03/ifかもしれないし、正史かもしれない『闇の書事件』の顛末
それは時空管理局の影響を全排除し、残り全ての問題が消化試合となったある日の昼下がりの事。
エルヴィは冷たい麦茶を飲んで寛ぐ『魔術師』に思い出したようにとある事を口にした。
「それでご主人様、『マテリアルズ』の三人組はどうしますか?」
「……? 何それ? マテリアル・パズルの亜種?」
「え?」
『魔術師』はさも不思議そうな顔をし、まさかの反応にエルヴィは驚愕する。此処に、二人の間で致命的な食い違いが発覚する。
『マテリアルズ』の三人娘とは『魔法少女リリカルなのはA's PORTABLE-THE BATTLE OF ACES-』で初登場した紫天の書のシステム構築体(マテリアル)の事であり、『闇統べる王(ロード・ディアーチェ)』、『星光の殲滅者(シュテル・ザ・デストラクター)』、『雷刃の襲撃者(レヴィ・ザ・スラッシャー)』の事である。
それぞれが八神はやて、高町なのは、フェイト・テスタロッサを元とした別人格の2Pカラーという認識で良いだろう。
「ま、まさか、ご主人様は『魔法少女リリカルなのはA's PORTABLE』をご存知無いのですか!?」
「……PSPで何か出てたの? というか、PSPなんてモンハン専用機だろ常識的に考えて」
ドリームキャストはPSO専用機という不変の真理を言うように『魔術師』は何故か威張って見せる。
――これはまずい、とエルヴィは慌てる。
自分達の生きるこの世界にそのPORTABLEの要素があるかどうかは未知数だが、これを『魔術師』が知らないのでは最後に仕損じる可能性さえ生じる。
エルヴィは掻い摘んで、PORTABLEで発覚した要素、『紫天の書』に関する事を必死に説明する。
――吸血鬼少女説明中。
「……『闇統べる王』に『星光の殲滅者』に『雷刃の襲撃者』に『砕け得ぬ闇』? 中二病でもそんな酷いネーミングは無いと思うぞ?」
「いやいや、普通になのはの原作者がシナリオを担当してますよ!?」
主の危険な発言にエルヴィはあたふたし、『魔術師』は麦茶を飲みながら考え込む。
「というか、なのはとフェイトを蒐集させないと星光の何たらと雷刃の何たらの二つは存在出来なさそうだが……」
「殲滅者と襲撃者ですよ」
「……面倒だから、なのは二号にフェイト二号とかで良いんじゃないか?」
「もう、仮面ライダーじゃないんですから」
『魔術師』は面倒臭そうに「この年になると、新しい事は頭に入らん」などとのたまい、エルヴィは「まだ十八歳じゃないですか!」と突っ込む。
「しかし、となると――当初の予定では防衛プログラムをデモンベインのレムリア・インパクトでふっ飛ばして無防備になった後に、私の魔眼でバグ部分だけ視覚して闇の書の『闇』とやらを跡形無く焼滅させようとしたんだが、そんな異物が正体なら殺し切れないかもしれないな」
『魔術師』にとって神秘は絶対であり、積み重ねた歴史は魔術を簡単に凌駕する。
『紫天の書』に『永遠結晶エグザミア』など、夜天の書に匹敵する指定損失物(ロストロギア)が封印されているのならば、彼の魔眼の死の判定を抵抗してしまう可能性が大きい。
「……ああ、その為だけに、私に『夜天の書』のオリジナルを無限書庫から探索させた訳ですね……」
「全部丸暗記して、変異している部分全てを焼き払おうとしたが――どうやら私一人では無理のようだ」
『魔術師』は匙を投げる。自分一人で事に当たるのならば、原作通りリインフォースに消えて貰うのが最善だと即断即決して――されども、如何なる勢力の邪魔が入らない今、不可能だと諦めるのは早計であると彼は考える。
「全くこういう人を揃えてゴリ押しするのは『正義の味方』の本分だというのにな。まぁたまには良いか」
魔術師的な思考で語るのならば、足りないのならば――自身だけで不可能ならば他から取り寄せれば良い。
諸々の障害(主に豊海柚葉の妨害工作が9,9割)が排除された今、自分一人で解決する必要性は全く無いのだ。
「うわぁ、想像以上に酷ぇ……」
「まぁ、完全に消化試合だよねぇ……」
オレは呟くように口にし、柚葉もまた続いて同意する。
――此処まで酷くなるとは、此処に集まった連中は思っても居なかっただろう。
事の顛末なんて語るまでも無いが、敢えて語るとするならば、原作通りに蒐集完了(なのはとフェイトも蒐集に協力した)し、管制塔であるリインフォースを切り離し――ユーノとアルフとザフィーラが『闇の書の防衛プログラム』の触手を破壊するという露払いをし、ヴィータと高町なのはの一撃で結界が一層ニ層破壊され、フェイトとシグナムで三層四層が破壊され、全ての防御結界を剥ぎ取り――『魔術師』が都市一つ吹っ飛びそうな『原初の炎・完全儀式版』をぶち放ち、ランサーの『突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)』が炸裂し、シスターが『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』をぶちかまし、シャルロットが『暗闇の雲(ゾディアーク)』を召喚し、まさかの竜魔人化したブラッドが最大出力で一国が滅びそうな『竜闘気砲呪文(ドルオーラ)』を撃ち放ち――もうこの時点で闇の書の防衛プログラムは原型留めておらず、再生も追いついていなかったが、トドメになのは・フェイト・はやてによる『トリプルブレイカー』が敢行され、外側が全部消滅して露出した本体コアに駄目出しのクロウ&アル・アジフによる『デモンベイン』の『レムリア・インパクト』が決まり、更には『銀星号』による『飢餓虚空・魔王星(ブラックホール・フェアリーズ)』によって因果の彼方に葬られたのだった。
――どう考えても、完全に『過剰殺傷(オーバーキル)』である。特に『銀星号』の陰義、全くもって必要無かったんじゃね?
此処に集結した当人達にとっても――秋瀬直也や豊海柚葉、エルヴィや『神父』や『代行者』など対軍攻撃を持たない護衛要員が動く手間が無いほど予定調和な、派手な前座に過ぎなかった。
「――という訳で、秋瀬直也。スタンドをレクイエム化させて『闇の書』――いや、もう『夜天の書』か。これを殴れ」
「いきなりだなぁおい!?」
派手な前座が終わって、いよいよ本題である。
『魔術師』はいきなりオレに無茶振りして『夜天の書』を差し出す。
八神はやても、ヴィータ・シグナム・シャマル・ザフィーラ・リインフォースも、不安そうな眼で『魔術師』の手にある『夜天の書』を眺めていた。
「……つーか、レクイエム化した『蒼の亡霊』の能力詳細は本体のオレだって解らないぞ? 最悪の場合、『夜天の書』そのものが消えてなくなるんじゃ……?」
「今日、この日に全員集まって貰ったのは、『デモンベイン』が暴走システムを格好良く仕留めるのを見て貰う為だと思ったのか?」
オレの眼では、日頃溜まったストレスを解消する為のデカい的の射撃場にしか見えなかったが……。
『ワルプルギスの夜』とは違って、護衛要員が活躍する事は全く無かったし、何で此処に呼ばれたんだろうなぁ、と自身の存在意義を疑っていた処だ。
「此処まで雁首揃っているのに、原作通りにリインフォースを犠牲にしてハッピーエンドなんて巫山戯た事は言わないだろうな? 暴走システム――後付けされた名前何だっけ? 『ナハトヴァール』が完全沈黙した今、『銀星号』と『アル・アジフ』ならば色々探れるだろう?」
共に人型に戻った『銀星号』と『アル・アジフ』に視線が集中する。
ああ、確かにコイツ等は人間など問題にならないぐらいの演算能力があったか。だが、専門分野と聞かれれば頭を傾げざるを得ないぞ?
「……異種格闘技を執り行う、などと簡単に言われてもな」
「幾ら同じ魔導書でも、それは行き過ぎた科学の産物。オカルトの極みである妾では専門外も良い処だ」
『銀星号』こと二世村正はジト目で不満そうに言い、アル・アジフもまた批判的に語る。
それを見越してか、エルヴィは二人にとある情報端末を渡した。ミッドチルダ式の映像端末――?
「専門外なのは此方も同じだ。――これが『夜天の書』のオリジナルのデータだ。リインフォースと一緒に三分で頭に叩き込め」
……相変わらずの便利屋だな、あの神出鬼没の吸血鬼は。無限書庫に忍び寄ってパチったのか?
時空管理局の協力が無いのに、こうもトントン拍子で話が進む訳だ。
「リインフォースを救うだけなら、私が余分な部分を視て焼き殺すだけで良かったのだが、『紫天の書』の部分が気掛かりでな。『システムU-D』だとか『永遠結晶エグザミア』だとか、私の魔眼でも殺せない異物の恐れがある。中途半端に干渉して藪蛇になるのは回避したい処だ」
それでお鉢に回ったのがオレであると。最初から余りにも不明瞭過ぎる最終手段かよ……。
「……あー、話は解った。だが、レクイエム化したスタンドで殴ったら、それこそ何が起こるか解らんぞ?」
「その結果が朧気ながら解る人物が君の隣に居るじゃないか」
と、反射的に隣を向くと、其処には柚葉が居て――シスの暗黒卿としての直感で、事の成否を占うと? 随分と大胆な真似を……。
「二人で協力して最善の未来を引き当てろ。バックアップはその他の全員がやる」
そして『魔術師』は嫌らしくにやにや笑い「二人の共同作業という奴だ、初かどうかは知らんがな」と付け足す。
なっ、九歳同士でそんな事出来るかっ! 顔が赤くなっている事を自覚し、反射的に柚葉の方に視線を送ると、怒りを込めながらも、赤くなりながら『魔術師』を睨んでいた。
「……気楽に言ってくれるな」
「あれこれ理屈並べて、結局は行き当たりばったりじゃないか。『魔術師』の名が泣くぞ」
「喧しいわ、女王蟻に古本娘。私とて『指定損失物(ロストロギア)』は専門外だ」
二世村正とアル・アジフの追及に、『魔術師』は不貞腐れたように言う。
いやいや、一番文句を言いたいのはオレの方だって。また『矢』をスタンドに突き刺すとか、結構恐怖だぞ?
「それとも安全を期して、リインフォースに消滅して貰った方が良いかな? 一人の犠牲で全て丸く納まるなら良いとか、随分と冷たくなったものだ。冬川雪緒が聞けば泣くだろうよ」
『魔術師』は「それでも良いがな」と楽しげに語り――八神家からの冷たい視線がぶっ刺さる。
……はぁ、と深い溜息を吐く。それを言われては立つ瀬が無い。変な事になっても此処に集まったメンバーなら強引に何とか出来そうだし、補助が柚葉なら安心か。
「……っ、解った解った! やりゃ良いんだろ! 柚葉、手伝ってくれ」
「……直也君にお願いされたら断れないわね」
『魔術師』に向かって不満そうに睨みつつ、彼の手から『夜天の書』を奪い取り、柚葉はこっちに来る。
オレもまた『ファントム・ブルー』の中から『矢』を取り出し、覚悟を決めてその胸に突き刺す。以前とは違い、『矢』はスムーズにスタンドの中に入り込み――レクイエム化したと確信する。
「うし、こっちの準備はOK。柚葉、どうだ?」
「……うーん。まぁ大丈夫じゃない?」
「随分と曖昧だな?」
おいおい、唯一の頼りの綱がこんな調子で良いのかよ?
実行するオレの方が不安になるぞ。
「しょうがないでしょ。直也君のそれは私にとっても未知数なんだから。でもまぁ、大丈夫だと思うよ。闇の書が木っ端微塵に破壊されても、『ヴォルケンズ』とリインフォースは無事だしぃ?」
「関係者が青筋立てるような煽り文句を言うんじゃない!?」
もう二度と復活出来なくなるが、それでもリインフォースは死なずに済むだろうけど、ほら、ヴォルケンズとリインフォース、八神はやてに睨まれたじゃないかっ!
すぅ、はぁ、と深々と深呼吸し、精神を落ち着かせ――覚悟を決めて、一息でスタンドの拳を『夜天の書』に突き落とす。
「南無三ッ!」
防御魔法を殴れば防御魔法が決壊した。攻撃魔法も対物狙撃銃の弾丸も簡単に撃ち落とせた。破壊的な力なのは間違い無い。どうせなら、この魔導書にあるバグを全部都合良く破壊してくれれば良いのだが――。
『ファントム・ブルー』の拳が『夜天の書』に打ち込まれ、一瞬だけ光り輝いたような気がした。拳を離すと――別段、何も変わっている様子は無い。防御魔法みたいに消し飛ばなかった事に安堵する。
つーか、一体この能力はどういうのだろうか? ジョルノのレクイエムみたいに永遠に発覚しないのか?
「暴走システムが……『夜天の書』から完全に消え去った……?」
「え? マジで?」
リインフォースが驚いた表情でそう呟き、此処に居る全員が『夜天の書』の状況を把握している残り二人、アル・アジフと二世村正に視線が集中する。
「システム的なブラックボックスは完全に消え去ったようだのう」
「……ふむ。叩けば何とかなるとは、書物の癖に旧時代のテレビみたいなものだな」
『アル・アジフ』はそれを拳一つで成したオレのスタンドに興味津々という様子で、二世村正の方は仕手の湊斗忠道が「……村正、お前の口から旧時代のテレビが出てくる事自体が複雑怪奇だろうよ……」と呆れ顔で呟いていた。
「と、という事は、リインフォースは消えずに済むん……?」
「拍子抜けするほど呆気無かったが、そうみたいだ」
八神はやては訝しげに『魔術師』に尋ね、全ては解決したと断言する。
その瞬間に一斉に歓声が湧く。此処に揃った皆が勝鬨を上げるように、盛大に、誇らしく――。
――と、その瞬間だった。突如、空の空間が揺らぎ、激震する。何かが現れようとしている……!?
「な、何事……!?」
そしてそれは黒い闇となって解き放たれ――騎士甲冑を装着した八神はやてと瓜二つの人物が出現した。
違う点と言えば、髪の毛が銀髪で前髪以外の先端に黒いメッシュが入っており、瞳の色は深い翠色、服の色は八神はやての紺色の部分が黒、上着の白い部分はグレー、黒い部分は紫といった具合であり――。
「ふふふ……ははは、はぁーっはっはっはっはっはっはッ! 黒天に座す闇統べる王! 我ッ! 復ッッ! 活ッッッ!」
……ああ、中身は何もかも違うや、と何か可哀想なものを見るような視線で、空に浮かんで哄笑する八神はやてに似た誰かを見た。
「……何あれ? 外見だけ八神はやてで中身が『慢心王(ギルガメッシュ)』を超絶アホみたいにした子狸二号は? 今流行の2Pキャラ?」
「……いやいや。『魔術師』さん、私とて不本意やわ……」
『魔術師』は心底呆れたような顔で述べ、八神はやてもまた苦笑いしながら自分に似た誰かを見ていた。
「塵芥ども、頭が高いぞ、ひれ伏――みぎゃぁっ!?」
……あ、空から落ちた。『魔術師』が重力を操作する魔術を発動させ、墜落させた模様。
此処一帯は闇の書の防衛プログラムをフルボッコにする為に自身の結界内と化しているから、部分的な重力操作ぐらいお手の物だろう。
「私の前でちゃらちゃら飛ぶな、潰すぞ?」
「い、いや、言うより先に実行するのはあいたたた……!?」
更に地に這い蹲る彼女の周辺の重力を強化して身動き一つ取らせない模様。実に鬼畜である。
「こらぁー! 王様をイジめるなぁ!」
「……大丈夫ですか? ロード・ディアーチェ」
――と、次は水色の髪のフェイトと、ツインテールじゃない高町なのはの2Pキャラが現れた。
「わ、私……!?」
「うわ、今度はフェイトとなのはの贋物だよ……」
「わ、私のも……!?」
上からフェイト、アルフ、なのはで、ご本人達も大層驚きの様子。
闇の書の防衛プログラムを排除して、夜天の書のバグが何でか知らない内に一掃されたというのに、問題事は次から次へと排出するものである。
……まぁ、今揃ったこのメンバーで解決出来ない問題など無いと思うが。此処に居るのは、海鳴市に居る転生者及び魔導師の、ほぼフルメンバーですよ?
「……とりあえず、この集団に袋叩きにされてフルボッコになった後にお話をするか、無条件降伏してお話するか、何方が良い? 個人的には前者がお勧めだぞ」
「普通は後者をお勧めするだろうがッ!? ひ、卑怯だぞ、そもそも最初から数が段違いであろうが! 恥を知れッ!」
『魔術師』相手に凄まれ、ディアーチェは地に這い蹲りながら激しく動揺する。
……あー、何か本当にアホっぽい慢心王みたいで可愛いなぁ、あの八神はやての2Pキャラ。物凄い小物の悪役キャラというか、当人と違ったキャラ付けで、非常に和むね。
「卑怯とか恥知らずとか、最高の褒め言葉だ。久しぶりにそんな敗者の泣き言を聞いたよ。――そうかそうか、前者が良いか。ならば、望み通りにしてやろう。なのは、フェイト、はやて、やっちゃえ」
『魔術師』は生き生きとした表情で死刑宣告を下して「んな、飛べないのによってたかってフルボッコだとぉ!?」「そんな馬鹿なぁー!?」「……あうっち」と、本物の三人娘によって個性的な断末魔が奏でられたとさ。
「――で、誰がコイツらの保護者をやるんだ?」
非殺傷設定でノックダウンした三人組を見下ろしながら、『魔術師』は呆れた表情で皆に尋ねる。
闇の書の防衛プログラムは葬ったが、海鳴市に発生する問題はまだまだ終わらない様子である――。