転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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64/第一次攻防戦(武)

 64/第一次攻防戦(武)

 

 

 ――湊斗忠道の妹、湊斗奏(ミナトカナデ)は非凡な人間であった。

 

 才能の点から言えば、彼と比べて二桁は違う。

 奇しくも『湊斗景明』と『湊斗光』の力関係と同じであり――違う点と言えば、古代からの約定に従って三世『村正』を装甲して討ち取りに来たのが彼女だった。

 

 ――ただし、仕手の才能は、劔冑の性能で完全に覆る。

 

 確かに湊斗奏は非凡な仕手だった。

 三世『村正』の陰義である『磁力操作(マグネット・コントロール)』を使い、磁気障壁を常時展開出来るほどの規格外を容易に可能とした。

 だが、時代が追いついていなかった。湊斗景明が編み出した『電磁抜刀(レールガン)』の発想が、この古き時代には無かったのだ。

 

 ――三世『村正』では、『銀星号』には、二世『村正』には届かない。

 

 湊斗忠道では『銀星号』の性能を完全に発揮する事は出来ない。

 そんな事が可能なのは常時無想状態の湊斗光のみであり、それでも『銀星号』の仕手である彼に敵は居なかった。

 

 ――単純な一騎打ちとなれば、湊斗忠道は湊斗奏に負けようが無い。それ故に詰んでいた。

 

 妹を殺せば、『善悪相殺』の戒律が彼を殺す。愛した者を殺せば、最も憎き者を殺さなければならない。それは自害しても同じ事である。

 そして妹に殺されれば、『善悪相殺』の戒律が妹を殺す。彼女が最も憎む者は自分に他ならず、彼女の周囲に斬れる生命は他に無い。

 敵意が無いという事で『善悪相殺』の戒律を無視してきた代償を支払う時が遂に訪れたのだ――。

 

 ――結論から言うと、驚嘆すべき事に、湊斗忠道という人間は最期まで『善悪相殺』の戒律を踏み倒した。

 

 三世『村正』を装甲する仕手の、無尽蔵とも言える熱量を利用し、自分自身を何一つ行動が出来ない地中深くに埋蔵して葬り去る。

 偶然にも『普陀楽城』上空で行われた世紀の決戦――絶対に生還させず、『善悪相殺』の戒律さえ無為に還る、死を前提とした埋葬は地下百十五キロ地点まで皮肉にも到達させたのだった――。

 

 遥か地下に眠る劔冑の根源である『金神』に触れ――死後、皮肉な事に彼は『銀星号』の仕手として完成を迎えたのだった。

 

 

 

 

 『武帝』――彼等は異世界の技術『劔冑(ツルギ)』を纏って戦闘する。

 

 『劔冑』とは使用者に超人的な恩恵を与える鋼鉄の鎧、大業物と呼ばれる逸品では『陰義(シノギ)』と呼ばれる異能さえ発現する。

 事前情報に穴が開くまで見通した彼は、そんな規格外な技術が管理外世界にある異常に疑問を抱き、同時に無駄な詮索を止める。

 此処で重要な問題は、こんな質量兵器も真っ青な武具を使う相手と戦って生還する事である。

 

(……空戦魔導師でないのに空を飛翔し、魔法じみた異能も持ち合わせ、超人的な身体能力も与え、堅牢な防御性能を使用者に与える、か。更には単なる鋼鉄の鎧の分際で自己修復機能もあるだって? 才能重視の魔導師を嘲笑うが如くだな)

 

 ただし、彼等『武帝』が鍛造する『劔冑』には必ず『善悪相殺』の呪いが刻み込まれており、敵を一人殺せば味方を一人殺さなければならない、致命的なまでの欠陥兵器である。

 彼等の人員が五十人程度ならば、此方も五十人殺されれば勝手に全員自害するという事である。

 

(――よって、懲罰大隊を捨て駒に使う事で勝手に自滅する、か。この『武帝』とかの思想・流儀は理解不能だが、お偉い方もお偉い方だ。元次元犯罪者とは言え、容赦無く使い捨てるとはな……)

 

 部隊の指揮官の立場にある彼は事前に知らされているが、部隊員には当然の如く知らされていない。

 下された命令が正真正銘「死んで来い」では誰一人従わないだろう。知らぬが仏とはまさにこの事である。

 此処に落ちてきた連中の大半は人間として底辺、救いようの無い屑だが、それでもなけなしの良心が痛むというものだ。

 

(……特記事項、白銀の劔冑、通称『銀星号』だけは第一級指定損失物。『善悪相殺』の呪いは一緒だが、戦闘能力が隔絶している、か。銀色のだけ注意すれば生き残れるって事か)

 

 そして時間が訪れた。午前零時、同時三面作戦の開始時刻、彼は即座に号令を出して『武帝』の本拠地に殴り込もうとし――ひゅん、と、何かが音速を超えて駆け抜けた。

 

「あ――へ?」

 

 ころんと首の一つが地に落ちて、首無しの魔導師は血の花を咲かせる。殺戮の宴の幕が今開いた。

 

「な……!?」

 

 既に、鋼鉄の武者の集団は彼等魔導師の前に立ち塞がっており――性質の悪い事に、そのどれもが白銀色の武者だった。

 

(……は? 全部『銀色』じゃねぇか!? どれが『銀星号』って奴だよ……!?)

 

 姿形は千差万別だが、どれも気持ち悪いぐらい――白銀の鋼鉄だった。唯一人だけ、先制攻撃で首を切り飛ばした武者だけ、血塗れの刃を手にしていたが。

 

「ち、散れぇッ!」

 

 咄嗟の判断で魔導師達が飛翔して離脱し、白銀の武者の集団も背中の合当理に火を灯して騎航し、真夜中の空中戦となる。

 

「ひっ、来るなぁ……!」

 

 彼等の部隊の魔導師の全員が全員、殺傷設定の攻撃魔法を繰り出す。ランクこそバラバラで下はC、上はAに至るかどうかだが、此処に居る元次元犯罪者の懲罰大隊はいずれも殺し慣れている人間である。

 人体の急所というものを知り尽くし、些細な攻撃魔法でも死に至らしめる事が可能であると熟知している。

 

 ――尤も、この鋼の武者達には、そんな常識などまるで通用しなかった。

 

 ある武者はその魔弾を尋常ならぬ騎航速度で回避し、ある武者は己が太刀で難無く切り払い、ある武者は避けもせずに受けてその甲鉄に傷一つ付かず――驚愕の表情のまま、一太刀を以って斬り伏せられ、黄泉路を辿る。

 

「あ、あ、アアアアアアアアアアアァ――!?」

 

 其処にあるのは、ただ一方的な虐殺であり暴虐、圧倒的な武力による蹂躙でしか無かった。

 騎航し、推進力を上乗せして放たれた一太刀は、彼等程度の防御魔法・バリアジャケットなど容易に切り裂いて致命傷を刻み込む。

 

(おいおいおいおいおいおいッ!? 『善悪相殺』って呪いがあるんじゃなかったのか? 平然と殺しまくっているぞッ?!)

 

 白銀色の武者の集団は縦横無尽に空を舞って獲物の生命を刈り取り、部隊長だった彼は逃げ惑う事しか出来なかった。

 相手の多くは太刀や槍などの近接武器、距離を離せば――そう思った矢先、彼の隣、左に居た魔導師は規格外の大弓によって射抜かれ、右に居た魔導師は生身の人間が扱えないような大型狙撃銃をもって撃ち抜かれ、共に絶命してから墜落する。

 

(な、――あ)

 

 ――そして彼は人生の最期に、不可視の速度で舞う規格外の劔冑を感知する。

 

 首を無手で削ぎ落とされ、落下する最中に彼は気づく。あれこそが『銀星号』であり、初めから敵う相手では無かったのだと――。

 

 

 

 

「――え? 嘘? 『善悪相殺』の戒律を無視している?」

 

 一方的な戦況を眺めながら、アリア・クロイツ中将は驚いた顔をしました。

 最初から派遣した部隊が全滅する事が前提でしたが、『武帝』側の損害は未だにゼロ、これは明らかな異変です。

 

「奴等の劔冑には、須らく『善悪相殺』の戒律が刻まれている筈なのに……」

 

 此方の方は『魔術師』の『魔術工房』と違って、まだ映像があるから分析出来ます。

 ただ、解った事と言えば、『善悪相殺』の戒律を無視している事と、全ての騎影が白銀色に変色している事のみです。

 

『ねぇねぇ、ティセちゃん、仮に『銀星号』の仕手が湊斗光の如く敵意無く殺せる人間だとして、精神同調させれば――今の状況になるよね?』

『……非常に考えたくないですけど、その可能性が極めて濃厚かと……』

 

 精神同調、いえ、『銀星号』の『精神汚染』は劔冑の加護があるのならばある程度防げますが――今の彼等の劔冑を見る限り、最初から受け入れる事が前提のようであり、尚且つ『善悪相殺』の戒律を無視して殺戮出来る、狂気の集団になってます。

 

「……アリア中将、これ以上『武帝』への戦力投入は無駄だと具申します。このまま続けて出てくるのは――」

「劔冑を纏っているのに精神汚染しているという事は、全ての劔冑に『銀星号』の卵が植え付けられているという事。『銀星号』の卵が孵って、最終的には新たな『銀星号』が生まれる事態になりかねない、か――単純な武力では何気に『魔術師』以上にヤバい勢力なのよねぇ、彼処は」

 

 切り札の一つや十つは此方にありますが、現状では彼等を排除する必要性は見当たらないです。

 始末できるなら始末する程度の意識であり、予想外の出血は望むべくものではありません。

 此処で適切な判断を下せるのが、我等のアリア・クロイツ中将閣下です。もう一人の中将の方だとどうなった事やら……。

 

「『善悪相殺』で自滅しない以上、彼等を相手にするのは無駄だね。『武帝』勢力への侵攻は打ち切り、即時撤退で」

 

 まぁ私もアリア中将も、あの白銀の武者達から生き延びられるとは欠片も思っていないですけど。

 

 

 

 

《――全く、此処まで『善悪相殺』の戒律を蔑ろにされるとはな》

『……そう言うな、村正。此処で敵も味方も殺して全滅しては笑い話しかならぬ』

《ああ、御堂が『善悪相殺』を無視するのは、今に始まった事では無いしな――》

 

 精神汚染によって『武帝』の武者全てを支配下に起き、撤退する魔導師の殲滅戦に明け暮れる。

 既に抵抗らしい抵抗は無く、増援もまた無い。この場での勝敗は決している。『銀星号』を纏う湊斗忠道は遥か上空で宙に静止しながら、事を見守る。

 

『――済まぬとは思っている。これは『善悪相殺』の戒律を以って独善を滅ぼそうとしたお前達一門への明確な反逆行為だ』

 

 悪を殺せば善も殺さなければならない。その戒律によって、湊斗忠道の生涯は復讐する相手を殺害する事で完結する筈だった。

 

 ――だが、それは成されなかった。彼は余りにも自分を上手く騙せた。敵意無く人を殺すのが巧み過ぎた。

 

 それは独善とすら呼べない無我であり、されども『村正』一門は自身達の存在意義を根底から否定する彼を許さず――前世では彼の前に三世『村正』が立ち塞がった。

 それすらも欺瞞とペテンで反故し、人類の根絶すら厭わなかった『銀星号』を駆る。

 

《何処まで行っても『善悪相殺』の戒律は付き纏う。何処まで足掻けるか、見届けるまでよ――》

『……そうか。ならば、また彼方まで付き合って貰おう。今のオレには『善悪相殺』の戒律に対する明確な答えは持ち合わせていないしな――』

 

 ――いずれ答えが出るその時まで、それが今の彼と彼女の『結縁』である。

 

 

 

 

「――なっ」

 

 クロノ・ハラオウンは、致命的なまでに海鳴市の住民を侮っていた。

 その驚異的な力は『ワルプルギスの夜』の時に体感していた。あの大規模の破壊力は、個人が手にするには行き過ぎた力だと感じては居た。

 管理外世界にも管理局に対抗出来る力が存在していると、自覚させるには十分過ぎる出来事だった。

 

「……こんな、事って――」

 

 エイミィや、そしてリンディすら、余りの光景に絶句する。

 現在進行形で生命が容赦無く散り、鮮血は溢れ出ている。サーチャーからの凄惨極まる殺戮劇に、艦内の人間は青褪め、吐き気を催す者すら出現する。

 

 

 ――だからこそ、彼はその力が同じ人間には向けられないだろうと、致命的なまでに楽観視していた。

 性善説を唱えるのは勝手だが、押し付けて他人もそうであると過信するのは最も愚かな行為である。

 

 

 クロノの想像を遥かに超えて、海鳴市の住民は争い慣れていた。否、むしろ殺して慣れていたのだ。

 当然の事ながら、その力に都合の良い非殺傷設定など存在しない。また一人、映像の中で空戦魔導師が斬り伏せられ、地に落下していく。

 見るに耐えず、クロノは通信を送る。作戦の指揮を執る中将閣下へと――。

 

「アリア・クロイツ中将ッ! 今すぐ作戦を中断し、全隊撤退するべきです! これ以上の犠牲は――」

『これから散らされる処女のようにぎゃーぎゃー喚くなよ。五月蝿くて敵わないよ、敗北主義者共』

 

 さも面倒臭そうに一蹴される。この地獄の只中に居ても、彼女の様子は何一つ変わっていなかった。

 

『――元次元犯罪者の一人や十人、百人や千人死んだ処で痛手にもなんねぇよ。無駄な食い扶持が減ってむしろ良いじゃん?』

「なっ、ほ、本気で言ってるんですか……!?」

『本気本気、敗北主義者共を吊るし上げて見せしめにしようかなぁって考えるぐらい本気――』

 

 画面のアリア・クロイツ中将は笑いながら――眼が笑っていなかった。心底邪魔者を眺めるような眼でクロノを見ており、寒気と怖気が同時に走った。

 

『あはは、冗談冗談。ビビってやんのー! ――ああでも、これ以上邪魔するなら君から粛清するよ?』

 

 通信は一方的に打ち切られ――クロノは震えながら戦況を見守る。

 海鳴市で巻き起こっている地獄は、まだまだ終わる気配を見せていなかった――。

 

 

 

 

「……一体、今の海鳴市に何が――?」

 

 ――胸騒ぎがした。説明出来ない違和感が、彼女を行動させた理由だった。

 

 今宵、高町なのはは夜の街を飛翔する。

 魔力反応が街のあちらこちらから発せられ、海鳴市が未曾有の事態に陥っている事を彼女に判断させるには十分過ぎる材料だった。

 

(……どうしようも無いぐらい、嫌な予感がする――!)

 

 魔力の反応が強いのは『魔術師』神咲悠陽の邸宅、町外れの『教会』、そして嘗て月村すずかが目指した『武帝』勢力の屋敷であり――なのはは迷わず『魔術師』の邸宅を目指していた。

 まだ状況を把握していない今、自分に何が出来るのかさえ定かでは無いが――咄嗟に生じた予感に従って、なのはは防御魔法を使った。

 

「――!」

 

 黄色い閃光が防御魔法と拮抗し、瞬時に相殺して消え果てる。

 その魔力光には見覚えがあった。嘗て幾度無く戦ったフェイト・テスタロッサのものである――。

 

「フェイトちゃん……!?」

 

 自分と同格の魔導師の出現に、なのはは苦戦する事を覚悟し――遥か先に浮遊していた彼女を見て、戦慄する。

 彼女の眼に光は無く、完全に澱み切っていて――それは未来の自分、アーチャーの淀んだ両瞳より酷い有様だった。

 

「フェイト、ちゃん?」

 

 一体この短期間で何が彼女を追い詰めたのか、なのはには解らなかった。

 ただ解った事は、彼女は『魔術師』の屋敷内で戦闘した時以上に、負の感情を、自分への憎悪を滾らせている事ぐらいであり、身震いする。

 

「貴女さえ連れて行けば、母さんを救える――」

 

 フェイトは譫言のようにそう呟き、バルディッシュを片手に――その彼女のデバイスには、以前では付いていなかったカートリッジ機能が付け加えられていた事に、なのはは目を細める。

 未来の自分を通して、カートリッジ機能についての情報をある程度持っている。

 

 それが無いとあるとでは、戦術の幅が段違いであり――そんな事がどうでも良くなるぐらい、今の彼女は怖かった。

 

「お願いだから、死なないでね――!」

 

 

 

 


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