う。

 

 ユーノ・スクライアは自分では力不足だと語った。

 そして高町なのはには、ずば抜けた魔法の才能があると言った。

 こんな何の取り柄の無い自分でも、他人のために役立てる事がある。それが嬉しかった。

 だから、その期待に全身全霊で答えたかった。

 

 なけなしの勇気を振り絞って、高町なのはは現地に到着する。

 ――そしてある意味『ジュエルシード』が生み出した化物と対峙してしまった。

 

 それは数え切れないほど無数の眼が連なる黒い影であり、影の中は無数に蠢いていた。

 悍ましい何かの集合体、名状しがたい深淵の闇。

 その中で誰かの右腕が必死に藻掻き、助けを求めるかのように死力を尽くして天に手を伸ばし、一際激しく痙攣した後、無情にも願い叶わずして黒い影に沈んでいく。

 

 無意識の内に「――ひっ」と声が漏れてしまい、無数の眼の視線が怯え竦むなのは達に一斉に向けられた。

 影は忙しく流動し、蠢く蠢く蠢く。その聞き慣れない異音の数々に混じって、かつん、かつん、と人間の足音が鳴り響く。

 ――凄く、不似合いで、不吉な組み合わせだった。

 

「――え?」

 

 そして一人の少女がなのは達の前に悠然と現れた。

 その少女は良く見知った人物だった。こんな非日常の中で出遭って良い人物では無かった。こんな恐怖の中に現れて良い少女ではなかった――!

 

「――すずか、ちゃん……?」

 

 掠れる声で、親友である彼女の名前を呟いてしまう。

 月村すずかは学校で出逢う時と同じように笑った。柔らかな微笑みだった。

 異なる点をあげるとするならば、右頬にはべっとりと赤い血液が付着しており、手で拭って美味しそうに舐め取る彼女の瞳は、鮮血の如く赤く輝いていた。

 

 

 ――そして、高町なのはは魔法少女として。

 記念すべき第一歩を盛大に踏み外した事に気づいたのだった。

 

 

 

 

 




 クラス ランサー
 マスター 神咲悠陽
 真名 クー・フーリン
 性別 男性
 属性 秩序・中庸
 筋力■■■■□ B  魔力■■■■□ B
 敏捷■■■■■ A+ 幸運■□□□□ E
 耐久■■■□□ C  宝具■■■■□ B

 クラス別能力 対魔力:B 魔術詠唱が三節以下のものを無効化する。
              大魔術・儀礼呪法などを以ってしても、傷付けるのは困難。
 戦闘続行:A 往生際が悪い。瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生
        き延びる。
 仕切り直し:C 戦闘から離脱する能力。また、不利になった戦闘を開始ターンに戻し、技の条
         件を初期値に戻す。
 ルーン:B 北欧の魔術刻印・ルーンの所持。
 矢避けの加護:B 飛び道具に対する防御。
 神性:B 神霊適正を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされるが、英雄王の
     『天の鎖(エルキドゥ)』に対する弱点にしかならない。


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