転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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44/第五世代

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 外は不気味なぐらいの勢いで晴れ、オレと豊海柚葉と高町なのはは三人仲良く帰路に付く。

 少し裂かれた胸と、爪を立てられて抉られた右腕が痛む。今現在は高町なのはの家に向かっている最中なので、其処でまともな治療を受けられると良いのだが。

 

 ――この帰り道に、またスタンド使いの襲撃が無いか、細心の注意を払って警戒している。

 せめて一日一回程度のペースにして欲しいものだが、敵にそんな泣き言を言っても受け入れてくれず、無駄に終わるだろう。

 

「さて、最初にはっきりしておかないといけない事があるんだけど」

「……何だ?」

 

 徐ろに豊海柚葉が口を開く。真剣な表情なので耳を傾けておく。

 

「冬川雪緒の皮を被った別人物、面倒だから『ボス』と仮称しましょうか。それは何故、私達を――いや、秋瀬直也を始末する必要があったのか?」

 

 冬川雪緒が冬川雪緒のままならば、今のオレ達の窮地は無い訳で――感情的に納得出来ないが、違う前提で話すのは当然の事だろう。

 そしてその疑問が今後の方針に関わっている気がするのは豊海柚葉だけではなく、オレもである。

 

「頭だけ摩り替わったのならば、今まで通り利用するだけで良かった。それなのにわざわざ危険を犯してまで直也君に刺客を送る必要があったのかしら?」

「……つーか、その『直也君』って何だ? さっきも一回言っていた気がしたが、何でまたその呼び方を?」

「あら、友達になるにはまずは互いの名前を呼び合う事から、じゃなかったかしら?」

 

 何か凄く良い笑顔で高町なのはの方を向いて喋り、高町なのはは何故かショックを受けたような顔を浮かべる。

 物凄く嫌な予感がするのは、恐らく気のせいじゃない。

 

「え、えとっ! 私の事も『なのは』で良いよ、だから私も、その、直也君って呼んで良いかな……!?」

「わ、解ったから、先続けてくれ……」

「……ゆ・ず・は。アーンド、な・の・は。はい、復唱」

 

 うぐ、コ、コイツ、異性の下の名前を堂々と呼ぶなんざ気まずいというか気恥ずかしいったらありゃしないのに……!

 

「……ゆ、柚葉。な、なのは……これで良いだろう!?」

「はい、良く出来ました。ぱちぱち」

 

 ……何だろう、この物凄い敗北感は。この胸に込み上がった怒りに似た感情は一体何だろうか?

 つーか、その高町理論は同性の友達に関する事であって、異性では別問題だと思うのだが。

 

 

「それで直也君が狙われる理由なんて一つしかないと思うのよ――『矢』でしょうね」

 

 

 ……うわぁ、やはりというか、何というか、見事なまでに見抜かれてやがる……。

 高町なのはは――ああ、もう面倒だからなのはで良いや。なのはは不思議そうに小首を傾げた。

 

「『矢』?」

「射抜かれて才能があるなら生き残って『スタンド使い』になれる。更に『スタンド』を『矢』で射抜けば世界を支配するに足る力が手に入る――これさえあれば無限に戦力増強出来て、神の領域までパワーアップ出来るという認識で良いわ。何方も失敗すれば死ぬけどね」

 

 柚葉はなのはに親切丁寧に説明する。前々から思っていたけど『ジョジョの奇妙な冒険』に対する知識も万全なんだな、女の癖に。

 ……女性読者なんて居たのかねぇ?

 

「けれど、現状でそれを何となく察していたのは私と『魔術師』だけ。だから『ボス』は、直也君が『矢』の保有者であると知っている人物になる」

「……馬鹿な! あの『ジョジョの奇妙な冒険』の世界には、転生者はオレ一人だった筈だ!」

 

 そう、それはほぼ間違い無い。前の世界で転生者なんて珍種は自分一人しかいなかった筈だ。

 もし、彼女の言っている事が正しいのならば、それは――。

 

「例外が居たのか、直也君が気づかなかった転生者が居たのかは不明だけど、そういう人物が冬川雪緒に成り変わっていると考えた方が自然だと思うわ。――もしかしたら、前に話した殺されたら十秒前に戻せるスタンド能力者かもしれないわよ?」

 

 自身と道連れした邪悪の権化たるあの男の顔を思い出してしまう。

 気づかない内に歯を食い縛り、ギリッと歯軋り音が鳴り響いた。

 

「……その場合は最悪だ。此方の能力を全部見抜かれている上に殺せない天敵だ。あれの邪悪さは、悪辣さは、オレが保証する」

 

 もう一度、同じ殺し方で葬れるかと問われれば、間違い無く否だろう。

 あの男でなくても、嘗て打ち倒して来た敵ともう一度戦えなんて罰ゲームも良い処だ。ぞっとしない話である。

 

「まぁまだ決まった訳じゃないわ。樹堂清隆が上手く探ってくれる事を祈りましょう。そしてそれまで、私達は川田組のスタンド使いの襲撃を退かなければならない」

 

 またしても『矢』がオレの運命に強く作用するか。

 本当に呪われたアイテムのような気がしてきた。百害あって一利無し――敵に渡る可能性を此処で零にしておくべきか?

 

「――『矢』を破壊すれば……」

「解決にならないわ。壊した処で襲撃が止む訳でも無いし、むしろ切り札を一つ失う事になるわ」

「……オレ自身が使え、とでも言う気か?」

 

 嘗てのオレは、この『矢』を支配出来る自信が無かった。

 それ故に最後までスタンドの中に死蔵し、奴にも渡さなかったのだが……。

 

「そんな事態まで追い込まれない事を祈るのみね」

 

 博打どころか、完全な自滅手だしな。その柚葉の意見には同意するばかりである。

 それにしてもオレのスタンドがレクイエム化か……一体どんな能力に進化するのか、まるで予想が付かない。

 暴走したら、シルバーチャリオッツ・レイクエム並に迷惑な猛威になるのかねぇ?

 

「さて、なのは。スタンド使いに対する知識を歩きながら授けるから、死にたくないのならば全て脳裏に刻むように」

「は、はいっ!」

 

 柚葉は話の矛先をなのはの方に向ける。

 確かに、スタンドに関する予備知識がなければ今後の戦いは非常に厳しい。

 『魔術師』が頼りにならない今、なのはに頼らざるを得ないのは情けないばかりだが、『矢』が渡れば海鳴市全体に被害が及ぶ。

 事の重大さがオレ一人の手を遥かに逸脱している為――味方は、一人でも多い方が良い。

 

「その一、スタンドは基本的にスタンド使いにしか見えない。さっきのスタンド使いのように物質と同化している類のは見えるけど。直也君、スタンドを出してみて」

「ああ」

 

 自分の隣にスタンドを出すが、なのはにはやはり見えていない様子である。

 

「隣に出ているけど、見えないでしょ?」

「……はい、見えないです」

「でも、レイジングハートのエリアサーチなら引っ掛かる筈よ。生命エネルギーの像だからね」

 

 え? マジで?

 エリアサーチで見つかってデストロイされちゃうの?

 

「レイジングハート」

 

 ビー玉状で待機状態になっているレイジングハートに声を掛け、光ったと思ったら何か粒子のようなものに全身を触れられたような感触が走る。

 なのはの目線はスタンドの方に向いており、本当に発見出来るんだと感心すると同時に恐怖する。

 彼女が味方で良かったと思うべきか、今後敵にならない事を祈るべきか……。

 

「そのニ、スタンドに触れられるのは基本的にスタンドだけ。ある程度は本体の自由意志で透過出来るから、物理的な手段では傷つけられない」

 

 オレはスタンドの右腕でなのはの頭の上に置く。

 驚いたなのははスタンドの掌に手を伸ばすが、透過させているので指先一つ触れられない。頭への感触はあるのに手の実態は無い事を理解する。

 

「でも、魔法ならば無効化出来ずに通用する筈よ」

「という事は、私からの攻撃は有効なんだ……」

「スタンドの像が見えないから、一方的に攻撃される可能性もあるけどね。其処はレイジングハートに補って貰いましょう」

 

 ……何だかレイジングハートが妙に自己主張するように光る。

 やっぱり、なのはが砲撃魔法大好きっ子になった大半の理由はこのデバイスにあるのではないだろうか……?

 

「その三、スタンドが傷付けば本体も傷付く。ただし、自動操縦型とかで例外も少なからず居るから余り絶対視しない事ね」

 

 今度は自分のスタンドの右腕を強く掴み、本体の同じ部分が圧迫され、状態が共有されている事を実際に示す。

 なのはは触れずに指先の指圧によってへっこんでいる我が腕を不思議そうに眺めた。

 

「その四、スタンドは一人につき、基本的に一体。けれども、数十数百に分裂している類のもあるから、その場合は一匹一匹を潰しても本体のダメージは微弱って事を覚えておけば良いわ」

 

 『ハーヴェスト』と『バッド・カンパニー』は反則的な強さだったよなぁ、と染み染みと思い出す。

 尚、『セックス・ピストルズ』は六分割なので、一体潰されただけで結構な致命傷を受ける。

 

「その五、スタンドには射程距離がある。近距離型はニメートル程度で力が強く、遠距離型は五十メートル以上、中には数キロという極端に長い射程を持っているのも居るわ。共通する事は本体から距離が離れるほど出せるパワーが少なくなるという法則があるわ。……手動操作じゃない自動操作の類のはパワーは強いけど、複雑な行動を取れない可能性が高い」

 

 基本的な法則であり、何事にも例外があるから額縁に嵌めて考えるのは危険だが、まずは経験則を養う事から始まるものだ。

 基本を押さえずして応用には行けないという訳だ。

 と、此処まで柚葉が解説していて、何やらなのはが難しく考え込んでいるご様子。今までの内容を理解出来ているのだろうか……?

 

「……えと、大丈夫か? 高町……じゃなくて、なのは」

「う、うん。まだ大丈夫っ!」

「そ、そうか……」

 

 本人がこう言っているので、何も言えなくなるが――分割思考すら出来るミッドチルダ式の魔導師だから、大丈夫か。

 

「その六、スタンドは特殊な能力を一つ持っている。先程のスタンド使いでは水を操る能力、直也君のは風を操る能力。相手の能力を戦闘中に見抜く事が出来れば勝利出来るわ。――逆に言えば、見抜けなかったら死ぬから。スタンド使いとの戦闘はどんな些細な事でも見逃さない観察力・注意力が必要とされるわ」

 

 相手の能力が複雑になればなるほど、解き明かす事が出来れば勝利は間違い無し――シンプルな奴は逆に発覚しても応用力を発揮して予想だに出来ない攻撃を仕掛けてくるが――。

 何方にしろ、スタンド使いという連中は敵に回すと厄介極まりないのである。

 

「スタンド使いは貴女達魔導師のように力尽くでのゴリ押しは出来ない。万能型ではなく、一点特化型と考えて良い。自身の中で最も傑出した才覚を持って挑んでくるわ。なのは、貴女は貴女の持ち味を生かして戦いなさい。敵の土俵で戦う必要も無いしね」

「私の持ち味……?」

「砲撃魔法による圧倒的な射程での一方的な制圧攻撃、絶対的な火力、堅牢な物理防御力よ」

 

 本当に、前から思っていたけど、魔法少女とは思えないカタログスペックだなぁ。

 魔法少女とは一体何なのかと、哲学的に考えたくなるものだ。

 

「……魔法少女なのに、まるで戦艦みたいな言われようだな」

「今更ねぇ、関節技(サブミッション)が得意な魔法少女よりマシでしょ」

 

 魔法少女の癖に「魔法少女相手に接近戦は不利だ!」とか言われるあれかよ……。

 冬川といい、何でそんなに認知度あるんだ? あの漫画及びアニメ。

 

「豊海……っと、柚葉の講義で大体大丈夫だが、最後に一つ。スタンドは成長する。追い詰められたら成長して能力が変わってしまう奴も少なからずいるという事を、頭の片隅に留めておいてくれ」

 

 まぁ戦闘の最中に能力が一変するような主人公補正持ちの野郎は居ないと信じたいが、一応そういう可能性もあると指摘しておく。

 

 ――あれこれ喋りながら、翠屋に辿り着く。

 だが、何故だか知らないが、看板で休業中という知らせがあり、なのはは首を傾げた。

 

「……なのは、今日は休みか何かか?」

「ううん、そんな話は聞いてないよ。普段通り営業の筈だけど――」

「直也君が先方を務め、なのははバリアジャケット着用で次に突っ込んで制圧準備。良いね?」

 

 何かおかしい。些細な違和感だが、此処に至っては確信に近い。

 オレ達は互いに頷き合い、せーので扉をぶち開けて突っ込む。翠屋の中には人気が驚くほど無く――奥の席に座っている奇妙な男がコーヒーを啜っていた。

 

「やぁやぁ、おかえり。雨の日の樹堂相手にその程度の軽傷で済むとは、君はやはり侮れない『スタンド使い』のようだ」

「――高町さん達をどうした?」

 

 外人じみた彫りの深い顔の――三十代後半の白人男性だった。一目で解る、侮り難き『スタンド使い』のようだ。

 この男がこうして居るのに関わらず、高町さん達の気配は欠片も感じられない。その事実に気づいてか、なのはの動揺は目に見える程だった。

 

(……まずいな。既に人質として何らかの方法で隔離されている?)

 

 注意深く睨みつける。男のテーブルの上にはコーヒーの他に――四つの宝石が並んでいる。種類までは流石に解らないが、薄い色合いの漆黒の宝石、薄い桃色の宝石、強い碧色の宝石、淡い黄色の宝石――。

 

「私は宝石に眼の無い人間でねェ、一日中眺めていても飽きないぐらいさ。特に私の好きなのは人間の魂の色を輝かす宝石だ。千差万別でねェ、唯一つ足りても同じものがない」

 

 漆黒の宝石を手掴んで、うっとりながめながら男は笑う。此処で悟ってしまう。コイツがどういう類のスタンド使いなのかを――。

 

「高町士郎、高町桃子、高町恭也、高町美由希、此処に四つの魂の宝石がある。――コインや人形よりも味わい深いだろう?」

「……まさかのダービー兄弟系のスタンドかよ……!」

 

 『賭け』で負けを認めた相手の魂を奪って宝石に変えてしまう能力――。

 最高に厄介極まる。既に人質として四人の魂が奪われている今、容易には――って、あ。なのはが背後でレイジングハートを振り翳し、アクセルシューターを撃ち放っていた。

 

「――っ!」

「駄目だ、なのはっ!? 人質に取られているも同然なんだぞッッ!」

 

 しまった……! なのはにはこういう系統のスタンド能力を全く知らない。本体を殺しても、奪われた魂が戻る保証が無いというのに……!

 だが、四つの魔力光は奴のスタンドによって全て叩き落された。黒色の全身鎧を纏い、どっしりと構える厳ついスタンドだった。

 

「……なっ!?」

 

 なのはの驚いたような瞳を見る限り、コイツは彼女にも見える型のスタンドのようだ。だが、ダービー系にしてはスピードもパワーも段違いだったが……?

 

「危ないなァ、高町なのは。まぁ御両親御兄妹を宝石に変えられたんだ、逸る気持ちは十分理解出来るがね――紹介しよう、これが私のスタンド『宝石の審判者(ジュエル・ジャッジメント)』だ。見ての通り、勝負に負けた者を宝石に変えるだけのスタンドであり、無害故に無敵に近い自衛能力を持っている」

 

 なるほど、ダービー兄弟の場合はまず相手を勝負というテーブルに座らせる事から始めなければならないが、このスタンドの場合はその手順が不要という訳か。

 明らかに上位互換版じゃねぇか。性質が悪い。

 

「何でも良い。私とゲームをして勝てば良い。負ければ宝石となって貰うがね。君達の宝石の輝きは一体どれほどのものだろうねぇ――?」

 

 薄気味悪い眼で、その男は頬を釣り上げて笑った。

 この手のスタンド使いと戦うのは初めての経験だ。どうするか――あれこれ悩んでいる内に、柚葉が前に躍り出た。

 

「――良いわ、遊んであげるわ。さて、直也君になのは、私に生命を預けられる?」

 

 柚葉は意地悪く笑い、此方を試すように笑う。

 それ、最初から選択肢無いだろうに。オレは気疲れしながら溜息を吐いた。

 

「……物凄ぇ不本意だけど、それが一番確実だよなぁ。任せる」

「お願いします、柚葉ちゃん!」

 

 他人に自分の命を託すのは不安だらけだが、コイツ以上の曲者は『魔術師』以外居ない。其処は絶対的に信じて良いだろう。

 

「それで、詳しいルールを説明してくれるかしら?」

「種目を交互に選び合って勝負する。ただし、同じ種目は連続で選べない。事前に賭ける宝石の数を宣言してくれたまえ。――先手は君に譲ろう」

 

 彼が座るテーブルに柚葉は堂々と座り、男は余裕綽々に挑戦者を受け入れる。

 

「ああ、最初に聞いておくけど、賭けの対象になる宝石は高町士郎、高町桃子、高町恭也、高町美由希、貴方、秋瀬直也、高町なのは、私だけかしら? どうでも良い誰かを賭けられても困るわ」

「勿論だとも。ああ、それと一つ言っておくが、私のスタンドは公平な審判だ。イカサマ行為に関しては厳しく処罰する。発覚すれば無条件で宝石になると思っていてくれ」

「公平な審判かは疑わしいけど、ええ、見破られたら宝石一つで支払うという事で良いかしら?」

 

 男はにやりと笑って同意する。うわぁ、バレなきゃイカサマじゃねぇ理論で絶対やる気満々だ……!?

 

「一応、証明しておこう。此処に高町士郎、高町桃子、高町恭也、高町美由希の魂の宝石がある。これの一つを解り易いようにコーヒーカップと入れ替えて、これが高町美由希の宝石だと詐称しよう」

 

 薄い黄色の宝石を懐にしまって、コーヒーカップを前に出す。すると――彼のスタンドが自動的に彼自身の胸を殴って攻撃し、彼は椅子から倒れて吹っ飛ぶ。

 彼のスタンドの手には黄色の宝石があり、それをテーブルの上に静かに置いた。

 ……恐らく、今この瞬間に力尽くで奪おうと思えば、このスタンドは容赦無く牙を剥くだろう。

 それにこの機械的な動き、自動操縦型の類に違いない。本当に、公平なジャッジメントかもしれない。

 

「――~~っっ、こういう事だ。ご納得頂けたかな?」

 

 痛そうに顔を歪めながらも、男は凄絶に笑う。本当に、根っからのギャンブラーという処か。

 本業の彼に、柚葉は出し抜く事が出来るだろうか……?

 

「それじゃ勝負の前にお約束の一言を宣言して貰いたい。まぁ私のスタンドに限っては言わなくても大丈夫なのだがね」

「私の魂を賭けるわ」

「――グッド!」

 

 最高の笑顔をもって、彼は挑戦者の心意気を賞賛する。

 

「なのは。トランプを持ってきて。最初の種目は神経衰弱で宝石三つ賭けるわ」

「――ちょっと待て。いきなり全部かよっ!? 負けたらどうするつもりだ!?」

「確実に勝てる勝負だよ?」

 

 ……真顔で返しやがったぞ、コイツ……!?

 

 神経衰弱はジョーカーを除く一組五十二枚のカードを使い、伏せた状態でよく混ぜ、テーブルに広げる。

 プレイヤーは好きなカードを二枚その場で表に向けて、その二枚が同じ数字であるのならばそれらを得る事が出来て、もう一度取る権利を貰える。

 最終的には取った枚数が多いプレイヤーの勝ちであり、運否天賦に寄らない、完全な記憶力の勝負である。

 

 そう、このゲームに完全に勝てるような必勝法は無い。最終的に記憶力の勝負になるが、余程自信があるのか? 目の前の男の能力など未知数なのに。

 

 二階からカードを取ってきたなのはが戻り、テーブルに広げて勝負スタートとなる。

 

「先手は君に譲ろう。何、レディーファーストだ」

 

 ちょっと待て。このゲームは後攻が有利だからちゃんとジャンケンで負けた方を先に――と言いかけた処で、柚葉はあっさり承諾する。

 

「あらそう。――まぁ、貴方のターンはもう無いんだけどね」

 

 柚葉は適当にカードを開く。ハートのエース、クラブのエース。これは最高に幸先が良い。全ての配置が不明な状態で偶然当てるとは――。

 続いてダイヤのエースに、スペードのエース、ハートの2にクラブの2、ダイヤの2にスペードの2……!?

 

「何イイイイイイイイイイイイイィ!? 『宝石の審判者』ッッ!? どういう事だアアアアァ――!?」

『不正ハ無カッタ』

「なっ、馬鹿言えッッ! 百発百中で何が不正無しだアアアァ――!?」

 

 そんな一人とスタンドのやり取りを無視して、柚葉は次々と順番にカードを取っていく。傍らから見守るオレにも種も仕掛けも見当が付かない。

 

『仮ニ、コノ行為ヲ『イカサマ』ト断ジルニハ、オ前自身ガ種ヲ暴ク必要ガアル。百発百中ノ直感ニ種ト仕掛ケガアルノナラバナ』

 

 ……やはり、柚葉には未来視に類するスキルを保有している。道理で絶対に負けない勝負と言って、此方の生命を全部賭けた訳だ。

 宣告通り、奴のターンは一回も訪れる事無く、柚葉は全てのカードを一ターンで取り尽くした。

 

「はい、終わり。これで宝石三つ、残り二つね」

 

 ……うわぁ、凄っげぇ悪い笑顔を浮かべてやがる。

 コイツが味方で心底良かったと安心する。つまり運否天賦の勝負、確率が絡む勝負では、彼女の直感は無敵に近い具合で作用するという事か。

 男は非常に悔しがりながらも、薄い桃色の宝石を除く三つの宝石を丁重に手渡した。

 

「……くく、なるほど。道理であの『魔術師』が対決を避けて石橋を叩くように慎重になる訳だ。本能的に君の恐ろしさを見抜いていたという訳か」

 

 脂汗を流しながらも、この男は非常に楽しげに笑う。

 

「ほら、早く次の勝負を指定しなさい。貴方の選んだその勝負方法で引導を渡してあげるわ」

 

 ……えげつねぇ。あの未来予知しているような直感を見る限り、カードでの勝負では天と地が引っ繰り返っても勝てないだろう。

 つまりは将棋やチェス、囲碁のような運の入る余地の無い勝負方法を提示しない限り、この男は自らの能力で宝石に成り果てるだろう。

 

「私の魂と高町桃子の宝石を賭けよう。勝負方法はこれだ」

 

 そうして、彼が取り出したのは二つのロムとニンテンドーDSであり――そのタイトル名を見て、オレは目を見開いて驚愕する。コイツ、正気か……!?

 

「最初に言っておこう。二つのロムはほぼ同一のデータであると」

 

 そう、それは嘗ての世界での産物、この世界では未だに発売していない未知の領域の『第五世代』であり――柚葉は嬉々と嘲笑った。

 

「――面白い。『ポケモン』で私に勝とうなど百年早いわぁ!」

 

 

 

 


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