転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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67/受け継がれたモノ

 

 あれから一日中、何のやる気も起こらず、不貞寝した。

 二日目は、ひたすら考え続けた。

 三日目には吹っ切れた。

 

 

 67/受け継がれたモノ

 

 

 ――とりあえず、何が何でも『魔術師』に捕捉される前に柚葉を見つけ出さなければならない。

 

 この場合、『魔術師』は最大の敵と考えて良いだろう。今回ばかりは彼に頼るという選択肢は在り得ない。

 ……出来れば、最初にして最後になって欲しいが。

 

(――問題は、どうやって潜伏場所を割り出すかだ)

 

 大前提として、『魔術師』の監視の及ばぬ場所に居る事は間違い無い。

 そして恐らく、海鳴市内に居る事も間違い無い。あの柚葉が他の市に逃げて潜伏するとは考え辛い。

 あの性根の悪さだ、見つけられない無能さを嘲笑うかのように海鳴市に隠れ潜んでいるだろう。

 

(管理局の戦力が派遣されても、柚葉は特等席から眺める筈だ……!)

 

 其処まで考えて、海鳴市で『魔術師』の監視の及ばぬ場所とは一体何処だろうか?

 一つは『教会』勢力、定期的に監視用の使い魔を駆除しているようだし、何よりも『教会』勢力の実力者であった『代行者』が彼女の下に居る。比較的、在り得ない話ではないだろう。

 一つは地下の拠点。邪神勢力とか学園都市の勢力はいつの間にか滅びたらしいが、その拠点そのモノは健在らしく――空になった拠点などに監視など送らないだろう。

 

(……アイツの事だから、絶対に心理的な盲点を付いていると思う)

 

 とりあえず、今やるべき事は『教会』勢力への協力要請と情報提供して貰う事だが――贋物とは言え、『代行者』と敵対した事実が非常にネックだ。下手すれば、敵扱いで殺されかねないだろう。

 あれの他に、アンデルセン神父みたいなのと魔術使いたい放題の『禁書目録』が居るって噂だし。あとライダー、アル・アジフを従わせているマスターオブネクロノミコンもか――。

 

(……とは言っても、今更『魔術師』に邪神勢力の跡地と学園都市勢力の跡地を聞く訳にはいかねぇしなぁ……)

 

 聞いた瞬間に使い魔を先に派遣されて、発見されては本末転倒だ。今更な話だが、『魔術師』以外の情報源を確保しておくべきだったか――って、オレにとってそれは柚葉だったか。

 今のオレはニ方面からの情報が途絶え、孤立無援に陥っている状態なのかと、改めて自分の変化した立場を実感する。

 

(あれの視点も常々可笑しいと思っていたが、管理局側なら多少は納得出来るか)

 

 ビルの屋上を駆け抜けながら、スタンドを装甲して飛翔し――目の前に起きている激しい戦闘に今、気づいたのだった。

 

 

 

 

 仰向けに倒れる高町なのはに這い寄るユーノ・スクライアの前に、彼は突風を撒き散らして目の前に立ち塞がった。

 

「……今一状況が解らないけど――大丈夫か、なのは?」

 

 その黒髪黒眼の同年代の少年の事を、ユーノは知らない。一度、管理局と『魔術師』が交渉した折に会ったか、その程度の認識である。

 

「……直也、君……!」

 

 彼は目の前に居るユーノを無視し、倒れるなのはに駆け寄った。その無防備な背中を、ユーノは震えながら見ていた。

 

「邪魔を、しないでくれ……! なのはは、僕が助け出す……!」

「? それなら回復魔法を頼む。見るからにボロボロだし、確かそういうタイプの結界魔法あっただろう?」

 

 ――さも当然のように、彼はそう言い、逆にユーノは戸惑ってしまった。

 

 全く以って話が通じていない。

 それもその筈だ。眼の前に居る秋瀬直也は、ユーノ・スクライアの事を最初から敵として認識していないのだから――。

 

「……え? 君は、何を言って――」

「だから、なのはを助けるんだろ? 現状でそれ以外、何があるんだよ?」

 

 秋瀬直也は物分りの悪い人間に同じ事を二度言うが如く語り聞かせ――逆に、ユーノの心に蔓延っていた憑き物が音を立てて崩れる。

 

 ――天の雷に焼かれ、苦悶する高町なのはを、必要な事だと割り切っていた。

 

 この魔都では、この程度では済まない。いつしか自分の与えた魔法の力が災いとなって、彼女の生命を奪うだろう。そう、自分に言い聞かせていた。

 

「……縁の下の力持ちなのに、何処ほっつき歩いてたんだよ? お前さえ居ればあれもこれもそれも、結構楽に片付いただろうに」

 

 だが、今、高町なのはをそんな目に遭わせたのは自分達に他ならない。

 言い逃れ出来ない事実であり――更に言うならば、彼女には窮地に駆け付けてくれるような親友さえ、此処に存在している。

 

 この魔都から高町なのはを救い出して管理局に保護して貰うという事が、都合の良い独り善がりであると、ユーノは自覚してしまった。

 

「……僕は、一体――」

 

 早くも存在意義を見失い、自失同然となり――天から雷光が此方に降り注ぎ、ユーノは防御すら取る気力も無かった。

 

(……はは、早くも罰が当たったのかな? 完全な人災だけど――)

 

 なのはの方は秋瀬直也が居るのだから、当然回避出来るだろうし、もう自分なんて必要無いだろうと自虐する。

 

 ――されども秋瀬直也は、なのはを脇に抱え、反対側の手でユーノさえ掴んで悠々と脱出した。

 

 天の雷がビルを直撃して倒壊させる様を別のビルの屋上から眺めながら、秋瀬直也は天を仰いでフェイト・テスタロッサを見た。

 

「……あー、少し見ない間に何があったんだ? フェイトの方は。つーか、何気に『ヴォルケンズ』も居るのか!? A'sは一ヶ月は先だろうに」

 

 ぽりぽり、と頭を掻いて、秋瀬直也はなのはとユーノを下ろす。

 最後に一つだけ、ぽかんと呆けているユーノにこう言い残して――。

 

「ユーノ、なのはの事、頼んだぞ!」

 

 その言葉は今までのどんな人の言葉よりも、ユーノの胸に響き、無意識の内に涙を零したのだった。

 

 

 

 

 ――シグナムとの戦闘最中に関わらず、フェイト・テスタロッサが目にしたのは、高町なのはを助けた秋瀬直也の姿だった。

 

(……なんで――)

 

 それはまるでお伽話に出てくるような、鮮烈なまでに『正義の味方』であり――高町なのはの未来、アーチャーの知る秋瀬直也では断じて無かった。

 アーチャーの辿った未来において、秋瀬直也は単なる過去の遺物である。

 スタンドと呼ばれる超能力を持つだけの、海鳴市の火災の折に死んだと推測されている程度の人物である。

 

(……どうして――)

 

 フェイト・テスタロッサは知らない。

 彼がこの領域に至るまでに何があったのかを。

 

(……なのはだけが救われて――)

 

 ――それはまさに生命のバトンだった。

 フェイト・テスタロッサによってアーチャーが召喚されるというイレギュラーによって、死ぬ運命だった神咲悠陽が生き残り、冬川雪緒の遺志を受け継いだ秋瀬直也が『矢』の力を支配し、自身の死の運命さえ乗り越えた。

 

(……私には、何も、誰も――)

 

 元々その素養はあった。偶発的な行動一つが最善の結果を導き出すという必然的な何かが死の運命にあった月村すずかを救い出し、『矢』の力によって後増しされ、本物の『正義の味方』の域に秋瀬直也を高めたのでは無いだろうか――?

 

(……どうして、誰も、助けてくれないの――!)

 

 ――だからこそ、フェイト・テスタロッサは憎悪する。

 全身全霊を籠めて、どん底に堕ちた自分を助けてくれない『正義の味方』を、恋焦がれるように呪う。

 

「――秋瀬直也……!」

 

 目の前に居た絶対の敵対者であるシグナムすら放置して、自分の下に飛翔してきた秋瀬直也を迎え撃つ。

 今の彼こそは今のフェイト・テスタロッサにとって、最大の敵だった。

 彼こそは高町なのはにあって、自分には無い存在。憎悪しても憎悪し足りない、絶対に許容出来ない存在だった。

 

「ああああああああああぁ――!」

 

 ――まるで悲鳴のような雄叫びを上げて、フェイト・テスタロッサは有らん限りの攻撃魔法を繰り出す。

 

「プラズマランサー!」

 

 直線上に射撃される『プラズマランサー』を彼は瞬時に旋回して避ける。

 その飛翔速度は予想以上に速く、ただひたすらに切迫される。

 

「っ、フォトンランサー……!」

 

 カートリッジの全発投入という無理強いで『フォトンランサー・ファランクスシフト』を瞬時に繰り出し、二十基のスフィアによる毎秒七発の斉射を執り行う。

 

「――っ、おいおいおい、オレ相手に其処までやるのかよっ!?」

 

 秋瀬直也は瞬時に後退し、遅滞攻撃しながら凌ぐ。彼の背後にある見えない何かが、魔力の光を打ち消し、不条理に払う。

 途中、バインドを仕込んで秋瀬直也の動きを束縛しようとしたが、バインドが彼の手を拘束した瞬間、瞬時に打ち砕かれ、霧散する。

 

「なっ……!?」

 

 明らかに今の秋瀬直也は、アーチャーの記憶の中にある彼とは何もかも違った。

 次の瞬間には飛翔する秋瀬直也の姿が瞬く間に消え去り――記憶の中にある『ステルス』だと悟り、フェイトは瞬時にフォトンランサーで三百六十度の無差別攻撃を敢行し、魔力の弾が打ち消された右上空に向かって飛翔する。

 

『――Zanber Form』

 

 バルディッシュは大剣状態となり、展開した閃光の剣を振るい――居場所が発覚した秋瀬直也は『ステルス』を解いて、尋常ならぬ速度で疾駆する閃光の刃を『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』の両拳で板挟みし、雷光の刃はフェイトの意志に反して消え去った。

 

「――そん、な……!?」

「ちぃっとばかし痛ぇぞっ!」

 

 刃無き大剣を空振りし、その絶好の隙に秋瀬直也はスタンドの拳――ではなく、掌に圧縮した風の渦を叩き込み、瞬間的な暴風となって炸裂する。

 ただでさえ装甲の薄いバリアジャケットのフェイトには耐え切れず、無情に墜落する。

 

「フェイトっ!?」

 

 鉄槌の騎士ヴィータとの交戦途中だったアルフが中断して彼女の救助に向かい、寸前の処でキャッチする。

 上空に舞う秋瀬直也の姿を憎々しげに睨み付け、アルフは瞬時に離脱を選択する。

 

 ――二人が撤退したのを確認し、守護騎士の二人もまた何処かに飛翔する。

 その様子は、何処か機械的であり、秋瀬直也は思わず首を傾げた。

 

「……ふぅ、冷や汗掻いた。フェイトは敵で、逆にヴィータ、シグナムの方は味方だったのか? まるで逆だよなぁ」

 

 

 

 

「……で、ちゃんと説明してくれるんだろうな? シスター」

「ク、クロウちゃん、その、怒らないで聞いてくれる?」

 

 管理局の猛攻を退け、魔術による治療と教会の修復が終わった後、オレは『シスター』に問い詰めていた。

 ……そう、セラではなく、シスターである。

 もう二度と出会えないぐらい覚悟していた彼女は、生命の窮地に陥るとあっさり表に出てきた。それはつまり――。

 

「……えーと、実は割といつでも表に出られたけど、私はセラ・オルドリッジの記憶を取り戻す為に生まれた人格だから、引き篭っていたの。――うん、やっぱり私引っ込むから……!」

「待て待て待て! 其処に直れ、この馬鹿シスター!」

 

 また精神的に引っ込みそうになる彼女を全力で止め、正座させる。

 恨めしそうな顔で睨んでいるが、無視だ無視ッ!

 

「ひゃうっ!? 怒らないって言ったのにぃ?!」

「この馬鹿野郎! オレ達がどれほど心配したと思ってんだ!?」

 

 ……なんか、あれこれ色々と悩んでいたのが馬鹿みたいである。

 

「野郎じゃないもん、娘だもん!」

「言うに事欠いて其処を突っ込むかっ! そんな小さい事はどうでも良い!」

 

 「小さくないよぉ!」とシスターは文句を言うが、全力でスルーする。

 

「……つーまーりー、記憶の統合が起こらず、二重人格みたいな形に落ち着いたって事か? ちなみに主導権は?」

「……えと、私だね。で、でも、戦闘以外は引っ込んでいるからっ!」

 

 ……ああ、何かもう我慢出来なくなったので、チョップをシスターの脳天にぶち込んでおく。

 

「ちぇい!」

「あいたぁっ!? クロウちゃんが私を打った!?」

 

 シスターは大袈裟に痛がるが、そんなもん構うものかっ。

 

「ちゃんと二人で話し合って決めろ! 幾ら身体の主導権を握っているからと言って一人勝手に決めんなっ! 物凄く不安がっていたぞ、セラの奴は」

「……良く、見てたんだね」

 

 って、何で其処で泣き出しそうな顔になっているんだよ!?

 

 ――あれこれ当人同士が話し合った結果、一日交代という事になったとさ。世は事無し、めでたしめでたしと言った処か?

 

 

 この時、オレはまだ、はやての変化に全く気づいていなかった――。

 

 

 

 

「――ガジェット、ドロイド部隊は共に全滅。武装局員は戦闘態勢で待機してましたので比較的助かりましたが、被害は全戦力の四割強、兵糧と拠点を失い、時空震の影響から暫くミッドチルダとの交信が不可能です」

 

 戦々恐々といった具合で、アリア・クロイツ中将は『教皇猊下』に報告しています。

 私としても全然補佐出来なかったので、同じ心境です。いやぁ、生命で失敗を支払う事は避けたい処です。

 

 ――次元震が八ヶ所から起こり、艦隊はほぼ全滅。生き残っている艦もあるかもしれませんが、現状では次元震の影響で連絡が取れません。

 

 戦場での行方不明は戦死と同意語です。あの『魔術師』にしてやられたという処です。忌々しい。

 映像に浮かぶ『教皇猊下』は相変わらず黒衣に身を包んでいて、全体像が掴めません。

 

『――良い。残存戦力でも我々の勝利は揺るがない。『魔術師』に切り札を先に使わせたのだ。それで良しとしよう』

 

 ――二人共、お咎め無しとされ、ほっと一息吐きます。

 まぁ、現在の我々はガンダム試作2号機の核で船隊を破壊された地球連邦軍と言った処です。一回限りの核を先に使った以上、もう『魔術師』側に今みたいな切り札は無いのです。

 

『補給は此方から手を回そう。現地の支援組織に手配しよう。――『三回目』の転生者を二回目の卿等と同一視するな、それが此度の教訓だ』

 

 ……随分と痛々しい教訓です。こんな大暴挙を取るなんて、我々管理局側では予想外ですからね。人一倍、次元震への脅威を体感してますから。

 

「この失態、必ずや戦果で拭い去って見せます。――して、『教皇猊下』。次なる手はどうしましょうか?」

『オーソドックスに城攻めと行こうじゃないか。外堀を埋めてからな』

 

 城、と言いますと『魔術工房』? 幾ら何でも無謀だと思いますが――外堀を埋める?

 黒い衣を纏った『教皇猊下』から、一つの画像が送られました。地図、でしょうか? それもこの海鳴市の。其処に六つの赤い点が表示されています。

 

『それらが海鳴市の大結界の支点、六ケ所の所在だ。丸裸にしてからあの忌々しい『魔術工房』を潰そうじゃないか』

 

 ……なるほど。これから我々が行うのは、『魔法使いの夜』の蒼崎橙子さんのように、結界の支点を破壊して土地の支配権を奪う、という事なのですね。

 

(……魔力供給さえ無ければ、あの『魔術工房』もただの屋敷――初戦は敗北しましたが、第二戦は取らせて貰いますよ? 『魔術師』)

 

 

 

 


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