転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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76/終幕

 

 

 76/終幕

 

 

「よぉ、お早いお帰りだな」

「――何方かが殺されずに終わる。この結末に至るとは私も想像していなかったがね」

 

 ランサーの出迎えを受け、『魔術師』は疲労感を漂わせて答える。

 負傷そのものは魔眼だけだが、満ち溢れていた魔力は八割ほど消失していた。

 

「確実に殺せると踏んでいたのだがな。――ライトセイバーで此方の太刀を斬りに来た時は勝ったと確信したのに、その刹那に此方の袈裟斬りの軌道に合わせるとか、一体どういう事だよ。……はぁ、自信無くすわぁ」

 

 ――確かに此方の魔剣は成った。

 魔術の及ぶ領域ではない神話の幻想種すら殺せる一撃は、物語の魔王の首を斬り飛ばせる至高の一閃は、神殺しすら達成させる出鱈目の神秘は此処に顕在していた。

 

(……そう、刹那も経たずにあれの剣は魔剣を相殺する『魔剣』となった。だが、理外の剣だ。理論も論理も飛躍して過程を省略し、結果だけを齎したようなものだ)

 

 袈裟斬りを繰り出し、その剣に対して、柚葉は一息に斬り飛ばそうとし――接触してライトセイバーの刃を切断した当たりでは、ライトセイバーの刃は中程だった。

 それが一瞬足らずで先端まで引き戻された後に此方の袈裟斬りに合わせられる。神速の変化である。

 ミクロ単位の誤差すら許さぬ神技。ほんの少しでも狂いがあったのならば、此方の空間切断は成り、容赦無く斬り伏せられただろう。

 

(……いや、空間切断が相殺に留まってくれた事を、運が良いと納得するべきか? 向こうの方が僅かでも早かったら、己が魔剣で死んでいた処か――)

 

 質量の無い得物の違いか、シスの暗黒卿としての未来予知と超反応と天賦の技量か――それとも、今の秋瀬直也のような理不尽な英雄的な補正が、彼女自身にも不条理な魔王的な補正でもあるのだろうか?

 

 世界の修正力によって英霊の域に昇華された少女が嘗て居たように、彼女は逆の補正を受けているのではないだろうか――?

 

(この次元世界は泡沫の夢同然だ。だから『指定損失物(ロストロギア)』如きで簡単に滅びる。嘗ての世界に存在した抑止力は此処には存在しない)

 

 そう、ガイア――星の抑止力は存在しない。だが、アラヤ――人類種の抑止力は存在しているのではないだろうか?

 

 ――否、そんなものがこの世界に無くても、前の世界から持ち越せたとしたら?

 

 万が一、そうならば――豊海柚葉という存在を、『魔術師』は想像以上に見誤っていた事となる。

 絶対に勝つ事が出来ない存在が二つ、此処に存在している事になる。これ以上に巫山戯た話は存在しないだろう。

 

(忌々しいな。世界を隔てようが、死の因果を乗り越えようが、貴様は私に立ち塞がるか――)

 

 ――『魔術師』と抑止力は切っても離せない関係である。

 万能の『聖杯』をこの手にしても、彼には使えない理由が用意される。

 世界を変革させる可能性を秘めた『聖杯』は、無意味に使い潰す者の手に渡る。その絶対法則の通りに――。

 

(……まぁそれはどうでも良いか。それよりも魔剣の構造的欠陥か――『直死の魔眼』持ちじゃなければ絶対に突かれないと思っていたが、もう一工夫凝らす必要があるか)

 

 辛くも生命を拾ったのは、或いは自分の方かもしれない。

 そういう考えに至って――自分の悪運も捨てたものじゃないと『魔術師』は笑う。目的を果たせなかった点では敗北だが、生きている時点で揺るぎなき勝利である。

 

「つーか、魔術師なのに剣を使える方が驚きだぞ?」

「最近の魔術師にとって、近接戦闘技術など必修科目だ」

 

 ランサーは真顔で「マジかよ?」と驚き、『魔術師』もまた当然の如く「中国拳法やサブミッションがメジャーらしいぞ」と極端な例を日常茶飯事のように言う。

 その『魔術師』が最近の魔術師でないのは、自明の理であるが。

 

「秋瀬直也が間に合った以上、私は単なる端役だからな。脇役は脇役らしく、特等席で舞台の最後を見届けるさ――」

 

 それぐらいの役得があって然るべきだろうと『魔術師』は笑う。

 その一瞬の火花のように鮮烈な生き様を、嘲笑いながら、羨ましがりながら、祝福しながら、静かに見届ける。

 そんな世捨て人の仙人のような在り方が、今、図らずも叶う――。

 

 

 

 

 ――彼と彼女の結末を語る前に、もう一つの物語の結末を語ろう。

 

 果たしてクロウ・タイタスは間に合ったのか。八神はやてが守護騎士達を使ってリーゼロッテを仕留める前に辿り着けたのか。

 

 抵抗する力を全て欠如させて、直接馬乗りし、ナイフを両手に握り締めて振り下ろす寸前の状態を、間に合ったと言えるだろうか?

 

「やめろ、はやてぇッ! ソイツは『過剰速写』を殺してねェッ!」

 

 クロウは喉を引き裂かん限りの声で叫び、その声はギリギリの処ではやての耳に届き、振り下ろしたナイフが胸を貫く寸前に止まる。

 ゆっくりと、光無き眼ではやては此方を振り向く。四騎の守護騎士は健在であり、新たな敵に対して身構えている。

 

(……関係ねぇ。今、大切なのは――)

 

 ――だが、それらは戦力的に脅威であるが、非常に些細な問題である。

 絆の無い道具達に出る幕など無い。『鍵』を手に入れたクロウが、如何にはやてを説き伏せるか、それだけの問題である。

 

「『――約束を果たせずに寿命死する『赤坂悠樹』の贋物を許してくれ』、それがアイツの遺言だ」

 

 

 

 

『なーなー、クロさんの本当の名前って何なの?』

『それはオリジナルの名前であって、オレのではない』

『何だか明かせない真名みたいな感じ? 魔術(オカルト)的やねー』

 

 それはたった三日間の一時、ベッドの上ではしゃぐはやてと協力する代わりに支給された銃火器を点検する『過剰速写』の日常の一ページである。

 

『……科学の街出身の超能力者の寵児をオカルト呼ばわりとはな』

『私からして見れば、超能力言うのも十分オカルトだけどなぁ~』

 

 その『オカルト』という単語に拒絶反応を起こし、『過剰速写』は手を止めてはやての方に振り向く。

 かなり微妙な表情をしていた事を、はやては思い出す。

 あれこれ思い悩んだ後、『過剰速写』は深々と溜息を吐いた。

 

『解った解った。特別に教えてやろう。ただし、他の誰にも教えるなよ。――この世界でその名前を知っているのは君だけだ』

『わーい、二人だけの秘密やなぁ!』

 

 何だかますますオカルトみたいだと内心思いながら、はやてはその名前を聞く。淡い、されども色褪せない、大切な思い出の一ページだった。

 

「……ッ!? どうして、その名前を……!?」

 

 だから、その名前は、クロウとて知らない筈だった。その名前を持って言われた言葉を、はやては無視出来ない。

 

「アイツがオレに教えると思うか? 赤色の『赤』、坂道の『坂』、悠久の『悠』、樹木の『樹』――符合にすらなる、アイツのオリジナルの名前を」

 

 それはあの時に教えられた通りの言い回しであり、だからこそ混乱する。リーゼロッテが『過剰速写』を殺していない。寿命死とは、一体どういう事だと――。

 

 

『オレの能力は『時間操作』で、本来の能力名は『時間暴走(オーバークロック)』という。自らの寿命を消費して時間を操作する。ただし、『時間操作』で生じた肉体的な負荷などは『時間操作』で処理するしかない。使えば使うほど首を絞めて悪循環に陥る能力だ』

 

 

 鮮やかに『過剰速写』の言葉が蘇り、彼は、全ての寿命を使い果たしてしまったと言うのか――。

 

「ソイツが殺さずに運んで、アイツからの遺言を握り潰した。それを『魔術師』の使い魔、と言ってもランサーの方だが、それが隠れて聞き届けていた」

 

 馬乗りにしたリーゼロッテを見下ろしながら、はやては信じられないと理解を拒否する。

 彼女は無表情だった。其処には死の恐怖も何も無く――抵抗すらしない。幾ら血塗れで、ボロボロでも、小娘一人くらい跳ね除ける力など残っているのに。

 

 ――まるで殺される為に、此処に居る、と感じて、はやては全力でその推論を否定する。

 

「……はやて。リーゼロッテは『過剰速写』を殺していない。お前の復讐は、最初から成り立たないんだ……!」

 

 クロウからの言葉が遠い。それなら、何故、この女はその事を喋らなかったのだろうか?

 何処かで歪められているに違いない。『過剰速写』の名前を、利用して――。

 

「……嘘、や」

 

 でも、『過剰速写』が彼女にその名前を明かすのは、一体どういう状況だろうか?

 拷問や脅迫をされたぐらいで言う訳が無い。その程度が百、千も重なっても屈さないだろう。梃子を使っても語らないだろう。

 無理矢理聞くのは不可能だ。だから、それは彼が望んで言う可能性しかない。

 

 

 望んで言う可能性が生まれるのは、一体どういう状況か?

 それは今のように、誤解しないように遺言を言い遺す時ぐらいではないだろうか――?

 

 

「――嘘やっ!」

「よせ、やめろォッ!」

 

 はやては感情のままにナイフを突き降ろし、クロウは制止させる為に駆ける。絶望的なまでに遅かった。

 

 

『――ったく、最後の最期まで世話を焼かす。はやて、君に復讐なんか似合うものか』

 

 

 斯くして突き落としたナイフはリーゼロッテに刺さる直前に硬い何かにぶち当たって跳ね返され――はやての手から零れ落ちた。

 

「あ……」

 

 それは間に合わなかったクロウ・タイタスからではない。

 アル・アジフの魔術でもない。抵抗一つしないリーゼロッテは勿論、彼女に忠実な道具である守護騎士からでもない。

 

 ――そして間違っても、偶然や奇跡などという都合の良い産物ではない。

 

 最後の寿命を振り絞って最果てまで未来予知し、時間の壁を超越して能力行使した『過剰速写』の、最期の残り香だった――。

 

「あ、ああ、ああああああああああああああああああああああああ――っ!」

 

 それを瞬間的に理解し、はやては絶叫して泣いた。泣き崩れた。

 

 

 

 

 夜の校舎はいつ倒壊しても可笑しくない状況だった。

 融解した大穴が各所にあり、『魔術師』の苛烈な猛攻を物語らせる。敵対者と名が付く者を何もかも焼き尽くす気性には寒気しかしない。

 

 ――無事な階段を登り、オレは迷わず目指す。柚葉は必ず其処に居ると確信しているが故に。

 

 そしてオレの予想通り、彼女は其処に居た。

 いつもの同じ、教室前の廊下に腰を掛けて、待っていた。

 

「……あー、ちょっと待ってくれる? 『魔術師』の馬鹿げた砲撃魔術で耳をやられていてね、直也君の声が良く聞こえないの。全く、大艦巨砲主義の『アーチャー』の師匠に成り得る訳だわ」

 

 耳元を何度も叩きながら、柚葉は笑う。

 こんな猛攻に晒されたに関わらず、傷らしい傷は肩口だけであり――むしろ彼女はお気に入りの服を斬られ、自身の血で穢された事にご立腹な様子だった。

 『魔術師』に吐いた言葉は、聞かれていない様子だった。

 暫くした後、漸く聞こえるようになったのか、元気良さげに微笑んだ。彼女の着ている服は、あの時と同じだった。

 

「――来てくれたんだね、直也君」

「……ああ。お望み通り、決着を付けに来た」

 

 不思議と、出てくる言葉はそれぐらいだった。

 あの時、柚葉を手放して、後悔して――何度も何度も思い悩んで、沢山沢山言いたい言葉があったのに、いざ対面して見ればそれしか出ない。

 いや、むしろこれが一番だと自分自身、納得する。今、口から出る他の言葉など単なる不純物に過ぎない。

 スタンドを出し、戦闘態勢となる。今、必要なのは言葉ではない。

 

「そう、言葉は不要ね――」

 

 そんなものでどうにかなるのならば、千の言葉を連ねるだろう。

 柚葉はライトセイバーの光刃を展開させ、片手で正面に突き出す。

 

 

「――愛している。だから、私を殺すのは貴方が良い」

 

 

 そんな物騒な睦言が宣戦布告であり、オレ達は同時に駆けた。

 振るわれるは神速の剣閃、それを風を高圧縮したファントム・ブルーの拳で迎撃する。いつになく調子が良い。

 本来、不可視である筈の神速の剣捌きさえスタンドの視界は目視し、精密無比に合わせられる。

 

「――っ!」

「……っ!」

 

 ――スタンドの拳と当たったライトセイバーの刃は消し飛び、在り得ざる反動を受けてライトセイバーを振るう柚葉の右手は大きく仰け反る。

 一瞬後にライトセイバーの赤い光刃は再展開され、即座に振るわれ、反対側の腕で刃を殴り飛ばす。

 

(――っ、反応出来る……!)

 

 此処に至って『ファントム・ブルー・レクイエム』は最強の『シスの暗黒卿』である彼女と互角の域に達していると確信する。

 この自分のスタンドは『矢』が必要になると解っていて手放さなかったのだろう。彼女と戦う為に『矢』の力が必要なのだと――。

 

「好き勝手言いやがって……! テメェは、いつも自分勝手だっ!」

「当然っ! それが私だからね!」

「自信満々に言う事かッ! 引っ掻き回される身にもなりやがれっ!」

 

 互いに足を止めてインファイトで打ち合い、思いの丈を心の底から叫ぶ。

 

「あら、それじゃ直也君が私の事を色々引っ掻き回してくれるのかしらっ!」

「卑猥そうな言い回しで何言ってんだっ!?」

「私の初めては、何もかも貴方が良いって言ってるの……!」

 

 空いている左掌から青白い電撃が駆け抜け、風の能力をフルに巻き起こして払い、お返しに極限まで圧縮した烈風を解き放つ。

 だが、それは不可視の力に叩き上げられ、照準がズレて校舎の天井を著しく損傷させる。

 

「少しは校舎を大切にしやがれっ! 明日授業出来ないほどボロボロじゃねぇか!」

「なっ、今壊したのは直也君じゃないっ! それに大半は『魔術師』の仕業よっ! 私は悪くないっ!」

 

 互いにどうしようもない事を叫びながら、更に苛烈にぶつかり合う。

 柚葉の剣閃は一合毎にどんどん加速していく。限界など無いと言わんばかりに速度を増していく。

 此処は一旦引くか――などと弱音じみた思考が流れ、即座に破却する。今一歩引けば、もう二度と柚葉に近寄れない気がする……!

 

「ああもう、解ったッ! つーか、最初から結論出ているしな……!」

「ええ、もうお互い語るまでもないでしょ!」

 

 最早、互いにデッドラインを超えて打ち合い、策も無く技も無く、愚直なまでに近寄っていく。

 剣閃はスタンドの動体視力を持ってしても不可視の領域に達し、理解する前に動かす事で反応の速度を向上させる。

 

 ――柚葉のライトセイバーの構えが変わり、射出するように突きを繰り出し、此方も渾身の拳で迎撃する。

 

 スタンドの拳が衝突すると同時にライトセイバーの刃ははやり弾け飛んで消えて、柚葉のライトセイバーの柄を握る右手は小指と薬指だけで支え、残り三本は開いており、不可視の力に吹き飛ばされた。

 

「――ぐっ!?」

 

 ジェダイやシスお得意のフォースでふっ飛ばしかと理解し――半壊する教室から机や椅子をフォースで引っ張り出し、宙に浮かんでいる。

 本当に力任せに、柚葉はそれらをフォースで投擲してきやがった……!

 

「少しは、教室の備品を、大切にしやがれッ! ――!?」

 

 飛んでくる椅子を前に走って躱し、机をスタンドで殴り砕いて突破し、廊下に立っていた柚葉の姿が消えた……!?

 

 ――居た。あろう事か、壁を伝って走り、逆さまの状態で天井を駆け抜ける……?!

 

 何処の忍者か、退魔一族の暗殺者の生き残りかよ、と内心突っ込んで、スタンドを装甲して『ステルス』を纏って全力で廊下を突っ走る――もとい飛翔した。

 音速を超えて駆け抜けた廊下は、その猛烈な衝撃波だけで硝子の窓、廊下の壁などを全壊させる。

 

(柚葉は……!?)

 

 天からの在り得ざる斬撃を恐れての逃走手段且つ迎撃手法――振り返った先には誰もおらず、ご丁寧な事に廊下の天井の一部分に、嫌になるほど綺麗な円が切り抜かれていた。

 あの刹那にライトセイバーで切り取って脱出したのだろうと想像し、その直後、自身の後ろに何かを切断する音が鳴り響き、丸型に切り取られた天井が落ちる。

 

(来るか……!)

 

 スタンドを本体から分離して構え――音だけで来ない。疑問符が過ぎり――ミシミシと、頗る嫌な音が天井全体から鳴り響いた。

 その嫌な予感は直後に確信となって、廊下の天井全体が一気に落下した……?!

 

「メチャクチャだろう!?」

 

 こんなん自然に落ちる訳ねぇ! 絶対柚葉の仕業だと決めつけ、全力で墜落する天井にオラオラのラッシュでブチかましながら教室方面に逃げ込む――!

 猛々しい倒壊音が背後から響き渡る。何とか踏み潰される前に自身の教室に逃げ込めたようだ。だが、柚葉は何処に――って、此処で仕掛けて来るに決まってるだろう!?

 

「オラァッ!」

 

 反射的に自身の背後に向かってスタンドの拳を繰り出し、手応えを感じると同時にまた光刃が消し飛んだのか、独特の音を立てる。

 

「……っ、後ろに眼があるのかしら! それともお得意の風を読む能力!?」

「いっつもいっつも人の裏を掻く事ばかりしているから読み易いんだよ!」

「な、失礼なッ!」

 

 全力のオラオラのラッシュを繰り出し、柚葉もまた本気でライトセイバーを振るって迎撃する。

 その刃と拳の境内にあった机は切断され粉砕し、飛び散った破片の数々は教室のあちこちに炸裂し、再起不能の傷跡を量産していく。

 

(――前へ、前へ、前へ前へ前へ前へ前へ……!)

 

 スタンドの拳に風を纏うだけでなく、風をジェットのように高圧縮且つ瞬間的に噴射して加速させる。

 一度も試行した事の無いやり方だが、これが自身の奥義であるかのように最速を一発刻みで更新させていく。

 スタンドは精神のパワー、肉体という枷に縛られない生命力の像は容易に限界を突破していく。

 

「――ッ!」

 

 届く。届かせる――その一念を以って、この戦いを制する。

 その想いはただ、眼の前に居る柚葉にのみ向けられていた――。

 

 

 

 

(……ありゃ、詰んじゃった)

 

 幾ら一発毎に速度を上げても、スタンドの拳のラッシュ如きに対応出来ない柚葉ではない。

 だが、ファントム・ブルー・レクイエムの拳が当たれば、どういう訳か、ライトセイバーの光刃が消し飛び、再展開に若干のタイムラグが生じる。

 

 ――刀身が消し飛ぶのは刹那程度の時間だが、その刹那が勝敗を決する。

 

 ライトセイバーの刀身を消し飛ばした最中に拳を叩き込めるようになるまで、目測で後十発――彼女のフォースによる未来予知と完全に合致する。

 

(……更に泣き言を言うなら、『魔術師』から貰った背中の切傷かしら?)

 

 正真正銘、単なる切傷に過ぎなかったが――死力を尽くした戦闘によって限界が訪れる。

 幾らフォースは全盛期でも、その小さな身体は九歳の少女に過ぎない。超人芸を軽々と行えようが、身体の血液の総量は覆せず、活動限界に陥る。

 それでこの愛しい逢瀬が終わってしまう事に、柚葉は名残惜しそうに笑う。

 

 ――『悪』は、『正義の味方』によって打ち倒されなければならない。

 

 それが彼女の知る正しい物語である。斯くして最強最悪の『悪』を凌駕した完全無欠の『正義』は、世界を超えて巨悪を討ち取るに至る。

 秋瀬直也、彼こそは運命の人、魔王たる自身に死を与えて英雄の物語をハッピーエンドで終わらせる『正義の味方』――。

 

 

 ――愛しい愛しい私の英雄殿、この心臓を貫き、君の英雄譚を完遂させよ。

 

 

 これで世界には『正義』が確かに存在したのだと、豊海柚葉は笑いながら逝く事が出来る。

 その誕生を自らの死で祝福しよう。その不朽の英雄譚の完結を心から賞賛しよう。

 

 ――斯くしてライトセイバーの光刃が途切れた刹那に終の拳が振るわれ、手刀にてライトセイバーの柄が切断されて破壊される。

 

 これでもう抗う手段は無い。柚葉は喜んで、彼のスタンドの拳を待ち侘びる。間違い無く、そのスタンドの能力は豊海柚葉を殺せるのだから――。

 

「柚葉――ッ!」

 

 ――最期の拳が放たれる。終幕に相応しい、最速最高の一打だった。

 

 

 

 

 派手に崩壊し、倒壊する校舎を遠目に眺めながら――明日は授業が無いなと、どうでも良い感想が浮かぶ。

 

「……何で?」

 

 この手の中に漸く納まった柚葉は、困惑するように、不満そうに問い質す。

 限界を超えて力尽きて倒れ、もう彼女に戦う力は残っていない。オレの手さえ、振り解けないほどに――。

 

「……時空管理局を影で操っていた『シスの暗黒卿』は、此処で死んだ。校舎の倒壊に巻き込まれて悪役らしく朽ちた。オレが殺した。『悪』は『正義』によって滅びたから何処にも居ない」

 

 初めから、オレは柚葉を殺す気など無い。

 好き勝手に悪行を重ねて、殺して貰って終わりなど誰がやってやるか。オレの気持ちも考えないで、独り善がりにも程がある。

 

『――あれこれ訳解らない事を言っている悪役演じる小娘をぶちのめして、この手に取り戻す』

 

 思えば、あの時に出していれば良かった結論であり、気づいた後は猛烈に後悔したものだ。

 『魔術師』相手に切った啖呵はそれであり、今更ながらかなり恥ずかしくなる。

 

「――此処に居るのは、『正義の味方』に助けを求めた少女だけだ。だから、手を差し伸べなくても声を上げなくても拒否しても、意地でも無理矢理でも助け出してやる」

 

 あの時から、オレの結論は何一つ変わっていない。

 相手の都合とか、背負っているものとか、そんなもんどうでもいいから、と我を突き通す意志が足りなかっただけである。

 お姫様抱っこで抱えている柚葉は驚いた表情をし、次に泣き崩れそうな顔に変わってしまった。

 

「駄目、だよ。そんなの、ただの欺瞞だよ……」

「ああ。――だからどうした?」

 

 そんなもの知るか。テメェ一人の都合だけ押し付けて、此方の都合は遥か彼方の惑星に放置か? ふてぶてしいにも程がある。

 愛しているから殺してくれ? なら、同じく愛したオレの気持ちは何処にいく? 一人になってしまって、何とも滑稽な道化で愚かで馬鹿みたいじゃないかッ!

 もう決めた。お前が好き勝手に押し付けるなら、オレだって我を通す。謝ったって、絶対に譲ってやらない。もうオレが一人勝手に決めた事だ……!

 

「正義の味方は悪の魔王を打ち倒して、囚われのお姫様を救い出したとさ。めでたし、めでたし。――最近の魔王はお姫様の一人二役とか色々複雑だが、それが正しい物語ってもんだろう?」

 

 呆ける彼女の顔を強引に引き寄せ、その唇を奪い取る。強引に、柚葉の柔らかい舌を絡めて貪り尽くす。

 真っ赤になった柚葉の顔を間近で堪能しつつ、唇を離す。名残惜しそうに両者の混ざり合った唾液が架け橋となり、宙に落ちる。

 

「――今はまだ、お互いに小さいし、キスだけしか出来ないからな」

 

 うわぁ、今、最高に臭い事言っている、と自分で自分の台詞が恥ずかしくなり――柚葉は破顔し、涙腺が崩壊し、まるで童女のように泣き崩れてしまった。

 声を上げて泣き叫び、オレはそんな弱々しい彼女をあやしながら強く抱き締める。

 

 

 ――もう、此処に許されざる『悪』は居ない。

 此処に居るのは、やっと正しい救いを得た一人の少女だけである――。

 

 

 

 


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