転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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73/支点攻略戦

 

 

 ――唐突に、目が覚めた。

 

 時刻は零時、捕虜にしたフェイトは横で静かに眠っており、隣にアルフが丸まっている。

 彼女を監視する事を名目に高町家に泊まり、明日に備えて早めに眠っていたが――胸騒ぎがする。

 

(何なんだ、この感触は……!?)

 

 理由は解らないが、嫌な予感がする。取り返しの付かないぐらい、ヤバいのが――。

 そして気が付けば、『蒼の亡霊』が勝手に出ており、嫌な予感は確信に変わる。

 理由は不明だが、今、行動を起こさなければ絶対に後悔する――そんな確信に突き動かされる。

 

(普段なら闇雲に行動する訳にはいかないって理論武装する処だが、今は闇雲でも動かなければならない……!)

 

 手早く着替え、物音を立てないように高町家から外出する。

 スタンドを装甲し、飛翔し、屋根を飛び舞いながら宛も無く駆ける。

 

(……全く、我ながら馬鹿げた行動だ。行き当たりばったりってレベルじゃねぇぞ! でも、この勘が正しいのならば、オレをその場所に連れて行け――!)

 

 この時、想うのは彼女――柚葉の事であり、理由無く、これから辿り着く場所に彼女が居るのだと根拠無く確信した。

 

 

 73/支点攻略戦

 

 

 ――海鳴市の大結界の支点攻略戦、それが本作戦の概要である。

 

 その六ヶ所はA~F地点と命名され、F地点である『武帝』本拠地を除いて、五カ所を同時攻略するのが今夜の作戦である。

 彼女達六人は、アリア・クロイツ中将の虎の子の精鋭部隊に所属するSランク魔導師であり、他の武装局員を率いてA地点――郊外の森林地帯に侵攻する。

 

(うわぁ、嫌だよ。こんな処に入るなんて)

 

 文明の明かりが届かない闇夜の森林はそれだけで不気味であり、誰しも緊張を隠せない様子だった。

 

(支点とか言われても、具体的にはどんな形なのか、全然説明されてないのよねぇ。遠距離から狙撃すれば良いやって思っていたけど――)

 

 幾十ものサーチャーを飛ばし、支点と思わしき領域の探索したが、それらしきものは見当たらず――最悪な事にアリア・クロイツ中将から直接捜索するように言い渡された。

 

(ああ、もう、これだから別系統の魔法技術は……!)

 

 上官からの命令は絶対、彼女達は消耗品扱いの武装局員を先行させて様子見する。

 何か仕掛けてある事は間違い無い。石橋を叩いて渡っても不十分過ぎると、歴戦の彼女達の勘が告げていた。

 

 ――大規模な捜索に、彼女達に預けられた兵力の八割を投入した時、最初の異変は唐突に訪れた。

 

 大本営への通信が途切れ、魔力結合を解いて魔法を無効化する『AMF(アンチマギリンクフィールド)』が広範囲に渡って展開される。

 性質の悪い事に、距離が離れ過ぎた大本営には念話は届かず、直接人員を送らなければ連絡すらままらない事態となった。

 

(……っ、別系統の魔導師の癖にAAAランクの高位防御魔法をぽんぽんと発動しやがって……!?)

 

 低ランクの魔導師である武装局員の大半が無力化され――森の中で幾人もの悲鳴が轟いた。

 彼女達Sランク魔導師をもってしても、サーチャーの維持すら困難な状況下、貧乏籤を引いた彼女は救援及び様子見に飛翔する事となり、遙か上空から森の全体図を俯瞰する。その頃には悲鳴が森の全体から鳴り響き、儚く消えて逝く。

 

(クソッ、一体何が起きてやがる!?)

 

 幸いにも彼女の魔法適正はAMF環境下でもその戦闘能力は損なわれない。

 悲鳴が鳴り響いた地点を目指し、森の中に降り立ち――濃密な血の匂いはすれども、局員達の姿は見えない。死体すら見つからない始末である。

 

(――雑魚の局員達が殺された事は間違い無いが、何故死体が無い……?)

 

 困惑し、周囲を注意深く眺めていると、樹木に付着した血の跡を発見する。

 夥しい血の量は明らかに致命的な出血であり、やはり死体が無い事に不審感を募らせ――それが彼女の最期の思考となった。

 

 ――彼女は串刺しにされ、一瞬で絶命する。

 

 他でもない、彼女を殺害した凶器は樹木の根であり、無数に絡み付いた根は即死した彼女の遺体を即座に地に埋没させ、血の跡だけが僅かに残り――それすらも愛しそうに吸われ、一切の痕跡が消え失せる。

 

 ――この森一帯は吸血鬼エルヴィの血によって吸血植物化した魔の森。

 

 彼女の眷属という事は、あの恐るべき吸血鬼『アーカード』の眷属と言っても過言ではなく――吸血種の系統は違うが、『魔術師』はこの支点の事を『腑海林』と命名していた。

 

 

 

 

「――B地点の支点が大爆発して、半数持ってかれたぁ!? おいおい、冗談きついぞっ!?」

 

 大本営に居るアリア・クロイツ中将の処に届く情報はほぼ全部バッドニュースであり、職務放棄して逃げたい気持ちになった。

 A地点では既にSランク魔導師がニ名死亡、B地点に至っては三名が何もせず殉職した事が明らかとなる。

 末端の武装局員の犠牲者については聞きたくないほど被害が及んでいた。

 

(つーか、A地点は『腑海林アインナッシュ』かよっ! 二十七祖並の吸血種が近くに居るというのに『教会』仕事しろよ!?)

 

 更には現地の転生者に対して愚痴らずにはいられず、早くも五面作戦に出た事を後悔する羽目となる。

 やはり戦力を分散せずに一箇所に集中させるべきだったのか、いや、Sランク魔導師を其処まで集結させても無駄が出来るだけであり、六人も居れば何とかなる筈だった。

 

「アリア中将っ、C地点とD地点の制圧完了しました~! 此方の損害は特に無いです。幽霊沢山なお化け屋敷とクトゥルフっぽい怪物盛り沢山の海底神殿とか、何処のテーマーパークですかねぇ? 他の地点はどういう状況ですか?」

「A地点は『腑海林アインナッシュ』みたいな状態になっていて八割方行方不明、虎の子も二名持ってかれた。B地点は自爆前提の拠点で半数消滅、こっちに至っては三名だ。もうやってらんねぇっすよ」

 

 帰って来たティセ・シュトロハイム一等空佐から漸くグッドニュースが大本営に齎され、アリア中将は一息吐く。

 

「首尾が良いのはティセちゃんが行った処ぐらいだね。これで三箇所か――」

 

 流石はSSSランクの魔導師、高純度のAMF環境下でも何とも無く、被害無しで制圧出来た。これで支点は三箇所破壊され、形勢は逆転する。

 

「アリア中将、各地点のリアルタイム通信が回復しました!」

「おっ、早速大結界の支点を破壊した影響で、AMFの効力が低下したんかな? ざまぁみろ!」

 

 多大な犠牲を払ったが、大結界の効果が下がるという一定の成果が得られ、アリアはほくそ笑む。

 この強大な支点さえ排除してしまえば、『魔術師』は丸裸となる。そうなればいつでもその頭上にティセ・シュトロハイムの大魔法をぶちかませるだろう。

 

「ティセちゃんはA地点に行って、吸血植物の森を更地にしちゃって~」

「ア、アリア中将っ!?」

「……えー、何? もう予想外の展開発生? 正直そんな展開は沢山ですけど」

 

 残り二箇所の地点で損害が出たのか、それとも『魔術師』側が打って来たのか、後者なら逆に仕留める絶好の機会なので、全兵力をその地点に投入する勢いだが――。

 彼女の前に浮かんだ無数の画面を見て、今度こそ眼を真ん丸にする。声を先に上げたのは、破壊した張本人だった。

 

「え、えぇー!? 完膚無きまで破壊したのに?!」

「ふ、ふざけんじゃねぇぞ!? こんな短時間に復元するってどういう事だ……! あんの『魔術師』めェ……!」

 

 盛大に自爆したB地点、幽霊屋敷のC地点、海底神殿のD地点が完全復元した悪夢めいた光景を、彼等は我が目を疑いながら見る。

 見た通りの光景だが、この現実を受け入れるには、余りにも残酷で不条理だった。

 

「アリア中将、何かこれって六ケ所一気に攻略しなけりゃ逐次復元するっていうパターンじゃ……?」

「考え得る限り最悪な想定だねぇ。マジでそんな予感してきたよ。あの『魔術師』に限っては常に最悪を通り越すしね」

 

 もし、その仮定があっているとするならば、後回しにしていた『武帝』の本拠地が最大のネックとなる。

 アリアから歯軋り音が鳴り響き、親指の爪を齧りながら考え込む。

 このまま無為に出血するか、兵を退いて態勢を立て直すか――何方にしても、『教皇猊下』に失敗者として処断される未来しか見えない。

 

「作戦変更、A、B、E地点は即時撤収。壊しやすい支点、C地点とD地点を可能な限り破壊し続けるよ」

 

 最終目標は『魔術師』の撃破であり、即座にアリアは決断する。

 

「……それって効果はあるのでしょうか?」

「幾ら無限に復元するにしても、限度があるっしょ。AMFの効力が下がっているんだから、破壊し続ければ霊地の貯蔵魔力は削れる……!」

 

 

 

 

 ――炎が舞う。

 

 夜の校舎に、一工程(シングルアクション)の発火魔術が幾十も駆け抜けて、豊海柚葉は左掌を押し出すような挙動を取り、フォースで一息に吹き飛ばす。

 

(舐められたものね――)

 

 強大で不可視の力はそれだけに留まらず、『魔術師』本体の下まで届くが、第三の結界によって防がれて霧散する。

 続いて、左手の指先から青白い電撃――熟練のシスの暗黒卿の奥義である『フォース・ライトニング』を撃ち放ち、一工程で繰り出した拳大の火球の発火魔術で相殺される。

 

(あの魔眼は『フォース・ライトニング』にも作用するのか――)

 

 三重の結界を展開している限り、フォース・グリップなどで仕留める事は不可能だが、この結界の展開中は『魔術師』は動けない。

 空の境界の『荒耶宗蓮』のように、特定の空間を仕切って其処を動かない結界を移動させるなんて真似は出来ない。

 

(――よって、この勝負の帰結は、私が『魔術師』の下に辿り着いて斬り伏せる事のみ)

 

 距離にして十五メートル、豊海柚葉は九歳の少女の身に過ぎないが、フォースによる筋力の増加は彼女を容易く神速の域へ踏み込ませる。

 十メートルぐらいなら一息で走破出来るが、十五メートルとなると半呼吸は必要か――どの道、『魔術師』の命運はその一つと半呼吸で終わる。

 

(……ただ、それを『魔術師』が解っていないとは思えない)

 

 無数の火の矢が撃ち放たれ、飛翔するそれを赤いライトセイバーの剣閃が次々と切り払いながら、柚葉は疾駆する。

 それで一息が終わり、残り半歩でライトセイバーの殺傷圏内に入り――悪寒が走り、即座に後退する。

 

「っ!?」

 

 彼女の足を本能的に後退させたのは幾度無く体験した死の予感――闇夜の校舎に銀閃が駆け抜ける。

 月夜の光を反射させる刀身は寒気が走るほど涼しく、いつの間にか『魔術師』の目は瞑られており、抜き身の太刀と握っていた。

 

(魔術師風情が武士の真似事――?)

 

 距離が十メートル離れて、身に纏う雰囲気の質が豹変した事に僅かながら困惑する。

 

「……やはり勘が良いな。厄介極まるものだ」

 

 『魔術師』は太刀を鞘に仕舞い、魔眼を開けて三重の結界を再展開した。

 

 ――日本刀とライトセイバー、その本質は剣なれども、絶対に噛み合わない。

 ライトセイバーの超高温の光刃は日本刀の刀身など簡単に両断する。得物からして比べ物にならないだろう。

 

(――それなのに、何故か濃密な死の予感がした。ジュエルシードによる次元震、大結界の作用で未来が見え辛いけど……)

 

 ライトセイバーの刃と打ち合えるのは、当然ながら同じライトセイバーだけである。

 踏み込んでいれば、古臭い日本刀の刃など切り裂いた上で『魔術師』の身体を真っ二つに出来るだろう。

 

(――どの道、斬り込む以外の選択肢は無いか)

 

 ライトセイバーの刃を真横に構え、殺し合いへの高揚感と殺意を存分に開放する。

 

 ライトセイバーの戦闘の型は七つ。一つは『シャイ=チョー』、攻撃と防御の基礎が集約された最もシンプルなフォームであり、最初に訓練するものである。

 

 二つ目は『マカシ』。対ライトセイバーの戦いに編み出されたフォームであり、シスとジェダイの闘争が最盛期だった彼女の時代では必須のフォームであり、これを発展させて、より強大な剣術が編み出されていった。

 

 三つ目は『ソレス』、ブラスターの弾を偏向させる訓練で生み出された、防御重視のフォーム。かの有名なジェダイ・マスターである『オビ=ワン・ケノービ』が使用したが、彼等が生まれる遥か古代の彼女の時代では無縁の話である。

 

 四つ目は『アタロ』、全七種類の中で最もアクロバティックなフォームであり、体術に重点を置いたフォーム。『ヒットアンドアウェイ』を信条とするフォームで、全身の柔軟性とフォースを使って飛び跳ねるように動きまわり、全方位から攻撃する。威嚇や牽制の効果が高いが、それを見極められる相手にとっては隙が多いフォームである。

 

 五つ目は『シエン』。『ソレス』・『アタロ』の派生型で、超攻撃型のフォームであり、最も有名なシスの暗黒卿『ダース・ベイダー』が主に使用する。力強い剣の振りが特徴であり、防御型のソレスとは真逆の型である。

 

 六つ目は『ニマン』、一から五までのフォームを組み合わせ、万能ではなく器用貧乏になった型。本末転倒と言って良い。

 

 七つ目は『ジュヨー』、習得の難易度が最も高く、あらゆるフォームを極めた者のみが習得し、制御し得る究極のフォーム。

 彼女、シスの暗黒卿である豊海柚葉が使うのは主にこの七つ目である。

 

 最盛期の彼女はその歴代最強のフォースで、ライトセイバーを使わずとも最強の『シスの暗黒卿』足り得たが――『魔術師』相手の遠距離戦は千日手になる。

 

「ふぅ――っ!」

 

 往年の感触を思い起こし、柚葉は全能力を使って疾駆する。

 今度は一息、一足で十メートルの間合いをゼロにし、赤い剣閃は幾重に振るわれ――『魔術師』の姿が消失していた。

 

 一体何処に――背後から、柚葉は絶望的なまでに死の予感を感じ取った。

 

 柚葉は迷わず、踏み込む右足が砕ける勢いで、死に物狂いで前に飛び――飛翔して宙転し、背後の死角から振るわれた神速の抜刀術は柚葉の背中を掠めるに留まった。

 

(……っ!? この『魔剣』は――!)

 

 即座に反転し、柚葉は鬼気迫る顔で着地した『魔術師』を睨みつけた。

 やはり『魔術師』の目は瞑られており――数々の違和感の正体を掴むに至る。

 

「――上手く行かないものだ。術技(ワザ)は理解しているが、あのタイミングで躱されるようでは単なる曲芸だ。これではあの雑魚と同じだな」

 

 既に『魔術師』の肉体は戦闘用の部品でしかなく、明らかに人間としての機能から逸脱していた。

 そしてそれは不条理な神秘を巻き起こす『魔術師』ではなく――ただ一刀にて条理を覆す剣鬼としてだった。

 

「――魔剣とは理論的に構築され、論理的に行使されなければならない。これは『装甲悪鬼村正』ではなく『刃鳴散らす』が先だったかな?」

 

 ――果たして、一体誰があの男を『魔術師』などと呼んだのだろうか?

 

 身も毛も弥立つ悪鬼は晴れ晴れしく嘲笑う。太刀を嬉々と抜き取って――。

 

 

 

 

 


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