転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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58/彼女の正体

 

 ――その彼に興味を抱いた理由は、一体何だったのだろうか?

 

 この短期間で三回死にかけて生き延びた、類稀な強運だろうか?

 だが、真に強運たる者はそもそも大凶に当たらない。この場合は逆境に強いと評するべきなのだろうか?

 転生者としての強さは中の下、彼より厄介極まる転生者は幾らでも居る。強さという観点では論ずるまでもない微小な存在である。

 

 ――彼女は彼の何処に特異性を見出して接触したのか、その当時は自分自身でも理解出来ていなかった。

 

 彼女の能力は万能と言っても過言じゃないぐらい、強大で汎用性に富んだ能力だった。

 未来予知に匹敵する直感は、真実を容易に看破する。けれども、彼女の知り得ぬ事は見抜けない。

 何故なら最初から見向きもしないからだ。

 

 ――斯くして、魔都海鳴で暗躍する傍ら、彼女は彼との接触を繰り返した。

 いつしか、その優先順位がいつの間にか逆転していた事に、彼女は未だに気づいていなかった。

 

 彼は確かに、彼女が今までに出遭った事の無い類の人間であった。

 強大な力こそ無かったが、その黄金の精神は『巨悪』を打ち砕き、一切損なわれる事無く彼の中に根付いている。

 まるで彼女が夢にまで思い描いた『正義の味方』のようであり、されども自分と相対すれば呆気無く決着付くであろう事に、彼女は一人勝手に深い失望を抱いた。

 

 ――最果ての『悪』である彼女を倒すには、彼は余りにも無力過ぎたのだ。

 

 自分という全てを支配する極星から見れば、彼は弱々しい流れ星――されども、困難に立ち向かう毎にその星の光は輝きも規模も増して行く。

 彼が何処まで行けるのか、最後まで見届けたい気持ちが芽生えていた。もしかしたら、或いは、届くかもしれないと、切に願って――。

 

 ――そして遂に、彼は届いた。『矢』の力を支配し、自分と同じ地平に並んだと確信した。

 

 

 58/彼女の正体

 

 

『Accel Shooter』

「シュート!」

 

 ――なのはのアクセルシューターが飛翔してくる。

 

 数にして十個、周囲を取り囲むように配置され、時間差で雪崩れ込んで来るそれは、嘗ての自分のスタンドでは『ステルス』を使わない限り凌ぎ切れない猛攻である。

 

「シャッ――!」

 

 だがそれを『蒼の亡霊』は尋常ならぬ速度で悉く殴り落としてしまう。

 試運転がてらに動かした時から何となく察知していたが、心臓部のエンジンを数段階上のモノに変えたかの如く――今の『蒼の亡霊』ではこんな無茶な事も簡単に出来てしまう。

 

(……パワー、スピードも段違いに向上してやがる。しかも――)

 

 アクセルシューターを全部無効化して駆け寄る此方に、なのはは空を舞って距離を離そうとし――スタンドを装甲して一気に飛翔する。

 

「え……!?」

 

 ――身体が軽い。風の能力も段違いに向上している。持続時間も、その全体の効果さえもだ。

 

 ジョルノ・ジョバァーナが自身のスタンドに『矢』を使った時、基礎能力も圧倒的に向上していたし、元々の能力も尋常ならぬレベルでパワーアップしていた。

 その影響は自分のスタンドにも適応されているようであり、通常時では短時間且つ短距離の飛翔しか不可能だったが、なのはのような空戦魔導師に追いつくぐらいの出力を瞬時に叩き出すが可能となっている。

 

『Protection』

 

 レイジングハートは自動的に防御魔法を展開し、オレは右拳を握り締め、複数の拳打をぶち込む。

 堅牢な障壁の前に、幾らパワーアップしたと言っても弾き飛ばされるだけかと思われたが――ただの一発で、防御魔法が木っ端微塵に崩れ去った。

 

「そん、な……!?」

「――え? 嘘ぉ……!?」

 

 余りの想像外の出来事に、防御魔法を殴り削る気だった此方の拳が全部スカる。

 瞬間的に飛翔してこの場から即座に離脱し、オレは地面に着地してスタンドの装甲を解いた。

 

「さんきゅー、なのは! もう良いよー!」

「……あ、はーい!」

 

 此処に戦線離脱から復帰したなのはとの実戦式の模擬戦は終わり――やっぱり自身のスタンドはレクイエム化していると結論付ける。

 姿形は全く変わっていないのに――ジョルノの場合は、結構ビジュアル的に変わったのに何故だ?

 頭を傾げていると、近くに降り立ったなのはと自分に向かって白いタオルが投げられ、見物していた柚葉は心底不思議そうに『蒼の亡霊』を凝視していた。

 

「……常時レクイエム化しているの?」

「いや、多分だけど『矢』を抜き取れば普段通りに戻ると思うんだが――その『矢』が見当たらないんだ」

 

 それに、ちょっとだけレクイエムの力の片鱗を味わったような気がして、背筋が寒くなる。

 

「どうやってあの防御魔法を打ち砕いたの? なのはの方は何か解った?」

「……えーと、一撃で防御魔法の構成が吹き飛ばされたみたいで、私には何が何だか……」

 

 自身のスタンドの拳を見ながら、相当ヤバい能力だと何となく察する。

 『矢』によって新たに獲得した能力の発現条件は対象を殴る事であり、どういう法則が働いたのか、ただの一撃でなのはの堅牢極まりない防御魔法が砕かれている。

 

「本体のオレにもよく解んねぇ……だが、人間相手に使う気も試す気も起こらないな」

 

 単純に物理的な攻撃力が高まったとだけでは無いと断言出来る。もっとヤバい片鱗が見え隠れしている。

 ジョルノのゴールド・エクスペリエンス・レクイエムは、攻撃してくる相手の動作や意志の力を全て『ゼロ』に戻してしまう、間違い無く歴代最強のとんでも能力が発現した。オレの『蒼の亡霊』――いや、ファントム・ブルー・レクイエムも、それに匹敵する能力を手に入れてしまっているのか?

 

「ジョルノ・ジョバァーナと一緒なら頭部に来ているんじゃない? その仮面を取ってさ――」

「……スタンドの『癖』みたいなものがあってな。空条承太郎の帽子を触るが如く、仮面に触ろうとすると自動的に反撃されるから嫌だ」

 

 本体のダメージはスタンドへのダメージだというのに、構わず殴られたのは良い思い出である。というか、永遠のトラウマ?

 

「……ねぇ。そのスタンド、明らかに自律してない?」

「あーあー、聞こえない。何を言っているのかまるで聞こえないぞー!」

 

 HAHAHA、まさかそんな訳無いだろう。そんなホラー展開、オレは絶対知らんし、絶対認めんぞ。

 などと現実逃避していたら、ポケットの携帯電話が鳴る。誰からかと思いきや――思わず眉間を顰める。

 

「……『魔術師』から、だと――?」

 

 もうこの時点で嫌な予感しかしない。そんな一日の始まりである――。

 

 

 

 

 ――『魔術師』に呼び出されちゃった。てへっ。……え? 何この超弩級の死亡フラグ?

 

 好きな会合場所を選べ、其処が貴様の死に場所だ、という事だそうなので(後半部分は恐怖に駆られた想像に過ぎないが)、冬川雪緒と生前何度も行き着けた居酒屋で正座で待ち侘びる。

 

(い、いや、落ち着け! 屋敷に来いとは言ってないから、此処でいきなり始末する気は無い、筈……?)

 

 まるで信用出来ない。嫌な汗ばかり流れる。

 程無くして――とは言っても、時間感覚が崩壊して永遠のように感じられたが、三人分の足音が聞こえて、『魔術師』はエルヴィとランサーを引き連れて現れた。

 

「――少し待たせたか、済まないな」

 

 ……あれ、オレ、マジで死んだんじゃね……?

 一応、逃走経路として背後の壁を破壊して脱出するという最終手段を用意しているが、その行動を目の前の英霊と吸血鬼が許してくれるだろうか――?

 

「……秋瀬直也。君が私を信用していない事は十分理解しているが、エルヴィとランサーが姿を最初から現しているのは二人を使って不意打ちしないという意思表示なのだがね……?」

 

 やや呆れたような声で『魔術師』は語り、『魔術師』だけがオレの向かい側の席に座り、エルヴィとランサーはオレ等とは別の、もう一つ向こうの席に座る。

 

(……『魔術師』なりの気遣い? このオレに? 何故? ホワイ? というか、不意打ち云々は抜きにして、二人同時に襲われた時点でオレの人生は終わりなんですけど? それ以前に、アンタすらオレを殺すのなんて簡単だろう……!?)

 

 内心混乱の極致に至っているオレを無視して、『魔術師』は適当に摘めるモノを店員さんに頼む。手馴れている様子であり、まるで常連客のように見えた。

 

「最初に言っておく。川田組の一件、済まなかった。生憎と干渉出来る精神状態では無かったのでな」

「……何かあったのかよ? そういえば柚葉のヤツが微妙な反応していたが」

 

 最初に樹堂清隆が襲ってきた時に動いてくれれば此処まで苦労はしなかったと、ジト目で睨んでおく。

 

「……『柚葉』、か。まぁいい。流石の私も実の娘を殺せば憂鬱になるさ。神咲神那、冬川雪緒から聞いていただろう?」

「実の娘? 妹じゃなくてか?」

「三回目の転生者だったんだよ。二回目と一回目が私の実の娘の――」

 

 いつぞや冬川雪緒から聞いた、この世界での身内が嘗ての世界での娘だと――?

 『魔術師』はいつもの覇気無く「尤も、気づいたのは殺す直前だったがな」と自嘲する。

 

 

「今回の話は単純明快だ。豊海柚葉との決着を近々付ける。私と豊海柚葉、その何方かが確実に死ぬだろう。お前は何方に付く?」

 

 

 面倒な前置き無く、今後の全てに関わる重大な本題を叩き付けてきやがった……!?

 これは迂闊に答える訳にはいかない。エルヴィとランサーの席に一瞬だけ目を向け、目の前の『魔術師』に戻す。

 

(この状況は、致命的にまずい。くそっ、無言の脅迫か!?)

 

 オレとしては、豊海柚葉と『魔術師』、その何方に付くか、簡単に決めれる問題では無いが、『魔術師』としては性急に味方か敵か見極めたいという訳か。

 ……敵対者だと判明した瞬間、傍観席に居る二人が敵になるという寸法なのか。

 

「忌憚無く言ってくれ。わざわざ自身の領域外で会食したんだ、敵対すると言っても此処で葬る事はしない。――亡き友、冬川雪緒に誓おう」

 

 オレは思わず『魔術師』の顔をまじまじと観察する。

 バーサーカーに殺されたと思われた時の『魔術師』の反応、瀕死の豊海柚葉を前に友人の亡骸を優先した『魔術師』を思い出し――その言葉に一片の虚偽が無いと信じる。

 『魔術師』と冬川雪緒の間には、新参者のオレなんかには語れない『友情』があった。それを謀略の材料に使う事は絶対に無いと、オレは信じる。

 

「――どうして、柚葉を排除する必要があるんだ?」

「その質問に答えるには、一つ此方の質問を先に答えて貰う必要がある。――豊海柚葉がどの勢力の人間か、解ったか?」

「……いや、未だに解らない。そもそも、あれが勢力に属するとは考えられないんだが」

 

 強いて言うならば、豊海柚葉は豊海柚葉という勢力の王に他ならない。王者たる彼女が誰かの軍門に下る事など絶対に在り得ない。

 その点は『魔術師』も同意見だったらしい。

 

「もう逆説的に一つしか残ってないんだよ。邪神勢力は滅びて、学園都市の勢力も滅びた。残った三つは海鳴市に元々根付く組織だ。さぁ、最後に何が残っている?」

 

 この居酒屋で冬川雪緒から説明された大勢力は五つ、一つは目の前の『魔術師』勢力、二つ目は『教会』勢力、三つ目は『武帝』勢力、四つ目は『邪神』勢力、五つ目は『学園都市』勢力である。

 ……というか、『武帝』勢力まで海鳴市に元々根付いていた勢力なのかよ。初耳である。

 そのどれもに当て嵌まらず、匹敵する大勢力――? そんなもの……あ。一つだけある。それに思い当たってしまい、同時に訝しむ。

 此方のその様子を見抜いているのか、『魔術師』は話を進める。

 

「――秋瀬直也。私はね、今まで一つだけ掴めなかった情報があったんだよ。あの忌まわしき管理局の頂点が誰なのか、今の今まで掴めなかった。解っているのは、その頂点が『教皇猊下』と呼ばれている事だけだ。だが、今は限り無く真相に近づいていると確信している」

 

 此処まで言われれば、馬鹿でも理解出来る。つまり、『魔術師』が言いたい事は――。

 

「……柚葉が、時空管理局の勢力のトップだって言いたいのか……!?」

「それしか考えられない。――まぁ、殺してみれば解る程度の確信だがな」

 

 脳裏に様々な反論が湧き出るが、ある意味納得している自分が何処かにあるような気がする。

 豊海柚葉が次元世界を牛耳る覇者? 似合い過ぎて笑えねぇぞ。

 ……だが、それにしても、その『教皇猊下』というのは微妙だが。宗教被れしている印象なんて欠片も無いし。むしろイメージ的に神を冒涜して殺す側だろうに。何故に『教皇猊下』なんだろう?

 

「近々管理局の大攻勢が始まる。私はその勢力を全て叩き潰して管理局の転生者達の首を刈り取るつもりだ。特に首魁は絶対にな」

 

 その殺意は自分以外の誰かに向けられたものであり、それを理解していながら背筋が凍える。

 

「それ故に、これは私からの最後の依頼だ。拒否権はある」

 

 丁度この時に『魔術師』が頼んできたモノがテーブルに置かれ、自分の前にも冷えたコーヒーが置かれる。

 『魔術師』とオレは同時に飲み物に手を付け、飲み干す。適当にお代わりを頼み、今回の議題に戻る。

 

「――豊海柚葉を探って、彼女が本当に時空管理局の『教皇猊下』かどうかを確かめてくれ。その上で何方に付くか、はっきり表明して欲しい」

 

 ……これは、まさに人生の分岐路だ。

 受けるにしろ、受けないにしろ、確実に後々まで影響を齎す重大な分岐点だと自覚する。

 

「当然、今までのどんな事よりも危険度は高い。お前が殺した筈の教会勢力の『代行者』、あれも彼女の配下として活動している」

「……何だって?」

「君が殺したのは『プロジェクトF』の産物らしいな。あれが簡単に死に過ぎてずっと疑問に思っていた処だ」

 

 『魔術師』は無表情でそう言い渡し、更に「腐っても代行者、私見だがシエル並の実力者だ」と付け足す。

 オレの戦ったあの代行者はサーヴァントと防戦出来るような超人ではなかった。もしもそんな超人相手なら、黒鍵の一撃さえオレは防げなかった筈だ……。

 

「……柚葉と戦わずに済む道は、無いのか?」

「我が娘は彼女の手引きで差し向けられた刺客だった。まさか時空の彼方で、子殺しを成すとは私自身も思わなかったぞ。――私の監視網を潜り抜けるのにも『プロジェクトF』の産物が使われている」

 

 激しい憎悪を顕にして「今、あの家で暮らしているのは記憶だけ転写した複製体だ」と『魔術師』は憎々しげに言う。

 

「――本音を言うと、私は君を敵に回したくない。正体不明の能力であるレクイエムの事もあるし、冬川雪緒への義理立てもある。協力しなくても、動かないのであれば安全は保証しよう」

 

 ……本当に、冬川雪緒には感謝しても感謝し足りないようだ。身に沁みてそう感じる。

 

「ただし、敵対するのであれば容赦はしない。豊海柚葉と一緒に死んで貰おう」

 

 話は終わりだ、と『魔術師』はお代わりのコーヒーに手を付ける。

 

 ――オレは自分がどういう選択を下すべきか、深く思案する。

 

 何方を選ぼうが、二人が殺し合って何方かが消える。魔都海鳴の未来を定める大一番だ。悩みに悩み抜く。

 そもそもオレは、豊海柚葉についてどう思っているのだろうか?

 

 最初出遭った時は、無関係の者さえ巻き込む『邪悪』だと認識した。

 能力的にも目の前の『魔術師』に匹敵し、直接戦闘だって『ボス』を数千回凌駕するぐらい逸脱している。……違うな、今、考えるべきはそんな事ではない。

 

 朝、登校して朝礼前に教室の前で話し合う事が日常だった。

 散々デートという名目で此方の財布を散財させられた。

 意外に情熱的で、話し合える相手である事も解った。

 あの『魔術師』に匹敵する凶悪な人物だけど、見た目は九歳の少女で、その小さな身体は予想以上に軽かった。

 いつの間にか、彼女と一緒に居る事が、オレの日常になっていた。

 とんだ侵略者だと、オレは笑う。笑わずにいられなかった。

 

 ――認めよう。誤魔化しもせずに、親身になって。

 オレは一人の友人として、彼女に死んで欲しくないと何処かで願っている。

 

「――豊海柚葉が管理局のトップかどうか、確かめる依頼は受ける。だが、条件を一つ付け加えさせろ」

「……聞こう」

 

 『魔術師』は意外そうな顔をした後、その付け加える条件を吟味すべく静かに待ち侘びる。

 

「彼女がそうでない場合は、殺さないと約束してくれ。これを確約してくれない限り、オレは依頼を受けない」

「――ほう。この私に私情を、利己的な復讐心を捨てろ、と言うか」

 

 その時の『魔術師』の顔は獰猛に笑っており、その殺意が自身に向けられた。

 だが、揺るがず、怯えずに睨み返し――『魔術師』は殺意を抑え、晴れやかに笑った。

 

「良いだろう。確たる証拠を持って証明すれば、彼女を殺さないと約束しよう」

 

 オレはほっと一息吐く。だが、まだこれからだ。そんな言葉だけでは一切信用ならないのがこの『魔術師』だ。

 ……本当に付き合っていくのが極めて面倒な性格破綻者だ。これと友情を築けた冬川雪緒は本当に偉大だと思う。

 だが、まぁ面倒なのは豊海柚葉も一緒なので、一人や二人増えた処でどうって事もあるまい。

 

「秋瀬直也、私は君がその場凌ぎの嘘を提出しないと信じる。豊海柚葉と共謀する可能性も絶対に無いと信頼しよう。そんな反吐が出るような裏切りをするぐらいならば、お前は正々堂々挑むだろうしな――私の方から違約させない為に『自己強制証文(セルフギアス・スクロール)』を用意する準備があるが?」

 

 『魔術師』は着物の懐から一巻きの羊皮紙を取り出す。

 それは衛宮切嗣がケイネス・エルメロイ・アーチボルトに『ランサーを自害させる事でケイネス並びにソラウに手を出さない』事を魔術的な作法で確約させたものであり――オレは瞬時に目を細めて首を横に振った。

 

「それは止めておく。ケイネスのように定条文の裏を掻かれそうだからな。ただ――冬川雪緒の名に誓ってくれれば良い」

「――暫く遭わない内に交渉上手になったじゃないか。良いだろう、確たる証拠を持って管理局の首魁でない事を証明すれば、私、神咲悠陽は豊海柚葉を殺さない。我が友、冬川雪緒の名に誓おう」

 

 くく、と笑いながら『魔術師』は羊皮紙を懐に仕舞う。

 『自己強制証文』なんぞに頼った日には、文章の穴を突かれて後日地獄を見たであろう。平然と人を陥れようとするから友達が居ないんだよ、お前は……。

 

「それじゃ最後にアドバイスだ。彼女の家を探索すればはっきりすると思うが、間違い無く死地だ。彼女に殺されない為には――頑張って口説き落としたまえ」

「なっ!? だ、だからオレとアイツはそんな関係じゃ……!」

 

 ま、また巫山戯た事を言いやがったぞ、コイツは!

 やっぱり誤解してるんじゃねぇかとオレは顔を真っ赤にしながら反論し、その様をくつくつと愉悦を感じながら笑う。やっぱりコイツは性格最悪だッ!

 

「好きでも何でもない女の為に生命なんざ賭けられるか」

 

 いや、それは成り行きというか、場の乗りというか、というかオレは誰に釈明しているんだ!?

 不貞腐れたようにオレはコーヒーをがぶ飲みして、咽る。ぐぬぬ、踏んだり蹴ったりだ!

 

「それにな――愛した女が居るなら絶対にその手を離すな。この手をすり抜けて逝かれるのは、結構堪えるぞ」

 

 ……その実体験すら伴った忠告に、オレは何も言えなくなる。

 

「――それに、現状では間違い無く、彼女は最強最悪の転生者だ。もう枷は消えてしまったからな、謀略の面では私ですら到底及ぶまい」

「……枷、だって? あの『ボス』を数千回殺した柚葉が、制限付きだとぉ――ッ!?」

 

 え? 何それ、お願いだから聞き間違えだと言ってくれ。

 心底信じられない顔で『魔術師』の顔を見たが、其処に冗談が入り込む余地は無く――今一度、オレの中に衝撃を齎す。

 

「……マジ、なのか?」

「もう一瞬先の未来予知どころじゃないレベルで感知されているだろうよ。今の私の動向も当然の事ながらな。――唯一つ、例外があるとすれば君だよ、秋瀬直也」

 

 『魔術師』は自分に指差し、邪悪に笑う。

 んな、馬鹿なと言いかけて――その可能性の一つに思い当たる。

 

「……それは、レクイエム化したスタンドがその範疇に収まるかどうかの、推測の話だろう? というか――柚葉の能力を見抜いたのか!? 一体何なんだよ、あれ?」

「おいおい、私の情報源は君だぞ? 君にすら推測出来ていない事を、私が都合良く判明させているとでも思っているのか? あくまで推測の域に過ぎない。的外れかもしれない先入観など植え付けられたくないだろう?」

 

 ……何か、凄い暴論で言いくるめられた気がする。推測でも的外れでも良いから聞きたいが、この調子だと言う気など全く無いな……。

 

「――それでは君の健闘を祈るよ、秋瀬直也。……あれと殺し合わずに済む未来か。あるのならば見てみたいものだ」

 

 『魔術師』が最後に言った、独白に近い言葉はどういう訳か、オレの胸の中に深く刻まれたのだった。

 

 

 

 


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