転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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61/二律背反

 

 61/二律背反

 

 

 午前中の授業が終わり、家に帰って私服に着替え、待ち合わせ場所の喫茶店で屯する。

 柚葉を誘う事に何とか成功したが、致命的な問題が一つ浮上した。オレは彼女が来るまでの間、その事について何度も何度も考えていた。

 

(……やっべぇ、昼飯をどうするか、最初に確かめるべきだった……!)

 

 デートなんだから、昼飯はこれから、というノリだろうか? それとも既に食べてきて遊園地へ、という流れなのだろうか?

 こんな事を経験した事の無いオレには、全く理解の及ばぬ領域である……!

 

(うぅぅ、読めねぇ。まるで読めないぞ……!?)

 

 悩みに悩んだ末、オレは食べずに此処で待っている。然りげ無く聞いて、既に昼飯を取っているのならば、遊園地内の露天などで軽く摘めば良い。

 既に食べてきて、柚葉が食ってないという事態に遭遇するよりは幾分もマシである。

 

 ――からん、からん、と来客を告げる扉のベルが店内に鳴り響く。

 

 現れたのは、いつも通り、燃えるような赤髪を黒いリボンでポニーテールに結んでいる柚葉であり、黒一色のワンピースの上に赤色の長袖のシャツを羽織り、黒と朱の縞模様のニーソックスを履きこなす。

 

 ――その服装には見覚えがあった。見覚え処じゃない。オレが選んだ服である。

 

(いつぞやの時に買った服装を此処で着てくるか……!?)

 

 ああ、もう既に顔が赤くなっているのが自覚出来る。これは以前の服選び時に味わった羞恥プレイ以上の衝撃だぞ……!

 此方に気づいた柚葉は一直線に向かって来る。心無しか、少し顔が赤い気がする。

 

「や、やっほー、どうかな……?」

「あ、ああ、凄く可愛い。前に選んだ服、着てきてくれたんだな……」

 

 素直な感想を述べた瞬間、柚葉の顔が一気に真っ赤になる。

 自分から目を逸らし、何度か視線が彷徨った後――此方を振り向いて、邪気無く微笑んだ。

 その殺人的なまでに可愛い微笑みに見惚れて、オレもまた柚葉から視線を逸らさずを得なかった。

 

「ひ、ひ、昼飯はもう済ませたか?」

「あっ、え、えっと、まだだけど、直也君はもう済ませちゃった……?」

「いや、奇遇だな! オレもこれからだっ!」

 

 こんな調子で、今日一日は一体どうなってしまうのだろうか、胸の鼓動が挙動不審に高まるばかりである――。

 

 

 

 

 ――午後一時過ぎ、秋瀬直也と豊海柚葉は揃って遅めの昼食を取り、二人で遊園地に向かう。

 

 暢気なものだと、遥か後方から監視していた川田組の『スタンド使い』は憎悪を滾らせる。

 だが、遊園地という立地条件は彼のスタンドにとって、非常に都合の良い場所である。彼処ならば暗殺に適した死角が無数にある。

 

(……生きて此処から帰れると思うなよ、秋瀬直也。貴様を此処で殺し、『魔術師』を始末して冬川雪緒さんの後継者になるのはこのオレだ――!)

 

 復讐への執念と上昇欲が程良く混ざり合い、その『スタンド使い』の戦意を爆発的に高める。

 秋瀬直也と豊海柚葉が遊園地に入った事を確認し、少し間を空けて、彼もまた入場口に並んだ。

 

「チケット一枚」

「あ、すみません、お客様。本日、転生者及び武帝の方々のご来場はお断りしております」

 

 「は?」と咄嗟に女性従業員の方に振り向いてしまい、彼女の鮮血のように紅い魔眼と眼が合い、完全に囚われてしまう。不意打ちも良い処だった。

 

(……なっ、身体がっ、声も出ねぇ……!?)

 

 徐ろに従業員専用の扉から現れたサングラスにアロハ服を着た男性は硬直して一歩も動けない彼を悠々と担いで攫う。

 その奇怪極まる光景に違和感を覚えた一般人は皆無だった。

 

「――お一人様、特別室にご案内っとな。全く、忙しいバイトだぜ」

 

 身動き取れない彼を、アロハ服の男は手早くふん縛り、猿轡されて――その彼を見下すもう一人の恐るべき青年に気づき、曇った悲鳴を上げる。

 秋瀬直也の次に始末すると息巻いていた『魔術師』が、今此処に居た。

 

 

「今日の貴様等の教訓は、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて地獄に落ちろ、だな」

 

 

 抵抗一つ出来ない状態で、ラスボスに対面してしまったかの如く絶望する『スタンド使い』の頭部を一息で踏み潰して意識を完全に奪う。

 魔力による強化を施していれば、それだけで殺せる一撃――されども、意識不明と鼻血程度に収まっていた。

 

「だが、貴様等は非常に運が良い。こんな茶番では私も殺る気など欠片も起こるまい。……つーか、こんな三文劇の下仕事を真面目にやったら、私の沽券に関わる」

 

 とは言いつつ、二度と自分に逆らえないように原始的な呪いを刻み、作業が終わると、眠れる彼のポケットに一切の紙を入れて蹴っ飛ばす。

 

(……はぁ、何でこうなったかねぇ?)

 

 ノミ蟲のように転がった同僚の姿に呆れながら、変身能力を持って学園都市の勢力に潜伏していたスタンド使いはその身を回収して何処かに運んでいく。

 現在、川田組は真っ二つに割れている。冬川雪緒の無念を晴らすべく行動する副長派と、『魔術師』の脅威を思い知っているだけに争うべきじゃないと主張する平穏派の二つである。

 

(大多数が副長派なんて、現実が見えていないのか、冬川雪緒さんが慕われすぎだったと嘆くべきか……)

 

 彼はいの一番に『魔術師』に何方に付くのか問い詰められ――『魔術師』に付く事を選んだ。

 冬川雪緒には返せないほどの恩義があるが、死した自分の為に破滅する部下達など見たくないだろう。

 裏切り者扱いされても、卑怯者呼ばわりされようとも、同僚が一人でも多く生き残る道を彼は選んだのだ。

 

(でもまぁ、今はこの茶番に感謝するべきかな? 秋瀬直也。そうじゃなければ、一発で『魔術師』達に殺されている処だ)

 

 意識を取り戻して、胸ポケットの紙切れの内容を見れば、幾人かは考え直すだろう。

 その紙の中の脅迫は、気絶中に刻み込んだ呪いよりも彼等の行動原理を束縛する。流石は『魔術師』、誰よりも悪辣だと恐れる。

 

 ――彼が的外れな方向に畏怖する中、『魔術師』は従業員用の席に座りながら、深い溜息を吐いた。

 

「……今更だが、何やってんだろうなぁ私は。わざわざこんな処にまで赴いてさ」

「最初は狂気の沙汰だと思ったが――案外、律儀だよな、マスター」

「……今日の事は永遠に思い出したくない黒歴史として刻まれそうだ」

 

 

 

 

「凄い凄い! コーヒーカップって乗ってみると結構愉しいものね!」

「……あ、あんなに回しやがって……! つーか、何で柚葉は何事も問題無いんだ!?」

 

 せ、世界が回る……!?

 目眩がする、吐き気もだ……!

 いや、それほどオレの三半規管は弱くないけど、幾ら何でも回し過ぎなのに関わらず、柚葉はけろりとしている理不尽さが許せない……!

 

「あの程度で酔うなんて、まだまだねぇ~」

「いや、普通の人間はあの回転は酷な話だろうに!?」

 

 遊園地に入った当初は調子を取り戻したのか、「子供臭くて恥ずかしい」なんて言っていたが、実際に遊具を体験してみて、柚葉は大層満足そうに満喫している。

 彼女が喰わず嫌い、遊園地など一回も体験した事の無いような人生を送って来たという『魔術師』の仮定は、遠からず当たっているようだ。

 

「ふーん、それじゃ次はあのジェットコースターが良いなぁ! 絶叫マシーンとか言われているけど、実際に乗ったらどんなものかしら?」

「然りげ無く殺しに来ているよなっ!」

 

 少しは手加減してくれ、と泣き言を吐くが、柚葉はお構いなしに此方の手を握って連行しやがる……。

 彼女の手は小さくて柔らかく、仄かに漂う香りも違う。再び柚葉を意識してしまって、どきりとする。

 

(……前世でも、こんな経験は無かったからなぁ)

 

 海鳴市に来てからは、酷いというレベルを軽く通り越したトラブルに何度も何度も遭遇するし、前世も年がら年中スタンド使いとの死闘を繰り広げていたような気がする。

 

(……うっかり、此処が海鳴市である事を忘れてしまいそうなぐらいだ)

 

 遊園地は平日だからか、人は混んでいないが――彼女の目指すジェットコースターにだけは結構な数が並んでいた。人気なのだろうか?

 

『きゃああああああああ――!』

 

 不意に上から幾人もの悲鳴が生じる。

 凄まじい速度で駆け抜けるジェットコースターの迫力は見ているだけでも満点であり――足場が無く、吊り下げてるタイプだと今更ながら気づく。

 

「足の踏ん張りの利かない宙吊り型?」

「席に座るようなのを想像していたけど、こんなのもあるんだね……?」

 

 身長制限は125cm、オレも柚葉もギリギリの処でクリアしている。

 

(……あー、何方かが基準アウトだったなら、別のに行く言い訳になったのに……!)

 

 この場で「別のにしようか?」と提案しても、柚葉に「怖気付いたのぉ?」と小馬鹿にされるだけであり――オレ達は言い出せぬままジェットコースターの乗り場に辿り着いてしまう。

 乗り場から先客の人達が降り立ち、遂にオレ達の番が訪れてしまった。というか、柚葉も緊張した面持ちなのは気のせいだろうか?

 

「こ、これ、乗っている最中に落ちないよね?」

「だ、大丈夫だ。基準はクリアしているから、大丈夫な筈……!?」

「何か自己暗示の類になってるよ!? すっぽ抜けて落ちたりしないよねっ!?」

 

 つーか、これって二人共怖がっていたのに、お互いに言い出せずに此処まで来てしまったという訳……!?

 驚愕の事実が発覚する最中、ジェットコースターに全員乗り継ぎ、出発進行してしまう。

 

 ガラガラと音を立てながら登っていく。

 ――最初は平坦な坂を登っていくだけで、速度もロクに無い。無いのだが、これは坂を登り切って一気に急降下するという、一気に落とされる前の恐怖心が芽生える。

 

「え、えとっ、も、もし落ちたら『ファントム・ブルー』で助けてよねっ!」

「お、おう! オ、オレが落ちてなかったら善処するっ!」

 

 ……いや、スタンドやら訳の解らない能力を持っているけど、怖いものは怖いんだぞ……!?

 段々高度が増して行き、遊園地の他の遊具を高みから見下ろせる。これから疾走して駆け抜けるであろう恐怖もまた跳ね上がるばかりである。

 そして坂を登り切り、オレ達を乗せたジェットコースターは一気に下る。って、何これ殺人的なまでに速ぇしこの急角度はアアアアアァ――!?

 

「うわぁっ!? 無理無理無理無理、まじ怖ぇっ?!」

「――きゃあっ!?」

 

 オレや柚葉どころか、乗った全員が悲鳴を上げる。

 身体を固定させている器具に必死にしがみつき、って、捻り回転があるとか聞いてねぇよ!? ハリケーンの如く振り回されて、とーばーさーれーるぅぅぅぅぅぅ!?

 

 

 

 

「うぅ~。安全だと解っていても、こんな他人任せの装置に身を委ねるのはちょっとした恐怖ね……。体感的な速度も馬鹿にならないしぃ」

 

 ぐてーっと備え付けの椅子に腰掛け、オレ達は休憩していた。

 流石は絶叫度マックスのジェットコースターだ。二度と乗らねぇと誓う。

 

「次は大人し目の乗り物なんてどうだ? ほら、観覧車とか」

「……観覧車ねぇ。あれこそ何が愉しいのか全く理解出来ない乗り物筆頭だけど、乗れば解るのかな?」

「どうなんだろうな? 高い処の景色を眺めて凄い凄いするような印象しか無いな」

 

 オレ自身、あれに乗って何が楽しいのか、全く見い出せない。回っているだけだしなぁ。

 でもまぁ喰わず嫌いという言葉もあるし、案外乗ってみれば解るんじゃないだろうか?

 

「いつの世も人間は高所から他者を見下す事が好きなのかな?」

「観覧車に乗る如きで、妙に哲学的だなぁ」

 

 オレ達は立ち上がって観覧車に向かった。

 

 ――改めて真下から眺めると巨大な遊具である。これが無い遊園地なんて遊園地じゃないと言わんばかりの自己主張である。

 

 オレ達は従業員の指示に従って、タイミング良く観覧車の中に入り込み、かちり、と――外部から危険防止の為の外付けの鍵を掛けられた。

 入ってから気づいたけど、これって……一回転するまで二人っきりの個室じゃねぇか!?

 

(――このタイミングで万が一襲撃されたら叩き割って脱出するしかないな、って、そうじゃねぇっ!)

 

 現実逃避しかけたが、こんなにも互いが近くに居る事を改めて思い知る。

 柚葉は今は向かいに座って外の景色を物珍しそうに眺めていた。年相応の少女の如く、全てに対して興味津々で無邪気な顔立ちだった。

 

(――柚葉は、人間的な営みを何一つ知らない……?)

 

 そう言ったのは『魔術師』だった。一応脳裏の片隅に留めつつ聞き流したが、これは無視して良い事ではない。

 一体どういう人生を辿れば、些細な日常について此処まで無垢――いや、無知でいられるのだろうか?

 

 ――自分なんかとは問題にならないぐらい、彼女の日常は『非日常』だったのではないだろうか?

 

「……なぁ、柚葉」

「なぁに? 直也君」

 

 だから、聞くなら今しかないと思って口にした。

 それが彼女にとって、開いてはいけない地獄の扉であると知らず疑わずに――。

 

 

「お前ってさ、どういう人生を送って来たんだ? ――いや、あくまで興味本位であって、正体を探ろうとかそういう話じゃない」

 

 

 此方を振り向いた柚葉の表情は恐ろしいぐらい無表情であり、観覧車の密室の中に緊迫感が漂う。

 

「――私はね、ずっと『正義の味方』が助けに来るのを待っていたの」

 

 そして、彼女は自ら辿った物語の一端を歌うように口ずさむ。

 助けを乞う言葉とは裏腹に、底知れぬ邪悪を、その両の眼に滾らせて――。

 

「毎日が苦しくて辛くて痛くて、でも、こんな地獄のような日々から誰かが助けてくれるって――幼き私は愚かにも勘違いしていた」

「……勘違い、していたって?」

 

 誰も、来なかったのだろうか? 柚葉は全てを嘲笑うかのように表情を邪悪に歪める。

 

「――『正義の味方』にはね、相応しき舞台が必要なの。小娘一人が泣き叫ぶような地獄の只中も、『正義の味方』には助けるに値しない舞台だったみたい」

 

 そんな筈は無い、と否定した処で、彼女が辿った地獄のような過去は変わらない。

 口を閉ざし、聞き手となる。彼女が自らの過去を話す機会など、今まで一度も無かったが故に――。

 

「――『正義の味方』には倒すべき『悪』が必要だと気づいたの。だから、私は頑張ったよ。相応しき『悪』になれるように、殺して殺して殺し尽くして、この世に存在するあらゆる罪を犯したよ」

 

 向かいの席から、柚葉は自分の座る席に赴き、咄嗟にオレを押し倒して切迫する。

 目と鼻の先には年不相応なまでの艶やかな顔を浮かべた柚葉が居て、オレは緊張感から呼吸を乱す。

 

 ――それは生命の危機に瀕した緊張感からである。

 柚葉から発せられている法外な殺意は、間違い無く、オレ自身に向けられていた。

 

「――それでも『正義の味方』は私の前に現れなかった。正義を自称する叛徒達は根絶やしにされてしまった。その時、私は気づいたわ。気づかずにはいられなかった。この世界には『正義の味方』は最初から存在しないんだと――」

 

 『正義の味方』が居ない、そう語った柚葉の眼に様々な感情が浮かんでは消える。

 熱望、羨望、希望、失望、失意、虚脱、絶望が忙しく浮かんで、消失して最終的に虚無となる。

 

「――失望した。憤慨した。嘲笑した。絶望した。けれども、世界を一つ跨いで、漸く私は『正義の味方』に出遭う事が出来た」

 

 ――柚葉は愛しそうにオレの顔をその手で撫でて、オレは寒気が走った。

 

 その愛情と殺意は、豊海柚葉の中では何一つ矛盾せずに同居して存在している。その理解不能の在り方に、オレは恐怖する。

 愛しているのに殺したい、殺したいぐらい愛している……?

 

「――だから、答えて。直也君。これは貴方にしか答えられない質問、『悪』の極致である私を殺せる『正義の味方』の君に捧げる、私の生涯を賭けた問答なんだから」

 

 柚葉は、常世の世界を支配する魔王の如く威圧感を以って、平伏すオレに問い詰める。

 例えようのない邪悪が此処に居る――最上級の『悪』が、形を成して此処に居る。

 

 

「――どうして、助けてくれなかったの?」

 

 

 けれども、それは、今にも泣き崩れそうな柚葉の顔は、信じて裏切られた子供のように弱々しく――。

 

 

「――どうして、殺しに来てくれなかったの?」

 

 

 その怨念は、憎悪は、暗い情念は、敵意は、殺意は、永遠に消える事無く滾り続けていた。

 

 

「……ねぇ、答えてよ。『悪』は絶対に許されず、相応しき罰を以って裁かれるべきなの。それが正しき物語なのだから――」

 

 

 『正義の味方』を信じて、『悪』の極致に到達した少女。

 誰よりも罪深き『邪悪』でありながら、勧善懲悪の法則を絶対的に信仰する少女。

 その二律背反こそが、豊海柚葉を形成する要素であり、彼女は誰よりも『悪』である自分を、誰よりも許せない――。

 

 

 

 


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