転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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71/黄金の精神

 

 

 

 ――勝利は、すぐ其処まであった筈だった。

 

 高町なのはを撃ち落とし、予期せぬ邪魔が入ったが、それでも三対ニ、正体不明の相手をしている内にユーノ・スクライアがなのはを回収する筈だった。

 それで今の最低最悪の状況が変わる訳では無いが、自分より下が居るのならば、それだけで安心出来るだろう。

 

 ――唯一人の乱入者で、状況が何もかも変わってしまった。

 

 どういう訳か、ユーノが寝返り、彼女、フェイト・テスタロッサもまた返り討ちとなってしまった。

 この不条理を何と表現すれば良いだろうか? 『正義の味方』が窮地のヒロインを助けに来たというのか?

 なるほど、文面的には美談である。その『正義の味方』に敵対して敗北する運命になければ、であるが――。

 

 ――何故、高町なのはには助けてくれる人が居て、自分には居ないのだろうか?

 

 悔しくて、憎たらしくて、呪わしい。

 何が何でも、自分と同じ場所に堕としてやると暗い情念が湧き上がり――仮に、高町なのはを捕らえて管理局に渡したとしても、秋瀬直也はそれすら助けてしまうのでは?

 その想像は末恐ろしいまでに彼女の中に蔓延り、一人自分を抱えて打ち震える。

 何もかもが無意味なのではないか、フェイトの中に絶望的なまでの虚無感が広がる。

 

 ――何よりも羨ましかった。そんな人が自分にも居たのならば、その人は自分を救ってくれたのだろうか?

 

 

 71/黄金の精神

 

 

「遊園地?」

「ああ、オレと柚葉が最後に行った場所だ」

 

 ――まぁ、絶対居ないだろうなぁ、と思いつつ来たのは、四日前に来た遊園地である。

 

 ちなみにユーノにはフェレット状態に戻って貰っている。一人分、払わずに済むし、其処は我慢して貰おう。

 

「……それって、デ、デートだよね?」

「き、聞くなっ。恥ずかしいだろ……!」

 

 其処をなのはに聞き返されるのは予想外であり、動揺してしまう。

 ……でもまぁ、最後が最後だっただけに、思い出すだけで落ち込んでしまう。あの時、柚葉を手放さなければ、と何度も思ってしまう。

 

(……四日間経っても、柚葉が斬り壊した観覧車は営業停止しているか。車両一つを丸々用意するとなるとやっぱり時間掛かるかねぇ?)

 

 遠目で停止する観覧車を眺めながら、憂鬱な気分になる。

 多分、手掛かりは期待出来ない。此処には居ない事を証明して、捜索範囲を狭める事ぐらいが関の山だが――。

 

「ちょっとトイレ行ってくる」

 

 一言、なのは達に声を掛けて早足で抜け出し――『後』を追う。

 先程からオレ達を追跡していた男は誘うように裏道に入り、お誂え向きの人通りの無い死角地点に辿り着いて振り返った。

 

「――で、さっきから追跡しているようだが、何者だ? 一体何の用だ?」

 

 ソイツは、髭が生え揃っているが、二十代前半の男だった。

 水色掛かった髪は手入れなど一切せず、ボサボサに伸びており、だらしなさ、というよりも独特な気配の方が圧倒的に勝っていて完全に打ち消している。

 

「私は川田組の副長だ。副長と言っても、組長の下ではなく、冬川さんの一つ下という意味だがね」

 

 淡々とその男は身元を明かし、やっぱりスタンド使いかと納得させる。着ている服そのものは背広だが、雨玉模様入りの独特な超センスはあの世界ならばのものである。

 

「用向きは単なる敵討ちだ、秋瀬直也」

 

 その正々堂々たる宣戦布告に、眉を顰める。

 だが、そういう割には、この男に負の感情を一切無く、敵意さえ感じ取れない。一般的な復讐者というカテゴリーからは著しく逸脱しているような気がする。

 

「……『魔術師』からはどう説明されたんだ?」

「基本的に穴空きだ。あれで納得する方が無理がある」

 

 ……まぁ、ありのまま起こった事をそのまま説明したら、『矢』狙いのスタンド使いが全員一気に敵になるからなぁ。

 『矢』の事をぼかしてくれた事に感謝すべきか、説明不足を嘆くべきか。

 

「――だが、私のスタンド『過去の遺産(レガシー)』の能力は過去視、川田組の中で私だけが君達の戦いの真相を知っている。『矢』の事もだ」

 

 コイツ、『矢』の事を知っている……!?

 

 そして彼の背後からスタンドが出てくる。

 人型のゴツいスタンドであり、手の甲には『ザ・ワールド』のような時計の意匠が刻まれている――近接パワー型か?

 

「あの死体を乗っ取る『スタンド』をこの世界に引き連れて来たのは君だ。遠因ではあるが、君が冬川さんを殺した原因である事は変わるまい。弁解はあるかね?」

「……否定出来ないからな、特に無い」

 

 ――対決は不可避であり、奴は堂々と歩いて距離を詰めてくる。

 オレは奇妙な感覚に囚われながら、『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』を出し、応戦する――。

 

 

 

 

「……遅いね、直也君」

『……うん。でもまぁ、すぐ帰って来ると思うよ』

 

 探査が終わり、豊海柚葉が此処に居ない事を証明した高町なのはは肩にユーノ・スクライアを乗っけて、椅子に座って待っていた。

 

 秋瀬直也が来るまでの合間、高町なのはが思考する事は一つ――如何にフェイト・テスタロッサを落とすべきか、だった。

 

 魔導師としての格は互角、総合的にも劣っていないとは思う。ただ、デバイスにカートリッジシステムが組み込まれており、瞬間的な出力では圧倒的に劣る。

 唯一、優っている点はデバイスの強度であり、これを突く事が出来るか否かで勝敗が決まると言っても過言じゃない。

 

(――カートリッジシステムのせいで防御の上から落とされる危険性がある。短期決戦には最適の仕様だけど、長期戦ならば――)

 

 瞬間出力の向上は、出力を無理矢理捻出させる事であり、総じて疲労感は桁違いである。カートリッジを使用した魔法を何度も空振りさせれば、或いはスタミナ勝ち出来るかもしれない。

 それにフェイト・テスタロッサが軽装甲なのは変わりない。呆気無く落とされる危険性は増えているが、一発デカい魔法を当てれば簡単に撃ち落とせる。

 

 ――戦術や戦闘想定は十分、だが、懸念が一つ。果たして、高町なのはは平常状態で戦えるのだろうか?

 

 前回は終始気負されて、力を発揮出来なかった。

 だが、今回は戦う目的を見出している。絶対に、フェイト・テスタロッサは自分が落とさなければならないと高町なのはは考える。

 

 ――丁度、その時だった。遊園地の全域に結界が張られたのは。

 

「っ、なのは!」

 

 ユーノは肩から降り、人形態に戻って周囲を警戒する。

 なのははレイジングハートを杖状態にし、バリアジャケットを着用する。

 結界によって人払いされ、無人になった遊園地、ジェットコースターのレールの上に、フェイト・テスタロッサは軽やかに降り立った。

 暗く淀んだ眼は、昨晩よりも尚も深刻に歪んでおり――なのはの背筋に寒気が走った。

 

「ユーノ君はアルフさんの相手をお願い」

「……解った。なのはも気をつけて!」

 

 ユーノはフェイトの背後に浮かんでいたアルフに向かい、見上げる形で、もう一人の魔法少女と対面する。

 日に日にやつれており、体調は良さそうに見えない。けれども、淀んだ眼だけは負の方面に爛々と輝いていた。

 

「――今は、秋瀬直也も助けに来れない。幸いにも敵と交戦中だからね」

「そっか。それなら好都合かも」

「?」

 

 手助けが無い事を好都合と返され、フェイトは心底不思議そうになのはを見下ろす。

 

「今日は絶対に負けられない。フェイトちゃんの為にも――」

「……私の? それなら素直に捕まって欲しいなぁ。私の身代わりになってよ、なのは」

「……それじゃ何も変わらない」

 

 首を横に振って、なのはは悲しそうに見上げる。

 その同情の篭った瞳は、フェイトを酷く苛立たせた。

 

 ――そして言葉は途切れ、白の魔法少女と黒の魔法少女は再度激突する。

 譲れない想いを胸に、高町なのはは空を舞い、フェイトは鬱憤と憎悪をぶつけるべく、魔法を繰り出した――。

 

 

 

 

 ――彼のスタンド『過去の遺産(レガシー)』は過去視出来る以外の能力は無いが、生粋の近接パワー型のスタンドだった。

 

 パワーとスピードは一級品であり、視認した対象の過去を自由に観覧出来る彼にとって未知の敵も存知の敵同然。初見殺しが一切通用しない彼は、スタンドバトルの基本を覆しかねない強力な能力の持ち主である。

 

 ――『過去の遺産』による無数の拳を繰り出し、近距離で撃ち合う秋瀬直也の『蒼の亡霊』は無数の蹴りで応じる。

 

 手数は『過去の遺産』が上回るも、蹴りの足数に相殺される。この接触でスピードは『蒼の亡霊』に軍配があがり、パワーは『過去の遺産』が僅かに上回っている事が証明される。

 

「――シィッ!」

 

 『過去の遺産』もまた蹴りの猛撃を繰り出し、『蒼の亡霊』は腕で受け止め、踏み止まれずに吹き飛ぶ。

 いや、蹴りの感触が軽く、自分から飛翔して距離を取った。多少は腕が痺れただろうが、ダメージとまではいかない。

 

(過去の戦歴から、その細腕を叩き折れる威力だったが――)

 

 ただ、レクイエム化しているスタンドに打ち勝てるか、否かと問われれば――無謀の一言に尽きる。

 

(ジョルノ・ジョバァーナもそうだったが、圧倒的なまでに基礎能力が向上しているな――ゼロに戻すという、誰も真実に到達出来ない能力よりはマシであると良いのだが)

 

 その秘めたる能力は拳で殴る事で発現する事は解っているが、内容は未だに不明である。人体に打った事はまだ一度も無い為だ。

 また、その未知の能力に秋瀬直也自身も本能的に恐れている為、スタンドの拳で殴ろうとはしない。

 それで居て互角以上に立ち回れるのは、基礎能力の違いだった。

 

 今のやり取りで此方のスタンドの戦闘能力を大体把握したのか、秋瀬直也のスタンドの両拳の甲のプロペラが旋風を起こし、馬鹿げた速度で飛翔して来た。

 

「……?!」

 

 姿が捉え切れなかったのは途中で『ステルス』を展開した為であり――高密度の風を纏った愚直な突進は、身構えていた『過去の遺産』を簡単に跳ね飛ばし、本体の彼に少なからずダメージを与える。

 

「ぐあぁっ!?」

 

 吹き飛んで転がって建物の壁に激突し、透明な何かに馬乗りにされる。

 

「――っ!?」

 

 見えない死神が鎌首を上げていた。 

 容赦も欠片も無い連撃である。彼は咄嗟にスタンドの拳のラッシュを繰り出すが、廻し受けの要領で両拳が大きく振り払われ、『ステルス』を解いた『蒼の亡霊』はトドメの拳を馬鹿げた勢いで撃ち出し――ぴたりと、彼の顔面の目の前で止めた。

 

「――何故、打たない?」

 

 互いにスタンドを出したまま停止し、奇妙な空気が漂っていた。

 彼は本体の彼に視線を向けて問い、秋瀬直也はその彼を見定めるように目を細めていた。

 

「復讐に来たって割には変だったからな、アンタ。何方かというと、試している風だった」

 

 ジト目になって、秋瀬直也は明後日の空を見上げる。

 恐らく虚空の先に思い描いた人物は、平然と交渉する素振りを見せて即死級の罠を配置して試す『魔術師』の姿であろう。

 

「第一、自分の能力を喋る段階で疑問符が浮かんだ。過去を見れるなんて、考えるまでも無く重大な武器だしな。確信に変わったのは『矢』の事だ」

 

 此処で、彼は自らの失敗を内心嘆く。

 秋瀬直也の言う通り、彼は試しに来た。秋瀬直也の辿った過去を見届けた彼に、復讐の意欲など皆無だった。

 

「遠回しに自分一人しか知らない事を告げるなんて、始末してくれって言わんばかりだろ? 逆にそれが胡散臭かった」

「――やれやれ、語るに落ちていたという訳か」

 

 あの『矢』を保有している事を他の者に知られて、彼がどういう反応に出るのか。それを見定めたかった。

 此処で自分を問答無用で始末するような人間であるのならば、川田組の全てのスタンド使いを動員してでも倒さなければならない敵である。

 ……自分が亡き後に、生き残りのスタンド使い達が結束して死力を尽くして挑むだろう。良い意味で裏切られたが――。

 

「君の言う通り、私は君を試しに来た。君の戦い振りは過去視で観察したが、君本人の性格は未知数だったからね。『矢』を支配するに足る『スタンド使い』だとしても、その方向性が『悪』では意味が無い」

 

 ――だが、冬川雪緒の見る眼に、狂いは無かった。

 今、殺そうとした敵にすら情けを掛けるようなお人好しの人間が、『悪』である筈が無い。

 その瞳には、黄金のように眩しい精神が光り輝いている。一切似てはいないのに、嘗ての冬川雪緒を連想させた。

 

「――君を、川田組から除籍する。だが我々からは、絶対に手出しする事は無いと約束しよう」

 

 これが川田組の一連の騒動の最後のけじめであり、秋瀬直也もまた静かに受け入れる。

 個人としては、乗っ取られた冬川雪緒を解放してくれた事に感謝する。新たに組織を治める長としては、語れる言葉では無いが――。

 

「そっか。良し、それならちょっと協力してくれ。お前の能力、今のオレにとって一番欲しかったものだし」

「……今、殺しに来た者に協力要請とはな」

「敵で無くなったなら味方にもなれるだろう?」

 

 スタンドをしまい、倒れる自分に秋瀬直也はその小さな手を伸ばし、彼もまた笑いながら、強く握り返した――。

 

 

 

 

 ――高町なのはの動きは精細が欠けていた昨日の夜とは違い、明らかに長期戦狙いだった。

 

「――っ!」

 

 彼女のデバイスにはないカートリッジを存分に使い、爆発的な瞬発力を以って攻めるが、その悉くが受け切られ、また流され、ひたすら距離を開けようと逃走される。

 

「くっ、この……!」

 

 此処に来て、フェイトとなのはの、精神的なアドバンテージが一方的に奪われる。

 短期決戦で仕留めなければ秋瀬直也が援軍として駆け付けてしまう。

 それではまた昨日の焼き直しになってしまう。フェイトの内心の動揺と恐怖は秒毎に増大していく。

 

(折角、秋瀬直也が離れた千載一遇の好機、逃してなるものか……!)

 

 だが、真に気づかないといけなかったのは、高町なのはが援軍待ちの遅滞戦闘を繰り広げているのではなく、虎視眈々と自分の手で仕留める気で待ち侘びていたという事だ。

 

「バルディッシュ!」

『Yes sir』

 

 カードリッジを用いて超高速飛翔からザンバーフォームで斬り掛かり――すれ違うように上空に飛翔し、置き土産に撃ったディバインシューター二つが切迫する。

 

「シュート!」

「っ、そんなもの……!」

 

 魔力の弾による相殺も面倒と、フェイトは雷光の剣で切り払おうとし――狙い澄ましたかのように、飛翔する軌道が変化する。

 雷光の一閃たる斬撃をすり抜け、ディバインシューターの弾はフェイトではなく、デバイスの、よりによってリボルバー型のカートリッジの部分に被弾する。

 

「っ!? バルディッシュ!」

 

 本体破損を防ぐ出力リミッターを解除した状態であるザンバーフォームが崩れ、雷光の刃が維持出来なくなって消失する。

 高出力の魔力が圧縮された弾丸は誘爆こそしなかったが、バルディッシュのコアが点滅し、被害状況が思わしくない事を主に伝える。

 

 ――本来ならば、ディバインシューターの一発や二発、被弾した処でデバイスを破壊する事など不可能であったが、後付のカートリッジシステムが仇となった形である。

 

「レイジングハート!」

『all right』

 

 効果を上げた事を確認した高町なのはは超高速で反転飛翔し、あろう事か、フェイトに切迫して一点攻勢を掛ける。

 

「せーのっ!」

『Flash Impact』

 

 得意の砲撃魔法ではなく、レイジングハートを振り上げて、超高速から圧縮魔力を上乗せした打撃を繰り出して――。

 

「……っ!?」

 

 普段ならば、バルディッシュで受けて余裕で捌ける一撃。

 されども、傷ついたバルディッシュで受ける訳にはいかず、フェイトはその馬鹿みたいな魔力が籠められた一撃を、防御陣を展開した左腕で受け止めてしまう。

 

「あ――」

 

 当然、一瞬足りとも受け止められる筈が無く、フェイトは無情に吹き飛ばされ――容赦無く抜き打ちの『ディバインバスター』の追撃が撃ち放たれた。

 咄嗟にバルディッシュを使って防御魔法を幾重に展開し、回避不可能の破滅の光を受けてしまい、防御陣の上から凄まじい勢いで削られる。

 

(まずい、まずいまずいまずい……!?)

 

 守勢に回りながら、フェイトはこの状況が如何に危険かを理解していた。

 速度特化の魔導師である彼女の防御力は薄く、守勢には脆い。いや、それ以上に不味いのは、防御魔法を使って『ディバインバスター』の砲撃が止むまで立ち止まってしまった以上、高町なのはの詰み手が容赦無く牙を剥く――。

 

『――Restrict Lock』

 

 レイジングハートの死刑宣告じみた音声が、ディバインバスターの轟音の上から鳴り響く。

 ディバインバスターを相殺した瞬間を見計らって、二つのバインドがフェイトの両足を拘束する。全力で振り解こうと魔力を注ぎ――最悪の予想通り、桃色の破滅の光が天に煌めいていた。

 

「あ、あ、あ……!?」

 

 この空域に散らばった未使用の魔力を再び掻き集め、必滅の極光たる『スターライトブレイカー』は遥か上空で魔力の大玉を収束させていた。

 

『――Starlight Breaker!』

 

 其処から放たれるであろう破滅の光にフェイトが絶望する最中、カートリッジの残りを全発ロードしたバルディッシュがザンバーフォームを再度展開させ、自動的に儀式魔法で雷を招来させた。

 

「だ、駄目だよバルディッシュ! これ以上は貴方が……!」

『――No problem』

 

 その短い一言を以って、主を守護せんと罅割れたバルディッシュは最大級の魔法を準備し――想いを汲んだフェイトは断腸の思いで、こんな主に最後まで尽くすデバイスに感謝した。

 

「スターライトブレイカー!」

「プラズマザンバー!」

 

 ――斯くして、二つの巨光は同時に撃ち放たれた。

 

 一発で何もかも崩壊させる破滅の星光に対し、雷光の砲撃は押されつつも拮抗する。

 されども、バルディッシュに無数の罅が入り、破損は宝石部分にさえ及び――バルディッシュが完全に崩壊して砕ける前に、フェイトは砲撃魔法を打ち止めて、その破滅の光に身を委ねた――。

 

 

 

 

 ――昨晩未明の事である。珍しい事に、電話の主は高町なのはだった。

 

「――フェイト・テスタロッサの近況か。勿論、知っているとも。管理局への間諜は結構放っているからね」

『教えて下さい。フェイトちゃんに、何があったのかを――』

 

 そう言われて、『魔術師』は一瞬躊躇する。

 果たしてこれを彼女に言うべきか、伏せるべき、珍しく考え込む。余り気持ちの良いものでは無いのは確かであり――結局、『魔術師』は包み隠さず喋る事にした。

 

「フェイト・テスタロッサの母親、プレシア・テスタロッサが永久冷凍刑に処された。病で幾許も無い身だったからね、これで病死する心配無く永遠に人質に出来るという訳だ」

 

 携帯から息を呑む声が聞こえる。更に「その為に刑を一つ新設するという暴虐振りだ」と『魔術師』は感情無く付け足す。

 

「母親を盾に、フェイト・テスタロッサは管理局の裏の、汚れ仕事を回されたようだ。その手は血塗れになって、その身体と心は醜い欲望に穢された。壊れる寸前まで追い詰められていると言って良い」

 

 よくもまぁ愛情無き母親に利用された少女を、更に転落させたものだと『魔術師』は呆れる。

 それでも完全に崩壊しなかった才覚は凄まじいと評するべきか、迷う処である。

 

「――大方、君を管理局に差し出せば、母親の減刑を『考えてやって良い』という甘言を、唯一つの光明としているのだろう。精神的に潰すのであれば、君の死を偽装するだけでフェイト・テスタロッサは完膚無きまでに崩壊するだろうね」

 

 あくまでも『考えてやって良い』というだけで、実際に確約させている訳ではない。そんな不確かな事に縋らなければならないほど、フェイト・テスタロッサは極限まで追い詰められている。

 精神的に潰すのであれば、これ以上無く簡単に行えるだろうと『魔術師』は嘲る。救いの光明を完全に断たれたその時の彼女の悲哀と涙は、舐めればさぞかし甘い事だろう。

 

『――フェイトちゃんを、助けたいです。どうすれば良いでしょうか?』

 

 予想通り、否、期待通りの答えが返って来て、『魔術師』は淡く微笑んだ。

 そういえば、高町なのはには借りが一つあると『魔術師』は意図的に思い出した。

 

「まず一つ、君が捕まって管理局に差し出されても解決にならない。何かと理由付けて人質を手元に置くだろうからね。この場合の自己犠牲は無意味という事だ。よって君にとってもフェイト・テスタロッサにとっても、高町なのはの敗北は許されない」

 

 下らない逃げ道を予め断っておく。尊い自己犠牲の精神と無意味な結末を履き違わせないように――。

 

「それを達成するオーダーは簡単だ。完膚無きまでぶちのめして彼女の身柄を確保するが良い。幸いにもミッドチルダに用があってエルヴィを派遣するのでな、本命のついでにプレシア・テスタロッサの身柄を回収するぐらい余裕だろう。後は君次第だ」

『あ、ありがとうございます……!』

「礼には及ばない。『ワルプルギスの夜』での奮闘振りを今、正当な報酬として支払うだけだ。――秋瀬直也と協力すれば、フェイト・テスタロッサを落とす事は容易だと思うが、どうせ君の事だ。単騎で挑むのだろう? 勝算はちゃんと用意したのか?」

 

 らしくないなぁ、と『魔術師』は全力で思いながら、親身に話す。昔から魔術師という人種は排他的だが、身内にだけは甘いものだと心の中で全力で言い訳しておく。

 

『はいっ!』

 

 その元気の良い返事に『魔術師』は満足する。

 高町なのはとの通話が終わり、『魔術師』は一人、椅子に座って足を組み、愉しげに笑う。

 

「――世界が此処まで変わっても、結局、フェイト・テスタロッサを救うのは高町なのはか」

 

 その運命の皮肉が面白可笑しく――そういえば『正義の味方』という人種は惹かれ合うように感染する、という事を思い出し、この素晴らしき人間賛歌を称えるように詠った。

 

 

 

 

 




A-超スゴイ B-スゴイ C-人間並 D-ニガテ E-超ニガテ

『過去の遺産(レガシー)』 本体:副長(名前未登場)
 破壊力-A スピード-A 射程距離-C(2m)
 持続力-B 精密動作性-B 成長性-E(完成)

 過去視する事が出来る、近接パワー型のスタンド。
 観察対象がその場に居るのならば、その人物の辿った過去を当人視点で幾らでも視る事が出来る。ただし、あくまでも視るだけで会話は聞き取れない。
 場の記憶も観覧する事が出来るが、前者のような利便性は一切無い。

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