転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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72/決戦

 

 

 

 

「あんな馬鹿げた収束魔法を撃ち放って、フェイトが死んじゃったらどうするのさっ!」

 

 省エネモードでちっこくなったアルフはぷんぷんと怒りを顕に文句を言い続ける。

 まぁ気持ちは解らなくもない。あの『スターライトブレイカー』なんかは、誰も当たりたくないだろう。

 

 ――あれから合流した時になのはが打倒して気絶したフェイトを見て、一瞬死んでいるのでは?と思ったのは秘密である。

 

 本当なら、協力を約束した彼の『過去の遺産』の過去視をフルに活用して柚葉の下に辿り着きたかったが、気を失っている捕虜のフェイトの確保を優先する。

 彼にしても、川田組であれこれ説明する時間が必要なので、明日からという話になっている。

 ちなみにアルフの方は、主が敗北したと同時に戦闘放棄、管理局の扱いに嫌気が差していたのだろう。

 

「い、いえっ、非殺傷設定ですからっ!」

「あんなのに非殺傷も殺傷もあるもんかっ! うぅ、フェイトぉ……!」

 

 ……現在は、高町家にお邪魔しており、眠れるフェイトの看病に付き添っている。

 死ぬほど疲れているのか、全く目覚める気配が無い。本当に生命に支障無いだろうな……?

 

「……はぁ~。結局、撃ち落されて捕虜になった方がマシとはね」

「……そんなに酷かったのか?」

「酷いなんてもんじゃないよっ! アンタが昨日フェイトを吹き飛ばした事より、百倍酷かったよっ!」

 

 うわぁ、凄い根に持って、アルフが睨んでいる……。

 それを聞いて、桃子さんは笑いながら――威圧感を覚えるような顔で、なのはとオレを順々に見た。

 

「……なのは、秋瀬君。ちょっと良いかしら?」

「お、お母さんっ、誤解なのっ!?」

「い、イジメとかじゃありません! 信じて下さい!」

 

 

 72/決戦 

 

 

 成す術無く槌で打たれ、剣で斬られ、拳で殴られ――オレは、言葉さえ吐けずに打ち倒された。

 

 ――何て言えば良い? どうしたらはやてを説得出来る?

 

 何一つ思い浮かばず、対抗すら出来ず、地に伏している。

 ……いつだってそうだった。力尽くでも勝たねばならぬ場面で、力不足で敗れるのは。

 才能が無いと、そんな事で諦めたくなかった。だから何度も立ち上がり、何度も地に転がされ、動けなくなるまで立ち続けて――結局は、結果は一緒だった。

 

 ――決まって、こういう時は『大十字九郎』ならどうなっていたか、そんな弱音じみた事を考えてしまう。

 

 『大十字九郎』ならば、勝たねばならぬ場面では絶対に負けない。どんな悲劇も喜劇に変えてしまう。

 神の脚本すら変えてしまう生粋の大根役者、ご都合主義の寵児。彼ならば、今のはやてだって救えただろうか?

 

 いつもは此処で終わってしまう。其処で諦めてしまう。自分と『大十字九郎』は何もかも違うのだと自分に言い聞かせるように思い込んで――。

 

(――そうじゃねぇだろ……!)

 

 ぽんと何処からか、解決要素が突如湧いて、ハッピーエンドに至る訳では無い。

 其処に至るまでに『鍵』を持っていなければ、解決出来なくて当然だ。凡人の自分なら尚更の事である。

 此処で言う『鍵』とは一体何だろうか――はやてを説得する『鍵』であり、はやての復讐を諦めさせる『鍵』である。果たして、そんな都合の良い物があるのだろうか?

 

 物理的に出来なくさせるなら、『ヴォルケンリッター』の排除をすれば良い。けれども、はやては絶対に納得しないだろうし、今のこのざまのオレでは不可能だ。

 

 四騎の猛攻に晒され、薄れる意識の中――可能性があるとすれば、死した『過剰速写』しかないと閃く。

 はやての復讐の根源であり、根幹である『過剰速写』ならば――同時に、死人に口無しという残酷な現実が伸し掛かる。

 

(……なぁ、テメェだって不本意だろう? はやてに復讐の真似事なんかさせてよぉ。何かねぇのかよ……)

 

 泣き言のように問い掛け、三日間だけの付き合いの『過剰速写』の事を思い出す。

 『神父』の猛攻を回避し、はやてを拉致した油断ならぬテロリスト。銃器の扱いにも長けており、おまけに時間操作という超能力さえ使う鬼畜外道が板に付いた極悪人。

 だが、はやてとは話が合ったのか、割と親身に話し合っており、強い嫉妬を覚えたものだ。

 

(テメェの一声があれば、はやては、思い直してくれるかもしれねぇってのに……)

 

 悪党には違いなかったが、自身の美学に殉ずるタイプであり、人質を殺される事に何かしらのトラウマがあったのか、我が身を省みずにはやての延命さえしていた。……後から知った事だが、自分の寿命を削って――。

 

 ――自分の死を、あの時点の『過剰速写』は予期していた。

 ならば、自分の死後、はやてがこうなる事を想定していただろうか?

 

(……間違い無く、していた。アイツは、復讐者だった。自身が誰かに殺されたのならば、こうなる事ぐらい容易く予想出来た筈だ……!)

 

 ならばこそ、その『鍵』は死ぬ寸前に『過剰速写』が遺しているのでは、と辿り着き――赤い幼女の巨大なハンマーに殴り飛ばされ、オレは強制的に意識を完全に失った。

 

 

 

 

 そして、次に目が覚めた時には周囲は暗くなっており――付きっ切りで看病していたセラは疲労感を漂わせながらも笑顔を浮かべた。

 隣に居たアル・アジフもまたほっと一息吐き――同じくボコられたが、そっちの方はまだ無事そうだ。

 

「……っ、何時間、意識を失っていた!?」

「……九時間余りだよ。……ごめんなさい、私が『魔術師』との条約に『有事の際の救援要請を互いに断らない事』を盛り込ませたばかりに……!」

 

 セラは心底申し訳無いと俯いて話し、同時に『魔術師』と結んだ条約を思い出し、違和感を覚える。

 この段階から、今の状況を想定していた? 先見の眼があり過ぎるとか、そういう事とは別に、何かが引っ掛かった。

 

「セラ、その時の『魔術師』との会話は覚えているか?」

「……うん、私も完全記憶能力を持っているから、一字一句覚えているよ」

「全部喋ってくれ」

 

 痛む身体を無視して着替えながら、セラに『魔術師』との会話を喋って貰い、オレは違和感の正体を掴むに至った。

 

「……何で此処まで此方の状況を把握してやがるんだ?」

 

 自然に出た言葉は、解答そのモノであり――はやてを説得する『鍵』を、よりによって『魔術師』が握っている事にオレは気づいたのだった。

 即座に『魔術師』の携帯番号を連打し――六回目のコールで嫌々出た。

 

『あんだけボコられてもう立ち直ったのか? 流石だと言いたい処だが、今宵の私は君に付き合うほど暇では無いのだが?』

 

 感心する中で呆れるような、そんな口調であり、退屈な事を吐くようなら即座に切ると無言で告げていた。

 

「――『過剰速写』の死に様を、テメェは知っているな?」

 

 お望み通り、直球で今回の要件を言ってやり――にやり、と、ほくそ笑む奴の姿を幻視した。

 

 

『当然じゃないか。一身上の都合であれに存命して欲しかったからね、ランサーを派遣しておいたよ』

 

 

 悪びれもせず、平然と言いやがった。怒りが身体中に巡り回って脳に集中するが、それら全ての感情を制御する。

 此処からが、本題だからだが――。

 

「――リーゼロッテは、本当に『過剰速写』を殺したのか?」

『いいや。もし殺そうとしたのならば、ランサーに殺されている。そう命じていたからね――純粋に寿命死だよ』

 

 拍子抜けするほど呆気無く『魔術師』は白状した。問われれば正直に喋ると言わんばかりに――。

 

『――正面からの死闘でこそ、殺されたリーゼアリアの無念を晴らせる。学園都市の施設の爆破準備をして力尽きて脱出出来なくなった『過剰速写』を、リーゼロッテは助けた。だが、『過剰速写』の時間操作は自らの時間を消費して行使する類だろう? 『教会』に辿り着く前に天寿を全うしたのさ。もう少し長生きしていれば誤解せずに済んだものを』

 

 それはつまり、リーゼロッテが復讐の連鎖を断ち切ったという事であり、はやての復讐は単なる的外れな八つ当たりに過ぎない事の証明――それを知っていながらはやてを止めなかった『魔術師』に激怒する。

 

「テメェは、その事を伏せて……!」

『聞かれてないし、元より赤の他人の私が言った処で信じないだろう? 暴走寸前の八神はやてをコントロールしてあげたのに酷い言い草だな』

 

 ちゃんちゃら可笑しいという風に電話越しから『魔術師』は笑い、ブチ切れる一歩手前まで殺意が湧くが、今は後回しだ。

 はやてを説得する『鍵』は手に入れた。後は……!

 

「……ふざけんじゃねぇっ! はやては返して貰うぞ……!」

『それならば早めにするんだな。大結界の支点の攻防戦に使おうと思ったが、仇敵を感知する方が先だった』

 

 ……コイツは、今、一体何を言った――?

 

『――解らなかったのか? 八神はやては守護騎士と共にリーゼロッテを追跡していると言った。程無くして本懐を果たすだろうよ』

 

 ……っ、よりによって、今か――!

 

『ああ、待て待て。今切るなよ、後で此方から連絡するのも面倒だし、その機会が永遠に無いかもしれないから。『――約束を果たせずに寿命死する『赤坂悠樹』の贋物を許してくれ』、それが『過剰速写』の遺言だ。赤色の『赤』、坂道の『坂』、悠久の『悠』、樹木の『樹』だ。間違えるなよ』

 

 意味深な事を言って、電話は『魔術師』の方から途切れる。

 オレはその事に関して深く考えずに「アル・アジフ!」と叫び、マギウス・スタイルになって窓から飛翔し、はやての下を目指す。

 

 間に合ってくれと、切に願って――。

 

 

 

 

 ――クロウ・タイタスからの電話を切り、『魔術師』は一息吐く。

 

 支点の攻防戦は今や眼中に無い。海鳴市の大結界の支点は六つで一つ、支点が一つでも残っていれば順次復元される鬼畜仕様、六ケ所を同時攻略されない限り破壊出来ない。

 歩く核兵器のティセ・シュトロハイムやSランクの魔導師を動員すれば、ニ・三箇所はどうにかなるだろうが、気づくまでに他の魔導師に無意味な出血を強いる事が出来る。

 

(オマケに今夜は海鳴市全域に高純度の『AMF』が展開されている。関与せずとも大量に削り取れるだろう)

 

 故に、彼等管理局員の末路がどうなろうと、今の『魔術師』にはどうでも良い事だった。

 時空管理局の首魁である豊海柚葉の居場所を割り出した今となっては、全てが二の次である――。

 

 遠くから破壊音が鳴り響き、ランサーが陽動に成功したと確信する。

 

 サーヴァントを相手に何処まで粘れるか、見ものだと嘲笑い、敵の領地に足を踏み入れる。

 無人の廊下を足音を響かせて歩いて行き、程無くして『魔術師』は目的の人物と相対する。冬川雪緒の遺体を回収した時以来だった。

 

「灯台下暗しとはこの事だな。まさか学校に登校していたとは思わなかったぞ」

 

 ――豊海柚葉の潜伏場所は私立聖祥大学付属小学校、こんな事態になってまだ登校しているとは誰が想像しようか。

 

「――へぇ。まさか、直接赴いて来るとはね。最期まで穴熊に決め込むと思っていたけど」

「いいや、貴様には私自らが引導を渡すと決めていた。私としては規定事項だよ」

 

 柚葉にとっては、此処に辿り着くのは秋瀬直也が最初だろうと思っていただけに、『魔術師』本人が踏み込んでくるとは想像していなかった。

 だが、『魔術師』にとってはこの手で息の根を止めるしかないと判断していただけに、この最終局面は当然の成り行きだった。

 

「あらあら、大胆不敵ねぇ。でも、無謀だわ。使い魔はどうしたのかしら?」

「ミッドチルダで働いているよ。今頃反乱の一つや二つ起こしている頃だろう」

 

 ――二人の会話は基本的に噛み合わない。

 

 豊海柚葉の方は、直接対決になれば百回やって百回勝てると踏んでいる。

 『魔術工房』の奥深くで待ち構えているなら誰も辿り着けないだろうが、単騎での勝負なら簡単に討ち取れるだろう。

 唯一、勝算があるとすれば、不死身の『使い魔』との共闘だろうが、ミッドチルダに派遣したという言葉に嘘や虚勢は無く、逆に彼女を困惑させる。

 

 ――本気で、単騎での決闘でこの自分を殺す気なのだと、彼女は直後に納得する。不可能であるが、と付け足すが。

 

「――私の理想とする超越者は仙人だった、とは蒼崎橙子の言葉だったか。卓越した力と知識を持ちながら何もせず、ただ山奥に佇むのみ。私もその在り方に憧れたものだ」

「ふぅん。卓越した力を死蔵させるなんて無意味だと思うけどねぇ」

「それが出来なくなったのは貴様のせいだろうよ。お前さえ居なければ、私はこの舞台に立つ必要など無かった――」

 

 『魔術師』が無数の転生者が相争う舞台に立ったのは、許容出来ない外敵の存在があったからだ。

 ――それらは力を秘匿して安穏と暮らす自分すら害するものだと直感させ、眠れる獅子はその猛威を思う存分振るうに至った。

 

「頑張る人間を小馬鹿にしながら、羨ましがりながら、その生き様をしかと見届けただろうさ。――長年の恨み言だ、聞き流せ」

 

 豊海柚葉さえ居なければ、神咲悠陽はこの地平に居なかっただろう。

 数多の転生者の中の一人として埋もれ、稀代の謀略家としての才覚も目覚める事は無かっただろう。

 

「――貴様も私も、この舞台に立つべき人間では無かったという事だ。いい加減、場違いだ。疾く退場するべきだろう」

「そういう決め付けは一人で勝手にやってくれない? 他人の私を巻き込むのは止めて欲しいなぁ」

 

 豊海柚葉は平然と言い捨てる。まるで的外れだと言わんばかりに。

 舞台があったからこそ、彼女は此処に居る。役者が相応しいかどうかなど二の次であり、秋瀬直也を生み出すに至った舞台を愛していた。

 

「――安心しろ、貴様を殺す理由は別件だ」

 

 獰猛に笑いながら、『魔術師』は目の前の豊海柚葉に溢れんばかりの憎悪と殺意をぶち撒ける。

 その復讐者の一片の澱み無い純粋な憎悪の心地良さに、柚葉は嘲笑う。

 

「逆恨みも良い処だね。最期まで気づかなかった癖に」

 

 嘗て、柚葉は『魔術師』を謀殺する為に彼の娘を刺客として送り込んだ。

 その結果、『魔術師』は前世の死因すら超えてしまい、実の娘の死を看取った――。

 

「悪党を殺すのに大義やら上等な理由なぞ必要あるか。一身上の都合で十分だ」

「それは同意だね。――邪魔だから死んでくれない? デートの先約があってさ、貴方に構っている時間は無いの」

「そうか。遺体を最初に発見して咽び泣かれるなんて女冥利だな」

 

 柚葉は懐からライトセイバーを取り出し、赤い刀身が展開され――『魔術師』は瞑っていた両眼を開き、赤色が強い虹色の魔眼をもって豊海柚葉を凝視した。

 

 ――視ただけで死を賜る魔眼『バロール』は、されども、史上最強の『シスの暗黒卿』を視ただけで焼死させるに至らなかった。

 

 二人はそれを当然の如く受け入れる。

 バーサーカー戦の時に遠目からその魔眼を目撃して無事だった事が豊海柚葉の根拠であり、その程度で殺せるような奴なら苦労はしないというのが『魔術師』の根拠だった。

 

「そんな面構えだったか。なるほど、秋瀬直也が惚れる訳だ」

「あら、貴方も惚れちゃった?」

「いや、全然。セイバーの方が綺麗だ」

 

 臆面も無しに『魔術師』は笑いながら断言し、柚葉は不機嫌そうに口を尖らせた。

 

「紅蓮の聖女と比べられたら誰だって見劣りするわよ――でも、目の前の美少女を前に別の女の話をするなんて酷いなぁ、マナー違反だよ?」

「ふむ、それもそうだな。失礼した」

 

 『魔術師』の足元から三重の結界が展開され、柚葉もまた超越的な殺意を漲らせた。

 

「――殺すまで愛してやるよ、全身全霊を賭けてなッ!」

「――私の方はお断りかな。貴方を愛して、貴方に殺されなかった女は居ないからね!」

 

 ――今宵、魔都『海鳴市』の覇を賭けた一大決戦が、人知れずに開始された。

 

 

 

 

 


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