転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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70/すれ違い

 70/すれ違い

 

 

 ――眼を離した隙に、八神はやては居なくなっていた。

 

 教会内がてんやわんやとなり、『魔術師』の仕業と断定したクロウ・タイタスは彼の『魔術工房』を目指し、セラ・オルドリッジは『魔術師』に電話を掛けた。

 不可侵条約を結んだ以上、協力体制を維持したいのであれば、交渉出来る筈だと信じて――。

 

「貴方が八神はやてを匿っている事は既に解っています。即刻、彼女の引き渡しを要求します」

『――藪から棒だね。まぁ事実であると認めるがね』

 

 予め電話が先に来る事を予期していたかのように、電話越しから聞こえる『魔術師』の声は、苛立つぐらい余裕の口調だった。

 

『此方としては『有事の際の救援要請を互いに断らない』という取り決めに従って、八神はやての救援要請を受諾している。私個人の意見のみで解決出来る問題では無いな』

 

 『魔術師』は愉しげに嘲笑い、セラは初期条件から更に盛り込んだ一文を思い出して表情を歪める。

 あの時、この一文は単なる形式上の取り決めに過ぎなかった。だが、これを見越して盛り込んだというのならば、彼の先見性は驚嘆するしかなく――これはセラの、明らかな失態であった。

 

「……っ、それを条件に盛り込んだのはこの為ですか……!」

『さて、何の事やら。双方合意に基づく結果だと判断するが?』

 

 余り意味の無いと思われる条件を然り気無く通す事で後々に効果を発揮する。油断も隙も無い、悪辣なまでの謀略である。

 同盟を維持しつつ、内に干渉する。表面上は裏切りでないだけに、強硬手段は取りにくい。

 

 ――いや、管理局が全面攻勢を強めている以上、『魔術師』と争う余裕が無い。

 それでも敵対関係になるのならば、今度は手元に居る八神はやての存在がまたネックとなる。

 

「――つまり、貴方ではなく、八神はやてを説得しろと言いたい訳ですね?」

『そういう事になる。私はあくまで彼女の救援要請を受けて行動しているに過ぎないからね。うんうん、同盟者の鑑だろう?』

 

 本当に同盟者の鑑ならば、裏道を突いて陥れるような真似はしないだろう。

 ぎりぎり、と歯軋りを鳴らしながら、セラは『魔術師』と、その悪意に気づけずに隙を与えてしまった自身を呪う。

 

「――クロウが其方に向かっています。同盟者として、勿論、邪魔立てしませんよね?」

『する必要が無いからね、当人同士で幾らでも話し合うが良いさ。今の八神はやてを説得出来るなら、してみると良い』

 

 ――嫌になるほどの余裕が鼻に付く。

 現状では、此方と真正面から争う気は無いが、『魔術師』は自身の勝利を確信しているという有様に疑念を抱く。

 

(……八神はやてを都合の良い手駒と使う為の謀略ならば、絶対にクロウに会わせてはいけない筈なのに――)

 

 この油断ならない男が無根拠で余裕を装う事などしまい。其処には緻密なまでに論理立てられ、明確な勝ち筋があると見て間違い無いだろう。

 それがセラを不安にさせる。幾ら謀略を使って八神はやてを誑かせいても、クロウが説得すれば何もかもご破算となるだろう。

 もしも、そうならない場合があるとするならば――。

 

「……八神はやてが自己意志で頼った、と言いたいのですか? 是非ともその内容をお聞きしたいのですが」

『良い切り口だね、セラ・オルドリッジ。答える義理は基本的に無いが、興が乗ったから話してあげよう』

 

 恩着せがましい言い方に苛立ちを覚えるが、全力で感情を押さえつけ、『魔術師』の返答から解決の糸口を掴もうと必死に思考を働かせる。

 今の自分には、それしか出来ない。何一つ見落とさないように注意し、少しでも違和感を覚えた事を全力で追求し、正しき解答に導くまでだ。

 

『八神はやてはね、三日間だけの友人を殺したリーゼロッテの事が許せないんだ。復讐したいと心底願った。――だが、『教会』に居てはそれは叶わない。それを実現可能とする私に頼ったのは謂わば必然じゃないかね?』

「……卵が先か、鶏が先か――」

『それは些細な問題だよ、セラ・オルドリッジ。そんなものは後からどうにでもなる』

 

 八神はやての復讐心を焚き付けたのは、間違い無く『魔術師』であろう。

 臆面も無く堂々と語られては、返す言葉もあるまい。

 

『何とも健気な話じゃないか。そのひたむきな想いに心打たれてね、全力で応援する所存だよ』

「よくもまぁ白々しい事を……! 貴方は、はやてを殺人者にする気ですかっ!?」

『守護騎士の殺害数が主にもカウントされるのならば、もう済ませてあるよ。まぁ間接的に蒐集しただけだがね』

 

 その言葉に思考が真っ白になり、同時に怒りが湧き上がる。

 八神はやての事を、クロウ・タイタスがどれほど大切に想っていたかは、短い付き合いのセラだって理解している。

 純白の如く無垢な少女を血で穢された事に、怒りに震える。

 

『それで終わりかい? 君はもう少し遣り手だと思ったが、買い被りだったらしい』

 

 だが、『魔術師』から返って来た言葉には失望の色さえ顕になっていた。

 セラは自分が何か見逃してはいけない事を見逃してしまったのでは、と瞬時に冷静になって我に返り、何度も彼の台詞を思い出して分析するが――それが解る前に通話が切られ、無機質な音が耳に鳴り響いた。

 

 

 

 

「厳しい採点だなぁ。どうすれば満点だったんだ?」

「この私が八神はやての事情に精通している事を疑問視するべきだったな」

 

 ランサーは溜息混じりで問うて、『魔術師』は退屈気な顔で語る。

 セラ・オルドリッジは怒りで身を震わす前に、部外者の『魔術師』が八神はやての近況を知り尽くしている事に気づくべきだった。

 

 ――そう、当事者のリーゼロッテの他に唯一人、『魔術師』だけはランサーを通して事の顛末を全知している。

 

「私がランサーを通して『過剰速写』の最期を見届けている事に気づいたのなら、うっかり口が滑っていた処だ」

「……条件が厳しいのやら、緩いのやら――」

 

 それに至ったのならば、セラ・オルドリッジは八神はやてを止められた。

 チャンスも与えて、親切にもヒントも与えた。それで掴めなかったのならば、もうこれはどうしようも無い話である。

 

「少なくとも、聞かれなければ話す理由が無いな。最初にして最後のチャンスを逃したという訳だ。――誰も彼も、秋瀬直也のように最善の結果に辿り着くとは限らんという事だ」

 

 最善の手段が最善の結果を生むとは限らない。時にはとんでもない悪手でも最善の結果を生む場合もある。

 チャンスをモノにして最善の結果に導き出せる。それが『正義の味方』に必要な資質であり、最初から持ち得ない凡人や悪党には永遠に到達出来ない領域である。

 

「あの坊主に関しては、随分と高評価だな」

「場合によっては、私が歪めた最悪の未来図さえ呆気無く覆してしまいそうだからね。それはそれで愉快痛快だが」

 

 話しながら『魔術師』は侵入者の存在を感知する。

 対侵入者用のトラップの大半を停止させ、屋敷内を空間操作する事によって、彼女達の戦いの場を構築する。

 宣言通り、『魔術師』は手を出す気など皆無である。これに関しては彼も傍観者の一人であり、当人同士で決着を付けるべきだと断定する。

 

「――さて、クロウ・タイタスはどうかな? 復讐に囚われた少女の心を救えるのか? 彼にとって、此処が正念場だ」

 

 

 

 

 如何なる罠も正面から突き破る気で『魔術師』の『魔術工房』に乗り込み、マギウス・ウィンドで突っ切り――罠一つ無く潜り抜けられて拍子抜けする。

 程無くして、不自然なまでに広い空間に入った。

 

 ――其処には四騎の守護騎士と、一人の車椅子の少女が待ち侘びていた。

 

 話に聞くヴォルケンリッターだったが、今の四人には機械的な印象しか無い。

 歴代の『闇の書』の主は四騎の守護騎士を単なる道具扱いしたというが、はやてだけは家族扱いして誰にも壊せない絆を構築したという。

 

(――そのエピソードの象徴が、鉄槌の騎士ヴィータの呪いウサギの人形とかいう話だが、何処にもねぇな……)

 

 『教会』の皆に話して貰った魔法少女の物語から、確実に何かが歪んでいる。そう自覚するも、それでも何とかなると楽観視していた――。

 

「……はやて」

「……やっぱり来ちゃうんやなぁ、クロウ兄ちゃん」

 

 残念そうに顔を伏して、はやては笑っていた。

 落ち込んでいるはやてにあれこれ元気付けようと頑張ったが――『過剰速写』の死は、想像以上にはやての心に伸し掛かっていたのだろう……。

 

「帰るぞ、はやて。此処は、お前が居て良い場所じゃない」

「……ううん。今は、帰れない。――アイツを殺すまでは、戻れない」

 

 明確な殺意に伴った発言に、オレは打ち震える。

 はやての口から、そんな言葉が出ている事に、動揺を隠せない。

 

「……お願いだから、止めてくれ。こんな事は、アイツだって望まない……!」

「……うん。クロさんは絶対望まない。それは間違い無いし、私も解ってる。でも、殺してやりたいという私の気持ちは、別の話や――」

 

 はやては晴れやかに笑い、されども、その両瞳には憎悪の炎が狂おしいほど燃え滾っていた。

 

「『魔術師』さんも言っていたけど、復讐は死者の為ではなく、生者の為なんだって。思わず納得しちゃった。――良くあるドラマとかで、死者はそんな事を望まないなんて説得、自分の身になってみるとこれ以上馬鹿らしいものは無いし」

 

 ――思わず、言葉を失う。

 

 もう何もかもが手遅れ過ぎて、何も出来ないような、そんな無力感が心の中に這い上がってくる。

 

「――クロさんを殺して、アイツはのうのうと生きている。それを、私は絶対に許さない……!」

「……っ、それでも駄目だ、はやて……!」

 

 復讐は復讐の連鎖を生む、なんて失った事の無い者の綺麗事は、今のはやてには通じない。

 どうにかして、説得出来るに足る理由を、今、語り聞かせなければならない……!

 

 

「殺されたのに、殺し返すのはあかんの――?」

 

 

 ……っ、だが、今のはやてにどんな言葉が届く……?

 ほんの三日間だけだったが、はやてにとって『過剰速写』は家族のように――家族のように?

 

「お前は、その復讐を守護騎士達にさせる気か……!」

 

 我ながら最低の物言いだ。そう自覚しながら――はやての顔が曇った。

 未だに正史通りの信頼関係を築いていないだろうが、守護騎士達は家族も同然だったと聞く。

 その家族の手を血で穢す事に僅かでも躊躇してくれれば、説得の道は――。

 

「――それの何処に問題がある?」

 

 そんなオレの甘い思惑を一声で斬り捨てたのは、守護騎士の一人、シグナムだった。

 

「我等は『闇の書』の守護騎士、主の願いを叶える為の只の道具に過ぎない」

 

 躊躇事無く機械的に断言し――はやての顔から迷いが完全に消え去ってしまった。

 それは四人の守護騎士を家族扱いから道具扱いにする事を意味しており――はやては、失った家族を優先した。

 

「ご命令を。主はやて」

「死なない程度にボコって追い返して。――ごめんな、クロウ兄ちゃん」

 

 

 

 

「――存外に、退屈な余興になったものだ」

 

 戦闘の結果など見届けるまでもない。説得が失敗に終わった時点で、クロウ・タイタスの敗北は必定である。

 これで八神はやては守護騎士の事を家族として扱う事は永遠に無くなった。復讐の道具として、躊躇無く使い潰すだろう。

 

(――変われば変わるものだな。まぁその原因を作った私の言えた事では無いが)

 

 ひとえに原作での八神はやてと守護騎士達との家族関係は、天涯孤独だったからこそ生じたと言える。

 だが、それを『教会』勢力は、クロウ・タイタスは、事前に孤独を癒してしまった。守護騎士の存在が唯一無二では無くなってしまっていたのだ。

 

 ――そして、『過剰速写』の死が引き金となった。

 家族を失う恐怖を、八神はやての改めて脳裏に刻んでしまった。

 恐怖は奪った者への憎悪へ早変わりし、少女の純真無垢な慈しむ心を曇らせてしまった。

 

(それが守護騎士達を家族認定せず、道具扱いにした一因かねぇ。予期せぬ弊害、運命の皮肉という処か)

 

 だが、これで内に抱えた問題はほぼ無くなったと考えて良い。

 ――いつでも、守護騎士の犠牲だけで『闇の書』を処分する事が出来る。『魔術師』の神域の魔眼は、狂った書だけを焼き滅ぼすぐらい容易い事である。

 

 自身の視覚領域を弄ってバグだけを視覚認識すれば焼き滅ぼす事も理論上は可能かもしれないが、これは『魔術師』にしても命懸けの行為となる。

 其処までする義理も理由も、今回で無くなった。単なる道具を存命させる程度の事に、費やす労力が完全に見合わないからだ。

 

 八神はやては正史通り、『闇の書』の最後の主になるだろう。『夜天の書』の主になる道は完全に潰えたが――。

 

「酷ぇ言い草だな。自分で脚本書いておいてよ」

「悲劇と惨劇の脚本書きとしては、役者にその舞台を乗り越えて欲しいと勝手ながら願っているものよ。此度は閉幕、再演を期待しよう」

 

 既に冷えたコーヒーを口にし、『魔術師』の思考は今夜に執り行われるであろう大結界の支点攻防戦に注がれる。

 『魔術師』の性根に相応しい、最高なまでに悪辣な仕掛けを見破らない限り、管理局の者達は無意味な出血を強いられる。

 勝敗は既に決まっているようなものであり、如何に損害を大きくするか、その一点に『魔術師』の思考が割かれる。それすらも前座に過ぎないが――。

 

「再演だぁ? 明らかに精神的に再起不能だろうよ」

「解ってないな、ランサー。『正義の味方』という人種は叩けば叩くほど強靭になる。すぐに立ち直って復活するさ。間に合うかどうかは未知数だがね――」

 

 

 

 

 レイジングハートによるサーチの結果、邪神勢力の跡地に存在するのは鼠程度である事が判明した。

 つまりは完全に空振りである。急いで来た割にはあんまりな結果である。

 

「……此処じゃないとなると何処だ……?」

 

 学園都市の跡地の方は完全に崩落しているとクロウが言っていたので除外、となると後は――『武帝』の屋敷ぐらい? いや、幾ら何でも入り込むのは不可能だろう。

 元々無いに等しかった手掛かりであり、解決の糸口さえ見当たらない。非常に忌々しいが、振り出しに戻ったという処か。

 

「此処が空振りな以上、『教会』の方の調査待ちだが、二人にもお浚いしておくか」

 

 今一度オレ一人の脳味噌じゃなく、二人の知恵を借りる必要性があるだろう。

 三人揃えば文殊の知恵、何か名案が浮かぶと良いのだが――。

 

「――『魔術師』の簡易使い魔の探査範囲から巧みに逃れていて、他人を嘲笑うような潜伏場所。一体何処かねぇ……」

「僕はその『魔術師』って人の事を良く知らないから、何とも言えないね」

 

 ……魔術師と魔導師、似ているけど、方向性は真逆だからなぁ。ユーノが匙を投げるのも仕方ない事である。

 となると、最後の頼みはなのはだけになるのだが、オレとユーノの視線が一斉に彼女に向けられる。

 なのはは考えるような素振りをし、思い悩んだ末に発言する。

 

「逆に言えば、神咲さんが絶対居ないって断定している場所に居るって事だよね?」

「ああ、それがまた難しい話になるけどな」

 

 そう、簡易使い魔も有限であり、絶対に居ない場所に配置するような無駄は費やせない筈。

 オレならば、除外するような場所は――柚葉の自宅、不登校の学校、教会勢力内、武帝の勢力内、それとあと一つ。

 

 

『また逢いましょう、直也君。今度は相応しき舞台で、私は貴方を待っているよ――』

 

 

 彼女の言う舞台が――柚葉を殺さなければ何一つ解決出来ないような最果ての末期の状況なのか、言葉通りの場所であるのか。

 とりあえず、今日回れるのは後一箇所ぐらいであり、探索範囲を狭める意味でも、確かめておこう。

 

「一応無いと思うが、此方の盲点を突いている可能性もあるしな。一箇所確かめたい場所がある」

 

 

 

 

 


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