転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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75/前座

 

 

 そして――魔剣『死の眼』を破ったのは、尋常ならぬ神業だった。

 

 柚葉のライトセイバーの刃は、凝縮した『死の線』のラインを、違わず辿った。

 寸分の狂い無く、赤い光刃の先端は、『魔術師』の太刀の銀閃と合わせ鏡のように振るわれた。

 

 ――これが神業でなくて何とする。

 彼女には死を理解する眼も持たずに『死の線』を知覚し、未来予知じみた直感のみで機構を見極め、唯一無二の方法で相殺する。

 

(……冗談じゃない。巫山戯てんのか……!?)

 

 首筋に差し迫った死の気配を、『魔術師』は肌で感じ取った。

 返す刃は当然の如く神速、己の剣では到底間に合わず、受け止められない――剣士としては、豊海柚葉は神咲悠陽の遥か格上、彼は悔し気も無く認める。

 

(……最早諦めるしかないか。剣では貴様の方が遥かに優れている。やはり、接近戦では勝ち目が無いか)

 

 ――神咲悠陽は『魔術師』であり、剣士ではない。

 

 彼の中の美学には、殺法への拘りなど欠片も無い。魔術も剣術も等しく殺人技術であり――他人の土俵で戦わず、自分の土俵で当然の如く勝つのみ。

 敵対者より優れた一面があれば、それを躊躇無く用いるだけの事。

 

(――幾ら貴様は無事でも、この魔眼は使い方次第で何とかなる……!)

 

 線から点へ、豊海柚葉本人ではなく、彼女の足元に死の呪いを最大限に凝縮させる。

 弾けるように爆発し、その直前に柚葉は宙に飛ぶ。宙返りからの斬撃は先程の『昼の月』の意趣返しと思われ――寸前で、柚葉は天井に円を開けて切り裂き、二階へ悠々と脱出した。

 

 ――廊下全体に駆け抜けた灼熱の陽炎は空振りに終わり、『魔術師』は舌打ちした。

 

(……意趣返しに『昼の月』でもやれば、焼死体に出来たものを――)

 

 頑なに瞑られた両眼からは真っ赤な血の涙が溢れる。

 視界を限定した常識外の負荷が限界を超え、内部の機能が色々と千切れたのだろう。この戦闘中での魔眼の使用は絶望視される。

 次に近寄られた時が自身の最期となるだろう。

 

「距離を離したのが運の尽きだ――」

 

 ――それ故に、近寄らせずに殺すのみである。

 繰り返し言うが、神咲悠陽は『魔術師』である。

 

「――フォース如きで退けられるのは、火力が足りないからだな」

 

 両肩の魔術刻印が紅く脈動し、魔術回路を全開稼働させる。

 術式は『原初の炎・簡易版』であり、仕留めるまでに学校が原型を留めているか、微妙な処であるが――。

 

 

 75/前座

 

 

「――クロウ、探す宛はあるのか? 幾ら妾でも、近くに居なければ小娘の魔力は感じ取れないぞ……!」

 

 闇夜に飛翔しながら、アル・アジフは耳元で怒鳴る。

 

「そんな都合良くぽんぽん湧き出る訳ねぇだろっ!」

「なっ!? また向こう見ずに……!」

 

 アル・アジフの言う通り、闇雲に探せば、絶対に間に合わない。

 このままでは絶対に届かない。はやてがリーゼロッテを殺す方が遥かに先だろう。それを覆す何かが必要となる。

 

「オレだって適当に飛翔して発見出来るなんて自惚れてねぇよ!」

 

 ――当然ながら、クロウ・タイタスに探査魔術など使えない。

 むしろ、そんなものに回す余剰魔力など一切存在しない。こういう自分の出来ない事は他人任せが一番だとクロウは骨身に染みていた。

 携帯を取り出し、とある番号に掛ける。その電話の先の主は予め来る事を予期していたのか、一コールで出た。

 

「シスター! 探査魔術とか何かではやての居場所を頼むっ!」

『藪から棒だねクロウちゃんっ! ――まぁそういう無茶振りすると思って、準備は完了していたけど――』

 

 十万三千冊の知識を総動員し、土御門元春が使った探査半径約三キロの『理派四陣』などより遥かに効率良く、広範囲の探査術式を即興で組み上げる。

 『禁書目録』の名に恥じぬ理不尽さで事を成し――電話の先のシスターは今、クロウの居場所もはやての居場所も感知しただろう。

 

『――クロウちゃんから南南西15.8km!』

「ありがとよシスター愛してる!」

『え? ク、クロウちゃん、今なんて――』

 

 答えを聞かずに携帯を切り、クロウはひたすら飛翔する。

 はやての居場所を掴み、全速力で飛ばす。間に合うかどうかは、これで半々と言った具合であり、後は血肉を削って駆け付けるのみである。

 

「よっし! 飛ばすぞ、アル・アジフ!」

「……今だけあの小娘達に同情するぞ」

 

 

 

 

 ――『代行者』は舌打ちする。

 

 目の前の青い槍兵は、間違い無く自分の戦うべき相手では無かった。

 埋葬機関の第七位のシエルですら、防戦一方だという。むしろそれは、防戦になる事を心底から賞賛するべきだろう。

 

(こんな形でシエルを認める事になるのは屈辱ですがねッ!)

 

 ――渾身の力で投擲する『黒鍵』は須らく切り払われる。

 ただでさえ三騎士のサーヴァント、それに『矢避けの加護』があっては通る可能性さえゼロどころかマイナスに陥る。

 牽制にすらならないのは、まずい処の話ではなかった。

 

「へっ、やるじゃねぇかッ!」

 

 ――朱色の魔槍と一角獣の角槍が衝突し、莫大な魔力の火花を散らす。

 明らかに力負けして弾き飛ばされ、ランサーの猛攻はその鋭さを一秒単位で増して行った。

 

「……ッッ!」

 

 元々は霊体のみに効果がある概念武装『第七聖典』、掠りさえすればサーヴァントと言えども甚大なダメージを与えられるが、純粋な槍術の技量でこのサーヴァントに敵う筈があるまい。

 それは彼とて理解している事である。槍の英霊に槍で挑んで勝てる道理は無い。だが、同じ土俵で、技の競い合いに乗ってくれるのならば、ある程度の時間は稼げる。

 

(このサーヴァントは戦闘に興じるタイプですからね……!)

 

 ――今、『代行者』が出来る事は、その生命を賭してこのサーヴァントを一分一秒でも長く足止めする事のみである。

 

 此処で自分が倒れれば、このサーヴァントは己が主の下に駆け付けてしまい、容赦無く葬るだろう。それだけは断じて許せなかった。

 彼に出来る事は死に物狂いで時間稼ぎする事であり、その存命中の間に彼の主が『魔術師』を仕留めれば、自分達の陣営の勝利である。

 

 ――思えば、サーヴァント相手に酔狂な事をしている。『代行者』は笑いが止まらなかった。

 

(……仕方ないじゃないですか。絶対に巡り合えないと思っていた『主』に巡り合ってしまったのですから――!)

 

 そう、誰一人、この『代行者』を有効的に使える者は存在しなかった。

 誰も『代行者』を理解出来ず、運命に導かれるままに破滅していく。自分という駒を使いこなせない上位者を、彼は常に嘲笑っていた。

 

(――あの夜、私は出逢った。完全なる悪の少女に、闇夜の深淵さえ凌駕する真の邪悪に……!)

 

 ――その分、豊海柚葉は完璧だった。

 彼という人間の特性を理解し、彼の起源である『傍迷惑』の影響を一切寄せ付けず、絶対的な悪の権化として君臨する。

 

(これは、一目惚れに入るんですかねぇ……?)

 

 気づけば、自然と膝を折って平伏していた。反骨心塗れの自分が、である。

 その時の彼は反射的に服従した己自身を心底信じられず、だが、この選択は確かに正しかったと絶対的に信仰する。

 

(悪には悪の救世主が必要だ――彼女の為ならば、この生命さえ投げ捨てられる)

 

 一合読み違える毎に浅からぬ傷が刻み込まれ、苦痛に塗れながら『代行者』は狂々と笑う。

 ランサーの魔槍の呪詛が強すぎて回復術式は全く働かないが、『代行者』は生命を極限まで燃やして足止めする。

 

 

 ――主の為に捨て駒となる。これ以上に至福の時は他にあろうか?

 

 

「――!?」

 

 不意に、ランサーが大きく退き、自分とは全く別方向に振り向いた。

 一方的とは言え、戦闘の最中にあるまじき隙――乱れた息を整え、その方向に視線を送る。

 

「な……!?」

 

 一体、如何なる法則が働きかけたのか、『代行者』には想像すら出来ない。

 論理や理論を全て飛躍してすっ飛ばし――秋瀬直也は私立聖祥大付属小学校に辿り着いていた。

 

(何故貴様が此処に……!? どうして、よりによって――!)

 

 理由があるとすれば――最初に思い付いた場所が此処であり、豊海柚葉の性格上、実は登校していたというオチは実に彼女らしいと考えたからだったが、それを『代行者』は知る由も無い。

 

 ――完璧な悪の権化たる少女。だが、目の前のコイツだけは駄目だった。

 

 悪である限り絶対に敗北しない運命の少女を、何とかしてしまう未知の危険性を秘めている。

 そんな言い知れぬ悪寒を、この少年は持ち得ている。何が何でも、此処を通す訳にはいかなかった。

 

「――秋瀬直也ァ!」

 

 だから、『代行者』は躊躇せずに切り札を切った。

 サーヴァント相手では、その身に蓄えた神秘と対魔力で防がれる可能性があっただけに、ただの人間である秋瀬直也に抗う術は皆無である。

 

 その手にあるのはもう一つの切り札、死徒二十七祖第二十四位、エル・ナハトの胃で作られた本体の召喚端末の魔道書『胃界教典』をその手に、絶殺手段が秋瀬直也に行使される――!

 

 経歴は不明、『屈折』とも表現される特異な吸血鬼であり、対死徒最終兵器として埋葬機関の手で幽閉される二十七祖の成れの果て。

 『代行者』がシエルになる前のエレイシアに殺される直前にこっそり隠し持ち、三回目のこの世界に持ち越した無敵の殺害手段である。

 

「っ!? 何だこりゃ……!?」

 

 気づけば、身構えた秋瀬直也は鏡張りの部屋に居て、その部屋の中央には何者かの胃が不気味に蠢いていた。

 

 ――召喚された鏡張りの部屋は、真実、絶対の処刑場だった。

 

 このエル・ナハトの胃は、対象の存在と己の存在を屈折させる事で『ドッペルゲンガー』として強制的に共有させ、心中する事で対象諸共死滅する。

 アヴェンジャーのサーヴァント『アンリ・マユ』の宝具、『偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)』の自身の傷を相手に共有するものと同一の効果であり――当人が死徒二十七祖の一角で数十年もあれば蘇生する事から、その性能は最弱のサーヴァントのモノより遥かに悪辣だった。

 

「ええい、良く解らんが喰らえッ!」

 

 ――この召喚された鏡張りの部屋に、何の意味があるか、秋瀬直也は一顧だにせず、その奇妙な胃をスタンドで殴った。

 

 本来ならば、単なる自傷行為となって、無意味に終わる行為。

 されども、ファントム・ブルー・レクイエムの真価は、今まさに文字通り解き放たれた――。

 

 

 

 

 ――『ファントム・ブルー・レクイエム』に発現した能力は『解放』だった。

 

 本体の秋瀬直也が知る事は永遠に無いが、このレクイエムはあらゆる制限を『解放』する。

 スタンドの射程距離、スタンドの限界、スタンドを束縛する数多のルール、時間の流れ、重力、そして運命からも、そのスタンドは解き放たれており、また解き放ってしまう。

 

 ――本体を守護する為に生まれたスタンドは、その基本原則からも『解放』され、『解放』という絶対的なルールを叩きつける。

 

 無かった事にした時間を『解放』し、防御魔法を『解放』して跡形無く消え去らせる。

 そんな法外な、限り無く無敵に近い能力が発現したのは、必要に迫られたからであり――『ファントム・ブルー・レクイエム』は、最大の敵である『豊海柚葉』を見据える。

 

 ――『悪』である限り滅びない、絶対的な法則を持つ理外の存在。

 その行いが『悪』であるならば、世界の方から修正が掛かって結果を意のままに歪める至高の魔王。歴代最強のシスの暗黒卿としての力すら、単なるオマケに過ぎない。

 

 

 

 

 ――ぱりん、と乾いた音を立てて硝子張りの部屋は砕け散り、正面には驚愕の顔を浮かべた『代行者』が居た。

 

「ふっ!」

「ぎぃ……?!」

 

 積年の恨み――というほど恨んでいないが、腹パンされた恨みがあるので、呆けている奴の頭にスタンドの蹴りをぶち込んでおく。

 予想外にもクリーンヒットして、『代行者』は遥か彼方に吹き飛ばされる。まぁあれの事だ、この程度では死ぬまい。

 

 目の前の障害を排除し、オレはランサーの方を向く。ランサーが居るという事は、校内での戦闘音は『魔術師』と柚葉のものだろう。

 

 だというのに、ランサーは敵意を抱いていないようだが――。

 

「……オレを止めねぇのか?」

「生憎とオレはアイツの足止めしか命じられてねぇからな」

 

 一応ランサーに聞いておき、楽しげにそう答えられたので「そうか」と言い残し、意図的に見逃してくれる好意に甘えて学校内に入る。

 酷い有様だった。空爆されたかの如く校内は破壊し尽くされおり、それでいて火の手が上がっていないのは奇跡か、或いは意図的なのか。

 

 駆けるオレの前に『魔術師』は音も無く現れた。

 

「――さて、あの時の答えを聞こうか」

 

 血の涙を流し、疲弊している『魔術師』は問い――オレは、ありのまま答える。

 あの夕闇の雨では答えられなかったオレの選択を聞き届けて、『魔術師』は淡く笑った。この男にしては珍しく邪気の無い微笑みだった。

 

「帰って寝る。出番を終えた役者は疾く去るべきだしな。――後はお前が片付けろ」

「……前から思っていたけど、アンタって意外と律儀だよな」

 

 背中を向けて去る『魔術師』にオレは率直な感想を言い、『魔術師』は「そんな巫山戯た寝言を吐いたのは冬川雪緒だけだったよ」と愉しげに言い残した。

 

 

 

 

 




A-超スゴイ B-スゴイ C-人間並 D-ニガテ E-超ニガテ

『ファントム・ブルー・レクイエム』 本体:秋瀬直也
 破壊力-なし スピード-なし 射程距離-なし
 持続力-なし 精密動作性-なし 成長性-なし

 スタンドが『矢』の力によって進化した姿。
 あらゆる束縛から『解放』され、意志や力、時間の流れ、重力、運命を『解放』する。
 その力に殴られたものは『解放』される。何が『解放』されるかはファントム・ブルー・レクイエム次第である。

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