転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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51/因縁

 51/因縁

 

 

「走る走るぅ、ミサーカ達ぃー」

「――歌っている場合ですかっ!?」

 

 法定速度無視の速度で、セラ・オルドリッジを誘拐した軍用車両は公道を爆走する。

 彼女自身は即座に手首足首を縄でふん縛って拘束され、今は即効性の薬で意識を失って夢の世界に旅立っている。

 

(目が覚めても悪夢なんてミサカ達は気が利いているねぇ。まぁ問題は此処から逃げられたら、なんだけど――)

 

 助手席から、サイドミラー越しに飛翔してくる二人の影を、『異端個体』は楽しげに眺めていた。

 クロウ・タイタスは遅れて飛翔し、今現在彼女達の車両に物凄い勢いで追随しているのは、阿修羅すら凌駕するほどの激怒の形相に固定されたブラッド・レイである。

 

「わぁお、凄い怒ってるねぇ。何かこう今にも『竜魔人』化する勢いじゃん? 彼の逆鱗を逆撫でしちゃったからねぇ。ミサカ超怖ーい」

「そんな事言ってる場合ですか!? あの飛翔速度じゃすぐに追い付かれますよ!? うわぁっ!?」

 

 怒れる彼から十数発の破壊の弾が放たれ、タイヤ目掛けてひたすら連打される。

 運転手は泣き言を泣き叫びながら、巧みに回避し続け――イオラは他の一般車両に被弾し、現在進行形で彼女達の背後に大事故を量産している。

 額に輝く竜の紋章と他の被害を顧みぬ手加減抜きの攻撃の激しさから、人質の安否をも地味に忘れているんじゃね?と、『異端個体』は僅かながら敵の理性を心配する。

 

「特技は『爆裂呪文(イオラ)』みたいね。『爆裂極大呪文(イオナズン)』だったら引く手数多だっただろうにー。しゃーないなぁ、ミサカの銃寄越してぇー!」

「は、はいっ!」

 

 背後から騒ぐ隊員から狙撃銃並に長身の銃器を受け取り、『異端個体』は窓から乗り出して後方から飛翔する追撃者に照準を合わせる。

 『竜の騎士』は背中から真魔剛竜剣を抜き取り、真正面から迎撃する構えを取る。この在り得ない選択を選んだ様を見て、『異端個体』は相手が本当に理性を失って怒り狂っている事を確信する。

 

「――古臭いファンタジーが、最新鋭の科学に勝てる訳無いじゃん……!」

 

 夥しい高電圧を撒き散らし、正真正銘の本気の本気、専用の銃弾による『超電磁砲』をぶち放ち――不可避にして防御不可能の必滅の魔弾は古代の黴臭い騎士を呆気無く撃ち落とした。

 それが必然の理だと冷然と告げるように――。

 

(……ちぇ~っ、やぁっぱり『竜の騎士』の戦闘経験ってのは侮れないねぇ。あんだけ理性失っていたのに、寸前の処で致命傷回避しやがりましたよ? 人間じゃないねぇって本当に人間じゃなかったけ? 三分の一だけ人間だね?)

 

 地に転がり落ちた『竜の騎士』、そして彼の延命を優先させたクロウ・タイタスを遠目で見届け――『異端個体』はとりあえず逃げ切ったと心底安堵する。

 

(さぁて、賭けはミサカ達の勝ちみたいね。後は勝ち分を一方的に搾取して回収するだけねぇ――)

 

 アウェーでの戦いはこれで終わり、後は勝ちの確定した本拠地での戦闘を待つばかりである。

 全身拘束されながら静かに眠れるセラ・オルドリッジを眺め、『異端個体』は勝ち誇るように邪悪に微笑んだ――。

 

 

 

 

(ふむふむ、あの『禁書目録』の元の人格は非常に強かで注意深い――悪く言えば、酷く臆病か。これは使えるな)

 

 此方への交渉を持ち掛けてきた記憶喪失の『禁書目録』――正確には記憶を抹消される前のセラ・オルドリッジの交渉を、『魔術師』は好感触に受け入れる。

 現在の彼女は教会での立場が非常に危うい。手段さえあれば、彼等は嘗ての『禁書目録』に戻るよう、皆が揃って努力するだろう。

 それはセラ・オルドリッジにとっての消滅を意味し、当人は誰よりも理解して恐怖し、何が何でも自己の存在価値を『教会』の者達に証明しなければならない。

 その孤独な苦境を誰よりも理解し、間接的に利用出来ると『魔術師』はほくそ笑む。

 

(悪い話ではないな。互いに信頼出来るように調整すれば海鳴市の問題は殆ど片付いたのも同然だ。安心して管理局の勢力の排除に乗り出せる)

 

 八神家の者達を管理局に渡さず、共同して管理局の排除を行える。そして『禁書目録』では実現出来なかった同盟を結んでしまえば、その成果と実績から迂闊にはセラ・オルドリッジを排除出来なくなる。

 まさに理想的な一手であり、お互い裏切れないように雁字搦めに条件を纏めれば――此処まで思案し、エルヴィに任せて結論を先延ばしにした事を『魔術師』は後悔する。

 

 ――未だに『魔術師』は全力で怠けて死んだ振りをしたまま、ソファに寝転んでいた。

 ……霊体化したランサーが疑わしい眼で眺めていた事を、彼は気づいていない。

 

(……しくじったなぁ。こんな事なら私が交渉すれば良かった。まぁいいさ。明日の朝にでも再連絡して、話を纏めてしまおう)

 

 過ぎ去った事は仕方ないと、『魔術師』は数少なくなった街の監視用の使い魔を何体か動かしながら、秋瀬直也の近況を探る。

 どうにも今回送り込まれたのは最も魔女狩りを行った爆弾魔のスタンド使いであり、多少なりとも心配する。

 苦戦は必至――その前評判とは裏腹に、秋瀬直也は川田組でも有数の殲滅力を持つスタンド使い相手に無傷で勝利を収め、彼等の心配はするだけ無駄だと判断させられる。

 

(秋瀬直也の方は大丈夫のようだな。この調子で冬川雪緒に化けている屑野郎を殺してくれ。影ながら応援だけはしよう。流石に後始末は私がするが――)

 

 むしろその後が『魔術師』の仕事だ。冬川雪緒の討伐が確認され次第、副長的な立場の者と接触してこの乱を最小限の労力で治める必要がある。

 

 ――その者と、今までの関係を保てるかどうかは未知数であるが。冬川雪緒しか成し得なかった『魔術師』とのラインを保てるかは、五分五分と言った処だろう。

 何方にしろ、手痛い問題である。下部組織に過ぎなかった川田組との関係は、否応無しに変わる事になるだろう。

 

 この争いで唯一の成果と言えば――やはり、豊海柚葉に尽きる。

 

(――やっとその能力に見当が付いたよ、豊海柚葉。なるほど、道理で時間操作能力者と思われる『過剰速写』を憎悪し、脇目も振らずに自らの手で抹消しようとする訳だ。――それにしても何方側かな? 十中八九、あちら側だと思うが)

 

 まだ確定とは言えず、底も見えてないが、その限界は見極められた。まさかあの世界からの転生者だとは想像だにしていなかったが――。

 

(……となると『過剰速写』に予想外の付加価値が生じたか。暫く生かす方向で調整しなければな――)

 

 あれこれ考えながら、その当人達、教会勢力の様子を遠くから探ってみると――。

 

「あああああああぁっ! 何て事しやがるんだ――ッ!」

「わきゃっ!?」

『……何だ何だ?』

 

 既に何者かの勢力の襲撃が終わった直後であり、『過剰速写』とシャルロットが重傷、セラ・オルドリッジの姿は見えず――色々調べる内に学園都市の勢力に強襲され、セラ・オルドリッジが攫われた事実に至る。

 その際にクロウ・タイタスとブラッド・レイが決死の追跡劇を繰り広げていたが、どうにもシャルロットが怪我をして理性を失っていたらしく、『異端個体』から『超電磁砲』を打ち込まれて、ブラッドが負傷、難無く逃げられている。

 

(――今の記憶喪失の『禁書目録』は交渉するに当たって失ってはならない人物。人質に取ったという事は、自らの領域に誘い込んで『過剰速写』を始末する気か――? 八神はやての護衛があるから、教会勢力が動かせるのは恐らく『過剰速写』と一人、クロウ・タイタスかブラッド・レイ――回復役のシャルロットが重傷で意識が無い今、負傷有りの二人で攻め落とせるだろうか?)

 

 よりによって最悪のタイミングで動かれ、不甲斐無い結果を晒している。

 あちらが立てば此方が立たず、此方が立てばあちらが立たず。ままならぬものだと『魔術師』は怒りを顕にする。

 

(いや、攻め落とせずに返り討ちにされた時は完全な『プロジェクトF』が完成して海鳴市の勢力図が引っ繰り返る。介入してでも奴等は此処で始末しなければならない)

 

 動かずに事を傍観していたのは逆に言えば、今のこの状況で動くのは得策じゃないからだが――そうも言ってられない事態である。

 

(問題はもう一つ、秋瀬直也と豊海柚葉だ。あの女が居るからには敗北は在り得ないと思うが、万が一、冬川雪緒の皮を被ったドグサレ野郎に『矢』が奪われた場合、想像外の能力に進化して手が付けられなくなる)

 

 流石の『魔術師』も、『矢』で進化した『ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム』並のスタンドなど相手にしたくないし、産ませたくもない。

 此方にも万が一の為の一手を差し向けておく必要がある。

 

(魔力貯蔵量は三割弱と言った処か。こんな不完全な状態で二面作戦を敢行しなければいけないとは――)

 

 ――最後の『奥の手』を切るには早すぎる。

 今現在はこの持ち札でやらざるを得ないだろう。

 むくりとソファから起き上がり、『魔術師』は背伸びする。短い休日だったと彼は無念そうに内心悪態吐く。

 

「ランサー、私の魔力の二割を回す。エルヴィ、動くぞ」

 

 エルヴィは精神的に復活を遂げた主人に、はち切れんばかりの笑顔で答えた。

 

「はいっ、ご主人様!」

『……何だ、勝手に復活しやがったか』

 

 

 

 

「――そうか、逃したか」

 

 散々たる状況だと、『過剰速写』は顔を顰めるしかなかった。

 セラ・オルドリッジは攫われ、シャルロットは『RPG-7』の爆風に巻き込まれ、意識不明の重傷、その事で理性を失って追撃したブラッド・レイは『超電磁砲』で迎撃されて負傷、今無事なのはクロウ・タイタスと『神父』、それに八神はやてという悲惨極まる状況だった。

 

「……お前は、奴等の施設から逃げてきたんだろ? 場所を教えろ」

 

 『過剰速写』が寝転んでいる寝室には、『神父』と八神はやて、そして押し掛けたクロウ・タイタスがおり、通夜の如く暗く沈んでいた。

 

「三十分待て、案内してやる」

「そんな悠長な事を言ってられるかッ! 早くしないとアイツの身に何があるか……!」

 

 人質は生きているのならばどんなに穢されても構わない。時間を置けば置くほど、その危険性が高まる一方であり、やはりこの男は生粋のお人好しであると『過剰速写』は羨ましそうに眺めた。

 

「……何だ、嫌っていた割には心配しているのか。それなら――勝算は多い方が良いだろう?」

 

 そう言って、ズダズダに砕け散った左腕の包帯を『過剰速写』は乱雑に解いた。

 その腕は傷一つ無く、感触を確かめるように『過剰速写』は左腕を動かす。応急手当をした当人である『神父』さえも驚く。

 回復魔法を使えるシャルロットが意識を取り戻していない今、『過剰速写』は自力であの複雑骨折に裂傷を治癒した事になるが――。

 

「――人生八十年、七十万飛んで八百時間程度だ。オリジナルが生きた十六年間、140160時間を差し引いて560640時間か。生まれてから盛大に消費しているから、どのくらい減っているのやら」

 

 『過剰速写』は目を細め、悲観するように呟き、僅かに自嘲する。

 それは複製体の自分の寿命がどの程度なのか、全く把握出来ていない事と――『多重能力者(デュアルスキル)』と生涯偽っていた自分が、自分自身の口から己が能力を吐露する事への、二重の感情だった。

 

「オレの能力は『時間操作』で、本来の能力名は『時間暴走(オーバークロック)』という。自らの寿命を消費して時間を操作する。ただし、『時間操作』で生じた肉体的な負荷などは『時間操作』で処理するしかない。使えば使うほど首を絞めて悪循環に陥る能力だ」

 

 『過剰速写』は「短期決戦で片付ける分には問題無いんだがな」と付け足す。

 使えば使うほど、寿命を削る欠陥能力――文字通り、使う度に血肉を削るものだった。

 

 ――つくづく、人質に縁のある人生だと、『過剰速写』は笑うしかない。

 此処でセラ・オルドリッジを見殺せば、自身は最悪だと断じている忌まわしき仇敵まで堕ちる。それだけは、全身全霊を使い果たしても許容出来ない事態であった。

 

(どの道、本来の目的もそれだ。行き掛けの駄賃という訳だ)

 

 ならば、彼の動機は単純明快だ。この極限まで肥大化した矜持を守る為だけに、生命を削って力を振るうのみである。

 

「左腕の怪我は時間を加速して早送りする事で完治した。生じた負荷を処理する時間を、オレに与えてくれ」

 

 それが一体どれほど寿命を消費する選択だったのか、クロウは自ずと悟り――『過剰速写』の微塵も揺るがぬ覚悟を見届け、無言で縦に頷いた。

 

 

「――クロウ・タイタス、お前は何が何でも生き延びてセラ・オルドリッジを救出し、オレは何が何でも連中を皆殺しにする。その逆は在り得ない。役割を履き違えるなよ?」

「……ああ」

 

 

 今まで『過剰速写』に対して八神はやてを誘拐したいけ好かない野郎だとしか思っていなかったが、クロウは自身の第一印象を改める。

 

 ――コイツはどうしようもない悪党だが、最期まで自らのルールに殉じて一本筋を貫き通す凄い男だと、ベクトルは正反対だが、尊敬に値する男だと心底震える。

 

 最後に、『過剰速写』は八神はやての方を振り向いた。彼女は俯き、その表情は窺えなかった。

 

「八神はやて。多分、これでお別れだ。短い間だが、楽しかったよ」

「……駄目やッ! ちゃんと、生きて帰ってくるって約束して……! 駄目だよ、クロさん……!」

 

 目に涙を堪えて、必死に懇願するはやてに、『過剰速写』は目を瞑って首を横に振った。

 

「……それは出来ない。果たす見込みの無い約束を交わす訳にはいかない。――『はやて』、オレを嘘吐きにする気か?」

 

 ――此処に至って、『過剰速写』は初めて彼女の事を名前で呼ぶ。

 下の名前で呼ぶほど親しく語る、それは彼のオリジナルにしても滅多に無い事態であり――其処にどれほどの想いが籠められていたかは、余人には知り得ないだろう。

 

 ――恐らく、自身の領地にて必勝の布陣で待ち望む『異端個体』相手に、相討ちに持っていければ御の字であろうという試算を『過剰速写』は既に出していた。

 初めから、生きて帰れるなどという高望みを捨てて掛からなければ、事は完全に成せないだろうと確信していた。

 

「嘘でもええ、嘘でもええからぁ……!」

 

 遂には泣き出してしまい、『過剰速写』は彼女の頭を撫でて宥める。

 

「……困ったな、女の子の涙は昔から苦手だったが――」

 

 最後に、『過剰速写』は優しい嘘を吐いた。多分、果たされないであろう、尊き日の約束を――。

 

「鋭意努力しよう。――帰って来たら、そうだな。一週間契約を更新する交渉に精を費やすとしよう。こんな贋物でも、君の遊び相手ぐらいはやれるかな?」

 

 

 

 

 柚葉への連絡を終えて、駆け足で指定された場所に赴こうとしたその瞬間、オレは足を止めた。

 

「――な」

 

 其処には、オレの目の前には、此処に居ない筈の人物が立っていたからだ。

 まさか、自ら赴いて来るとは、予想だにしていなかった。

 

 

「――流石だな。あのスタンド使いでも相手にならないとは。そのスタンド能力、微塵も衰えてはいないようだな」

 

 

 最初と出遭った時と同じ服装、厚手の純白外套を羽織り、白豹の毛皮のマフラーを首に巻いて悠々と靡かせ――同じ出で立ちで、冬川雪緒は其処に立っていた。

 唯一つ、違う点は――サングラスを外して、胸ポケットに仕舞う。そのどす黒い闇が備わった邪悪な眼だけは、冬川雪緒のものとは何もかも違った。

 そして自分は、この反吐が出そうなほど最悪なまでに濁った邪悪な眼を、誰よりも良く知っている――。

 

「……まさか、貴様なのか……!」

 

 激しい怒りを沸き立たせながら、オレは問い掛ける。

 眼の前に居る誰かは、さも嬉しそうに笑った。冬川雪緒が絶対しないような、醜悪なまでに邪悪な笑みをもって――。

 

「――やはり貴様は感じ取れるか、我が宿敵よ。そうさ、こうして話すのは前世振りだな? 秋瀬直也」

 

 やはり、この男は自分の前世の最後に対峙した最大の敵、最悪のスタンド使い……!

 だが、それならば疑問が残る。奴のスタンド能力は『殺害された瞬間に十秒間だけ時間を巻き戻す』ものであり、他人の死体を乗っ取るような類では無かった筈だ。

 それに転生者でもないのに、何故此処に居るのか――?

 

「暫く見ない内にスタンドが変わったのか? 他人の身体を乗っ取るなんざ、随分ヘボい能力になったもんだ。死んだら巻き戻る能力はどうしたんだ?」

「――格別だな、それを貴様の口から言われるとは。ああ、実に心地良い怒りだ。本当に、どうにかなってしまいそうだ……!」

 

 純然なる怒りに全身を小刻みに震わせながら、冬川雪緒の皮を被った『ボス』は憤怒の形相になる。

 まるで訳が解らないし、逆恨みも良い処だ。今、此処で、誰よりも怒り狂っているのはオレ自身だ……! テメェ如きが冬川雪緒を穢しやがって――!

 

「何で此処に居る、なんて詰まらねぇ質問はしねぇ。興味も無いしな。――その身体は冬川雪緒の物だ。返して貰うぜ」

「ほう、異な事をほざく。この身体は単なる空洞だ、それ故にこの『オレ』が有効活用しているというのになぁ」

 

 ああ、沸き立つ怒りの感情とは裏腹に、どんどん理性は冷めていく。

 その口で一文字一句刻む事すら、もはや許せない。力尽くで黙らせて自殺させてやると、オレはスタンドを出す。

 

「――良いだろう。前世からの決着に幕を下ろしてやろう。だが、その前に――『矢』を使わないのか?」

 

 ――ぴたりと、オレはその言葉に動きを止める。

 

 それは余りにも意外で、不可解過ぎる一言だった。

 『矢』を使って制御出来なくても大惨事、オレが『矢』の力を支配してしまえば、奴がどんな能力に変化していようとも勝機は無くなる。

 それなのに『矢』の使用を勧める理由は何なのか――?

 

(此方が使用すると同時に『矢』を強奪する為か? コイツが、誰よりもオレの能力を知り尽くしているコイツが、そんな馬鹿げた事を可能だと思っているのか?)

 

 ――明らかに『矢』で自分のスタンドを射抜く方が遥かに早い。

 ならば、射抜く直前に『矢』を奪い取る為の、第三者のスタンド使いの存在を疑ったが、周囲100メートルには不審な人物は居ない。

 

(……だが、何故だ? 猛烈なまでに嫌な予感がする)

 

 今までこの感触が外していた事は生憎な事に無く――正体不明の違和感を、思考の奥底に放り投げる。今、オレが全神経を費やしてやるべき事は、奴の能力が発動しないように無力化させるだけの事だ。

 

「何を企んでいるか知らねぇが、必要無ぇよ。テメェは、この秋瀬直也が直々にぶっ飛ばす――!」

 

 そして、前世からの奇妙な因縁を清算すべく、オレ達の死闘は一つ世界を隔てて幕開けたのだった――。

 

 

 

 


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