転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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「――不思議に思った事は無いかね? この『魔法少女リリカルなのは』の世界にだけ、二周目の能力と遺品を引き継いだ転生者が何人も居るという異常事態を。此処に何らかの法則性を見出す事は出来ないだろうか?」

「……『博士』、昔から貴方は話を誤魔化す際に無駄な考察を並べるよね、とミサカは睨みながら指摘するけど?」

 

 ジト目で睨みながら、ミサカと名乗る少女は『博士』に問い詰める。

 『プロジェクトF』と学園都市のクローン技術の組み合わせの果てに、超能力者の複製体で劣化せずに完全な状態で産み落とす事に成功した。

 それはつまり、『博士』が生前持ち込んだ超能力者達の遺伝子によって、本当に超能力者を量産可能である事を示しており――されども、糠喜びに終わる。

 

「彼が超一流のテロリストである事を忘れていたようだ。まさか研究データと研究員をあの短期間で全て抹消されるとはのう」

「……つ~ま~り、あの化物を捕まえない限り、完成した『プロジェクトF』はミサカ達の手の中に納まらない、という訳ね?」

「そういう事じゃ。君の手腕に期待する」

 

 物凄い丸投げである。その米神に『超電磁砲(レールガン)』をぶち込みたくなるような苛立ちに、その甘い誘惑に身を任せようか、彼女は本気で思案する。

 

「――あの『第八位』の情報を洗い浚い喋って貰おうかしら?」

「名前は赤坂悠樹(アカサカユウキ)、能力名は『過剰速写(オーバークロッキー)』、学園都市で唯一の多重能力者にして、超能力者の中で唯一『風紀委員(ジャッチメント)』だった男だ」

 

 ――『風紀委員』、学園都市における生徒による警察的組織の名称であり、これを自主的にやるような人間は大抵度し難いお人好しである。

 間違っても、裏の事情にどっぷり浸かっている超能力者がやるような代物では無かった。

 

「『風紀委員』!? ちょっと待ってよ。ミサカ、混乱してきた。――ソイツも他の超能力者の例に及ばず、超弩級の性格破綻者なんでしょ? それが何で『風紀委員』なんざしてるの?」

「さてな。詳しい事情は儂にも解らん」

 

 志望動機は不明であり、学園都市の七不思議の一つに上げられるほどである。

 型に嵌まらない、無慈悲で暴虐な『風紀委員』であった事は確かである。

 

「能力の詳細に付いては不明だ。殆どの能力を大能力(レベル4)規模まで扱えるとか、そんな与太話も広く信じられていた。幾多無数の考察があるが、どれも信憑性が薄い。ただ問題なのはその総合的な戦闘力だ。非公式記録では第七位、第二位、第一位を打破している」

「――化物筆頭の第一位と第二位を? それが本当なら誰一人敵う訳無いじゃん」

「可能性があるとするならば、君以外は在り得ないだろうな」

 

 学園都市第一位の『一方通行(アクセラレータ)』の超能力はベクトル操作。運動量、熱量、光、電子などあらゆるベクトルを観測し、触れただけで変換する能力を持つ。

 常時反射の保護膜を纏っている為、睡眠中であろうが攻撃が一切通らない、文字通り学園都市最強の超能力者である。

 第二位の『未元物質(ダークマター)』垣根帝督はこの世に存在しない素粒子を生み出して操作する。

 言うなれば、物理法則を無視する一つの例外的な異物を生成する事で、既存の現象を全て別世界の法則で塗り替えてしまうという、学園都市の能力者にとって天敵たる能力の持ち主である。

 何方にも言える事は、同じ超能力者(第三位から第七位)と比べても別次元の強さを誇るという事だ。状況と場合によっては下克上も在り得る第三位『超電磁砲』や第四位『原子崩し(メルトダウナー)』とは違って、彼等にはその可能性すら在り得ないレベルに達している。

 

「第一位と第二位を倒せるような超能力で、第三位のクローンに過ぎないミサカが敵うとは思えないけどねぇ。――まぁいいや、リスクよりリターンの方が遥かに大きいし」

 

 そう言い残して、かくん、と――目の前の少女の雰囲気が豹変する。

 非常に攻撃的で唯我独尊の趣きが強かった邪悪な少女は、一瞬にして無表情無感情の人形に切り替わった。――或いは元に戻ったというべきか。

 

「――? おはようございます、とミサカは丁寧に朝の挨拶を交わします」

「……ああ、おはよう。『ミサカ00002号』」

 

 

 

 

「……なぁなぁ、オレ、昨日凄く頑張ったよな?」

「そうだね。クトゥグアとイタクァ一発ずつしか撃ってなかったけど、凄く格好良かったよ」

 

 ふきふき、きゅっきゅっと心地良い音が鳴り響く。

 魔力を使い過ぎたせいで今日の朝に地獄を見たが、そのオレに待っていたのは想像だにしなかった仕打ちだった……!

 

「……ああ、格好良い格好悪い云々は横に置いていて、何で礼拝堂の掃除してんだろう?」

「クロウ。口を動かすのは構わないですが、手も動かしなさい」

「サ、サー、イエッサー!」

 

 笑顔の『神父』に言われ、オレは直身不動での敬礼で返すのだった。

 そうだな、切っ掛けは一体何だっただろうか。昨日の『ワルプルギスの夜』と隠れボスみたいなのが出現したせいで、我等の教会の備品にもかなりの被害が及んだ。

 そりゃもう「地震があったんじゃね?」というぐらい、備品などが散乱して凄い有り様になっており――ついでに大掃除するか、という流れだったけ?

 

「情けないのう、大の男が神父如きの言いなりとは」

「喧しいわぁ! というかアル・アジフ。テメェも手伝いやがれっ!」

 

 ふんぞり返って、奴隷のように働いているオレをアル・アジフは呆れ顔で見下してやがる。

 手伝う素振りさえ見せず、大きな欠伸をする始末だ、畜生め……。

 

「何が悲しゅうくて礼拝堂の掃除を手伝わねばなるまい? 妾はアル・アジフ、世界最強の魔導書であるぞ!」

「威張って自己紹介する場面じゃねぇよっ!」

 

 やはり欠片も手伝う気が無く、説得を諦めて拭き掃除に精を出す。

 ぐぬぬ、暫くタダ飯を食わせて貰っている身としては、こういう提案は断り辛いったらありゃしない。つーか、全身が筋肉痛で痛ぇ……!

 

「今日ぐらいは肉体労働から解放されると思ったのにぃぃぃぃ!」

 

 わーい、今日はお祝いパーティだよ! なんて言えるような快挙じゃね? あの『ワルプルギスの夜』の討伐は……。

 

「クロウ兄ちゃん、お茶入ったから休憩しないん~?」

「おお、はやて! お前だけがオレの味方だぁ!」

「な、なんや。突然やなぁ」

 

 車椅子でも、健気に冷たい飲み物を持ってきたはやてに感激し、一息吐く事にする。

 こういう適度な休息というのは、効率を保つ意味でも重要な事である、と全力で言い訳しておく。

 

 ――ぱたん、と。教会の門が開かれた。

 

 以前はあの『大導師』とかいう魔人が突如来訪しただけに、嫌な予感を抱きながら警戒心を顕にしてその方向を見ると――赤い髪の少年が立っていた。

 

「――失敬。お祈りをしたいのですが、初見さんはお断りですかな?」

「いいえ、神への玄関口は誰にでも平等に開いておりますよ」

 

 恐ろしく生気の無い少年だった。今まで一度も陽の光を浴びていないような、そんな吸血鬼じみた不健康さを感じさせる。

 その赤髪にしても枝毛すら無く、触れれば壊れてしまいそうな少年の雰囲気を更に際立たせている。

 身に纏う黒いジャケットは何処か着せられている感じが強く、またサイズも微妙にあってなくて違和感を覚える。

 

(だが、まぁあの吸血鬼皆殺し主義者の『神父』が反応してないから、人間である事は確かだよな?)

 

 オレやはやて達の前を幽鬼の如く素通りする少年を眺めながら、転生者じゃないよな、と疑う。

 だが、転生者であるなら、魔境の一つである此処に堂々と足を踏み入れるだろうか?

 赤髪の少年は礼拝堂の奥で跪き、眼を瞑りながら両手を合わせた、

 

「……本来ならば、墓前で祈りたかったのですが、何分事情が混み入ってしまいまして。――死者への祈りは此処からでも届くのでしょうか?」

「場所など関係ありません。祈る心があれば、何処からでも届くでしょう」

 

 少年の問いに『神父』は答えて「そう、ですか――」と納得し、彼は無心に祈った。

 もしかしたら、彼は『ワルプルギスの夜』で身内を失った被害者なのかもしれない。この推測が正しければ、申し訳無い気持ちで一杯になる。

 

 ……一分か二分程度、赤髪の少年は不動だにせずに祈り続けた。

 

「――失礼、ありがとうございました」

 

 そう言い残し、赤髪の少年は教会から立ち去った。

 何とも印象的で、不可思議な少年だったと心からそう思う。

 

「何だか訳有りの人かねぇ?」

「見慣れない顔だから、転生者じゃないと思うけどね」

「石を投げれば転生者に当たるからなぁ、今の海鳴市じゃ」

 

 

 

 

 ――結論として、此処が嘗て自分のオリジナルが生きた世界ではなく、全く違う道筋を辿った『パラレルワールド』であると『過剰速写』は推測する。

 

 この日本から『学園都市』そのものが跡形無く消えている事が何よりも証明であり、憂鬱な気分を更に加速させる。

 にも関わらず、自分という複製体を生み出した科学技術が現存している。存在しない『学園都市』の技術の残り香――きな臭い処の話じゃなかった。

 

(……基本方針が定まらないな)

 

 重大な判断を下すには手持ちの情報が少なすぎる。

 どうにも、彼の勘が『それだけでは済まない』と訴えている。この街全体が異常だと、切実なまでに呼び掛けている。

 

(……『学園都市』が存在せず、超能力者が絵空事の世界。それなのに『異能』はこんなにも溢れている)

 

 手先の震えが未だに止まらず、圧迫感が晴れない。

 この感触には覚えがある。便宜上、正確には複製体の自身のものではないが、解り易く過去と表現するが――過去において白い修道服の少女に出遭った時の感触と同じだった。

 その感覚が、同じような格好をした修道服の少女と対面する事で再発している。

 

(……情報を再整理しよう。『学園都市』は存在しなくとも、能力者は存在している。『原石』の類は『学園都市』が無くても存在しているだろうが、あれは正規の開発を受けた類の能力者だった)

 

 昨日の施設で成り行き上、殺害した能力者達を思い出す。

 強度(レベル)は強能力者(レベル3)程度だが、自然発生した天然の能力者である『原石』のような特異性は見られない。

 

(――『学園都市』の能力開発とは別系統の勢力、九月三十日に来襲した外部のトンデモ人間と同じような存在が此処にも居ると見て間違い無いだろう)

 

 そして懸念すべき問題が一件生じている。

 自分の超能力の中で一つだけ使用不可能となっている分野がある。一体何が原因なのか、皆目見当もつかないが、由々しき問題である。

 

(環境が大幅に変わり、能力者が撒き散らしている『AIM拡散力場』がほぼ皆無だからか? それとも複製体で唯一再現出来なかった要素か?)

 

 他にも『AIM拡散力場』に由来する能力は使用不可となっているが、それは最初から使う気が起こらないので問題にならない。

 

(何もかもが解らない事だらけか。とりあえずは――)

 

 自身を背後から監視している奇妙な『猫』から始末する事にしようと彼は即決する。

 この街を巡ってから、この手の異常な行動を取る小動物は後を絶たない。彼は溜息を吐いた。

 

(演算終了まで三十秒――)

 

 彼の超能力は多重能力の『過剰速写(オーバークロッキー)』と自称しているが、これは真っ赤な嘘である。

 正確には多重能力に見えるほど多種多様なまでに応用の利く単一能力であり、何故偽装するに至ったのかは、長い事情になるが故に省略しよう。

 

(十五秒――)

 

 ――『時間暴走(オーバークロック)』、それが彼の能力の真の名称であり、名前の通り時間の流れを観測し、操る能力である。

 正確には自身の時間を消費して時間を操る能力であるが、全ての寿命を使い切って破滅を迎えたオリジナルの彼とは違い、贋作の彼の時間は成長の過程に消費した十六年を除いて完全に満たされている。

 

(――五、四、三、ニ、一、零。演算終了、停止)

 

 ――猫の心臓部の時間を停止させる。

 のたうち回り、苦悶の鳴き声を上げる。

 

 此処からは完全に物理外の法則の話、彼の超能力のみに適用される別世界の法則となる。

 停止した心臓部には絶え間無く血液が流れようとして、圧力が際限無く加えられている。彼の『停止』の最も性質の悪い処は、時間が停止している最中に与えられた力場が蓄積し続け――停止を解いた瞬間に一気に解放される事にある。

 

 ――結末は至極単純な話、心臓部が一気に破裂して絶命するだけである。

 

「化け猫の正体が見られると思ったが、これも何の変化無しか――やれやれ、これではまるで動物虐待みたいじゃないか」

 

 感慨無く猫の死体を見下ろし、無感動な表情のまま『過剰速写』は踵を返す。

 相手が小動物であろうが人間であろうが、心臓を潰した感触や手応えは同じであり、慣れ親しんだものである。

 

 ――此処に、とある提督の双子の猫の使い魔の一匹が殺害されたが、生粋のイレギュラーたる『過剰速写』にとっては至極どうでも良い話である。

 

 

 

 

「……なぁ」

「何かな?」

 

 とある喫茶店、昨日『ワルプルギスの夜』――一般的にはスーパーセルの前兆があって避難勧告が出された中、昨日の今日で珍しく開いている店がこの喫茶店であり、やはり災害の爪痕が少なからず響いてか、客足は非常に少ない。

 

 ――具体的に言うと、現在の客はオレと豊海柚葉だけである。

 

 オレの下にはアイスコーヒーが届けられ、豊海柚葉の下には2500円もする巨大なパフェが届けられる。

 おのれ、またしてもオレの懐を金銭面から削る気か……!? いや、『魔術師』には必要経費として結構貰っているけど。

 

「何でオレは此処に居るんだ?」

「中々哲学的な問いね。此処に居る理由を問うか――」

「いや、そんな意味不明な事を本気で考えないで、単純明快に答えてくれ」

 

 何か、王者に「覇は何ぞや!」と問うたみたいに真剣に答えそうになる豊海柚葉の出鼻を挫いておく。

 哲学なんて老後の楽しみのようなものだ。生憎と此方は今は若いので考える気は零である。

 

「折角学校が休みなんだから、デートに決まっているじゃない」

「そうだよなぁ、昨日の一件で道路とかがかなり砕けたから臨時休校になったよなぁ。で、何でオレとお前がデートに?」

「暇だからに決まっているじゃない」

 

 ……相変わらず、この女の思考回路は到達不可能水域の深海より謎である。

 アイスコーヒーにパックのミルクと砂糖を叩き込んで混ぜ、あんなデカいパフェを笑顔で食べ始めた豊海柚葉を眺める。

 

「あのさぁ、オレが『魔術師』の間諜である事、絶対忘れているよな? もしくは此処で口封じする気か?」

「無粋ねぇ。デートで語らう事じゃないわ」

 

 だから、デートなんて洒落込むような仲じゃないと言っているのだが……。

 

「……ああ、うん。お前がオレの事を敵としても認識していない事は理解出来たよ」

「変な事を言うねぇ。私の敵に成り得るのは『魔術師』と……それぐらいよ」

「……? え? もう一人居るの? そんな化物みたいな奴、居たっけ?」

 

 珍しい事に言い淀んだ考える素振りを見せた豊海柚葉に、オレはびっくりして逆に焦って聞いてしまう。

 ただでさえ今の今で限界一杯だというのに、更にコイツや『魔術師』級に厄介な転生者がもう一人追加? 冗談も休み休み言ってくれ。

 

「……あー、うん。昨日までは居なかったよ」

「何か曖昧な言い方だなぁ。昨日まで? 『ワルプルギスの夜』と『クリームヒルト』はもう葬っただろうに」

 

 相当この話題を突かれる事を嫌ってか、豊海柚葉は即座に別の話題を切り出す。

 

「そういえば教会の『代行者』を倒したそうじゃない? 大金星ね、転生批判の聖典を持っていたのにどうやって凌いだのかしら?」

「舐めプで自滅したよ。つーか、やっぱりあの銃剣代わりの『第七聖典』の角で刺されたら一発昇天?」

「ええ、確実に次回も無いわ。本当に運が良かったようね」

 

 うわぁ、まじか。いや、四回目が確実にあるなんて楽観視はしないけどさ、霊験あらたかな概念武装だったんだなぁ、あの『第七聖典』って。

 

「でも、教会勢力には気を付ける事ね。何だかんだ言っても『マスターオブネクロノミコン』と『禁書目録』、アンデルセンもどきの『神父』がいるから。まぁ恨まれていないと思うけど」

「恨まれていない? どういう事だよ? 一応アイツは『教会』勢力の頂点の一角だったんだろう?」

「あれの性格で他から好かれると思う?」

 

 ……え? あれって敵対する奴限定じゃないの?

 

「……死者を貶すのは良く無いと思うぞ?」

「そうね。死んだら誰でも仏よね、日本では」

 

 日本では、か。コイツの前世は日本以外の場所だったのだろうか? 随分と特徴的な言い回しである。

 

「……日本では、ねぇ。そういえばお前だけだよな。未だに二回目の転生先すら解ってないの」

「あらやだ、乙女の過去に興味があるの? ……私の口から、赤裸々に語らせる気?」

「何で其処で頬を赤く染める!?」

 

 コイツ相手に口では永遠に勝てる気がしないと思いながら、アイスコーヒーを一気に飲んで思考を冷却させる。

 どうにもこういうタイプはやり辛い。真正面から殴ってくる敵の方がまだ好感触である。

 

(……表立って仕掛けて来ないだけに、此方から先手を打つのはあれだし)

 

 溜息吐きながら、気まぐれに外を眺める。

 やはりと言うべきか、人通りは少なく――ふと、道を歩く赤髪の少年に目が留まる。年齢は大体十六歳ぐらい、高校生だろうか?

 

 ――というか、何故こんな男が気になったんだ?

 まさか、新手のスタンド使いの精神攻撃かぁ……!?

 

「……ちょっとぉ、目の前にこんな美少女を侍らせておいて、外の女に目移り? ――!?」

 

 一瞬の事だった。物凄い勢いで飛翔した何かがその赤髪の少年に被弾し――着弾の衝撃波は喫茶店のガラスをも粉々に粉砕した。

 

「――『ファントム・ブルー』!」

 

 咄嗟にスタンドを出して風を操り、破砕して此方に降り注いだガラスの破片を全て押し返す。

 ……危ねぇ、此方に降り注いでいたら大惨事だぞ。

 

「……ありがと。でも、何で助けたの?」

「あ、いや、まぁ……敵対関係にあるが、そういうのとは関係無いし」

 

 ぽりぽりと頭を掻きながら、無意識の内に助けてしまった豊海柚葉に、そんな理屈不要の言い訳をしておく。

 目の前で窮地に陥っている者を見殺すという選択肢など、オレが取れる筈が無い。無意識レベルまで刷り込まれていたんだなぁ、と自分の事ながら逆に感心する。何処まで行っても、オレはお人好しのようだ。

 

「というか、何事だ? あの赤髪は――」

 

 改めて外に眼を向けると――異なる光景が広がっていた。

 赤髪の少年は振り向きすらせず、飛来した銃弾は尚も疾駆しながら宙に停止している。衝突の際に生じた衝撃波でぼさぼさになった髪を手で見繕いながら、振り向いた少年は遥か遠い彼方を射抜いた。

 

「ふむ? 仕掛けてきた癖に、このオレの逸話を知らないと見える。虚仮威しとでも思っているのか?」

 

 罅割れて破砕した地面のコンクリートの塊を、その赤髪の少年は引っ剥がして宙に放り投げ――サッカーボールの如く蹴り上げた。

 斯くして物理法則を完全に無視した、超高速で飛翔するコンクリートの塊は遥か彼方にあるビルの頂上に大激突し、ビルそのものを崩落させる。

 

「――唯の一度足りとも、狙撃手を取り逃がした事は無いんだがね」

 

 ――オレはその馬鹿げた光景を夢心地に眺め、豊海柚葉はそんな事になど目も暮れず、憎悪の炎すら滾らせた瞳で、その赤髪の少年を射殺さんと睨んでいた。

 

 

 


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