転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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07/八神はやてと『時間暴走』

 

(――私にとって、この三ヶ月は、九年という短い生涯の中で最も激動の日々でした)

 

 行き倒れしていた処を拾って居候となったクロウ・タイタス、その彼の下に次々と引き寄せられた厄介事に巻き込まれ、最終的には『夜天の書』の主という常識外の存在になっていた。

 

(クロウ兄ちゃんが普通とはちょっと違うのは何となく解っていたけど、自分も外れるとはなぁ~)

 

 ただ赤い鬼械神と白い鬼械神の死闘を見上げる事だけしか出来なかった聖杯戦争の時には、思いもしなかっただろう。

 もしも、あの時点で『夜天の書』の主として目覚めていれば、死闘に赴くクロウを手助けする事が出来ただろうか?

 

(……うーん、簡単に折れてしまうような気がする)

 

 誰かに守られるだけの役立たずから脱却し、クロウの傍らに立って一緒に戦う――願望としては美しいが、あの絶望の化身じみた『大導師』を相手に、最後まで戦い抜く事が出来ただろうか?

 最近になって――魔導師として単騎で模擬戦し、シスターの異常さを体感する事になった八神はやては彼女を物差しにあの時の『大導師』を計る。

 

(『夜天の書』に蒐集された魔法を使ってもほぼ無効化しちゃうシスターさんでも敵わない人だったから――下手したら皆諸共全滅かも?)

 

 八神はやての魔導師としての資質は、クロウ・タイタスなど初期値で圧倒的に凌駕している。

 だが、いや、だからこそ、自身を圧倒的に上回る敵と戦えるかと問われれば――間違い無く否であろう。

 自分より強大な敵に立ち向かえるクロウが眩しく見えると同時に――自身の存在意義が霞んでしまう。

 

(……クロウ兄ちゃんのように、勇気を振り絞って立ち向かえるだろうか?)

 

 それはその機会が実際に訪れるまで判明しない事であるが、はやてはネガティブに沈んでしまう。

 今も昔も、自分はクロウに迷惑を掛けっぱなしだ。あの時も――『過剰速写』が死んで、リーゼロッテを仇敵だと勘違いしたあの時、はやては四人の守護騎士を以って、的外れな復讐を止めようとしたクロウを傷付けてしまった。

 

(……クロウ兄ちゃんは笑って許してくれたけど、私は自分を許せそうにないよ……)

 

 そして何よりも――そんな自分の暴走を死した後に止めてくれた『過剰速写』に顔向け出来ない。

 どうすれば死した彼に報いられるか、はやてには思い付かなかった。申し訳無さと自身への不甲斐無さだけが積もりに積もる。

 

(こんな弱音吐いたら、クロさんに呆れられちゃうかな……?)

 

 教会の近くにある共同墓地、『過剰速写』が眠る小さな墓に、はやては一人訪れていた。

 時刻は午後十時過ぎ、クロウやシグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、リインフォースも危ないから一緒に付き添うと言ったが、敢えて一人で訪れている。

 一人で色々考えたかったのが最大の理由でもあるし、今は自衛する手段もある。いざとなれば念話で助けを呼ぶ事も出来るだろう。

 

 夜空の半月を眺める――そんな時だった。ふと、自身の隣の空間が歪み、何かが唐突に飛び転んで来たのは。

 

「――っ、何だ何だ……!?」

「……え?」

 

 それは人であり、少年だった。

 何処かの学校の制服じみたブレザーを羽織っており、それには見覚えも欠片も無い。だが、その右腕の袖に付けていた盾の腕章には見覚えがある。――いつしか彼に教えて貰ったものだった。

 

(クロさんが言っていた『風紀委員(ジャッジメント)』の腕章……!?)

 

 よくよく見れば、赤髪であり――記憶の中にあるとある人物と何一つ変わらなかった。

 

「え? 嘘、クロさん……!?」

 

 まるで化けてでた幽霊を見るようにはやては驚き、見慣れぬ車椅子の少女に視線を送った『過剰速写』と瓜二つの誰かは首を傾げて目を細めた。

 

「……何だその黒猫みたいな名前は? 学園都市に八人しか存在しない『超能力者(レベル5)』の第八位に向かってそれは無いだろうに――まさか、外なのか此処は……!」

 

 彼は周囲を忙しく見回し、夜空の月を見上げて唖然とする。

 それはまるで、半月であるのがおかしいと言わんばかりの驚愕の表情であり、考え込む素振りを見せた後、また視線をはやてに戻す。

 

「……其処の君、『学園都市』って知っているか?」

「う、うん。超能力者を開発する都市なんやろ? 此処には無いけど、クロさんが良く説明してた」

 

 その質問に答える最中に――彼の右腕が妙にか細い機械製の義手である事を目の当たりにする。

 その決定的な差異を眼にし、この『過剰速写』に似ている誰かが何なのか、大凡で予想が立てられた。

 

「えと、貴方はクロさん――『過剰速写(オーバークロッキー)』のオリジナルさん……?」

「オレの複製体(クローン)が存在する事は知らなんだが、第八位の『風紀委員(ジャッジメント)』の赤坂悠樹ならオレの事だ」

 

 

 

 

 ――そして、交わる事の無かった二つの物語が交差する。

 

 はやては『過剰速写』の物語を開示し、赤坂悠樹は自ら辿った物語を回帰する。

 

「――なるほど。オレとは違う選択を辿った赤坂悠樹の複製体か。『第九複写(ナインオーバー)』を縊り殺せたとはな……」

 

 やや複雑な感情を顕にした後、悠樹は「魔術とかいうオカルトの次は平行世界かよ。……理解が追い付かんな」と愚痴る。

 この赤坂悠樹は魔術(オカルト)を行使する未知の敵対者と戦闘し、魔術と超能力が交差して正体不明の化学反応を起こし、説明出来ない現象の後に空間転移したと仮定する。

 

(クロさんのオリジナルとは違った選択をした――でも、本質は全然変わってない)

 

 そして、赤坂悠樹は自分が世界の壁を超越した空間転移の現象を『再現(リプレイ)』する事で自分の元の世界に帰還する事が可能であると演算し――能力の負荷が解消されるまで、はやての話し相手を務めた。

 

 互いの事を十全に理解した後、はやては本来言うべきではない言葉を口にしていた。

 

「――あの時、私を止めてくれて、ありがとうございます」

 

 それは故人への言葉、死者にはもう届かぬ未練がましい懺悔――。

 

「このオレに礼を言っても無駄だぞ? 全くの別人だしな。……それにしても、生粋の復讐者が復讐を止めるとは、皮肉も皮肉だ」

 

 赤坂悠樹は笑う。その悪人じみた邪な笑顔は、嘗ての『過剰速写』と何一つ変わらず、涙が零れそうになる。

 

 

「――これは想像でしかないが、その複製体は君に救われたんだと思う。何一つ報われない末路に至ったオレを、原点に回帰させる機会を与えてくれたんだ」

 

 

 そう、誰よりも救われない悪党だった彼は『妹を守りたい』という原点に立ち戻り、正しく間違えた。

 第二の妹を自身の手で殺め、その機会が永遠に訪れなくなった自分の成れの果てにもう一度機会を与えられたのは――まさに奇跡に等しい出来事であると、赤坂悠樹は感慨深く語る。

 

「私は、私、は……!」

 

 涙腺が崩れ、泣き出してしまったはやてを、赤坂悠樹はぽんぽんと静かに頭を撫でて宥める。暫く、泣き声を押し殺した嗚咽が響き渡った。

 

「君は将来大物になるだろうね、最低最悪の悪党を『正義の味方』に立ち戻させたんだから。オレが保障してやるよ」

 

 「やれやれ、子守など似合わないな」と付け出し、邪気無く笑う。

 少しだけ、赤坂悠樹は自分の成れの果てに嫉妬する。自分の死を悼んで泣いてくれる人が居るなんて、これ以上に幸せな事は無いだろう。悪党には過ぎた幸福だった。

 

「……さて、負荷の処理も終わったし、そろそろ戻るよ。残りの余生は全て『第九複写(アイツ)』に捧げると決めているしな。一秒足りても浪費は許されない――」

 

 はやてから離れ、少し皺寄っていた『風紀委員』の腕章を付け直す。その何気無い挙動は、されども何処か誇らしげだった。

 後、幾許生きられるかは当人も預かり知る処ではない。一年は持つかもしれないし、明日にはぽっくり逝っているかもしれない。

 それでも、最期の一瞬まで生き尽くすと決めた。やっと見つけた生きる意味を全力で果たす為に――。

 

 はやては涙を拭い、精一杯の笑顔で見送る。

 この奇跡のような出逢いを感謝し、これが永劫の別れである事を悟って――。

 

「さよなら、八神はやて。短い間だったが、楽しい時間だったよ」

「……さよなら。いや、向こうでも達者で。赤坂さん」

 

 その言葉を最期に、赤坂悠樹は振り返らず、空間の歪みの中に跡形も無く駆け込んで消え果てた。

 

 ――夜風が吹き、一人残されたはやての髪を散らす。

 

 はやての胸の中には、自分でも説明出来ない何かが灯っていた。

 それはとても小さな、だけど暖かい想いの欠片。それが何処に辿り着くかは未だに未知数だけども、少しだけ前向きに――一歩ずつでも良いから前に進んでみようと思った。

 

「クロさん、私、頑張るよ。どうして良いか、まだ全然解らないけど――」

 

 次に此処に来る時は、笑って現状報告出来るように、こんな自分でも誇れるように、まずは精一杯生きよう。

 

「まずは、歩けるようになる事、かな……?」

 

 これは彼女が自らの足で歩き出す物語。

 その些細な切っ掛けに過ぎない、小さな奇跡――。

 

 

 

 


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