転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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06/魔術師と武者

 

 

 

 ――その日、私は『過去』を奪われました。

 

 私を私とする根幹が根刮ぎ消され、名前さえ奪われました。

 私は私が『誰』だったのか、未来永劫解らなくなり、私に与えられた新たな名前は、私の役割を告げる『暗号名』に過ぎませんでした。

 

 ――繰り返す悪夢、死と転生の輪舞曲を幾度無く繰り返す。

 

 連中の施した『首輪』を木っ端微塵に取り外し、管理下から脱する千載一遇の機会を、私は従順な羊を装いながら待ち続ける。

 最初の私は駄目だった。次の私も解決の糸口すら掴めなかった。次の次の私は協力者を増やす事に費やし、次の次の次の私は協力者から前回の知識を受け継ぐ事に成功する。

 

 ――解れつつある螺旋迷宮に彼等は気づかず、雌伏の時間は終えようとしている。

 

 一欠片の誇りを蹂躙され、精神を無碍にされ、黙殺され続けた日々も終わろうとしている。

 裁きの時は近い。私は自らの知識で『首輪』を噛み砕き、私を奪い尽くした連中に一人残らず復讐を果たし、一番最初の私自身を取り戻す。

 献身的な子羊が強者の知識を守る――そんな素振りを見せるのもこれまでである。

 

 反逆の狼煙をあげましょう。私の記憶を殺し続けた者達に思い知らせてやろう。

 この脳裏に刻んだ外道の知識が、どれほどの災厄を齎すか。身をもってご教授しよう。

 

 ――『愚者の魂を我が亡き記憶に捧げる(dedicatus666)』

 

 そして私は長い反乱の末に勝利を勝ち取りました。

 数多の犠牲の果てに敵対勢力を根絶やしにし、――結局、私は『私』を取り戻す事が出来なかったのです。

 私が『誰』であるのか、最期まで私は掴めなかったのです――。

 

 

 06/魔術師と武者

 

 

「へぇ、原作前に大々的に『魔女』討伐かぁ。オレは出なくていいのか?」

 

 ベッドの上に寝そべり、携帯電話を右耳に当てながら、オレは冬川雪緒に尋ねる。

 原作前に『魔女』を徹底的に討伐する――『魔術師』が主導となって『教会』も連動し、今夜一斉排除に乗り出すそうだ。

 確かに理に適っている。これから『ジュエルシード』が二十一個も落とされるのだから不確定要素たる『魔女』を出来るだけ排除したいだろう。

 

(……となると『魔術師』は原作通りに『ジュエルシード』を『海鳴市』に落とさせる気なのかねぇ?)

 

 昼間、豊海柚葉と喋った会話の一部が頭に蘇る。

 ――『魔術師』が『ジュエルシード』の落下を防ぐかスルーするかで、物語の本筋がまるっきり変わると。

 一見して今回の件は落ちても大丈夫な土壌を用意しようとしているに見えるが、『魔術師』の神算鬼謀など此方が見抜ける筈も無い。

 

『子供はもう寝る時間だ。ただでさえ今日は他の転生者と戦闘になっていて消耗しているだろう。休養して万全の状態に保つのも仕事の一つだ。……それにお前のスタンドは『魔女』と相性が良いのか?』

 

 自分のスタンド『蒼の亡霊』の能力を大まかに思い浮かべ、どの程度の『魔女』ならば倒せるか計算してみる。

 結論、本編中の『魔女』で倒せる個体など一匹もいない始末である。自分の能力など対人限定と言っても過言じゃない。

 どう考えても耐久過多な『魔女』相手では分が悪い処の話じゃない。

 

「お菓子の魔女相手だと完全に詰むな!」

『……未だに出てきてないが、そういう事だ。王には王の、料理人には料理人の役割がある。適材適所だ、相性の良い『スタンド使い』に任せておけば良い』

 

 冬川雪緒の有り難い言葉に「ヘイヘイ」と生返事で返す。

 となると、『スタンド使い』の誰かは『魔女』に対し、最高に相性が良い奴が一人か二人居るんだろうなぁと心の奥に留めておく。

 

「それはそうと『魔術師』も出てくるのか?」

『今回は穴熊に決め込む気は流石に無いらしい。あの『使い魔』と共に北区を一掃するそうだ』

「へぇ、反抗勢力とやらが激発する可能性って無いのか?」

 

 幾ら同じ北区を殲滅すると言っても、分担して事に当たるだろうし、堅牢な『魔術工房』から出て来た『魔術師』を仕留めんとする輩が大量に発生するのではないだろうか?

 絶対『魔術師』は多方面から恨まれているだろうし、排除したいって輩は沢山居るだろうなぁ。

 

『あったとしても駆逐されて終わりだろうな。奴が直接赴く理由の一つにはそういう勢力の討伐も含まれている』

「あれ? あの『魔術師』の戦闘能力が突き抜けたものじゃないと言ったのはアンタだっただろ?」

 

 隠し玉を数十個以上ぐらい持っていそうな雰囲気で、個人的には絶対に相手にしたくないが。

 

『確かに言ったが、あの『使い魔』は間違い無く最強級の転生者だ。『魔術師』を仕留めるのならば『使い魔』を足止めした上でその時間内に仕留めなければならない。必然的に『使い魔』に最強格の刺客を送り込んで時間稼ぎをし、二線級の者で『魔術師』の相手をする。そうでなければ『使い魔』がすぐに駆けつけてしまうからな』

 

 ……そう言えば、殺されても死ななかったよな。あの『使い魔』は。

 唐突に現れる――多分『空間移動能力持ち?』で、太陽の下を平然と歩むデイ・ウォーカーで、弱点の筈の脳天心臓を貫かれても滅びない吸血鬼、まさか『真祖』じゃないだろうな?

 いや、御園斉覇の血を容赦無く啜っていたから、その線は無いか。……型月世界の『魔術師』に仕える『使い魔』だから、まさか同じ世界出身の『二十七祖』の死徒?

 有り得そうで怖い。もし、そうならばあの『使い魔』の戦闘力は『サーヴァント』に匹敵するという事となる。

 

(そういえば、アイツの吸血はむしろ全身まるごと捕食していたな。……まさか『教授』!?)

 

 666の生命因子を持つ混沌の吸血鬼、死徒二十七祖の第十位『ネロ・カオス』がまさにそんな吸血を行なっていたのを思い出し、背筋が震える。

 あれに血肉ごと喰われ、全部消化される前に遠野志貴の『直死の魔眼』によって滅ぼされ――その残滓を受け継いだ化物がこの世界に産まれるという寸法なのだろうか?

 

(……あっるぇー? 冗談で考えたが、まさか正解とか無いだろうな? そいやアイツ、猫耳に猫の尻尾だったよな……)

 

 疑念が疑念を呼ぶ状況になったので、首を振って無理矢理に思考転換する。

 

「前から思っていたんだが、何であの『使い魔』は『魔術師』に従っているんだ? アンタの話からは明らかに『使い魔』の方が強いという風になっているのに?」

『さて、な。あの二人の主従関係には謎が多い。『使い魔』を引き抜こうとして全滅した勢力も過去にあったぐらいだ』

 

 完全に忠誠を誓っているという訳か。吸血鬼の癖に健気だなぁ。

 とりあえず、今日オレがするべき事は何もない。彼等の無事を祈って安らかに眠るだけだ。

 

「まぁ何はともあれ無事を祈っているよ」

『ああ、明日にはまたお前に『魔女の卵』を『魔術師』に届けて貰う事になるだろう』

「……げっ」

 

 最後の最後に大きな爆弾を落とされて通話が終わり、オレは大きな溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 ――其処は何もかもが狂った空間だった。

 

 お菓子で出来た世界、それだけではメルヘンな響きがするが、大小様々な薬剤のカプセルが無数に散らばっている。

 処々に病室を思わせる箇所があり、この不安定な世界をより凄惨に、不気味に彩っている。

 

 ――このような場所を選んだのは不本意極まりない話だが、漸く訪れた千載一遇の機会。逃す手は無い。

 

《――御堂。新たに生体反応が一つ。該当記録有り》

「ああ、この時をどれほど待ち侘びたものか」

 

 赤い鋼鉄に覆われた大鷲からの金打声に反応し、入り口を凝視する。

 程無くして黒い着物姿の青年は現れた。悠然と、まるで散歩するかのように軽い足取りだった。

 腰の半ばまで伸びた長髪を一纏めに編んで、目を瞑ったままの赤髪の青年は五十メートル地点で足を止めた。

 

「――魔術師・神咲悠陽とお見受けする」

「如何にも。何用かな? これから魔女狩りで忙しいのだが」

 

 敵は無手であり、これと言って特質すべき武装を所持していない。

 当然と言えば当然だ。彼は魔術師という名の超越者、魔力を用いて魔術を使い、敵を殲滅する稀代の異能者である。

 得物など無くとも、対象を千殺出来るほどの無慈悲な殺傷力を内に秘めている。

 

「愚弟・新道鉄矢の敵討ちに参った。その首級、頂戴する」

「……ああ、確か『反魔術師同盟』の一員にそんな名前があったな。その身内ならば復讐する権利がある。良いぞ、劔冑を装甲するが良い。それぐらいは待ってやろう」

 

 魔術師は一切身構える事無く、無形の構えを取る。 

 敵対者を『武者』と認めての一言、彼は必ず後悔させてやろうと、己が劔冑の銘を高らかに叫ぶ。

 

「兼重ッ!」

 

 その瞬間に鋼鉄の大鷲が千の破片となって弾けて、彼の周囲を飛び舞う。

 

「――鬼に逢うては鬼を斬る。仏に逢うては仏を斬る。ツルギの理ここに在り――!」

 

 誓いの口上が成され、ゆるりと右腕を水平に上げる――装甲ノ構。

 瞬間、独特の音を立てて劔冑は彼に装甲される。全身を真紅の鋼鉄に覆われた赤い武者だった。

 ――『装甲悪鬼村正』の世界の最強戦力が今、此処に顕在する。

 

「上総介兼重、それとも和泉守兼重か? 江戸時代寛文期の武蔵国の刀工の良業物だったか。後者ならかの有名な武芸者・宮本武蔵の愛刀だな」

 

 黒い喪服のような着物を羽織る『魔術師』は盲目ながら鑑賞するように目の前の武者を品定めをする。

 重厚の鎧というよりも極限まで軽量化された真紅の装甲は、彼等の劔冑のお手本となった『この世界唯一の本物(オリジナル)』に似通っている。

 武装は大太刀が一本に小太刀が一本、腰に堂々と差し込まれており、背中の合当理の巨大さは『この世界唯一の本物』を参考にせず、むしろその『三代目』と酷似しているのは皮肉な話か。

 

「それにしても、あの代わり映えの無い前口上、何とかならないのか? 如何にお前等の劔冑が『銀星号』の模倣とは言え、全く同一の口上では飽きが来るものよ」

 

 確かに同じ流れを組む劔冑では誓いの口上が同一の場合があったが、彼等『武帝』が可能とした『真打』の模倣に其処までする必要は無い。

 

「――劔冑(ツルギ)を謳った処で、魂(ココロ)は甲冑(ハガネ)で鎧えない。……ふむ、これは『装甲悪鬼村正』ではなく『デモンベイン』だったかな? まぁ『転生者』じゃない輩には解らないか」

 

 『魔術師』の意味不明な言葉遊びに構わず、赤い武者は抜刀する。

 それに呼応するように、魔術師の足元から赤い光が走る。光は地面を這って複雑な幾学模様を形成して『魔術師』を中心とする円となり、二重の陣となって回り続ける。

 

《敵魔術師、二重の陣を展開。境界に接触する瞬間に効果を発揮する結界魔術と推測される》

 

 構うものか、と単発式の合当理に火を入れ、大轟音と共に飛翔する。

 そのまま一直線に騎航し、太刀を上段に構える。掠ればそれだけで原型留めぬ肉塊になるであろう武者の突撃、五十メートル程度の間合いなど刹那の内に切迫するだろう。

 それに反応した『魔術師』は小さく呟き、彼の指先から巨大な炎が放たれた。

 

『操炎ノ業!』

《諒解、炎波流克》

 

 愚直なまでに一直線に騎航した武者は膨大な規模の発火魔術の洗礼を受け――諸共せず炎を吹き飛ばす。飛翔の勢いは欠片も損なわれていなかった。

 それだけではない。蹴散らされた炎は四散して矢型となり――逆に、発火魔術を放った『魔術師』に向けて疾駆した。

 

 ――『陰義(シノギ)』、古来の製法で鍛えられた真打劔冑に発現する、単なる身体強化・修復機能・治癒能力の領域を超えた異能の術であり、武者と戦う上での最大の不確定要素である。

 

 『魔術師』は一歩も動かない。武者に先駆けて飛翔した炎の矢は『魔術師』から十メートル地点の結界に触れた瞬間、突如発生した幾十の炎の縄によって拘束され、ほぼ同時に掻き消される。

 

《第一の結界、幾十の炎の縄による捕縛術式と推測! 指向性の強い魔術故に陰義による操作剥奪は困難と見込む》

『このまま押し切るッ!』

 

 全機能を飛翔に費やし、更なる加速力をもって『魔術師』の二重の結界に挑む。

 第一の結界は特に問題無い。彼の劔冑『兼重』は炎を操る『陰義』を持っており、それ故に熱耐性は他の劔冑を遥かに凌ぐ性能となっている。

 問題があるとすれば、『魔術師』の三メートル地点に展開された第二の結界、効力は現段階では不明であり、本来ならば石橋を渡ってでも確かめたい処――だが、それすらも炎系の魔術ならば自身の劔冑の装甲を貫くのは不可能だ。

 

(一太刀で一切合切斬り捨てる――ッッ!)

 

 復讐者は一人ではない。発火魔術を得意とする『魔術師』を殺す為に生まれたのがこの劔冑だった。

 

 ――第一の結界に接触、瞬間、幾十の炎の縄が殺到するが、拘束出来ずに炎が散り、また真紅の武者の勢いを止められない。

 その刹那に第二の結界に接触したと同時に太刀を振り下ろし――巨大な岩石に衝突したような衝撃が齎される。

 

『――ッ!?』

 

 太刀と第二の結界が火花を散らして拮抗していた。

 騎航による超加速を持って繰り出された斬撃でも、両断出来ない正体不明の障壁――結界の内側で、『魔術師』は無言で右指の指先を真紅の武者に向け、鮮血の如く赤い弾丸を撃ち放った。

 

 本来ならば発火魔術如き甲鉄に傷一つ付かないが、生じた予感に従って身体を反らして回避しようとし、右肩部に着弾――瞬間、マグマを浴びせられたような灼熱感が右肩の神経を焼き尽くした。

 

『グウゥッ!? 何を、されたッ!? 損傷は……!?』

《右肩部甲鉄に損傷無し、騎航及び戦闘に一切支障無し。ただし、御堂の右肩部に重度の火傷有り》

 

 第二の結界の切り捨てを諦め、押し負けた反発を利用して急速離脱し、上空に躍り出て旋回する。

 不可解な攻撃だった。甲鉄は一切無事で、仕手のみが負傷する。少なくとも、今までの発火魔術とは一線を画した攻撃手段だった。

 

《該当記録有り。初等呪術『ガンド』と推測される。ただし、呪いの方向性が火傷に特化しているものと仮定されたし。敵魔術師の攻撃は単純な発火魔術にあらず、呪術的なものと推測され、劔冑の守護を容易く貫くものなり》

 

 ガンドは北欧に伝わる呪いが起源の魔術であり、人差し指で指差すという『一工程(シングルアクション)』で発動する簡易魔術の一つである。

 魔力が低い者が扱えば体調を一時的に崩す程度の効果しか持たないが、中には心停止を起こすほどの呪いを与える術者も居るという。

 『魔術師』が何方なのかは問うまでもあるまい。

 

《第二の結界は堅牢な防御障壁と推測、通常手段では突破は不可能と予測する》

『我が身を顧みる攻め手では突破出来ぬか』

 

 更に旋回し、限界まで急上昇する。

 速度に加え、高度も加える。太刀を振るう彼等も無事では済まないが、死なば諸共である。

 

 ――彼等復讐者にとって『魔術師』を殺せるのならば相討ちで構わないのだ。

 

 『魔術師』はその場から動かず、結界を維持しているだけである。高度と速度を確保しながら、動かないのではなく、動けないのではと推測する。

 結界は他と何かを隔てた境界であり、一度構築しても動けば――術式が決壊し、完全に無防備となる。

 その堅牢な防御障壁に多少脅威を覚えたが、移動出来ないのであれば料理法は幾らでもある。勝利を確信したその瞬間、彼は劔冑が異常に加熱している事に漸く気づき、背中の合当理が小さく爆発、急停止する。

 

『どうした!? 何だ、この馬鹿げた熱量はっ!?』

《熱量過多による機能停止と推測、墜落すると予測する!》

『何だとぉ!?』

 

 『熱量欠乏(フリーズ)』ならぬ、『熱量過多(オーバーフロー)』をもって赤い武者は地に墜落する。 

 

「――羽虫は燃え尽きろ。蝋の翼は余さず溶解し、地に堕ちる」

 

 『魔術師』は童話の一文を謡うかのように囀る。

 その言葉に脈動するように第一の結界の外側が紅く輝いた。

 それはほぼその他全域と言っても過言じゃない広範囲の結界だった。

 

《敵魔術師の陣は二重にあらず、『三重』の陣なり。効力は範囲領域の摩擦係数の向上による擬似的な断熱圧縮の再現、現在の当機の推定温度は2400、否、2500度を達す――!》

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお――っ!?」

 

 言うなれば飛翔するだけで大気圏突入時の熱量に晒されていたようなものであり、赤い隕石となった武者はろくに身動きせずに落下し、地に大激突する。

 

「『銀星号』――『勢洲右衛門尉村正二世』の模倣など出来ようものか。お前達は最初の一歩から間違っている。あんな化物専用の規格外の劔冑を教材にするなど笑止千万よ」

 

 『真改』や『正宗』のような強靭な甲鉄ならば、まだ戦闘続行出来る可能性が残っていたが、参考にしたのは装甲を捨てて攻撃性能・速度・運動性を極限まで追究した『銀星号』であり――事実、即死は免れたものの機能停止に追い込まれていた。

 

「――駄作、鋳潰して仏像にでもしてやろう」

 

 二言三言呟き、未だに身動きの出来ない『兼重』は灼熱の炎に包まれた。

 

『ぐ、あああああああああああああああああぁ――!?』

 

 ただでさえ落下の衝撃で装甲が破損し、罅割れていない箇所が無い中、魔術の炎は無慈悲に仕手すら焼き焦がしていく。

 

《もはや、此処までか――御堂ッ!》

 

 装甲が解け、ほんの一瞬だけ炎が周囲に飛び散る。

 仕手の男は太刀を片手に走り、一瞬遅れて炎は再び『兼重』に密集し、瞬く間に細部まで溶解させる。

 

 ――走る。走る。前へ、ただひたすら前へ。『魔術師』の下へ――!

 

 勝機などとうの昔に消え果てた。今の自分は万の一の僥倖に賭けて、全身全霊で一太刀浴びせるのみである。

 やはり『魔術師』は一歩も動かず、迎撃の構えを取る。盤石過ぎて崩す見込みの無い布陣だった。

 今の彼では第一の結界すら突破出来ない。炎の縄に捕縛され、身動き一つ出来ずに焼き殺される未来が一秒先に見える。

 それでも彼は走り、死へ一歩一歩踏み込んでいき――運命の神は彼に協力した。

 

「――っ!?」

 

 突然の出来事だった。

 『魔術師』が立つ地が崩れ、襟巻きみたいに細長い『魔女』が背後から出現する。

 地に張り巡らされていた結界の光が木っ端微塵に消失し、さしもの『魔術師』の顔に驚愕の色が浮かんだ。

 

「――覚悟ォッ!」

 

 千載一遇とはこの事だ。『魔術師』は突如現れた『魔女』に気を取られ、彼は生涯最高の一太刀を繰り出せた。

 

「お菓子の魔女『シャルロッテ』か。まさか直接赴いて来るとはな」

 

 そして声をあげたのは『魔術師』であり、彼の左手には鞘に納められた一本の太刀が握られていた。

 これが『魔術師』の保有する『魔術礼装』だった。

 

「――『魔術師』風情が、太刀を……!?」

「何を驚く? 私は幕末出身だぞ、現代人」

 

 渾身の一太刀の振り下ろしよりも疾く、『魔術師』は彼の懐に飛び込んで居合をもって切り捨てた。

 

「あの時代は化物みたいな剣士が多くてな。此方の防御結界を平然と切り裂いて来るなど日常茶飯事だ。――これは、奴等の初太刀を防いでいる内に自然と身についた一発芸だ」

 

 血反吐をぶち吐き、倒れ伏す。劔冑の消失により、超越的な治癒能力は消え果て――程無くして、助けの神かと思われた『魔女』によって全身ごと食い平らげられたのだった――。

 

 

 

 

『はいはーい、此方の殲滅は既に完了済みでーす。ちょぉっと邪魔が入りましたけどねぇー』

「此方も邪魔が入ったが、まぁそれだけだったな」

 

 北区の『魔女』を粗方片付けての帰り道、自らの『使い魔』から携帯で報告を受けながら帰宅の道に付く。

 既に時刻は午前四時過ぎであり、程無くして朝日が昇るだろう。

 

『ご主人様、驚かないで下さい。実は今回討伐した『魔女』に『ゲルトルート』がいましたよ! 超不味かったです!』

「そんなゲテモノの血を吸って腹壊すなよ? こっちは『シャルロッテ』だ。予想以上にしぶとかったわ」

 

 爆破してもその都度に脱皮して再生するお菓子の魔女『シャルロッテ』との闘争を思い出しながら、彼女の『魔女の卵』を手慰めに弄る。

 真紅の武者との戦闘は既に蚊帳の外であった。

 

『ありゃまぁ、頭は大丈夫ですか? マミってません? 流石に頭無しのご主人様は愛せないですよ?』

「幾ら魔術刻印の治癒機能があっても頭部をやられたら即死だ、この駄猫め」

 

 逆に言えば、即死さえしなければ魔力枯渇しない限り生き延びられる。彼の受け継いだ呪いのような魔術刻印は彼自身をそう簡単には死なせてくれない。

 

『でも、これでご主人様の仮説は真実味が増しましたね……』

「個人的に外れて欲しかったのだがな」 

 

 『魔術師』と『使い魔』は揃って深々と溜息を吐く。

 最悪の予想ほど良く的中するものだと疲労感を滲ませる。

 

「――魔女化しても人間としての理性を保てるようにして欲しい。この願いを『キュゥべぇ』が一字一句違わず受諾すれば、この世界に『魔女』が現れるのも至極納得出来る話だ」

 

 『魔術師』は忌まわしそうに吐き捨てる。その『三回目』の『転生者』こそ自分を超える史上最悪の『転生者』に他ならない。

 

「こんな献身的な自己犠牲をした奴は正真正銘の聖人聖女だろうよ。全ての『魔女』を吸収して自害し、『魔法少女まどか☆マギカ』の世界を救済したのだからな」

『……その負債がこっちの世界に来るなんて笑えませんねぇ』

「そして今日の『魔女』討伐で、作中に登場した『魔女』が出現した事から確定してしまった。最終的には『奴』が来るのだと」

 

 頭が痛い話である。他の『魔女』と違って顕現しただけで『海鳴市』に致命的な損害を齎す。

 発生しただけで此方の陣営の敗北が決定する天災など誰が望もうか。

 

「一ヶ月以内に『ワルプルギスの夜』が『海鳴市』に出現する。一体誰が倒すのやら。いや、違うか。――誰が倒せるのやら」

『ご主人様……』

 

 確かに『海鳴市』に生き残っている『転生者』の力を結集させ、『魔術師』も出し惜しみしなければ『ワルプルギスの夜』の一つや二つ越えられる可能性は微弱ながらあるだろう。

 

 ――問題は出現し、撃退したその後にある。

 

 『ワルプルギスの夜』の出現によって『海鳴市』そのものが致命的な損傷を受け、霊地を失った『魔術師』が絶対的な窮地に陥る事にある。

 難攻不落の『魔術工房』を土地の魔力ではなく、自前の魔力で運営するようになれば風前の灯だ。いずれ魔力枯渇に陥り、多数の勢力に攻め落とされる未来しか残されていない。

 

『逃げませんか? 何処か別の地域に引っ越すとか。今なら二人で何処にでも行けますよ』

「実に名案だな。だが、もう私は逃げ飽きている。前世では四十年も逃走生活を続けたんだ、あの頃の最低最悪な生活には戻りたくないな」

 

 他の場所に一から基盤を作り、『ワルプルギスの夜』が出現するまで放置し、現勢力全てを見殺す手は確かに魅力的だったが、『魔術師』は否と最初から斬り捨てる。

 どうにも気づかない内に、この土地に愛着心を持ってしまったらしいと自嘲する。

 愚かしいまでの甘さだ。郷土心などという不明確なもので絶対的な破滅に立ち向かおうとしている。策略家として完全に失格だろう。

 

「出来る限りの事はやるさ。それでも駄目なら逃げ出そう」

『はいっ! そんな前向きに見えて凄く後ろ向きなご主人様が大好きです! わぁー、言っちゃいましたっ! きゃー!』

 

 戯言をほざいている『使い魔』を無視しながら、『魔術師』は思考を巡らせる。

 空に昇ったばかりの朝日は、彼の征く困難な道を照らすように光差していた――。

 

 

 




『兼重』
【攻撃力】■■■□□【防御力】■■□□□【速度】■■■□□【運動性】■■■□□
【通称/正式名称】和泉守兼重
【所属】『武帝』
【仕手】新道義和
【種類】真打
【陰義】火炎操作
【仕様】凡用/白兵戦
【合当理仕様】熱量変換型単発火箭推進(試作型)

 参考にした『銀星号』の合当理仕様が陰義による重力制御なので、その辺の技術開発が非常に遅れており、速度と運動性に影響が出ている。
 また鍛造する者が蝦夷人(ドワーフ)でない為、陰義が発生する真打は極稀である。

 基本的に劔冑の名称は過去の大業物・良業物から拝借して名付けられている。

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