転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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37/最後の聖約

 

 

「あれ?」

 

 ――ふと、唐突に、ある事が無性に気になったのは、自分の部屋のベッドに無駄に転がって、今ちゃんと生きているという至福を堪能していた時である。

 

 現在の時刻は午後八時過ぎ、普通の小学生が起きているかどうか微妙な時間帯である。

 ……最近の小学生、と言っても自分の例ではまるで当てにならない。一般的な小学生の就寝時間など、その一般から著しく外れている自分自身には解らない事である。

 だが、今を逃せば明日まで悶々と思い悩む事になるので、オレは思い切って登録しておいた彼女の番号を押す。

 コールは三回、どうやら起きていたらしく、彼女は出てくれた。

 

「夜分遅くに済まない。今、大丈夫か? 高町」

『うん、大丈夫だよ。珍しいね、秋瀬君から電話掛けてくるなんて』

 

 珍しいというよりも、高町なのはに電話を掛けたのは初めての経験じゃないだろうか。

 電話番号を交換したのは、確か――月村すずかの一件の最中であり、今はあれすらも懐かしいなぁと思う始末である。

 とは言え、未だに彼女は不登校であり、心の傷痕は一向に癒えていないだろうが――。

 

(あれから厄介事に滅茶苦茶遭遇しているもんなぁ)

 

 未だに解決の糸口さえ掴めていない『矢』やら、教会の『代行者』の辻斬りやら、『ワルプルギスの夜』やら今日の事やら――何でオレ生きているのかな、と改めて疑問に思う始末である。

 

 これはとっとと『矢』を使って、自分の生存権を自分の力で確立せよ、と神が仰っているのだろうか?

 何だかその神は破滅とか絶望とか大好きな邪神のような気がしてならないので、またしても『矢』の事は保留とする。

 

「いや、ちょっと気になった事があってさ。高町はその、断片的な記憶があるんだよな? 未来についてさ」

『うん、神咲さんが『未来の自分に出遭った事で生じた矛盾と影響』って言ってたよ?』

 

 元々同一存在であるからこそ生じた矛盾と言うべきか、その御蔭で今の高町なのはには未来の戦闘技術を先越して継承し、朧気ながらも記憶すら引き継いでいるという。

 摩耗して記憶が削られていた第五次聖杯戦争のアーチャーよりも、より鮮明に受け継いでいる可能性さえあるという事だ。

 その事について、一時期思い悩んでいたようだが、オレの気づかない内に解決していた。こういう処は、流石のエース・オブ・エース、不屈の心の持ち主と言う点だろうか?

 原作よりも、ひたすら我慢して自分の中に溜め込むケースが『魔術師』の影響か何かで少なくなっている……?

 多分、良い傾向だろう。あの『魔術師』と関わって、唯一の改善点と言っても過言じゃないだろう。

 ……いやだって、あの『魔術師』だし。豊海柚葉と同じく、大抵ろくな事をしないだろうし。

 

 

「それじゃさ、『八神はやて』『闇の書』『ヴォルケンリッター』、この三つについて何か聞き覚えある?」

 

 

 そう、オレが気になった事とは『A's』の事件の事である。

 彼女が『魔術師』の弟子になって、『魔術師』が早死した未来ではその事件がどうなっていたのか、酷く気になったのである。

 この事件、何気に潜伏期間が長い。八神はやての誕生日、六月か七月に『ヴォルケンリッター』が召喚され、解決に至るまで十二月という、今の一日単位で事件が発生する魔都海鳴市の過密スケジュールでは考えられないぐらい長期的な事件なのである。

 

『……うーん、ごめん。ちょっと無いや』

「……ああ、そうか。うん、それだけなんだ。遅くに済まないな」

 

 そして、最悪の予想通り、高町なのはには何の心当たりも無かった。これが指し示す事は、つまり――。

 

『……もしかして、重要な事?』

「いいや、ちょっとだけ気になった事だ。でもまぁ、何か思い出したら聞かせてくれると嬉しい。……っと、思い出したら、なんて変な表現だがな」

 

 内心複雑になりながら、誤魔化しておく。誤魔化せたかどうか非常に微妙な線であるが。

 

「それじゃおやすみ」

『うん、秋瀬君もおやすみー』

 

 通話を終了し、オレは深い溜息を吐く。

 

 ――つまり、アーチャーが辿った未来では、そもそも『闇の書事件』が発生していない事になる。

 

 放置しておけば必ず発生する事件が発生していない。それはつまり、『魔術師』が介入して未然に終わらせてしまったのではないだろうか?

 

(あの『魔術師』が他の手段を思いついて『闇の書事件』を最高の形で解決したとは考えにくい。もっと直接的で短絡的な方法――『八神はやて』の殺害で解決してしまったのか?)

 

 それとも『魔術師』の死で取り舵付けられずに、海鳴市崩壊の要因となってしまったのだろうか?

 自分の危惧が単なる杞憂に過ぎない事を祈りながら――今夜は、良く眠れなかった。

 

 

 37/最後の聖約

 

 

「……痛っ、これ絶対痕残るだろうな」

 

 元居た研究施設からパチった医療用のパックを開き、止血用のガーゼを取り出して右頬の傷に貼り付ける。

 鈍い痛みが生じる。学園都市の医療技術――正確にはカエル顔の医者『冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)』ならこの程度の傷痕など欠片も残らず消し去ってくれるだろうが、生憎とこの世界に彼のような便利な医者の存在など期待出来ない。

 また一つオリジナルとの差異が出来てしまった、と『過剰速写』は憂鬱な気分となる。

 元々右腕も左眼も復元され、黒髪の地毛が消え去っている事から、気にする必要は一切無いのだが。

 

「……ふむ、まんまと誰かの思惑に乗せられた感が強いな。超能力以外の方式で『肉体変化(メタモルフォーゼ)』じみた事を成していたのか。少し無警戒だったか」

 

 自己分析し、深く反省する――今回の戦闘で、『過剰速写』は二回死にかけた。

 

 一回目は本物の神父と思われる化物からの戦斧の一撃、あれは不味かった。後先考えずに十倍速で行動していなければ右頬ではなく、首を両断されていただろう。

 未だ嘗て、自滅以外の死因があろうとは『過剰速写』も驚きを隠せなかった。それぐらい、あの人間の形をした神父は異常だった。

 

(此処が学園都市のような最新鋭の科学技術があるならば、生体サイボーグ、義体の可能性を疑えるが、生身で彼処までやれるのかよ……)

 

 人間の可能性を別の意味で思い知る。そう考えれば、学園都市の超能力研究が如何に人間の可能性を損ねているのか、別方面での考察さえ脳裏に過る始末である。

 

(もうちょっとオリジナルも自分の身体を鍛えてくれていたらなぁ。いやまぁ、他人事のように思うのは何か間違っているけどさ)

 

 能力に頼りすぎて元の身体能力が低い、というのは能力依存100%のもやしっ子である第一位『一方通行』のみだと侮っていたが、自分自身にも当て嵌まったらしいと自嘲する。

 

(……しかし、武器の補充を行なっていないこの時に能力使用不可能の状態に陥るとはな。今襲われたら楽に死ねる)

 

 二回目は逃走での連続的な能力使用。営業が終わったビルの十階まで逃げて隠れるのに、九割以上のリソースを消費した。

 今現在は全力で負荷の無害化を行なっている最中であり、戦闘行為は暫く不可能という致命的な窮地に陥っている。

 初めて訪れた絶体絶命の危機。内心、心穏やかじゃないが、更なる問題があるとすれば――行き掛け上、攫ってきてしまった少女にあった。

 

「攫ってきた本人が問うのも変な話だが、足が不自由なのか?」

「……う、うん。これは生まれつきや」

「それは災難だったな。この世界は『学園都市』ほど科学技術は進んでいないようだし、高性能の義肢も無いだろう。まぁ強く生きてくれ。歩けなくても今の時代は生きていける」

 

 互いに、硬い床に座り込みながら会話を交わす。少女の方には何処かの椅子にあった座布団を床に敷いてやり、其処に座らせている。

 あの状況下では人質に頼る事しか術は無かったが――自身を縛る雁字搦めのルールを全て破き捨てたつもりで居た彼も、まだ絶対的な効力を成す最後のルールが存在していた事に、今になって初めて気づいたのだった。

 

「あのぉ、私をどうするつもりで?」

「別にとって喰らう気は無い。あの場で生還するには君を人質にするのが最善の一手だったが――後始末に困っている」

 

 びくっと少女は震える。

 ――人質を殺して終わらせると取れてしまった事に、『過剰速写』は全力で自己嫌悪、否、自己憎悪した。

 

 

「良識という良識を全てかなぐり捨てて生きて来たが、人質である君は絶対に殺さないし、誰にも殺させない。それは同じく人質になって殺された双子の妹に誓おう。例えこの身が粗悪な贋作であろうとも、憎しや憎し、我が仇敵と同じ次元まで堕ちたくない」

 

 

 茶髪の少女は眼を真ん丸にして驚く。

 彼にしても、まさかこんな形で自身の原点を見つめ直す事になるとは、想像だにしていなかっただろう。

 目的の為ならば女子供であろうが殺せる。だが、これだけは駄目だ。人質にした少女を殺す事だけは、自分の全存在を賭けても許容出来ない出来事だった。

 脳裏に、仇敵に喉を引き裂かれ、出血多量で冷たくなっていく双子の妹の姿が過ぎる。――これは、何が何でも超えられない一線だった。

 

 不思議そうに己を見ていた少女は、何故だか安心したように微笑んだ。

 その柔らかい笑顔に、『過剰速写』は逆に不思議そうに少女を眺める。

 

「私、八神はやてって言います。えと、貴方は……?」

「『過剰速写(オーバークロッキー)』、今はそう名乗っている。……と言っても、何気に他の人間に名乗るのはこれが初めてかな?」

「コードネームか何か? そんなん解り辛いのじゃなくて、本名聞きたいんなぁ」

 

 自分に危険が及ばない事を理解して安心したのか、意外と度胸があるのか、彼女は暢気に自己紹介し、待つ事しか出来ない『過剰速写』は律儀に答えた。

 「オーバークロッキーなんて呼び辛いやろ」と八神はやてと名乗った少女は語り、「アクセラレータよりマシだろう」と難しげな表情で答える。

 

「あるにはあるが、それはオレの名前じゃない。贋物の己が本物の名を騙る訳にはいくまい」

「うーん、何や深い事情があるんやなぁ。それじゃクロさんで!」

「……随分と大胆な省略だな。まぁ好きに呼べば良いさ。あの教会の誰かが来るまでは話相手になってやる」

 

 まるで黒猫の在り来りな名前みたいな略し方に呆れるが、どうでも良いかと『過剰速写』は流す。贋物の自分が自己主張する必要など無く、訂正させるのが面倒だったとも言える。

 しかし、誘拐犯が人質とこんな仲良く交流するとは、笑い種である。奇妙な事になった、と『過剰速写』は別方面で思い悩むのだった。

 

「それじゃクロさんも転生者なん?」

「転生者とな? それはどういう意味合いの言葉だ?」

「えーと、一回死んでまたもう一回生まれ変わった人種?」

 

 その定義から言えば、自分が当て嵌まるのだろうかと真剣に分析する。

 ただ、彼女、八神はやてが言っているのは同一人物である事が前提の条件であり、今の自分の状況には当て嵌まらないと結論付ける。

 

「似て非なる者だ。この身は単なる複製体(クローン)だ。性質の悪い事に記憶だけは完全に補完されて、自分で贋物と判断出来るぐらいにな」

 

 自分が贋作であると自覚出来なければ、『過剰速写』の行動原理はもっと違ったものになっていただろう。自身を製造した組織に報復し、其処で存在目的を終えるなんて事は、まず無かっただろう。

 

「……何かヘヴィやなぁ。それで自分を生んだ悪の組織に復讐を、ってパターン?」

「概ねその通りだ。性能面では粗悪な劣化品でない事は褒めてやりたいが、誰も産んでくれとは頼んでいないからな。全くもっていい迷惑だ」

 

 自分という量産超能力者の成功作を産み出してしまったのだ。

 施設と研究者は徹底的に破壊したが、自分という成功例が存在している限り、いつか必ずその技術を確立してしまうだろう。

 こんな自分という悪夢が二度と発生させない為にも、製作者達を根絶やしにする義務が『過剰速写』にはある。それには最終的に自分自身の存在の抹消も含まれている。

 もう一度死ぬ為に勝手に産み出されたようなものだ。頭に来ると『過剰速写』は製作者達に向けて暗い憎悪を滾らせる。

 

「クロさんの前世というかオリジナルはどんな人間だったん?」

「救いようの無いテロリストだ。230万人の生命よりも自身の復讐を優先させた狂人の類だな。幸いにも『最弱』に負けてご破算となった」

 

 『学園都市』の潜在的な反乱分子を焚き付け、一斉に反逆させる事で『学園都市』の機能を極限まで低下させ、混乱の坩堝となった『学園都市』を脱出――獄中に居る仇敵の首と、『学園都市』という地獄に送り込んだ老夫婦の首、それと些細な野暮用を晴らす為に全てを賭け、最後に立ち塞がった『最弱』によって敗死した。

 

「……『最弱』に負けたん? あの『神父』さんやシスターさんやクロウ兄ちゃんとやり合える類の物凄い超人やと思ったんだけど?」

「超人ではなく、超能力者の類だな。スーパーマンじゃなく、エスパー。自然発生ではなく、恐ろしく発達した科学技術によってだけど。――相性の問題もあったが、それまでに一度も遭遇しなかった運命の皮肉さが笑える。初見でなければ、オレのオリジナルは本懐を果たせたのだがな」

 

 超能力さえ触れただけで無効化する、無能力者が持つ正体不明の右腕『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の詳細さえ知っていれば、今のような負荷の無害中に触れさせるような真似など絶対に阻止出来ただろう。

 

 『過剰速写』は悔しげに、残念そうに呟いているが、其処に無念の色や負の感情は無く――何処までも穏やかな顔立ちだった。

 

「? でも、クロさんは失敗してほっとしている?」

「……『最強』を打倒して、歯止めが利かなくなって――無意識の内に自分を止められる者を求めていた、のかな? 改めて客観視して見ると難しい問題だ。当時のオリジナルは唯一度も顧みずに最期まで破滅に突き進んだのだからな」

 

 敗れ去ったオリジナルは残念そうに「――あーあ、妹の墓参り。遂に行けなかったなぁ」と呟き、あの無能力者に「そんなの、何処に居たって出来るだろう! 祈る気持ちさえあれば何処に居たって届くだろう! お前の自殺願望に他の皆を巻き込むなっ!」と手酷く説教されたものだ。

 

 ――この身は贋物なれども、教会での祈りは天国にいる双子の妹に届いただろうか?

 

(もしも届いたのなら――オレのオリジナルの本懐は、忌むべき贋作によって果たされた事になるな)

 

 その運命の皮肉さが笑える。

 勝手に産み出されて、オリジナルでも成し遂げられなかった偉業を贋物の自分が成し遂げたなど、自分自身を拍手喝采して褒めてやりたい気分にさえなる。

 

(それにしても、不思議な少女だ。足が不自由なれども、心は立派に――!?)

 

 不意に何者かの気配を察知し、『過剰速写』は八神はやてを抱き上げて蹴り飛ぶ。

 能力のリソースは八割三分、能力による戦闘を行える状態では無かった。

 

 

「どういうつもりだ……!?」

「へぇ、貴女の事を見縊ってましたよ。御自身の双子の姉妹の復讐よりも、主への忠誠を優先したんですねぇ。見上げた忠犬――いえ、忠猫ですね」

 

 

 ――振り返った先にはおかしな光景が広がっていた。

 

 赤紫色の髪の猫耳ツインテールの少女は手刀を繰り出し、同じく猫耳の少女はその手刀を掴んで止めているような形になっている。

 その手刀の爪先には僅かに血が滴っており、『過剰速写』は八神はやての左頬が若干傷付いているのを見て――憎悪さえ抱きながら、何方がより優先的に片付けるべき敵であるかを明確に認識する。

 

「どうもこうも予定通りですよ。八神はやてを殺害する事で『闇の書』を別世界に転移させる。最高の安全策じゃないですか」

「……!? どうしてそれを……!」

 

 赤紫色の髪の少女は馬鹿げた怪力でもう一人の少女の拘束を難無く振り払い、滴る血を舐め取りながら鮮血の如く赤い瞳を爛々と輝かせた。

 もっとも、ツインテールの少女の真紅の眼が捉えているのは目の前に居る猫耳の少女ではなく、鬼気迫る表情で睨んでいる『過剰速写』でもなく――その腕の中で怯えている八神はやてに他ならなかった。

 

「貴女の主は道化に過ぎないんですよ、惨めで滑稽に踊るだけの一人よがり――」

「――黙れっ! 父様の願いを穢すなっっ!」

 

 底知れぬ深淵の闇を孕んだ真紅の瞳が悠然と見下し、もう一人の猫耳の少女は激昂して対峙する。

 

 

「勝手に乱入して事情の解らぬ三文劇とはな。これはオレの人質だ。部外者なんぞに殺されてたまるか」

 

 

 ――だが、横合いから最高のタイミングで『過剰速写』はツインテールの少女の心臓を掌握して『停止』させ、無慈悲なまでに一気に破裂させる。

 

 この二人を衝突させてその間に逃走するという選択肢があったが、真っ先に片方の彼女を仕留めたのは、この中で彼女が最も危険な存在であると本能的に理解していたからだ。

 

 ――その予感は、最悪なまでに的中していた。

 

 

「……痛いですねぇ、いきなり心臓を潰すなんて酷いです。一回死んじゃったじゃないですか」

 

 

 心臓を破壊された少女は地に崩れずに踏み留まり、口元から血を吐きながら――それすら一瞬後には消え果てて、平然と立っていた。

 『過剰速写』の、時間の流れを観測する知覚機能が、逆戻りしたかのように復元した心臓の在り得ざる鼓動を聞き届ける羽目になった。

 

 ――此処に至って、この赤紫色の髪の少女が『過剰速写』にとって最悪の天敵である事を思い知る。

 

 幾ら殺しても死なない、常識外の境地に立つ不死身の怪物相手に、たかが『時間操作』で一体何が出来ようか。

 気負されて一歩退く中、不死の怪物と八神はやてをその手に抱き抱える『過剰速写』の間に割って入ったのは、もう一人の猫耳の少女だった。

 

「……お前、人質は絶対殺さないと言ったな? その言葉に二言は無いな?」

「無い。これはオレ自身の、なけなしの最後の矜持の問題だ。全身全霊を賭けて突き通すべき命題だ。天地が引っ繰り返っても違わぬ唯一つの解答だ」

 

 『過剰速写』にあらん限りの憎悪を滾らせて、猫耳の少女は問う。

 彼は一片の迷い無く答える。今、この場においては自身の生存理由である学園都市の組織の打倒すら軽くて問題外だった。

 人質である八神はやての生存が何よりも優先される。己の生命などよりも、ずっと――。

 

 父の悲願である『闇の書』の主を殺させる訳にはいかない。

 人質の少女を何が何でも殺させる訳にはいかない。

 復讐者とその怨敵が、共通の目的で手を結んだ瞬間である。

 

「八神はやてを守れ! お前は後で私が殺す! 我が双子の姉妹のリーゼアリアの仇はリーゼロッテが必ず取る――!」

「良いだろう。此処は任せた。死んでいなければ、その時はオレの生命をくれてやる――」

 

 唯一度も振り返らずに、『過剰速写』は即座に脱出を果たす。

 もう一つだけ、新たに生じた生存目的をその胸に抱いて――。

 

 

 

 


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