転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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48/実はワルプルギスから三日後

 

 48/実はワルプルギスから三日後

 

 

「つーか、第八位の複製体がいつの間にか教会勢力に居座っているんだけどぉ。ミサカ、超びっくり~」

「武器を調達されたか。まずいのう」

「え? 超能力者で武器とか関係あるん?」

 

 何処か知れぬ地下施設にて、ビーカーに温かいコーヒーを淹れて『博士』と『異端個体』は仲良く飲む。

 基本的に超能力者は生身で軍に匹敵する戦力足りえるので、彼等には武装するという選択肢そのものが最初から欠如している。

 既存の兵器など、弱者が自身を補強する為の補助機能に過ぎず、超能力者ともあろう者がそんな玩具に頼るとは非常に考え辛い。

 

「己の事を顧みて言うのだな。第八位の超能力者は銃火器などの既存兵器を好んで使用した。以前の戦闘データを分析したが、どうも後半になる毎に能力使用を抑えている。奴の能力は短期決戦仕様であり、更には現在の状況は万全とは言い難いようだ」

「え? 何々、後半部分はミサカ初耳なんですけど?」

「ああ、言ってなかったかな? 奴は狙撃手を撃たれる前に撃ち返す事で有名なのだよ。それなのに今回の場合は撃たれてから対処した。――奴の能力が時間操作であるならば、何らかの不具合が生じて遠い未来まで見通せないのかもしれん。『AIM拡散力場』が極端に薄い影響か、それとも別法則が働きかけているのか、実に興味深いな」

 

 また変な方向に思考が逸脱したか、と『異端個体』は溜息を吐いた。

 『博士』は人道や倫理観が完全に欠如した優秀な研究者だけど、よく思考が脇道に逸れてしまうのが残念な点である。

 

「つ~ま~り、余り時間を与えると完全な状態になっちゃうって事でしょ? ただでさえラスボスちっくな馬鹿げた能力だと言うのに。うーん、ミサカは彼が来るまで待ち構えるつもりだったけど、来ないんじゃしょうがないね」

「ふむ、どうするのかね?」

「八神はやてか前代『禁書目録』を攫っちゃおうぜー、とミサカは提案してみる! 記憶喪失で十万三千冊の知識が吹っ飛んでいるらしいし、チョロいよー?」

 

 それは今の段階で教会勢力にも喧嘩を売る事になるが――『過剰速写』さえ手に入れれば、『魔術師』関連の諸々の情報を再分析し直し、万事問題無しと最終的に『博士』は決断する。

 

「……やるのならば、片方だけにしておけ。二人共攫えば教会勢力は全戦力を此方に派遣するだろう。あの『神父』の戦力だけは計り知れない」

「ただの人間なのに彼処まで強いなんて、半分人間やめているミサカ達に対する冒涜よねぇ。羨ましいというか、人間の可能性って訳解んないぐらいあるっていうか。オッケイオッケイ、それじゃ早速手配しようか」

 

 手頃な暗部組織を見繕い、『異端個体』は楽しげに作戦を練る。

 他人をコケにするのが好きで堪らない性質なので、第八位の鼻っ面を明かしてやろうと嬉々と思考を巡らせる。

 自分を殺した責任は必ず取って貰わなければならない、と狂々と想い続ける。その一途な殺意は顧みぬが故に愛に似ていた。

 愛が両想いになる事で完結するならば、殺意は殺し合う事で完結するが――。

 

「それはそうと最近『魔術師』の動き、全然無いねぇ。ミサカ超怖いんだけど。嵐の前の静けさってヤツ?」

「さてな。精力的に行動したと思いきや、昨日は屋敷に篭りっきり――何が不都合でも生じているのかと推測出来るが」

「あー、駄目駄目。どうせ罠でしょ。以前もそんな事してなかったっけ? 確か滅茶苦茶痛い目を見た記憶がミサカにはあるんだけど」

 

 既に三日前にも、『ワルプルギスの夜』で限界まで弱体化していると思って送った精鋭も残らず始末されている。

 こんな短期間で同じ手を使ってくる当たり、どうにも本当に攻め時なのかと思いたくなるが、動かずに眠っている獅子にちょっかいを出して呼び覚ます趣味は、生憎と彼女達は持ち合わせていない。

 

「積極的に動かないのなら、ミサカ達が存分に動いて状況を動かしちゃいましょう。あの第八位の複製体さえ手に入れれば、この魔都の覇者はミサカ達になるんだから」

 

 にやりと、『異端個体』はオリジナルの彼女からは考えられない、悪どく美しい笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「うーん、クロウ兄ちゃんとセラちゃんを仲良くさせる方法は何か無いん?」

「無理じゃね? 喧嘩をするほど仲が良いなんて与太話は言わないが、お互いの立場から破滅的と言わざるを得ないな」

 

 二人に関する大体の事情は昨日の内に聞いたが、今日の朝ご飯の時も壊滅的だった、と『過剰速写』は気怠げに思い起こす。

 大人数で一緒に食事を摂るという経験は稀有なものであったが、対面の席にいるのに互いが反対側を向いて食事する様は笑いを通り越して呆れ果てたものだ。

 

「そうそう、クロウ・タイタスは私に消えろって言ってるんですよ? 元々私の身体だと言うのに!」

「二回、生まれ変わっているという話は眉唾物だが、それが本当なら今の身体の所有権は君の言う贋物じゃないか?」

「あーあー、聞こえない。何も聞こえない!」

 

 耳を手で押さえて聞こえないふりをするセラ・オルドリッジに「都合の良い耳だ」と『過剰速写』は溜息を吐く。

 現在の彼女は白い修道服のフードを脱ぎ去り、髪型を右側のサイドポニーテールにしている。もう自分は嘗ての自分じゃないという他人へのアピールだろうかと『過剰速写』は見当を付けておく。

 もしくは自己暗示の類でもあるのだろうか?

 其処かが伺える感情は疑心、つまり彼女は今の自分の現状に疑問を抱き、誰にも言えない恐怖を抱いている、という事なのだろうか。精神系の能力者じゃない『過剰速写』には確証を掴めず、想像しか出来ない。

 

「うーん、セラちゃんとシスターさんと、二人仲良く一日毎に入れ替え交代っていう具合なら? これならクロウ兄ちゃんも納得すると思うけど」

「……はやてちゃん? 何か、人の記憶を物凄く都合良く解釈してません? あれに主導権があるのなら、私なんて掻き消されてますけど? 十万三千冊の魔道書の知識を総動員して使われたら、私なんて泡沫の夢以下の存在ですよ」

 

 そんな突飛な事を提案した八神はやてをセラ・オルドリッジはジト目で睨みつけ――案外、その可能性に怯え、いつ消えるかもしれない恐怖を隠し切れずに居ると『過剰速写』は他人事のように分析する。

 クロウ・タイタスと激突したのも、その不安の現れだろう。積極的にアピールしなければ消えてしまうほどの脆弱性――その精神は崖っぷちに立っているが如く、であろうか?

 

「贋物の人権無視を『贋物』のオレに言われてもなぁ、君も案外鬼畜だね。――まぁ仮にオリジナルの自分が居て、同じ席を争うというのならば、最初から贋物と自覚しているオレは自害するしかないがな。オリジナルのオレは死ねとしか言わないだろうし」

 

 贋物であると自覚しているだけに今更「本物はオレだ! 死ねェ!」なんて恥知らずな事は言えない。

 しかしながら、今現在の彼は右腕も左眼も寿命も欠損していないので、ある意味ではオリジナルより優れた贋作と言えなくもない。

 

「……なんや殺伐とした話やなぁ。やめやめっ、もっと明るい話をしよう! クロさんの友達の話が聞きたいなぁっと」

「……友達? はて、オリジナルにそんなもの居たっけな……?」

「……はやてちゃん、無茶振り過ぎて思いっきり話題変更に失敗しているよ? 特大の地雷だと思うけど」

 

 何だか酷く同情的な眼でセラ・オルドリッジが此方を悲しく見つめており、癇に障った『過剰速写』は少しだけ思い悩み、前世で幾十回と激突したある人物が思い浮かんでしまう。

 

「ああ、自称親友なら居たな。第七位の削板軍覇だ。いつも時代遅れの精神論ばかりで暑苦しくて鬱陶しくて大嫌いだったが――無視出来ない存在だった」

「セラちゃんとクロウ兄ちゃんみたいに?」

「……こう見えても、昔は手当たり次第、他人を拒絶していたからな。何処かの研究者が言った『心の距離』というヤツか、一定以上踏み込んで来る奴は容赦無く実力行使で蹴散らした。その過程で、軍覇の野郎だけは幾ら突き放しても構わず踏み込んで来やがった。図々しいというか、何というか……まぁあの根性だけは認めてやるがな」

 

 よくまぁ数十回も激突したと染み染み思う。考えようによっては、オリジナルの寿命を最も削った人物だが、不思議と遺恨は無かった。

 そんなまともな友情話ではない美談(?)を聞いて、八神はやては何か思い付いたような顔付きになって、うんうんと微笑む。

 

「そうや、それだ! お互いに足りなかったのは相互理解や! 思い付いたんよ、クロウ兄ちゃんとセラちゃんの距離を縮める方法を!」

「……ふむ、八神はやて。君はムードメイカーなのかトラブルメイカーなのか、若干判断に苦しむな」

「……いや、別に、私はクロウ・タイタスと仲良くなるつもりなんて欠片も無いんだけど……」

 

 善は急げと言わんばかりに車椅子の八神はやては、『過剰速写』とセラ・オルドリッジを引き連れて、クロウ・タイタスの下に赴いたのだった。

 

 

 

 

「良い知らせと悪い知らせがあるけど、どっちから聞く?」

「……うわぁ、どっちも聞きたくねぇ。――はぁ、悪い知らせから聞こう」

 

 朝一番、地獄の高町家の道場での修練で、筋肉痛が非常に響いて苦悶する中、げんなりするほど良い笑顔を浮かべた柚葉がそんな事を言った。

 柚葉は「ふーん、こういうのは良い方から聞くのがセオリーじゃない?」なんて言ったが、どの道、オレの顔が曇るのは決定事項なので、最初から覚悟して聞こう。

 

「樹堂清隆との連絡が途絶えたわ。十中八九、消されたみたい」

「……良い知らせというのは?」

「今の冬川雪緒が間違い無く贋物で、彼さえ倒せばハッピーエンドという事」

 

 などと言って、柚葉は「いやぁ、物事は単純明快が一番よねぇ」と爽快に微笑む。

 オレは朝一番から非常に大きく、深い溜息を吐いた。

 

「どっちも悪い知らせじゃねぇか! 覚悟していたとは言え、最悪の部類だし……」

「何を言ってるの。今の絶望的な状況からの突破口を発見出来たんだから良いでしょ」

 

 確かにそうだが、冬川雪緒の生存が絶望的になった今、オレの気分は下がる一方である。

 ……前向きに考えるのならば、恩人たる冬川雪緒は豹変してなかった、という事を喜ぶべきなのか?

 

「私達には二つ選択肢がある。このままスタンド使いの襲撃を待ち続けて川田組のスタンド使いを全員破るまで粘るか、病院に赴いて『ボス』の息の根を止めるか。当然の事だけど、後者がお勧めよ」

 

 問うまでもない。このまま組のスタンド使い全員に襲われるよりは元凶の一人を叩いた方が手っ取り早い。

 何方にしても死の危険性が付き纏うが――いや、迷うまでも無い。冬川雪緒を騙る贋物を必ず殺さなければならないと、覚悟を決める。

 

「……『魔術師』からの援護は?」

「既に連絡したけど、昨日と同じ。つまり、全く期待出来ない。身から出た錆とは言え、此処まで腑抜けるとはね……」

「……お前、一体何をしたんだよ?」

 

 あの『魔術師』を精神的に行動不能に陥れるって、一体何をしたらそんな結果が得られるのだろうか?

 彼女はにこにこ笑い、一切答える気が無かった。オレもまた精神的に強い疲労感を抱きそうなので、敢えて聞かずに話を切って置いた。

 

「今日で決着を着けるか。長い一日になりそうだ――」

 

 どうにもこうにも嫌な予感が拭えないが――生き残る為には勝つしかないと、割り切る事にする。

 ――それに、いつまでも冬川雪緒の身体を弄ばれるのは非常に癪であり、この落とし前は自分の手で付けなければならない。

 それが、バーサーカーとの戦闘で彼の代わりに生き残ったオレの役目でもある――。

 

 

 

 

「あはは、随分迅速に終わったねぇ。他の裁判もこれぐらいの速度で処理出来れば楽だと思うんだけど?」

「馬鹿言え。今回のような最初から有罪と確定している出来レースの例外を他に持ち込んでたまるかっ。――それで、フェイト・テスタロッサは使えるのだろうな?」

 

 金髪少女の中将閣下はケタケタ笑い、太っちょの中将閣下は不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 私はというと久々のミッドチルダの淀んだ空気を満喫しながら、伸び伸びと微妙に美味しくない飲料水を口にしているのでした。この種類は二度と買わないと誓いましたね。

 

 ――どうも、いつもお馴染み、ミッドチルダの黒幕会議です。

 今回の欠席はまたしても教皇猊下です。最近、遭遇率が極端に下がってますが、本当に生きているのでしょうか?

 段々不安になるティセ・シュトロハイム一等空佐です。

 

 プレシア・テスタロッサの裁判は一審にて有罪判決、被告側の弁明弁解を全部却下して先日新設した永久冷凍刑の第一号として処されました。

 凍結された母親を見て、泣き崩れるフェイト・テスタロッサは、こう、かなり来るものがありました。この境遇には同情もすれば憐憫すら抱きますよ。

 

 ――まぁ、尤も、壊れない程度にしか加減しませんけど。

 

「ええ、最初のお仕事を見事果たしました。汚職者達の処刑を、一発も損なわずにやり遂げましたよ」

 

 彼女の母親の罪を減刑する条件として、どんな方法でも良いから高町なのはを管理局入りさせる事――管理局、というか我々に忠誠を誓う試金石として、自らの私腹を肥やすだけの役立たずの屑達の始末を任せました。

 権力を握ったのだから、自身の利益を追求するのは仕方ない事ですが、組織に対する見返りが無いのでは斬られて当然です。

 

 組織に貢献しつつ、私腹を肥やす。一流の悪党ならば、それぐらい両立して欲しいものです。

 

 その辺を弁えていない愚者が多くて嫌になりますが、面倒な仕事の一つをフェイトちゃんに押し付ける事が出来たので、私としてはほくほく顔です。

 

「それは重畳だ。その調子で、彼女の憎しみの矛先を高町なのはに仕向けるのだ。その方が後々面白いし、使い易かろう」

「おーおー、悪堕ちの魔法少女なんてポイント高いですねぇ。最高に仲良しの友達だった彼女達がまるで幻想のようだわ。……何だかこう話していると、私達って悪の組織の大幹部みたいな感じー?」

 

 大将閣下は悪どく笑い、追随して金髪少女の中将閣下も悪の大幹部のように高笑いする。そんな滑稽な様子を、太っちょの中将閣下は溜息混じりで見ていました。

 

「……客観的に見れば、間違い無くそれだろうよ。よもや貴様は自覚してなかったのか?」

「えぇー? 我々は管理世界の正義を貫き通す時空管理局様ですよー? 正義を実行する我々が悪な訳無いじゃないかー。アイアムジャスティスですよー?」

 

 まるで嘗ての世界のアメリカみたいに横暴で素敵ですね。あと、棒読みですよ? 金髪少女の中将閣下殿。

 

「……今更誰も信じないような綺麗事の題目をあげてどうする?」

「おうおう、切り返しが上手くなったじゃん~。お母さん感動したよ。まぁそんな綺麗事の題目を信じている馬鹿な下っ端が居るから私達は楽出来るんだけどねぇ」

 

 わざわざ胸ポケットから目薬を差してほろり、と涙を流す金髪の中将閣下に、太っちょの中将閣下は一回目の爆発をするのでした。結局いつものパターンです。

 

「誰が母親じゃ! この一度も経験無いような小便臭い小娘がっ!」

「んな! ナチュラルにセクハラ発言したよこのハゲオヤジ!? 花も恥らうような年頃の私にパワハラとか酷くねー?」

「貴様と儂は同じ階級だろうがァッ! あとハゲ言うなッ! くっそぉ~、どうしてこんな小娘に階級並ばれてしまったんだ……!」

 

 そんな二人のいつも通りな様子に私は苦笑します。何だかんだ言って仲良いですよねぇ。言ったら怒られますけど。

 

「あー、後、ハラオウン親子が五月蝿いですけど、どうしますー?」

 

 裁判の不当性を強く指摘していたが、こういう時、良識派を自称する人達の扱いは非常に面倒です。

 最初から出来レースなのにそれについて異議を唱えるなんて、無駄な労力だと思いません?

 世の中の不条理の一つだと割り切って、見て見ぬ振りをする事も立派な処世術です。

 

「別に放置で良くね? 実の母親が冷凍保存という形で永久に存命しているんだから、原作みたく養子として引き取る事なんて出来ないしー、あれらの派閥なんて私達の掌の上にあるようなものだよ」

「――『闇の書』にギル・グレアム、あれらの勢力はいつでも粛清出来る。適度に使い潰すが良い」

 

 金髪少女の中将閣下は机の上に寝そべりながら屈折無く笑い、大将閣下も判子を押します。

 

 そうですね、いつでも私達はそのカードを切る事が出来ますからねぇ。

 ――当然ですけど、原作みたいに辞職しただけで何の罪も問われない、なんて都合の良い結末になる筈がありません。

 『闇の書』の所在を知っておきながら私怨で隠し通していらっしゃるのですから、それ相応の罪を背負わせて最大限に活用しますとも――。

 

 

 

 

(――冬川雪緒がバーサーカー戦で死亡していた可能性が極めて濃厚、現在のあれは見るからに別人。……忌々しい限りだ。此方の手足が自動的にもがれたも同然だが――豊海柚葉、あれの手の内が暴けるのは怪我の功名だな)

 

 ソファを一人で独占して寝そべりながら、『魔術師』は心底気怠そうに呟く。

 使い魔に任せられない雑用の多くを川田組に依頼していただけに、今回の一件は『魔術師』にとって相当響く異常事態である。

 

「……あー、息を吸うのも面倒だ」

『……うわぁ、人間として終わっている事、さらりと言ってやがるよ』

「うぅ、昨日、ちょっとだけまともに戻ったと思ったのにぃ……!」

 

 勿論、この憂鬱そうな姿は今日から擬態であり、一日放置しただけで大部分が豹変した盤上へと思考を巡らせる。

 死んだ振りをしながら、一撃で刺し殺せるタイミングを虎視眈々と見計らう。

 

(秋瀬直也には気の毒だが、的になって貰おう。今回の一件、私が仲裁に入って中途半端に鎮圧しても旨味が一切無い。逝く処まで逝って貰わないと困る。最低限、川田組を乗っ取った糞野郎をぶち殺して貰わないとな)

 

 冬川雪緒を騙る贋物をこの手で八つ裂きにしたい気持ちを抑制し、この予想外の出来事すら最大限に利用しようとする。

 恐らく、この一件で豊海柚葉の能力の謎が否応無しに解き明かされるだろう。彼女との決着の時は、刻一刻と近づいている。

 怠けながら脳味噌をフル回転させていると、テーブルに放置していた自身の携帯が鳴り響く。

 この着信音はシスターからの電話であり、『魔術師』は内心頭を傾げた。

 

「……あー、ご主人様。『禁書目録』――記憶を消したから、恐らく教会の人の誰かから電話が来てますけど」

「……エルヴィ、お前に任せる」

「うぅ、わ、解りました……」

 

 見向きもせず、涙目の使い魔に任せながら、教会からの意図を探る。

 ほぼ壊滅的な宣戦布告を叩きつけただけに、暫く対話は不可能だと思ったが――どうやら、エルヴィが呼び覚ました不確定要素は思った以上に影響力を持っていた様子だ。

 

(……ふむ、『禁書目録』の元の人格を復活させて、大層混乱して硬直していると思ったが、想定外の化学反応でも起こったか?)

 

 だが、今は死んだ振りをして、盤上から自分の手が無いと全ての者に誤認させなければなるまい。

 仰向けに蹲って、寝転がりながら――空元気で対応するエルヴィの電話のやり取りに、聴覚の神経を研ぎ澄ませたのだった。

 

 

 

 


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