転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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02/管理局のその後

 

 

 02/管理局のその後

 

 

 第九十七管理外世界への侵略戦争からミッドチルダ本土のクーデター勃発――通称『魔都事変』から三ヶ月が経過した。

 

 もう『海鳴市』という名称を聞いただけで取り乱す局員が多数存在している為、際限無き畏怖と恐怖を籠めて、あの触れざる世界の都市の事を『魔都』と簡潔に呼称する。

 

 作戦開始から未明に発生した八つの次元震により、巡航L級1~7番艦、旗艦である巡航XV級1番艦『ブリュンヒルデ』も撃沈し、無事だった艦艇は巡航L級8番艦『アースラ』のみである。

 この時点で四割余りの尊い人命が次元震によって失った事を明記しておく。

 

 ――最終的な生存者は一割にも満たず、その一割の大半がアースラの船員だったのは言うまでも無い。

 

 生存者は口を揃えて「彼処は地獄すら生温い」とだけ告げ、多くを語らなかった。退職を希望する者も後を絶たなかったが、今現在の支柱を失った時空管理局では叶えられない希望だった。

 

 第一管理世界ミッドチルダで起きたクーデターは小規模のものながら、将官が三十数名ばかり誅殺される。

 犯行グループの声明は不可思議なほど無く、将官達を誅殺した後に全員が自害し、真相は永遠に闇の中に葬られる。

 

 ――今、時空管理局は根本的な改革に迫られている。

 

 ただでさえ日頃から人員不足で嘆いていたのに、此処に来て一気に殉職者が大量発生した。いや、それだけならまだ何とかなったかもしれない。

 一番の問題は上位の将官がほぼ一斉に消え去り――生き残った有志によって、土台柱が揺らいだ管理局の立て直しを余儀なくされた。

 

 もはや、魔法という個々の特別な才覚に頼り切った従来の方式では成り立たない。根本的且つ抜本的な改革が必要とされていた。

 

 そんな混迷の最中、次から次へと問題が勃発する殺人的な状況下で、とある中将閣下が生前に遺した映像が問題視されていた。

 

『――はろーはろー。これを君達が見ているという事は、管理局を支配していた私達一派が破滅して一掃されたという訳だ。世も末だねぇ。権力を握ってこの世の栄華をモノにしても、盛者必衰の理、所詮は泡沫の夢みたいなものかねぇ? 楽出来る処か、余計気苦労して疲れた覚えしか無いけどさ』

 

 ――アリア・クロイツ中将。

 

 僅か十四歳で中将になった少女であり、前体制を悪い意味で象徴する人物である。

 当人物は『魔都事変』での最高指揮官であり、海鳴市での生き残りを収容した『アースラ』に彼女の姿は終ぞ無かった。

 

『ん? 私の感傷なんてどうでも良いって? そう言わさんなよ。権力握って頂点に立っている最中にこんな鬱映像を撮る身になってくれたまえ。……憂鬱だねぇ、ホント』

 

 映像に映る彼女は非常に憂鬱そうに笑う。

 そのあどけない様子を、この問題の映像を見ている将官の一人であるリンディ・ハラオウンは冷めた眼で見ていた。

 

『……まぁ前任者として、後任者に託さないといけない事が多々ある。これを放置したら安心して死ねないからねぇ。この映像は私の自己満足だから、感謝して咽び泣きたまえ。死後、その功績を讃えて銅像を建てるぐらい』

 

 人を喰ったような言動は相変わらずであり、これが本物の彼女であるとリンディは間違い無く確信する。

 

『――まず一つ目、吸血鬼。二年前に徹底的に駆除したんだけど、たまぁに『死屍鬼(グール)』が発生するから、何処かに生き残りが居るのは間違い無いね』

 

 そう、この映像を発見するに至った経緯は、ミッドチルダの辺境で発生した正体不明の事件――動く死体が村を壊滅させた、そんな不可解な報告が原因である。

 そんな奇怪な猟奇事件など今まで類も無く――されども、調べる毎に周期的に発生し、いずれも徹底的に隠蔽工作が施されていた事が発覚する。

 

『未知の風土病の浄化作業――という名目で吸血鬼狩りしていたから、後で詳しく調べてみると良いよ』

 

 映像の最中であるが、此処に招集された将官達はどよめく。

 吸血鬼など、物語の世界にのみ存在するモンスターの一種であり、実在するとは信じ難い事実である。

 

 ――リンディの脳裏に、ティセ・シュトロハイム一等空佐と、第九十七管理外世界に巣食う魔人のやり取りが思い浮かぶ。

 

 

『――二年前の吸血鬼事件、忘れたとは言わせんぞ?』

 

 

 ティセ一等空佐はそれをミッドチルダで起きた『生物災害』であると言い、彼は第九十七管理外世界で起きた『連続殺人事件』だと言った。

 

 ――二年前にミッドチルダ本土で発生した『生物災害』はリンディの記憶にも新しい。だが、不思議と全貌を把握している局員は一人も居なかった。

 

 リンディ達が関わったのは歴史上最大規模の『生物災害(バイオハザード)』の後始末のみであり、時空管理局の公式発表は『とある企業が開発した未知のウィルスが事故で広範囲に散布された』というものであった。

 

『吸血鬼そのものについては今更説明するまでも無いけど――今のミッドチルダに蠢く吸血鬼は二種類に分類される。一つは『石仮面』産の吸血鬼。太陽の光に触れたら律儀に灰になるけど、それ以外の弱点は無い。『波紋』なんて此処には無いしね。『死屍鬼』を量産しているのはこっちだから、見つけ次第、少数精鋭で殲滅する事。街ごと焼滅させるのがお勧めだよ、あれが居座る死都に生者は居ないからね』

 

 『石仮面』や『波紋』などの謎の専門用語に全員が首を傾げ、映像の中のアリア中将は『――無限書庫で『石仮面、その脅威』を参照してねぇ~』と説明する気も無く投げ捨てる。

 この映像鑑賞に出席していたギル・グレアム提督は非常に疲れて、尚且つやつれた表情で、自らの使い魔に無限書庫から捜索するように指示を下した。

 

『もう一つは『魔術師』の使い魔直系の吸血鬼。もう居ないと信じたいけど、念の為、述べておくよ。此方の吸血鬼は太陽を弱点としない。オマケに血を吸えば吸うほど生命をストックする。人間を殺して血を吸った分、『残機』が増えるという認識で良いよ』

 

 仰っている意味が解らず、やはり殆どの者が困惑する。

 

 ――血を吸って、残機が増える。

 それを額面通りに受け取るには、彼等の常識概念が著しく邪魔する。

 

 この中で『魔都』に住まう異常者と直接関わったリンディだけが、その恐ろしさを実感する。

 実際に出遭っているから、尚更であり、今から背筋が震える。

 

『――細かい処は無限書庫の『死の河』を観覧してくれたまえ。二年前の『生物災害』の時の映像記憶も其処に残っている。どんだけ出鱈目な存在か、猿でも解るから』

 

 映像の中のアリア中将は凄むように笑い、この映像を見ている将官の全員の肝が冷える。

 いっその事、此処で映像を打ち切って無かった事にしたいと思う者も居たが、それら異常事態に対応するのは今残った彼等しか居らず――絶望と共に鑑賞せざるを得なかった。

 

『参考までに――二年前の生物災害では、千数百以上の生命を啜った吸血鬼を、それを上回る回数分、ティセちゃんが殺していたね。心臓を一回潰して残機一つ減る感じだから、諦めずに殺し続ければいつかは殺せるかも』

 

 アリア中将はケタケタ笑う。この映像を見る者の心境を想像して、愉快に嘲笑っている。

 

『また血を吸い始め、城壁を築き始めたら残機増えるけどねぇ! ティセちゃんは広域魔法で一切合切吹き飛ばしてから殺し始めたけど』

 

 ――ギリッと、何処からか、誰かからか、歯軋り音が鳴り響いた。

 

 管理局の中で唯一SSSランクの魔導師であるティセ・シュトロハイム一等空佐もまた、『魔都事変』で帰らぬ人となった。そんな滅茶苦茶な事を可能とする規格外の魔導師は、リンディの知る限り一人も居ない。

 

『ち・な・み・に、『魔術師』の使い魔、吸血鬼『エルヴィ』、正式名称『エルヴィン・シュレディンガー』には数多の生命をストックする能力は失っているけど、こっちは観測者である『魔術師』を殺さない限り、何億回殺そうが一瞬にして復活する。……拘束制御術式零号が出来ないとは言え、チートの極みだよね、ホント』

 

 リンディの脳裏に思い浮かんだのは赤紫色の髪をツインテールにした九歳程度の少女の姿であり、とてもそんな規格外の化物には見えなかった。

 などと、思考して――見た目は人間でも、第九十七管理外世界に居た人間は明らかに異質である事を思い出す。

 あれらが同じ人間であるなど、リンディは信じられなかった。

 少なくとも、まともな神経の持ち主なら、八発も次元震を人為的に起こす発想など持たないだろう。

 

『――『何処にも居て、何処にも居ない』という台詞通り、厳密には違うけど、空間移動で時間差無しにミッドチルダと地球の往復すら可能なんだよねぇ。……誰だよ。あの『魔術師』にチート吸血鬼を授けた奴は……』

 

 映像の中のアリア中将はげんなりとした表情で語る。

 ……恐らく、これを拝聴している将官達の表情は、それ以上の疲労感を漂わせている事だろう。 

 

『あー、そうそう。吸血鬼に関する研究データとかは無いから。権力者の野望の一つに永遠の命とか不老不死とかあるけど、人間やめてまでそんなものに縋りたくないしねぇ。……あ、今、私物凄く良い事言った』

 

 アリア中将は会心の笑顔で『人間でいられなかった弱者なんて、不名誉極まりねぇしー』と注釈する。

 

『二つ目は『魔女』。魔法少女の成れの果てが敵とは、随分と皮肉が利いているねぇ』

 

 『吸血鬼』の次は『魔女』――一体彼等は何処までこの異常事態を隠蔽していたのだろうか?

 表沙汰にさえなっていないのは、彼等が上手く対処していた事に他ならず――果たして、今の弱体化した自分達に後任が務まるのか、リンディは深く疑問に思う。

 

『地球に行く前に全部駆除した筈だから、もう居ない筈だけど――取り零した『使い魔』が居たら、いずれ『魔女』に成長しちゃうからねぇ。魔女のデータは全部残っているから、それを参考に仕留めるが良いさ~』

 

 ギル・グレアム提督は頭を抱えて項垂れ、気怠い動作で再び自身の使い魔に指示を下す。

 今日の無限書庫は、てんやわんやだろう。だが、この衝撃の映像を見なくて済むならどれほど幸せか――リンディは現実逃避したくなった。

 

『ただ、余りにも放置しすぎると海鳴市に襲来した超弩級の魔女『ワルプルギスの夜』までなっちゃうから。首都に『アルカンシェル』をぶち込みたくなけりゃ、精々頑張るんだね』

 

 魔都『海鳴市』の総勢力を結集させて事に当たった超弩級の魔女を思い出し――あんなものが管理世界に現れた日には、会議室では『アルカンシェル』を撃つ許可と責任の有無を巡って延々と話し合う事になるだろう。

 

『――三つ目は、『魔術師』神咲悠陽。これは完全に逆恨みだけど、全ての元凶と言っても過言じゃない、史上最大級の人災。ミッドチルダに『吸血鬼』をバラ撒いたのも、『魔女』をバラ撒いたのも、全部コイツのせい……!』

 

 終始笑顔を崩さなかったアリア中将は突如怒りと憎しみを顕にして『ああ、思い出しただけで腸が煮えくり返る……!』と激怒して吐き捨てる。

 彼等にとって、不倶戴天の怨敵がその『魔術師』であり、今考えると、あの第九十七管理外世界への侵略戦争は、彼という唯一人の天敵を討ち取る為の闘争だったのでは無いだろうか――?

 

『事の発端は第九十七管理外世界を管理世界に取り込むべく、色々工作したんだけど、全部看破された上に返されて過剰防衛されたとさ。その結果が二年前の空前絶後の『生物災害』だよ』

 

 ――衝撃の事実がいきなり暴露され、場が騒然とする。

 あの万人規模の史上最悪の災害が人災であるなど、それを受け入れるのは難しいだろう。この事件に関しては誰もが感情的になりかねない。

 

『まぁ私達が居なくなったのなら、もう手出しして来ないと思うけど、手を出すなら先に遺書を書いて遺産分配してから死に支度するんだね。とどのつまりは、今の私のように――』

 

 

 

 

 この映像を見届け、誰もが疲労感を漂わせながら我先に退出していく。

 最後に残ったのは、中央の席で項垂れるギル・グレアムとリンディ・ハラオウンだった。

 

「……グレアム提督」

「……私は彼等の事を何一つ理解出来なかった。早急に排除せねば、管理局という大樹が腐り果てるとは常々思っていたがね」

 

 アリア中将を始めとする一派の専横は良心派の局員達の批判の対象となるも、いずれも実力で退けられた。

 表立って批判する者には不祥事が降って湧き、粛清の嵐は絶えなかった。リンディもまた憂慮する者の一人だった。

 

「彼等の不気味なほどの一致団結は『魔術師』という不倶戴天の外敵を排除する為か……。復讐とは、とにかく視野が狭くなるものだな」

 

 我が事のように、グレアムは独白するように語る。

 

「皮肉な事に、彼等は時空管理局を専横しながら、幾多の困難に人知れず立ち向かっていたという訳か……」

「……私達は、彼等の代役を担う事が出来るのでしょうか?」

 

 『魔都事変』での夥しい犠牲者は全て彼等の所業であるが、彼等は悪党なりに管理局の根幹を担っていた。

 人間とはいつも失って初めて気づく。今、この時のように――。

 

「……今のままでは、恐らく無理だろう。致命的なまでに手が足りない。このままではミッドチルダの治安だけではなく、数多の管理世界まで影響が及ぶ。――才能ある魔導師のみが活躍する時代は、もう終わりなのかもしれんな……」

 

 優れた魔法資質ゆえに管理外世界の住民ながら管理局入りした歴戦の勇士からそんな言葉が漏れるのは皮肉以外、何物でも無い。

 

 ――程無くして幾つかの質量兵器が試験的に解禁され、更には個人の魔法資質の才幹に頼らない局員の育成が考案され、数多の物議を醸す。

 

 非殺傷設定の無い質量兵器への拒絶感、魔法原理主義者と魔法排他主義者の水掛け論争は留まる事を知らず、それでも改革の中心となった局員達は死力を尽くして事に当たった。

 そして、前時代の負の遺産である量産可能のドロイドとガジェット、『プロジェクトF.A.T.E』を利用したクローン兵が白日の下に晒され、更なる論争を苛烈させたのだった――。

 

 

 

 


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