転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

60 / 168
59/それぞれの一時

 

 59/それぞれの一時

 

 

 ――魔都『海鳴市』の大勢力の一つ、反転生者の組織である『武帝』の頂点にいる湊斗忠道。

 彼は『二回目』の世界において『湊斗家』に産まれた人間である。

 

 『湊斗家』は装甲悪鬼村正の世界の、南北朝争乱を納めた妖甲『村正』が奉納された旧家であり、湊斗忠道は『湊斗景明』と『湊斗光』が生まれる前の、遥か前の先祖として生を受けた。

 

 ――北朝・南朝に一領ずつ献上された始祖『村正』と二世『村正』は、他と隔絶する頂点の性能を持った至高の劔冑であり、加えて異常な特質を二つ備えていた。

 それが『善悪相殺』の戒律と『精神同調』である。

 

 『善悪相殺』――敵を一人殺したのならば、味方も一人殺さなければならない。悪しき者一人殺したのならば良しき者一人、憎む者を殺したのならば愛しき者も一人。

 村正と結縁した武者はこの掟を背負う。善も悪も殺して、全ての戦いを無意味に帰結させてしまう。

 かの劔冑は独善を許さない。最強の武力を仕手に与えながら、誰よりも武力の行使を自重する事となる。刃の報いは己の身に返るのだから。

 『精神同調』――『村正』は創気、辰気、磁気を『波』として拡散させ、周囲の人間の精神を仕手のそれに同調させる事が出来る。

 つまりは『善悪相殺』の戒律の徹底であり、強制――指揮する一軍全体を村正の思想に沿う集団に変貌させる事が出来る。

 

 ならばこそ、少し思考が回る者の手に渡れば、その『精神同調』の業を使って、敵のみにその『善悪相殺』の戒律を押し付けようとするだろう。

 それを防ぐ為に、両陣営に一領ずつ『村正』を奉納されたのだ。

 戦場が遍く『善悪相殺』の戒律に支配されるのならば、両陣営は迂闊に仕掛ける事は出来まい。血で血を拭う南北朝の乱は、彼等『村正』の理念を以って、穏やかに平和に終息する筈だった。

 

 ――だが、結果として、南北朝の大争乱の最後は、未曾有の殲滅戦争となり、当時の総人口の一割とも二割とも云われる死者を出して閉幕に至る。

 始祖『村正』が奉納された北朝軍の主将は刺客を不意に討ち取ってしまい、その代価に最愛の弟を殺して狂ってしまった。

 

 発狂した主将は『精神同調』――否、『精神汚染』を以って己が全軍を狂気の殺戮集団に豹変させ、二世『村正』を持つ南朝軍の主将は狂気の『波』から自軍を守る為に先立って『精神同調』を使わざるを得なくなり――自身の全軍に『善悪相殺』の戒律を敷く事になり、前代未聞の地獄のような闘争が幕開けた。

 

 ――斯くして、これが稀代の妖甲『村正』に纏わる阿鼻叫喚の物語であり、湊斗家に二世『村正』と三世『村正』が半永久的に死蔵された経緯である。

 

 湊斗忠道は『装甲悪鬼村正』の物語を知っていた。

 それが英雄の物語ではなく、悪鬼の物語である事を。

 そしてそれが自分の代では絶対に起こらない物語だと過信していた。――有り触れた悲劇や惨劇など、何処にでも転がっているというのに。

 

 それは彼の幸せの絶頂期に唐突に訪れた。

 

 ――権力者の気まぐれで、その腹に我が子を孕む結婚前夜の妻が、斬り捨てられたのだ。

 

 その経緯など既に問題では無い。その結果が彼を極限まで絶望させ、世の理不尽さを浮き彫りにさせ、湊斗忠道に二世『村正』と結縁させる動機を与えてしまった。

 

 再び妖甲『村正』は世に解き放たれ、湊斗忠道は復讐の為に殺戮の限りを尽くした。

 

 『善悪相殺』の戒律の抜け道など、彼は知り得ている。敵意が無ければ良いのだ。蟻を踏み潰して「ああ、殺してしまった」と嘆く人間など居ない。

 虫けらを踏み潰す感覚で、自身の前に現れた雑兵を払えば良い。既に二世『村正』――至高の劔冑『銀星号』を駆る彼と他の武者の武力は天と地ほどの差、単なる塵屑に過ぎない。

 憎む者は唯一人、支払える生命は自分唯一人、有象無象になど見向きもせず、彼は狂気を撒き散らしながら走り抜けた。

 

 ――そして、我を取り戻した時、既に妻子を殺した仇敵は死した後だった。

 

 この手で殺めたのか、その実感すら湊斗忠道の手には残っていなかった。

 他の有象無象と同じように呆気無く潰した存在の何を記憶に留められるだろうか。己の生命を代償とした復讐劇は、最早単なる茶番に貶められていた。

 

 

『――オレは『善悪相殺』の戒律を求める。愛した者を殺した怨敵に然るべき報復を。復讐を遂げた我が身に裁きの刃を』

 

 

 二世『村正』と結縁した際の誓いの言葉は、永久に果たされる事無く――殺戮の宴は際限無く続く。

 終わらぬ悪夢を終わらせたのは、三世『村正』を纏った今世の妹であり、されども彼女との死闘は長らく続く。

 

 彼等の戒律は『善悪相殺』、怨敵と化した我が身を殺させれば、妹はその代償を己が生命で支払う事になる。

 何が何でも彼女にだけは殺される訳にはいかなかった。

 

 同時に、彼には自害するという最期の道さえ消え果てていた。

 彼が世で一番憎むは我が身であり、憎しみを籠めて自分を殺せば、『善悪相殺』の戒律はその代償に愛した者を、彼の妹の生命を殺めるだろう。

 

 ――以上が、湊斗忠道の『二回目』の救われない結末。

 

 『善悪相殺』の戒律、其処にあった『村正』の不滅の理念に対し、彼は何ら答えを出せず、ただ同じ悲劇と惨劇の殺戮劇を、大和の歴史に繰り返しただけだった。

 

 

 

 

(あーあ、予想以上に呆気無く結べちゃった。これで――)

 

 ――『魔術師』との交渉はトントン拍子で進み、拍子抜けするほど呆気無く締結された。

 

 これで自分の存在意義が早くも無くなってしまった、とセラ・オルドリッジは目を伏せる。

 事実、彼女は用済みになれば『禁書目録』の自分に消される事を覚悟して、この交渉を全力で成立させた。

 それが、それだけが彼女に出来るクロウ・タイタスへの、唯一の恩返しだったからだ。

 

(……でも、それでも良いやって思える。だって、彼だけは――)

 

 ――誰も、彼女を助けてはくれなかった。

 

 けれども、彼だけは自分を助けてくれた。

 涙が出るほど嬉しくて、それでも本来、彼の友だった者は『禁書目録』の自分であると自覚し、深く悲しんだ。

 

(――なん、で?)

 

 ――だから、交渉が終わってもセラがセラのままだったのは予想外であり、目に見えて困惑する。

 

(もう、私は用済みなのに、何で――?)

 

 あの『禁書目録』の十万三千冊の知識を使えば、自分など簡単に消し飛ばし、身体の主導権を取り戻す事など簡単な筈だ。

 それなのに実行しないのは、本当に彼女がこの身体を受け渡す気なのだろうか――?

 

(本当に幸せになるべきは、私ではない――)

 

 ――果たして、それは、良い事なのだろうか? 間違っている事では無いだろうか?

 

 自分に何度も問い掛ける。所詮、セラ・オルドリッジは『一回目』と『二回目』の主人格に過ぎず、『三回目』の副人格に過ぎない。

 彼を本当に想っているのは『禁書目録』の自分であり、彼が本当に想っているのは『禁書目録』の自分である。其処に自分の出る幕など無い。

 

(……私は、私を返さなければならない――)

 

 ――本当に、これで良いのだろうか。セラ・オルドリッジは何度も問い掛ける。その答えは、明確なほどに出ていた。

 

 

 

 

 ――全然役に立てなかった、と高町なのはは酷く落ち込んでいた。

 

 秋瀬直也と豊海柚葉に必要とされ、意気揚々と挑んで、真っ先に退場した自分を不甲斐無いと思う。

 何でもかんでも上手く行くとは限らない。それは彼女の記念すべき初陣、初めから石に躓いて大転落した戦闘からの教訓ではあるが、情けなくて悲しくなる。

 

 ――強くなりたい。その力で自分の周囲にいる者を守りたい。思いだけが空回りするばかりだと何度目か解らない溜息を吐いた。

 

「……もう、全くっ! こんな美少女達を後にして『魔術師』の呼び出しに応じるとかマジ在り得ないっ! まさか同性愛者……!?」

 

 秋瀬直也が『魔術師』に呼ばれ、立腹な様子の柚葉は愚痴を溢し続けている。

 やっぱりあの二人は仲が良いんだなぁと感心し、彼女の身体の各所に巻かれた包帯を眺めて、改めて自分の無力さを思い知る。

 

「……んー? 何やらお悩みの様子だね、なのは。暇潰しに相談に乗るわよ?」

 

 にんまりと、面白い玩具を見つけたような眼で柚葉は笑い、かなり迷った後、なのはは自身の悩みを打ち明ける事にした。

 

「……えと、ね。私、全然役立ってないよね……?」

「え? 大活躍でしょ。水のスタンド使いを狙撃してないと、私はともかく直也君は死んでいたよ?」

 

 心底不思議そうに柚葉は言う。戯言でもなく、本心からである。

 

「……でも、結局私は真っ先に脱落して、皆に迷惑を掛けちゃったし……柚葉ちゃんのその傷だって――」

「これは私が受けた負傷であって、なのはが刻んだ傷では無いわ。反省出来るのは美点だけど、無意味な自虐は要らないわ」

 

 柚葉はばっさり斬って落とす。だが、一つだけ同情するように付け加える、

 

「……でもまぁ、此処が貴女、高町なのはの舞台でない事は確かね。王には王の、料理人には料理人の、魔導師には魔導師の――相応しき役者を相応しき舞台へ、適材適所に配置するべきだしねぇ」

 

 サーヴァント、魔女、スタンド使い――それらはミッドチルダ式の魔導師である高町なのはが本来相手にするべき敵ではない。

 彼女が最も実力を発揮するのは同系統の魔導師戦に他ならない。彼女の資質はその中でも極上の逸品なのだから――。

 

「――貴女が主役の舞台は必ず訪れる。いずれ、いえ、想像以上に近いかもしれないわ」

 

 その柚葉の言葉はまるで神託、浮世離れした預言者じみていて、何処か不吉な韻を孕んでいた――。

 

 

 

 

 ――フェイト・テスタロッサの眼に光は無く、血塗れの身体を引き摺って歩いていた。

 

 『魔女』の討伐が終わり、今日一日の役目を果たして自由時間となったが――彼女の心の平穏はもう何処にも無かった。

 

(……酷い毎日。記憶の中のアーチャーよりも――)

 

 アーチャーの辿った未来において、管理局での生活は当人の性根が根本から歪むほど最悪の水準だったが、今の自分の現状はそれすら超える劣悪振りである。

 

 ――活路が何一つ見い出せない。

 母親を盾に取られ、何一つ逆らえず、命ぜられるままに汚れ仕事を負う。

 

 弱音なんて吐いた日には心が折れてしまいそうだ。

 使い魔であるアルフにさえ、フェイトは本音を何一つ喋れないほど精神的に追い詰められていた。

 

(……高町なのはさえ、彼等の手に渡せば、母さんを――)

 

 果たして、彼女との約束を、彼等管理局の上層部は守るだろうか?

 フェイト・テスタロッサを自由に意のままにする最高のカードを手放すだろうか?

 そもそも、彼等との口約束が果たされた処で、フェイトの地獄は終わらないだろう。母は自分を愛してくれない。誰も彼女に救いの手を差し伸べてくれない。

 管理局の手駒として、散々使い潰されるのがオチだろう。アーチャーが飼い殺されたように――。

 

「フェイト、さん。その血は……!?」

 

 憂鬱な事を考えて歩いていると、出遭いたくない人に出遭ってしまった。

 リンディ・ハラオウン――アーチャーの辿った未来において、自分の義理の母親になっていた女性であり、現状において唯一手を差し伸べてくれる人物であり、されどもこの破滅的な状況を何一つ打破出来ない人物である。

 

「……リンディ提督。大丈夫です、ただの返り血ですから」

 

 頼っても、彼女にはどうしようも出来ない。それはアーチャーの記憶が証明している。結局、彼女は上層部の意向に逆らい切れない。

 心底心配する彼女の手を振り払い、フェイトは歩いていこうとする。

 

「……本当に、怪我は無い? 体調が悪いのなら――」

「……ごめんなさい。見苦しい処をお見せして。血を、早く拭いたいので失礼します」

 

 有無を言わさずに立ち去って――自身の備え付けの個室に辿り着く。疲弊するフェイトを迎え入れたのは子犬モードのアルフだった。

 

「フェイト!? 大丈夫だった? 怪我は……!?」

「……大丈夫、ただの返り血――シャワー、浴びるね」

 

 フェイトが魔女との戦闘にアルフを連れて行かない理由は、使い魔の彼女を失えば、今度こそ二度と立ち上がれなくなると自覚しているからだった。

 心配する使い魔を無視し、彼女はシャワールームに一人篭る。自身の身体に染み付いた血の臭気が、何とも忌まわしかった。

 

(……どうして、こうなっちゃったのかな?)

 

 一体何を間違えたのか、フェイトには解らなかった。

 この地獄のような日々を、一体誰のせいにして乗り切れば良いのだろうか? 高町なのは? ティセ・シュトロハイム? 会った事もない上層部の誰か?

 憎悪のやり場さえ定まらず、フェイトはシャワーに浴びながら、一人静かに咽び泣いた。

 

「……助けて。誰か、助けてよぉ……!」

 

 

 

 

 ――『過剰速写』の葬儀は粛々と執り行われ、その日以来、八神はやてから笑顔を完全に失わせた。

 

 教会の自分に割り振られた部屋に引き篭もり、食事の時でさえ顔を見せず――電灯さえ付けず、暗闇の中、彼女はじっと窓の外の夜空を見上げていた。

 

 ――彼に誘拐されて、二人で語り合った事を思い出す。

 

 彼は自分が救いようのない悪人であると語った。

 でも、はやてにはそうは思えなかった。人質を大切にするような律儀な悪党など悪党と呼べるだろうか?

 

 ――満天の星と海鳴市の夜景を眺めながら、見えない階段を登り続けたあの時を思い出し、はやての両眼から涙がまた溢れて来る。

 

 ことん、と。背後から音がした。扉も開いていないのに一体誰が――はやてが力無く振り向くと、其処には闇より暗い闇を纏った一人の吸血鬼の少女が立っていた。

 

「――こんばんは、はやてちゃん」

 

 心臓を貫かれて殺されそうになった記憶がフラッシュバックし、咄嗟に悲鳴が出そうになり――その前に瞬時に此方との距離をゼロにした吸血鬼は、自身の唇に人差し指を立てて「しー」と静かにするようにジェスチャーをする。

 

「あー、人呼ばないでくれると嬉しいなぁ。今回の私は敵じゃないですし」

 

 この前、自分の命を取りに来た吸血鬼はいけシャーシャーと「昨日の敵は今日の味方という言葉がありますよ」などと胡散臭そうに笑い、はやては警戒しながら話を聞く事にした。

 

「……どういう事?」

「えーと、そうですね。確かこれだったかな?」

 

 猫耳の吸血鬼はわざとらしく考えるような素振りを見せた後、にんまりと笑った。

 

「――貴女の復讐、ご主人様の命により強力にお手伝いしに来ました。まぁ悪魔の甘言の類ですけど、お話聞きますか?」

 

 それは皮肉にも、復讐に燃えるリーゼロッテを拐かした時と同じ言葉であり、八神はやての瞳に憎悪の炎をどうしようもないほど暗く灯した。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。