転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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60/下準備

 

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(――『ファントム・ブルー』が『矢』を手放さない。『ボス』から柚葉を守る為に、オレは『矢』の力を必要とした)

 

 夜、久々に自宅のベッドに寝っ転がりながら、オレは自身のスタンドを出して眺める。

 『ファントム・ブルー』は静かに佇んでいる。見た目こそ変わらないが、内に秘めた驚異的な力は猛々しく荒れ狂っている。

 エンジンを少し掛けただけで、その凄まじい力を体感しているという状況である。

 

(……どういう能力が働いたのか、オレには全く理解出来なかったが――『ボス』は倒され、オレは『矢』の力を不必要なものと考えた)

 

 前世での因縁の敵を葬った以上、もう『矢』の力は必要無い筈である。

 オレ自身、その『矢』の力に恐怖さえ覚えている。暴走せずに制御出来ているが、身震いするほどヤバい能力がその両拳に宿っている事を、オレは実感している。

 

(お前が『矢』の力を必要としているのは、まだ『矢』の力が必要な事態が起こると予測しているのか――?)

 

 『ファントム・ブルー』は何も語らない。予想外の時に好き勝手喋って、此方が必要な時に何も喋らないのはいつも通りだった。

 

(――まぁ信じるさ、何年の付き合いだと思ってやがるんだ)

 

 『矢』の力が必要とされる事態が訪れない事を祈りつつ、オレはスタンドをしまい、静かに目を瞑ったのだった。

 

 ――明日、オレは豊海柚葉の内情を今までに無く、深く切り込む。其処に『魔術師』と争わずに済む、理想的な未来があると信じて。

 

 

 

 

「なん、ですって……!?」

 

 バーサーカー戦で冬川雪緒は死亡し、何者かのスタンドに乗っ取られていた。

 秋瀬直也に私怨があったスタンド使いは彼の裏切りを捏造して川田組のスタンド使いを動員して始末しようとしたが、それを秋瀬直也が葬った。

 『矢』の事に一片も触れずに纏められた報告書を、両手骨折して包帯塗れの赤星有耶は病室で穴が空くほど何度も何度も眺めた。

 

「正気ですか……!? 本当に冬川さんが、誰かに乗っ取られていただと言うつもりですかッ! そんな与太話を本気で信じるつもりですかッッ!」

 

 激怒する有耶の前に立つのは、川田組のスタンド使いの中の副長的な立場、冬川雪緒の腹心だったスタンド使いである男が、疲労感を漂わせて病室の備えの椅子に座っていた。

 

「――『魔術師』からは、秋瀬直也に関して何の連絡も受けてないと通達された。裏切りの事実も無いとな。『魔術師』と冬川さんの奇妙な友人関係は、君も知っているだろう? 冬川さんがそんな不手際を犯すとは考え辛い。何よりも筋が通らない……!」

 

 頭を抱えて、彼は項垂れるように叫んだ。

 彼とて認めたくなかった。今すぐにでも殺された冬川雪緒の敵討ちをしたかった。――『魔術師』の言い分を完全に真に受けた訳ではない。

 だが、あの『魔術師』が動いていて今回の事件を平定させた以上、その意向に逆らう事は死を意味する。

 

 数人のスタンド使いが殺害され、トップさえ失った川田組の組織力は低下している。

 

 ――そして何よりも『魔術師』は冬川雪緒を信頼していたのであって、川田組を信頼していた訳ではない。

 使えない味方、排除すべき敵と認定されたのならば、あの『魔術師』は微塵の容赦無く葬りに来るだろう。

 

「……その贋物の命令で、私は樹堂清隆を誤殺したと言うのかッ!?」

「――あくまでも疑惑の段階で、本来の冬川さんはそんな命令を下さないだろう……」

 

 彼の言い分はまるで自分に言い聞かせているような言葉であり、有耶はその全てをくだらないと一蹴する。

 

「話にならないッ! 物証は!? 明確な証拠はッ?! 私は絶対に信じないぞッ! この一件は『魔術師』と秋瀬直也の共謀だ……! 私達は嵌められたんだッ! 『魔術師』は冬川さんの事が邪魔になったんだッ!」

 

 彼等川田組のスタンド使いは冬川雪緒への忠誠心はあれども、『魔術師』に対する忠誠心は欠片も持ち合わせていない。

 その非業の行いから嫌悪している人間も無数に居るのである。

 

「……どうするんですか? 私達は、あの『魔術師』の狗に成り下がるのですかッ!?」

 

 

 

 

「八神はやて、私は君の事を高く評価している。何故だか解るかね?」

「……んー、初対面の人にそないな事言われても解らへんけどなぁ」

 

 淡い明かりが照らす洋風の部屋の中、『魔術師』はコーヒーを口にしながら、ソファに座らされている八神はやてに話しかける。

 

「確かに今の君自身は限り無く無力だ。足が麻痺していて一般人にも劣る。だが、これから手に入る手駒は極めて優秀だ。四騎の『守護騎士』は総合的に高町なのはとフェイト・テスタロッサより優れている」

「……何か、私への評価が全く無いんだけど?」

「運も実力の内さ。『闇の書』の主に選ばれるという、大凶間違い無しの不運だがな」

 

 『魔術師』は邪悪に笑い、八神はやては不安そうにその様子を眺めている。

 彼女は今まで多種多様の人間を見てきた。清々しいまでに邪神信仰者の狂人、普段は温和だが時々殲滅狂となる神父、『過剰速写』と対峙した目付きが鋭い少女――目の前に居る盲目の魔術師は、今までの他の誰かとも比較にならない、完成された邪悪だった。

 

 自分のルールにしか従わず、他の全てを意に関さずに踏み潰せる、底無しの深淵に君臨する支配者――クロウ・タイタスとは正反対、真逆の、生命の形だった。

 

「『闇の書』の『守護騎士』プログラムの発動は、君の九歳の誕生日、六月四日だが――私の見立てでは若干早まっているようだね。その身に滾る憎悪は良い養分らしい」

 

 今までで一番怖い体験と言えば、この彼の使い魔である吸血鬼に殺されかけた時だとはやては断言出来る。

 ……出来るのだが、直情的な暴力とは違う、全く異質の恐ろしさを、この『魔術師』は常に漂わせていた。

 

「魔力さえ用意出来れば『ヴォルケンリッター』の召喚を早める事が可能という事だ。そして此処に居る私は悪い魔法使いだ」

 

 『魔術師』はテーブルの上に置いてあったナイフを手にし、その刃物の先端を人差し指でなぞり――赤い血の雫が滲み出た。

 立ち上がって八神はやてが座るソファまで赴き、彼はその人差し指を八神はやての目の前に差し出した。

 

「必要分の魔力を貸し出そう。無論、後で利子付きで取り立てるがな。――傍観すれば、復讐こそ果たせないが、君は間違い無く生き残れる。この契約を結べば、後戻り出来なくなるぞ?」

「……構わへん。私は、クロさんを殺したアイツを、絶対に許せない」

 

 はやては恐る恐る血の滴る人差し指を舌で舐め取り――『魔術師』との間に魔力のやり取りをするパスが形成された。

 

「――契約成立だ、『闇の書』の主。君は今、自らの足でこの舞台に立ち上がった」

 

 燃えるような感覚が八神はやての身体を巡り――一緒に持ってきた『闇の書』の鍵は解錠され、独りでに宙に浮かんでぱらぱらと白紙のページが開かれる。

 

 ――此処に、一ヶ月半は早く『ヴォルケンリッター』は召喚されたのだった。

 

 

 

 

「――良いのかよ? あんなガキを巻き込んで」

「好き勝手に暴走させるよりも、ある程度此方の制御下に置いた方が良いだろう」

 

 エルヴィの手によって八神はやてが帰還した後、実体化したランサーはソファに寝転がって批難するような眼差しで『魔術師』を睨む。

 

「それなら素直に真相を明かした方が良いだろ? 『過剰速写(アレ)』は――」

「今、赤の他人である私が言った処で聞く耳など持たぬさ。――人間は都合の良い言葉のみを信じる。良く出来た機能だよ」

 

 真実は何時の世も致死の猛毒である。九歳の少女に知らせるのは酷な現実であると『魔術師』は愉快気に嘲笑う。

 

「それに『有事の際の救援要請を互いに断らない事』を何の為に捩じ込んだと思ってるんだ?」

「……あのガキへの協力を合法化する為かよ。善意の押し付けも良い処だ。こんな形で悪用されるなんざ、奴等も思ってなかっただろうよ」

 

 その一文は初めから『八神はやて』を強力に支援する為に用意したものである。

 有事の際の解釈など幾らでもなるし、はやて自身も教会勢力の一人であるので、文句を言った処で何とでも言い訳出来る。

 

「……ただし、一つ懸念があるがね。今の復讐に囚われた八神はやてが『闇の書』の防衛プログラムを分離出来るのやら――名無しの管理プログラムに名前を与えて手駒にするという感動的なイベントなんだが、其処に至る道筋が一切思い浮かばないな」

 

 もう今の八神はやては純粋な少女では居られない。

 復讐に身を焦がし、仇敵の殺害を切望する少女は、果たして『守護騎士』との信頼関係を築き上げて、名無しの管理プログラムを救う事が出来るだろうか?

 

「――八神はやての始末の算段も、練っていた方が良いかもしれないな」

「……精神的に乗り越える可能性に賭けないのがテメェらしいよなぁ……」

「おいおい、九歳の小娘に高望みするなんて酷な話だろう。誰も彼も『秋瀬直也』のように運命の試練を超えられるとは限らんよ」

 

 彼、秋瀬直也は『矢』の力を支配するに足るスタンド使いになって前世の因縁を清算した。

 だが、歯車が狂った八神はやては、正史の彼女のように『闇の書』の闇を切り捨てて、歴代最後の『夜天の主』になる事が出来るだろうか?

 

 ――何方に転ぼうが、『魔術師』は構わない。両方の対策を用意するまでの事である。

 

「所詮、私は悪い魔法使いさ。無条件でハッピーエンドを齎す事は出来ない。出来る事は、残酷なまでに犠牲と代償を要求して帳尻を合わせる事ぐらいだ」

 

 限り無く残酷な未来を思い描きながら――『魔術師』はほくそ笑む。

 果たして彼等は、クロウ・タイタスは、今の八神はやてを救う事が出来るのだろうか?

 

 

 

 

 ――実に清々しい朝だった。

 

 昨日の夜は久しぶりに自分の本領を発揮出来たような、そんな満足感が胸に満ちている。

 其処に九歳の少女を阿鼻叫喚の死地に送り込む事への罪悪感は皆無である。

 食後の紅茶を優雅に啜りながら、『魔術師』神咲悠陽は嵐の前の静けさに似た尊い朝を満喫していた。この平和な時間がすぐに失われる事を彼は知っている。

 だからこそ、貴重な時間を満喫して英気を養う。魔力の回復が限り無く遅れている今、『魔術師』に出来る事は謀略と傍観ぐらいであり、今日一日は悪巧みしながら徹底的に怠けようと決めていた。

 

 ――その携帯電話が鳴り響くまでは。

 

「……秋瀬直也からだと?」

「あら、珍しいですねぇ」

「昨日の今日で連絡だぁ? おいおい、嫌な予感しかしねぇな……」

 

 こんな早朝から、一体何があったのか。

 彼の心情から考えれば、緊急時以外では絶対に電話を寄越さないだろう。

 急用なのは間違い無い。『魔術師』は2コールで電話に出た。

 

『――『魔術師』! 助けてくれッ! 頭がおかしくなりそうだッ!』

「どうしたんだ? 秋瀬直也。何があった? 冷静に説明しろ」

 

 その切羽詰まった声に、『魔術師』の警戒度が高まる。

 レクイエム化したスタンドを持つ秋瀬直也の動揺具合から、その脅威度を推察し、極めて性質の悪い異常事態が発生したと断定する。

 

 

『い、いやぁ、柚葉の内情を探れって話だろう? それを自然に聞くには……そ、そう、デート、デートプランが必要なんだよおおおおおおぉッ!?』

 

 

 ……小鳥の囀りが実に心地良い。

 流石の『魔術師』も空耳だと思って現実逃避したくなった。

 

「ぎゃはははははははっ! 言うに事欠いてっ、コイツに恋愛事で相談だぁ!? おいおい、坊主! 人選を完全に間違ってやがるぞぉっ!」

 

 ランサーは腹を抱えながら大爆笑し、それでも『魔術師』とエルヴィは停止して再起動出来ずにいた。

 

「――は? ……まさか、それをこの私に相談する気か? 一応言おう、正気か? 新手のスタンド使いの精神攻撃でも受けたのか……?」

 

 『魔術師』は暗に「頭、大丈夫?」と聞いたが、その効果は如何程も無かったようだ。

 

『正気以外でこんな事を相談出来るかッ! デートなんて一回もした事無いぞッ!』

「……何かクソ巫山戯た寝言が聞こえたような気がしたが? 何度もやってるだろテメェ、よりによってあの豊海柚葉と……」

『いやいや、それは成り行きというか、強制的に連行されたというか、完全に受け身みたいなもんで、オレから誘うなんて一回も無かったし……!』

 

 ……どう反応したら良いのか、解らなくなる。

 無言で電話を切ってエルヴィを刺客に送り込むべきか、『魔術師』は半ば本気で思い悩む。

 とりあえず、今の話を纏めて、冷静になってみよう。豊海柚葉の内情を探る為にデートプランが必要だが、思い浮かばずに己に助力を頼んだと。

 

「……事情は大凡理解した、不本意甚だしいがな。だがな、秋瀬直也。人選を明らかに間違っているぞ? これはどう説明する?」

『いや、間違っていない。この街で柚葉の事をオレ以外に理解しているのは、敵である『魔術師』、アンタに他ならないッ!』

 

 電話側から自信満々に断言され――「む」と考え込み、確かに、と納得せざるを得なかった。

 この街であれの事に詳しいのは、電話相手の秋瀬直也を除けば自分自身に他ならない。疑いようのない正論である。

 

「……え? おい、マスター。何で其処で考え込んでるんだ?」

「ご、ご主人様……?」

 

 途端、雲行きが怪しくなった主人の様子に、従者達二人は驚愕の眼差しを向ける。

 敵を知り己を知れば百戦危うからず、との言葉があるように、その敵を最も知ると思われるのは自分である。

 そう考えれば、秋瀬直也が自分に知恵を借りに来たのも至極当然の成り行きだろう。

 

「……敵であるからには、相手の急所も心得ている、か。発想はトチ狂っているが、着眼点は悪くない。――なるほど、認めよう。これが私の適材適所であり、私の専門分野であると」

『おお、頼もしい! 万軍の兵に諸葛亮並の軍師を迎えた気分だぜッ!』

「え? いや、ちょっとッ!? 突っ込みが追い付かねぇぞ!? 坊主もちょっと待ていぃっ!」

 

 ランサーが何か喚いているが、『魔術師』はこれを全力でスルーする。

 不本意極まるが、他人を使って懐柔するという策略ならば、『魔術師』の本業である。

 秋瀬直也を使って豊海柚葉を無力化させて腑抜けに出来るなら、それに越した事も無い。何よりも面白そうであり、例え失敗しようが、その負債を支払うのは秋瀬直也本人である。

 

 ……それを当人は気づいていないようだが。勿論、『魔術師』に教える気など欠片も無い。

 

(……ふむ、この機会、案外馬鹿に出来ないのでは? 成功しようが失敗しようが、私に損は無い。管理局の連中が到着する前に状況を動かせるかもしれない)

 

 ――頼りたいのならば、全力で策を授けてやろう。

 恋のキューピッドではなく、奸計の謀将としての観点ならば、アドバイスも可能である。物は言いようとはこの事であり、恋のキューピッドも奸計の謀将と同一視されるのは甚だ不満だろうが――。

 

「デートスポットは『遊園地』『水族館』『サーカス』など、陳腐であれば陳腐であるほど良い。豊海柚葉は最初こそ小馬鹿にして笑うだろうが、アレの場合は喰わず嫌いだ。絶対に行った事などあるまい。知識と実体験には天と地ほどの差がある事を教えてやれ」

 

 まず、間違い無い。あれが人間として真っ当な生活を送れた訳が無い。

 普通の生活を送れるような環境に居たのならば、あんな人外じみた邪悪は鍛造されないだろう。

 

「おいおい、マスター。幾ら外見が九歳だからって、そりゃ無いだろう?」

「いやいや、ランサー。案外通るかもしれんぞ?」

 

 ジト目で反論するランサーに対し、『魔術師』は不敵に笑う。

 やるからには何であろうが全力投球する。それが言い逃れが利かないほどの恋のキューピッド役として彼が認識したら後で悶えるだろうが、それが彼のスタンスである。

 

「これは個人的な推測に過ぎないが、あれは人間的な日常の営みとは縁遠い人間だ。どんな些細な事でも新鮮さを満喫するだろう。――真っ当な人間の営みを知らないという事を今一度脳裏に刻んでおけ」

 

 あれこれアドバイスしながら、『魔術師』は内心、敵を貶める為の策略だと全力で言い訳して自己暗示までする。

 従者二人の生温い視線を全力で無視しながら――。

 

 

 

 

 ――久方振りの登校、豊海柚葉は教室前の廊下の窓ガラス側に腰を掛けていた。

 

 秋瀬直也が来るまでの定位置が其処であり、朝の短い間の会話を彼女は常に楽しみにしていた。ただ、今日は少し機嫌斜めである。

 

(――さて、あの『魔術師』に何を吹き込まれたのかなぁ?)

 

 自分達よりも、『魔術師』を優先した秋瀬直也の弁解を、彼女は昨日から心待ちしていた。今か今かと待ち侘びていた。

 幾多の生徒が擦れ違い、ふと目に留まる。目的の彼は此方に向かって歩いており――不可解なまでに緊張していた。

 

「――昨日は『魔術師』と何を話したのか、な……?」

 

 そんな自分の問い詰めも、まるで聞こえていない様子であり、秋瀬直也は自分の前に立って、その場で大きく深呼吸を二回ほど繰り返した。

 

「……えと、どうしたの? いきなり深呼吸なんかして」

 

 いつもの彼にはない反応であり、流石の彼女も困惑する。

 極度の緊張を強いられるほどの何かを、『魔術師』に植え付けられたのだろうか? 明確な疑念が芽生えるも、何故か彼女の危険察知に関する直感は働かない。

 乱れた呼吸を正常値に――それでも普段より乱れているが、戻した後、秋瀬直也は意を決したような顔で、漸く口を開いた。

 

「放課後、遊園地に行かないか……?」

「……遊園地?」

 

 ――遊園地。乗り物などの遊具を設けた施設の名称であり、彼女にとって到底縁無き場所である。

 そもそも、その存在意義を疑うレベルである。そんな子供臭い場所の何が面白いのか、まるで解らない。

 秋瀬直也の表情を、柚葉はまじまじと眺める。顔が少し赤く、熱が感じられる。

 そして彼女は彼がその場所に誘っているのか、と結論付ける。『魔術師』との共謀、罠の有無を全力で疑う。

 

「あらあら、それはデートのお誘いかしら?」

「そうだ」

「……え?」

 

 からかうような口調で秋瀬直也の本音を探ろうとし、真顔で返されて彼女は珍しく当惑する。

 其処に害意や負の感情は一切無く、虚偽や誤魔化しの色すら無い。結論付けると、本気で好意からなる誘いであり、柚葉を著しく混乱させる。

 

「……それで、どうなんだよ? 答え」

「……え? えと、その、あの、う、うん、良いけど……?」

 

 言いどもり、咄嗟にそう答えてしまい、狼狽えた彼女は逃げるように自身の教室に走り去った。

 自分の席について、全力で思考を回す。熱暴走したかのように自身の顔が熱い。

 自身の中で渦巻く感情の正体が何なのか、彼女は見当も付かず、ひたすら思い悩んだのだった――。

 

 

 

 

 


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