――おお、神よ。
我が全霊を捧げます。我が祈りをお受け取り下さい。
無知なる民に御身の叡智を授け、偉大なる神の御威光を知らしめましょう。
――おお、神よ。我が神よ。
供物には血と肉と生命を、足りぬのであれば我が魂を捧げましょう。
我は敬愛します、我は尊敬します、我は羨望します、我は崇拝します。
一目拝顔したその瞬間から私は貴方の下僕となりました。貴方の為ならば私は世界すら打ち壊せます。人類六十億すら貴方の祭壇に捧げて見せましょう。
――おお、神よ。貴方は何故。
窮極の門を開けていざや征かん。
貴方の目指す下劣な太鼓が鳴り響く幻想郷へ。
狂ったフルートの音色が奏でられる理想郷へ。
全てが泡沫の夢と消える黄金郷へ。
いつか貴方の宇宙を解き放つ為に、運命の時を!
――おお、神よ。貴方は何故、私を見捨てた……!
足りなかった。届かなかった。及ばなかった。弱かった。
執念が足りなかったのか。人の身では届かないのか。何故及ばなかった。何故弱いのだ。私は私は私は私は私は私は私は――!
諦めませぬ。止まりませぬ。届かせる。行く逝く往く征く――!
これは試練、貴方の与えし試練とお見受けする。
必ずや私は貴方の望む領域まで辿り着き、貴方の悲願を成就します。
貴方の愛さえあればそれでいい。私はそれだけで幾星霜の歳月を乗り越えられます。何者も我が精神を打ち砕く事は神とて出来ないのです。
――おお、神よ。神よ、神よ、ご笑覧あれ!
「そう、君は絶対に諦めない。絶対に屈さない。だからこそ、絶望を識らない。未来永劫、絶望を識れない。――だからこそ『彼』には及ばない失敗作なんだよ」
08/魔導探偵とシスター
――管理局外世界『地球』に落ちた『ジュエルシード』を自分の手で回収する。
『ジュエルシード』の発掘者である『ユーノ・スクライア』の決意は僅か一時間余りで木っ端微塵に砕け散ろうとしていた。
初めに『地球』――否、『海鳴市』に入った瞬間から言い様のない違和感を覚えた。理由無く全身が小刻みに震えた。
まるで古代遺跡などで『入っては生きて帰れない』という危険領域に足を踏み入れたかのような錯覚を感じる。
おかしな話だ。この世界は『ミッドチルダ』の科学技術に比べれば数百年は遅れており、魔法技術も無い安全な文明圏の筈なのに――この魔都は極めて濃密な死の気配を漂わせていた。
――ジュエルシードの反応は『海鳴市』から六ヶ所生じており、その全てが活動済みという驚愕的な結果を察知する。
封印処置が施されているから、そう心配は無い――管理局の初動の遅さはこの分では致命的な結末を齎すだろう。
此処で自分が何とかしなければこの次元世界は泡沫の夢の如く滅びてしまう。
今、事を成せるのは自分一人しかいない。悲壮な使命感を胸に抱いて、ユーノは一際反応が強い地点を目指して飛翔する。
そしてその地点に『ジュエルシード』の反応がよりによって『6つ』もある事に、ユーノは心底驚愕して泡食った。
――其処は街外れの丘の上にある洋館であり、十数人の武装した神父の集団が取り囲んでいた。
一体、何なんだこの状況は――!?
十字架を胸に携えて丸淵の眼鏡を掛けて両手に質量兵器である銃器を構えた神父の集団が屋敷の前に立っていた。
その者達の眼に灯るはいずれも狂気の光。明らかに常軌を逸しており、ユーノは人間状態ではなくフェレット状態で探りに来た自分自身を褒めてやりたい気分になった。
――程無くして赤い槍を持った青髪の男性が、音も影も無く綺羅びやかな光と共に形となって現れ、武装した神父集団と一触即発の空気となる。
あれは『異常』そのものだった。見ただけで呼吸機能に異常が来たす。
姿形は人間にしか見えないが、保有する魔力が桁外れだ。次元違いと言って良い。そして青い槍兵の持つ赤い魔槍は幾千の死を凝縮したかの如く不吉な予感を本能的に叩きつける。
誰が一番の強者なのかは一目瞭然だ。気怠げな槍兵から発せられた殺意は武装集団に向けられたものだが、それだけでユーノは心折れてしまった。
……嫌だ。一瞬足りてもこの場に居たくない。此処に居たくない……!
気づけば駆け出し、唯一度も振り返らずに逃げていた。
後から考えても正しかったと思える。あれ以上、あの場に居て生き残れなかっただろう。
間接的な殺意だけで心が折れたのだ、直接向けられれば心臓すら停止してしまうだろう。
……違う。そうじゃない。
恐らく心臓麻痺で死ぬ前にあの魔槍で貫かれて絶命する事になっただろう。抵抗すら出来まい。そもそも万全の体制で繰り出した防御魔法をもってしても防ぎ切れまい。
これは予感すら超えて、絶対の確信としてユーノの本能に刻み込まれた事実だった。
――自分一人では『ジュエルシード』の回収は不可能だ。
正体不明な勢力が幾つも蠢いており、恐らく『ジュエルシード』と何らかの関連性があるであろう青い槍兵を相手に自分は余りにも無力だった。
管理局に任せるか? 否、彼等の到着を待っていては遅すぎる。自分が、何らかの手を打たざるを得ないのだ。
けれども、あの青い槍兵に立ち向かえるかと問われれば、間違い無く否だった。敵う筈が無い。絶対に立ち向かえない。
震えが止まらず、人間形態に戻ったユーノは自分自身の手で抱き締めて必死に止めようとする。涙が自然と溢れて流れ出る。
こんなにも自分が情けないと思った事は今まで無かった。自分は弱虫だ、臆病者だ――彼等に立ち向かう一欠片の勇気すら湧いてこない。
「――あらあら、次号には白髪になって禿げてそうなほど最低最悪な面構えになってますけど、大丈夫?」
だから、その甘言に耳を傾けた。否、傾けてしまった。
その赤髪のポニーテールの少女は優しく、泣き止まない赤ん坊をあやすように笑う。
その眼は底無しの深淵のように、覗き込む此方を逆に覗き込んで際限無く嘲笑っていた――。
突如昔の相棒が世界を超えて召喚されるという珍妙極まる事件に対し、真っ先に尋ねた場所がいつも何かとお世話になっている『教会』だった。
何か異常があれば『教会』で聞け、とはこの世界で生きる上の教訓だった。思考放棄とも言うが。
「――以上が『聖杯戦争』の概要だよ。何か質問はあるかな?」
「その『聖杯戦争』とやらから辞退する方法は?」
眉唾物の話だった。七人のマスターと七人の英霊による戦争であり、最後に勝ち残った一組が万能の願望機である『聖杯』を入手出来る。
それが突如『マスターオブネクロノミコン』に戻った事件の経緯であり、今回巻き込まれた最上級の厄介事である。
「サーヴァントを令呪をもって自害させれば良いんじゃないかな? でも、クロウちゃん。貴方は誰よりも『万能の願望機』を必要としてると思ったけど?」
自害させるという処でアル・アジフは物凄い眼でシスターを睨み、自分もまたはやてにちらりと視線を送らざるを得なかった。
「――『聖杯』が真に万能ならば、八神はやての正体不明の病気を治す事だって容易い筈だよ?」
彼女を此処に連れてきたのはどうやら失敗だったようだ。
この異常時に一人で家に残しておくのは危険であろうという事で一緒に『教会』に来たが、無用な心配を掛けさせるだけとなった。
「ま、待ってぇな! その『聖杯戦争』って結局は殺し合いなんでしょ……?」
「ええ、そうですね、八神はやて。ですが、サーヴァントは本体の写身であり、元々死者です。死人が今更死んだ処で何か不都合でも?」
「……それはクロウ兄ちゃんが命懸けで戦うって事でしょ? 殺されちゃうかもしれないのに……!」
オレに話しかける時とは違い、シスターは無感情で淡々とした口調で語る。
感情的になっているはやてとの温度差は激しい。とは言っても、はやて自身の感情は自分自身の安否よりも、むしろ自分の安否に向けられたものであり、歯痒く思う。
「クロウちゃんが『聖杯』を勝ち取らない限り、貴女は一年未満で死にますよ?」
そしてこの一言は目の前のはやてではなく、オレに向けて放った言葉であった。最高の殺し文句だ、畜生。
「……上等じゃねぇか」
「クロウ兄ちゃん!?」
「大丈夫だ、はやて。少し前ならいざ知らず、今は『アル・アジフ』が居る。千人力たぁこの事だ。さくっと勝って『聖杯』に願って体治してやるからよ、今から行きたい場所考えておいてくれ」
彼女を安心させるように、優しく頭を撫でる。撫でるが、どうにもオレには『撫でポ』とか幾ら背伸びしても出来ないらしい。
逆にはやてが泣きそうになってしまい、あたふたする。
「そうだな、妾とクロウなら他の有象無象に遅れを取る道理はあるまい。……以前の世界ならいざ知らず、な」
「あの世界は根本的に致命的におかしいっつーの!」
アル・アジフの不遜なフォローにツッコミを入れざるを得ない。
魔導書持ちで鬼械神持ちの魔導師がわんさか集結するアーカムシティと比べれば、この地獄の一丁目の『海鳴市』だって天国に見えるだろう。
「それでこの小狸娘はどうする? 幾ら妾と汝でも子守りしながらは流石に戦えんぞ」
「うぅ、同じような体型の幼女に小狸娘扱いされたぁ!」
「妾を汝のような小娘と一緒にするなぁ! 妾は『アル・アジフ』! 千の歳月を超えた世界最強の魔導書なり!」
はやて相手に威張ってどうするんだ? と個人的に突っ込まざるを得ない。
しかし、七人七騎による戦争になるんだ。はやての安否が気がかりであり、最重要の問題でもある。
「……其処の古本娘。聖杯戦争のセオリーをちゃんと理解している? 自分の真名を堂々と高らかに名乗らないで」
「ふん、これだから有象無象の小娘シスターは。己が名を高らかに名乗れずして何が英霊か!」
シスターは冷たい眼で忠告し、傲岸不遜な古本娘は真っ向から斬って捨てる。聞く耳すらねぇ。というか、アンタ『魔導書』だろうに。
ああ、そういえばサーヴァントの正体が露見すれば弱点も周知の事実になるか。
しかし、自分達の場合は解った処で切り札が『鬼械神(デウスエキスマキナ)』である事がバレるぐらいか。
尤も、オレがその切り札を使う場合は正真正銘、生命を賭ける事になるが。
「……ごほん。クロウちゃん、名案があるんだけど聞く?」
「お、何だ?」
「私達『教会』はね、何が何でも『聖杯』を『魔術師』の手に委ねる事は出来ないの。これは信頼の問題でもあるし、可能性の問題でもある。『教会』の意向としては『聖杯』を無意味に使い潰してくれる人に勝ち取って貰いたい訳よ」
わざわざ可愛らしく咳をし、気を取り直したシスターはやや迂回しながら詳細に説明する。
うんうん、と聞いていると隣のアル・アジフが物凄い眼でシスターを睨んでいた。
「――腹黒小娘シスター、何が言いたい?」
やや殺気立っているのは気のせいだろうか?
やはりというか、シスターは気にする事無く、自分にのみ視線を浴びせていた。コイツもコイツで図太い神経の持ち主である。
「私達『教会』と手を組んでみないかな? クロウちゃん。そうすれば八神はやてを保護するし、全力で聖杯戦争のバックアップもする。そして何と、私の願いを叶えてくれるのならば私自身が全力で協力しちゃうよ!」
ぱんぱかぱーん、と言った具合で、シスターはいつもの調子では想像出来ない提案を最後に付け足した。
神職のコイツに叶えたい願いなんてあるのか? その協力は組織的なものの一貫なのか? それとも個人的か?
「あれ? 『聖杯』って一組の願いしか叶えないんじゃなかったのか?」
「私の願いは『私の消された記憶を取り戻す』事なの。その程度の奇跡、万能の願望機ならば造作も無く叶えられるでしょ?」
消された記憶――ああ、と理解する。
彼女は『とある魔術の禁書目録』の世界で生まれた先代の『禁書目録(インデックス)』だ。
原作と同じように『首輪』の処置がされていたとするならば、一年周期で記憶をリセットする羽目になり――折角持ち越した前世の記憶さえ消されたというのか。
(保有する原作知識も他人の受け売りって昔言ってたな。それにシスターは自分の名前を一度も語らなかった。それは、自分の名前を覚えてなかったという事なのか……!)
それは転生者にとって死に匹敵する仕打ちだ。嘗ての自分を忘れ果てて別人として生かされるなど――想像すらしたくない。
二つ返事で返そうとした時、先に口を出したのはアル・アジフだった。
「妾は反対じゃ。此奴等を信頼する事は出来まい。最終局面になれば、此奴等はこの小娘を人質にして汝から『聖杯』を奪うだろうよ」
……大いに有り得るし、それをやられたら完全に詰んでしまう。
目の前のシスターが流石に其処までするとは思えないが、もう一人、あの気障ったらしい『代行者』ならば躊躇無く実行するだろう。
そしてその際、はやてが無事な保障は何処にも無い。一気に揺らぐ。
「……この申し出は私個人の願いだよ。もしも『教会』が邪魔をするのならば、私は我が脳裏に刻まれた十万三千冊の禁書に賭けて『教会』を討ち滅ぼすと約束する。……クロウちゃん、私は、私の本当の名前を取り戻したい……!」
シスターは涙を流しながら懇願する。
こんな弱々しい彼女を見たのは初めてだった。いつも飄々としていて、時々無表情になって怖くなるけど、お節介さと親切さには何度も助けられた。
……そうだ。『教会』のあの二人はともかく、シスター自身は信じられる。
アル・アジフに視線を送り、勝手にしろ、と膨れ面を返される。はやてにも視線を送り、こくりと頷かれる。
「頼む、シスター。オレ達に協力してくれ。で、願いが叶ったらさ、名前思い出したら教えてくれ。そん時は改めて自己紹介しようぜ」
「……ありがとう、クロウちゃん」
涙を拭いながら、彼女は心から笑顔を浮かべた。
全く、いつもながら女の涙には敵わない。まぁ男ってそういうもんだろう。
「とりあえず『冬木式の聖杯戦争』をベースにしている事は解ったんだが、今回の場合『聖杯』は何処にあるんだ?」
同盟を組んだ事だし、さっきから気になっていた事を踏み込んで聞く。
「『聖杯』は『魔術師』が持っているよ」
そしてシスターから帰ってきた言葉は想像を一つ超えるものであった。
「――あの『魔術師』はね、冬木の地で行われた『第二次聖杯戦争』の正統な勝利者なの。あの男は『この世全ての悪』に汚染されていない『アインツベルン』の『聖杯』を生涯持ち続けた。それは同じ世界出身の『代行者』が保証している」
――ちょっと待て。
という事はあの腐れ外道の『代行者』は『魔術師』の前世の『死因』を知っているという事なのか……!?
これは想像以上にデカいアドバンテージだ。だが、今ははやてがいる手前、聞く事は出来ない。後で聞くとしよう。
「此処からは想像になるけど、この世界に持ち越した『聖杯』には何か不都合があったんだと思う。だから再び中身を注ぐ必要性が生じた――」
「生贄に捧げるサーヴァントが五体でも良い、ってのは『聖杯』の中身が完全に空って訳じゃ無いのか」
「サーヴァントを数騎召喚して残った魔力なのかもしれないね」
となると、はやての病気を治すにはアル・アジフ以外のサーヴァントに退場して貰う他無いようだ。
それは如何にして『魔術師』を打倒するかに尽きる。
穴熊に決め込む『魔術師』を攻め入るなんて無謀の極みだし、何とかして『魔術工房』から出て貰わなければ勝機が無い。
最後の一人になったのならば、自滅覚悟で『鬼械神』を使えるが――。
――その時、唐突に教会の扉が蹴り破られ、厚手のコートに身を包んだ複数の男が乱入してくる。
一目にて尋常ならぬ事態――って、奴等、この日本ではまず見れねぇような重火器を持ってやがる!?
「はやてッッ!」
咄嗟に車椅子に座っているはやてを抱え上げて伏せながら――オレは自身の魔導書の名を高らかに叫ぶ。
「アル・アジフッ!」
「応とも!」
彼女の幼い肢体はページに戻って四散し、オレの下に集って――超人的な力を発揮出来る戦闘形態『マギウススタイル』となる。
即座にページの翼に魔力を集中させ、鋼鉄化させて絶対の防御とする。
一瞬遅れて絶え間無く銃弾の嵐が叩き込まれるも、その程度の重火器では傷一つ付かない――!
「って、やべぇ! シスターの事、完全に忘れていた!?」
「え、ええええぇ――!?」
「この程度で死ぬなら奴も其処までよ。同盟関係も白紙だのう」
はやては胸元で声をあげ、アル・アジフは小さくなったデフォルト姿で相変わらず毒を吐く。
「……クロウちゃん、私の『歩く教会』の事を熟知しての行動じゃなかったんだね。あと古本娘、覚えてなさい」
おっと、どうやら無事のようだ。
確か『歩く教会』は原作では全く活躍しなかったが、服の形をした教会であり、その防御性能は法王級だとか。あの世界の法王って『シスの暗黒卿』とか『銀河皇帝』並にヤバい人物だっけ?
「――何処の誰に喧嘩を売ったのか、その生命を代価に教育しましょう。我等の天罰の味を噛み締めるが良い」
そしてシスターは無表情となり、その両瞳に血のように赤い魔法陣が描かれる。
『首輪』を噛み砕いたが、魔術を行使すると名残のように浮かび上がるらしい。
「豊穣神の剣を再現、即時実行」
三つの光の剣が自在に飛翔し――ほんの少し、剣先が掠っただけで敵対者を原型留めぬ肉塊に変えていく。血の華が銃弾塗れの教会の大聖堂に幾つも咲き誇った。
北欧神話の豊穣神フレイの剣の再現――自動的に舞い、確実に息の根を止める類の武具だったか。使い捨ての尖兵に対して、完全に『過剰殺傷(オーバーキル)』である。
(つーか、北欧神話ってキリスト教の範囲だっけ? 我等の神罰呼ばわりしているけど)
入念な準備が必要な『とある魔術の禁書目録』の世界の魔術において、準備無しで繰り出される唯一の例外、この世の理を凌駕する『魔神』の御業――正直、武者震いがする。
「……何者じゃ、あの小娘は?」
「十万三千冊の『魔道書』の知識を持っている以外、普通の少女さ」
「それだけの『魔導書』の毒に汚染され、人間として平然と生活を行える時点で人外の域だろうよ」
正直、彼女自身が『令呪』を獲得し、『サーヴァント』を呼べていたのならば、この聖杯戦争は彼女の独壇場となっただろう。
『サーヴァント』として『アル・アジフ』を取り戻したオレだって、彼女が本気ならば容易に殺せるだろう。
「終わったん……?」
「八神はやて、片付けが済むまで見ない方が精神衛生上宜しいと思いますよ。――加減はしなかったもので原型を留めてません」
こんな猟奇的な死体、はやてに見せる訳にはいかない。
戦闘が終了しても『マギウススタイル』が解けないのはこの為だ。全く前途多難だぜ。
「――『這い寄る混沌』、穢れた狂信者どもがこのタイミングで仕掛けて来ますか……まるで『威力偵察』ですね」
この『海鳴市』に巣食う大勢力の一つであり、ほぼ常に敵対する『魔術師』と『教会』すら共同して殲滅しようとするテロ組織だったか。
単騎の武力的な危険度で言えば『武帝』の方が脅威だが、コイツらに至っては全員が全員SAN値直葬済みの狂人ばかりだ。一人残らず殲滅した方が世の為だろう。
昨年の十二月に『邪神召喚未遂事件』をやらかし、『教会』と『魔術師』に徹底的に叩きのめされたと聞いていたが――?
「方針が定まったね、クロウちゃん。まずは情報収集だよ」
「おいおい、此処までされたのに悠長だなぁ。いつもは異端は皆殺しだーって猪突猛進していくってのによ」
なんて茶化したらシスターは「クロウちゃんは私の事を普段からどう思っているの!」とお怒りの様子。
血塗れで凄惨な光景が教会に広がっているが、彼女自身はいつもの調子には戻っているようだ。
「そういう訳にもいかないんだよ。渡ってはいけない奴に『サーヴァント』を召喚された可能性があるの」
「渡ってはいけない? 『魔術師』以上にそんな危険分子居たっけか?」
「うん、その場合、私達は『魔術師』と一時休戦してでも真っ先に始末しなければならない」
おいおい、何か話が妙な方向性に進んでないか?
だが、その判断は当然だった。何故ならば――。
「――『這い寄る混沌』の『大導師』だよ。あの最たる狂人がクロウちゃんと同じように自らの『魔導書』を取り戻したとしたら、最悪を通り越した事態になる」
――相手は自分と同じ『鬼械神(デウスエクスマキナ)』持ちなのだから。
――そして『高町なのは』は運命と出遭った。
『レイジングハート』を持って、『ジュエルシード』の封印を手伝って欲しい。
ユーノ・スクライアは原作通りに彼女に説明した。そう、状況がまるで一変しているのに関わらず、原作通りに――。
「うん、私で良ければっ! こんな私にも出来る事があるのなら……!」
当然ながら、ユーノ・スクライアに負傷などない。心以外は完全な状態である。
にも関わらず、現地の民で魔法技術の知識の無い少女を意図的に巻き込んだ。罪悪感が心を蝕む。しかし、魔女の甘言に乗った彼に退路は既に無かった。
――此処に、魔法少女は原作通りに誕生してしまった。
何もかもが改変され尽くし、蠱毒の坩堝と化した舞台に、何の予備知識も持たずに降り立ってしまった。
唯一の抵抗の手段だった『令呪』は彼女自身の手によって封印され、初の魔法行使の成果として『レイジングハート』に保管される。
この物語は魔法少女の物語ではない。もっと悍ましい何かの物語である。