転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

69 / 168
68/進展

 

 

「――あはっ、大層な『正義の味方』っぷりね、直也君は」

 

 ――今夜の血沸き踊る闘争を、彼の主はその一言で締め括った。

 

 海鳴市の大結界がいつでも修復出来るのに秘匿していた『魔術師』の事も、善悪相殺の戒律を無視して殺戮集団と化す『武帝』の武者達も、『教会』での『禁書目録』の復活も、秘匿したジュエルシード八つでの次元震で自軍の大部隊に大打撃が与えられた事も、単なる余興としか映っていない様子だった。

 

 ――海鳴市の大結界による空間歪曲の阻害、八回の次元震によって、豊海柚葉のシスとしての未来視は際限無く妨害されたが、ジェダイと闘争を繰り広げていた頃を思い出していつもの事と切り捨てる。

 

「でも、ちょっと妬けちゃうなぁ。私以外の女の子に良い顔してさぁ」

 

 そして傍らで見守っていた『代行者』は、恋焦がれるような笑顔で嫉妬の炎を燃やす豊海柚葉とは別の意味で秋瀬直也という存在を最大限に危惧していた。

 

(まさか、此処まで秋瀬直也に御執心とは――)

 

 救おうとするのではなく、勝手に救ってしまうのが『正義の味方』――そう言わんばかりの彼の活躍は、今や『矢』によって実力さえ伴っている。

 秋瀬直也は、極めて危険な存在であり、最も懸念すべきイレギュラーだった。

 

(……やはり、命令を無視してでも殺すべきでしたかね?)

 

 などと『代行者』は思っているが、本音から言えば、殺せるなら殺していた。

 殺すつもりで拳を打ち出し、寸前の処でスタンドで防がれ、致命傷を回避されているのが実の処だ。

 彼とて主と仰いだ唯一の少女の絶対性を微塵も疑っていない。

 彼女が悪である限り、その運命に敗北は在り得ない。だが、あの秋瀬直也は、その前提さえ覆してしまうのではないだろうか――?

 

(……いえ、まだ様子見するべきですね。『矢』によって発現した能力が未知数な以上、どれほど石橋を叩いても足りないですしね)

 

 そう、彼の特異性を証明するのならば、フェイト・テスタロッサという駒が最適である。あれさえも救って見せるのならば、秋瀬直也は――。

 

(――それとは別に、少し意外でしたね)

 

 ――それはそうと、一つ、疑問点が残る。

 

 第一次攻防戦に失敗して多大な損失を出したアリア・クロイツとティセ・シュトロハイムの事である。

 無慈悲なシスの暗黒卿にしては、敗残者への対応が甘すぎる点だ。

 

「――宜しかったのですか? 彼女達に任せて」

「別にぃ。次、失敗するなら生命で償って貰うまでよ? 昔からやってみたかったんだよねぇ、画面越しからフォース・グリップで処刑するの」

 

 何のお咎めも無かったのではなく、死刑台の十三階段に片足を突っ込んだ事をティセ・シュトロハイムとアリア・クロイツは気づいたのだろうか?

 柚葉は愉しげに「無能な部下を処刑するのは指揮者の特権よねぇ」と、予行練習するが如く右手を開き閉じしていた。

 慈悲深く不問にしたのではなく、無慈悲にも最終勧告だったらしいと『代行者』は鼻で笑った。

 

「――アリアも解っているでしょ。その六つの支点に『魔術師』特製の魔術的な仕掛けが施されている事ぐらい。あれだけの戦力を与えているんだから、その仕掛けを食い破って貰わないと困るわぁ」

 

 

 68/進展

 

 

「……あ、あれ? アリア中将、これって――」

「……うわぁ、大結界の支点の一つは『武帝』の本拠地ですか。無理ゲーすぎね?」

 

 何度見直しても、先程侵攻失敗した地点に赤い点が付けられており、私達は揃って深い溜息を吐きました。

 ガジェットが手元に残っているなら、際限無く投入する事もやぶさかでは無いのですが、生身であれと対決するのは正直勘弁願いたいです。

 

「ティセちゃん、『武帝』の本拠地に突っ込んで跡形も無く爆撃する気無いー? SSSランクの魔導師の本領を発揮してさっ!」

「あはは、嫌ですよ。失敗したら私なんて一瞬で殺されるじゃないですかー」

「だよねぇー。戦い慣れしている『武帝』が対城攻撃に備えてないとは思えないしねー」

 

 初撃で何もかも一切合切決着が付いてくれるのならば、撃破可能ですが――生き延びられた場合、飛んでくるのは『銀星号』です。

 というか、あの『銀星号』の仕手を甘く見すぎていたようです。

 下手すれば、三世村正が行ったような重力操作による離島の防衛を行えるかもしれません。

 

「まずは、それ以外の五つを徹底的に破壊しよう。それで海鳴市の大結界の効力は段違いなまでに下がる筈だよ!」

「そうですよね、多分そうに違いないです!」

 

 などと笑いながら、私とアリア中将は問題を先送りにします。

 周囲の支点を潰してから、全戦力を投入するなら、『銀星号』以外の武者は圧殺出来ます。……その『銀星号』が死活問題ですけど。

 

「虎の子のSランク魔導師も六人ずつ振り分けるかねぇ。どうせ『魔術師』の事だ。大結界の支点に何を仕込んでいるか、解ったものじゃない」

「直接妨害もしてくるかもしれないですしねぇ」

 

 支点攻めという未知の脅威を相手に、はぁと私達二人は溜息吐きます。

 作戦案を煮詰めて実際に発令するのは明日の夜になりますが、早くも気が重いです。折角、地球に帰ってきたのに完全な敵地ですからねぇ、此処は――。

 

 

 

 

「……また、負けちゃった」

「らしくないな、一回二回負けた程度でへこたれるなんて」

 

 あれからユーノ・スクライアの治癒魔法である程度回復し、されども完全な調子に戻っていない高町なのはは秋瀬直也に背負われ、帰り道を歩いていた。

 今回ばかりは暫く立ち直れそうにない、となのはは一人ひたすら落ち込んでいた。

 

「……気づいちゃったの。私は、一人じゃ戦えないほど臆病者なんだって。フェイトちゃんと戦って、ずっと怖かった――」

「……あー、うん、あれは何か、鬼気迫るというか――」

 

 一時的に三対一とは言え、完全な敗北であった。

 よりによって、同系統の魔導師との対決で。終始、精神的に押され、まともに戦えず、呆気無く撃ち落された。

 

 ――果たして、もう自分はフェイト・テスタロッサに敵うだろうか?

 

 今回の戦闘で、もう絶対に敵わないと、完全に心が折れてしまったような気がする。

 次に一対一で戦えたとして、戦いになるだろうか? 致命的なまでの負け癖に加え、デバイスの問題もある。

 あれは管理局の設備が無ければ、搭載出来ない。管理局を敵に回す以上、カートリッジ無しでカートリッジ有りの彼女と戦わなければならない。

 活路なんて、まるで見えなかった――絶望的なまでに、なのはの心が沈む。

 

「ユーノ、フェイトはミッドチルダの方で何があったんだ?」

「……ごめん。僕も詳しい事は――彼女達と組むのは、今日が初めてだったから……」

 

 隣には人型形態のユーノ・スクライアが歩いており、改めて、自分は一人では何も出来ない無力な小娘だと、なのはは全力で自虐する。

 

「……直也君は凄いね。フェイトちゃんにも、勝っちゃってさ――」

「いやいや、元の状態だったら絶対勝てないぞ? 今は反則すれすれの状態みたいなもんだし――でもまぁ、この状態で一回負けたっけなぁ」

 

 そのポロっと出た発言に、なのはは全力で驚き、背負われている状態では秋瀬直也の顔は見えないが、ぷるぷると肩を震わせている様子だった。

 

「――あの野郎、次に出遭ったら絶対一発ぶん殴るっ! おーぼーえーてーやーがーれー!」

 

 感情を爆発させ、秋瀬直也は怒髪天と言った感じで叫ぶ。

 そういえば、この三日間、秋瀬直也の様子は少し変だった。三日前は全力で落ち込んだ様子で――それから豊海柚葉は登校せず、今更考え直せば、明確な異常だった。

 

「よし、それじゃオレの私用に付き合ってくれないか?」

 

 一回叫んですっきりしたのか、晴れやかな口調で秋瀬直也は提案する。

 

「今回の事は一見して管理局と海鳴市の現地勢力の戦争だけど、極限まで突き詰めれば、この代理戦争は『魔術師』と豊海柚葉の殺し合いに過ぎない」

「……え? どうして其処で柚葉ちゃんが……?」

「……アイツが時空管理局の頂点だからだよ。マジ信じらんねぇだろうけど」

 

 三日前から居なくなった彼女と今回の一件が線で繋がる。

 

「この戦乱は『魔術師』か柚葉が死ぬまで終わらない。だから、両者の死闘が始まる前に、オレが柚葉をとっちめて終わらせる。協力してくれないか?」

 

 神咲悠陽は高町なのはにとって恩人であり、憧れの人。豊海柚葉は高町なのはにとって友人。その何方かが絶対死ぬような結末なぞ望めない。

 秋瀬直也の提案は、高町なのはにとっても最善の選択であり、されども、本当に今の自分なんかが力になれるのか、深く疑問を抱く。

 

「柚葉を見つけたら、オレはそっちを全力で優先するが、それまでは一緒に行動出来る。またフェイト達が襲って来ても何とかなるだろう」

「……でも、私なんて足手纏いになるだけじゃ……?」

「何を言ってんだ。万の援軍を得た気分だぞ? 人間なんて一人で出来る事なんて限られているものだ。だから一人より二人、二人より三人の方が絶対に良い」

 

 ――でも、自分はフェイト・テスタロッサにも勝てない役立たずで、彼の足を引っ張る事を全力で恐れる。

 情けない事に心が奮い立たない。また手先が震えて、恐怖が心を支配する。こんな弱い自分が情けなくて、悔しくて、涙が溢れてくる。

 

「それじゃユーノ、今のなのはとフェイトの戦力比を正確に説明してくれ」

「……いきなりだね、直也」

「ミッドチルダ式の魔法はオレの専門外だからな。専門の魔導師に聞くのが一番だろう?」

 

 そう言って、話をユーノに振り、ユーノはこほんと咳払いした。

 

「なのはとフェイトは総合的に見れば互角の魔導師だと思う。でも、今のフェイトにあってなのはに無いものが一つある。それが――」

「カートリッジシステム……」

「うん、元はベルカ式魔法という、嘗てミッドチルダ式と双璧を為した魔法体系。瞬間出力を向上させる為の『ベルカ式カートリッジシステム』なんだ。最近になって急に流行りだした『近代ベルカ式』なんだけど、基本的に『インテリジェントデバイス』と相性が悪い」

 

 未来の高町なのはの記憶では、いつの間にか浸透して、後天的にレイジングハートに搭載した機能である。

 これによって未来の高町なのは達は瞬間的な爆発力を得たが、メンテナンスの頻度は明らかに高くなり、術者への肉体的な負担が問題視されていた事を断片的に回想する。

 

「カートリッジは瞬間出力を高める無理強いの技術でね、デバイスが破損し易い欠点があるんだ。インテリジェントデバイスは元々デリケート、悪く言えば脆弱な構造だから――其処が狙い目だと思う」

「つまり、今のレイジングハートと比べて、カートリッジシステム搭載のバルディッシュは破壊しやすいかもしれないって事か?」

 

 秋瀬直也もその結論に至り、高町なのはは全力で脳内でシュミレーションし、その結論が唯一の光明である事を悟る。

 瞬間的な爆発力に惑わされ、それに関するリスクや肉体的な負担を度外視していた自分を恥じる。

 

「……凄い、凄いよユーノ君っ! 私なんて、同じカートリッジシステムが無ければ、絶対に対抗出来ないって思っていたのに……!」

「三人寄れば文殊の知恵ってヤツだな。専門家に頼ったオレも鼻が高いぜ」

 

 なのはと直也が揃って褒め称え、ユーノは照れ隠すように俯く。

 

 ――斯くして、高町なのはは漸く、魔導師としての正しき師(アドバイザー)を取り戻したのだった。

 

 

 

 

 ――そして翌日の早朝、オレは高町なのはとフェレット形態のユーノ・スクライアと一緒に町外れの『教会』の前に立っていた。

 

 目的は、協力関係を取り付け、邪神勢力と学園都市の勢力の跡地を教えて貰う為である。

 

(……あー、これはヤバい。素晴らしいぐらいまでに死ぬ予感しかしねぇ……!?)

 

 何なんだろう、この『魔術師』の『魔術工房』に初めて入る時みたいな感覚は。寒くも暑くも無いのに止め処無く汗が流れ出て来やがる。

 

 ――凡そ二度と味わいたくなかった感覚である。いや、考えようによっては更に性質が悪いんじゃないだろうか?

 

 だって、十三課の神父に、必要悪の教会の禁書目録、天下のマスターオブネクロノミコン(アル・アジフはライダーとして召喚)に、竜の騎士とFFTの全魔法使いも追加だっけ? 何でこんな曲者揃いが勢揃いしてんの?って感じなんだが。

 

「……直也君、大丈夫?」

「……い、いやぁ、流石のオレも『魔術師』の『魔術工房』と同レベルの人外魔境に足を踏み入れるには、なけなしの勇気が必要でな……! 微妙に、というか完全に敵対視されているし……」

 

 こんなにも此処に入り辛いのは埋葬機関の『代行者』のせいであり、実は生きていて――ああ、考えるだけで腹が立つ!

 今度出遭ったらスタンドの拳で殴ってやると改めて誓う。

 

「交渉決裂したら、転送魔法とかで即座に逃げ出そう。ユーノ、全力で頼りにしているからな……!」

「……何だか昨日とは違って物凄く後ろ向きだね……」

 

 なのはの肩に居るユーノは緊張感無く、呆れたような顔でそう言い――オレは、恐る恐る教会の扉に手を掛けた。

 

「失礼します! えー、本日は――」

 

 その瞬間、首筋に巨大な戦斧と超鋭利な剣がクロスした状態で寸止めされ――早くも此処に来た事を全力で後悔する有様である。

 巨大な戦斧を片手で扱っている神父さんの顔は超怖いし、オリハルコンの剣を握っている竜の騎士さんの殺意が漲っている獰猛な眼はそれだけで威圧される。

 

「……あー、其方に敵対する意志は全く欠片も微塵も御座いませんので、馬鹿みたいに巨大な戦斧とか真魔剛竜剣とか納めてくれると嬉しいです、はい」

 

 

 

 

「――割かし読めないんだよねぇ、最近の秋瀬直也の行動は」

 

 『魔術師』の『魔術工房』で待機する『湖の騎士』シャマルに向かって、『魔術師』は愉しげに語る。この予期せぬ事態が痛快だと言わんばかりに。

 

「基本的に私達悪党の行動は殺す事にある。世界を縮めて行動範囲を狭める事で駒を進める。けれども、『正義の味方』はどんどん仲間を増やして行動範囲を広げる。生かす事で世界を広げるんだ。彼がそれを理解して実践しているのか、無意識の内にやっているのかは興味深い議題だがね」

 

 恐らくは後者だろうな、と『魔術師』は月村すずかの事を思い出して笑う。

 あの時、少しでも躊躇しなければ『魔術師』の到着が間に合わずに月村すずかは死んでいた。その時から、秋瀬直也にそういう資質があるのではないか、と目を光らせて睨んでいた。

 

「つまり何が言いたいかと言うと、弁解だね。彼等を糸口に守護騎士の存在が発覚するのは私も予想外だ」

 

 ――発覚するなら、昨日の夜だろうと『魔術師』は完全に油断していた。

 生命の窮地に立たされた八神はやてを守護騎士であるザフィーラが庇って、こういう展開だと思っていたが、世の中は上手く出来ているものだと『魔術師』は笑う。

 

 ――まさか、何の関わりが無いからこそ、高町なのはを救援する為に守護騎士を堂々と動かしたのに、昨日の今日で関わりが出来てしまうとは想定外にも程がある。

 

 二時間程度で完結する映画とは違って、何もかも黒幕達の思い通りに行くとは限らない。何方かと言えば、予想外の事態に対処する能力こそ黒幕に求められる資質であろう。

 その点から考えれば、『魔術師』は非常に悪辣である。歪めて曲げる事が彼の本領である。

 

「秋瀬直也から守護騎士の存在が露見するのは時間の問題だ。即刻脱出するんだね、八神はやて。我が屋敷で保護しよう。――君が復讐を諦めるのならば、座して待つのも良いがね」

 

 意地の悪い笑顔を浮かべて呟いた言葉は『湖の騎士』シャマルを通して、八神はやての耳に届いたのだった――。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。